第2話 そのツノ……ホンモノですか?
突然の深夜の来訪者。殺人事件と聞いてしまうと、何だか緊急性もありそうだし、そのまま帰すわけにもいかない。とりあえず通常の来客対応と同じように、事務所の相談室に入ってもらう。
しかし、「勇者に夫を殺された」とは……??
聞き間違いかもしれないので、もう一度改めて尋ねてみる。
「ええっと、初めまして。ここの事務所の弁護士の薗木真人と申します」
「はい。私はマリンダと申します。本日はよろしくお願い致します」
「はい。よろしくお願い致します」
そう言いながら、名刺を差し出す。「マリンダ」とおっしゃったか。名前も不思議だ。どんな漢字を書くのだろうか。いや、外国人だろうか。日本語はなぜかだいぶ上手に聞こえるけれど……
「すみません。私、そういう自己紹介のできるもの、持ってないんですけれど」
「あ、いえいえ、大丈夫ですよ」
「私は特に肩書とかっていうのはなくって。でも、殺された夫は魔王軍四天王のひとり、黒炎のガロンから一城を任されていました」
「ええ!ああ、そ、そうですか」
マオーグン?とおっしゃったか?
会社の名前だろうか。変な名前だな。
それに「四天王」とは……??会社の部署のことだろうか。そんな変な部署名を付けるとは……相談者のマリンダさんも変わっているが、ご主人が勤めていたという会社もよほど変わった会社だったのだろうか?
「もう一度、ゆっくり順番にお話しをうかがっていきますね」
「はい」
「『殺された』とおっしゃっていましたけれど、誰が誰に殺されたのでしょうか」
「はい。私の夫、混沌のケーオスが、光の勇者たち一行に殺されたのです」
「……殺された場所はどちらになりますか」
「私たちが黒炎のガロン様からお預かりしていたバレル城の仕事部屋ですね」
「……犯人の……ヒカリノユウシャと名乗る人達はどこへ」
「今はどこにいるのか、詳しくは存じ上げておりません。おそらく、黒炎のガロン様の元へ向かわれているかと」
「……警察にはもう届け出ていますか?」
「??ケーサツというのが、私にはちょっと、何なのかがわからないのですが……」
「え?ええっと、警察っていうのは……」
いや、何となく、この人に「警察」とは何かを説明したところでどうしようもない気がしてきた。いや……マジなのか?マジでそういうことなのか!?いやいやいや、そんなことがあるわけがない!そりゃあおれだって、その昔、小学生のころ、ロールプレイングゲームとかで遊んでいたことはあるよ?そういう「設定」の世界があることはわかるが、それはあくまでエンターテインメントの中の世界であって……
いや、そうだ。きっとこの人は、夫が殺されてしまったショックで、頭が混乱しているんだ。幻覚とか幻聴とかを見て、色々と錯覚しているのかもしれない。この仕事をしながら、何度かそういう人と対面したこともある。そういう方には、まずは精神を落ち着かせて頂くのが先決だ。
「ふう。すみません、歩いてきたからちょっと暑くなっちゃって……」
マリンダさんはおもむろに身に着けていたフードを脱ぎ始めた。御顔を拝見すると、ちょっと青白くって、まるでモデルさんのようにキレイな顔立ちだったのだが、それ以上に目を引いたのは……
「あの、その頭に付いているツノみたいのは、何ですか?」
「え?あ、これは、ツノですよ」
「あ、ツ、ツノですか」
「はい。魔族にはツノが付いている個体と付いていない個体がいるのですが、珍しかったですか」
「え、はい。ええっと、そうですね。見るのは、初めて、ですね……」
「そうですか。私は1本ですけど、夫は2本付いていましたよ。普通のモンスターのツノはただの武器かもしれませんが、私たち魔族にとって、ツノは、魔力の強さを象徴するものでもありますからね。多い方が魔力も強いんです」
「そ、そうなんですか。初めて知りました……」
えええええええええええええ!!!!????
やっぱり、そうなのか!?
そっち方向で、マジなのか!!??
疲れているから、幻覚を見ているのは……おれか??
「ちょ、ちょっと失礼しますね。すぐ戻りますので」
「はい」
トイレへと駆け込む。別に用を足したかったわけではない。頭と精神を整理したかった。
「つまり、これは、なんで??」
ここまでの相談を整理すると……殺人事件が起きた。被害者は相談者マリンダさんの夫のケーオスさん。加害者は光の勇者一行という複数名。これが本当なら、集団暴行からの殺人事件ということになるが……事件の舞台と登場人物がファンタジー過ぎる……
いや、待て待て。そんなことあるはずがない。ツノが生えているのに驚いて一瞬その「設定」を信じてしまうところだったが、「被害者遺族のコスプレイヤーがファンタジー世界が好きすぎて、妄想の世界と現実を混同して幻覚を見ている」説だってまだ残っているじゃないか。最後の確認をしてみよう。
意を決して相談室に戻る。
「すみません。お待たせしました」
「はい」
「あの。マリンダさん。大変失礼かもしれないですが……」
「はい」
「そのツノ。もう少し詳しく見て、触らせて頂くことってできますか」
「え、もしかして、何か疑われています?」
うっ!少々不機嫌な顔をされてしまった。もしこの人が確信犯的に嘘の世界観で先ほどの話を展開しているのなら、疑っていると思われるおれに証拠を見せるはずがない。疑っていることを怒って、帰ってしまうかもしれない。あ、でもよく考えれば、そうなったらそうなったで、別にいいか。お互い信頼関係を構築できないのであれば、相談の前提が成り立たないし、お帰り頂いたって別にいいじゃないか。いや、むしろその方がいい。
「そうですよね。私みたいな女がツノありなんて、確かに疑われても仕方ないですよね」
「すみません」
「いいですよ。しっかりご確認下さい。後で『実演』もして見せますから」
「はい。すみません(『実演』って何のことだ……??)」
意外にも、あっさりと確認することを認めてくれた。よほど見抜かれない自信があるのか?それだけ精巧にできているツノなのか??
「あ、ホントだ。ツノ、くっついてますね」
「そうでしょ。確かに女の私にこんなツノが生えているなんて、珍しいですものね。魔力が強いことを見せかけるため、偽物のツノをくっつけてごまかそうとする魔族も多いですからね」
「え、ああ、そうなんですか」
「そうですよ」
疑っている、というのは、そういう「見栄」みたいな話ではないのだが……
「それじゃあ、次は実演してお見せしますね。何か不要なものはございますか」
「え、不要なものですか?ええっと」
何だかよくわからない要求をされてしまった。不要なものと言われて思いつくものは……あ、そうだ。受験生時代に使っていた古い六法全書がある。この仕事をしていると、六法全書を手に入れる機会は多い。事務所にはだいたい最新のものが最低1冊は置かれている。法律は改正も頻繁に行われるので、古いものを使っていると、間違った助言をしてしまうこともある。新しいものを常に手元に置いておく必要がある反面、それなりに分厚いものなので、古くなってしまったものの処分に困る。これが法律事務所の六法全書取扱いあるあるだ。
受験時代に使っていたもので、少々書き込みなどもあって懐かしさもあるのだが、弁護士になってからの約5年のうち、使っていたのは最初の数か月くらいだった。後生大事にとっておいたところで、もはや後々見返すものでもない。
「こんなものでよろしければ」
「ええっ!こんな立派な本。もういらないのですか?」
「ええ、いらないです。新しいものがありますので」
「そうですか。では……」
そういうと、マリンダさんは何やら意識を集中し始めた。そして……
「ハッ!!」
ボッ!!
「ええ!?」
マリンダさんが一声かけると、分厚い六法全書は燃える……というよりも、燃焼の過程を一気に通り越して消し炭となった。
「ほら。今のは黒炎魔術の威力を圧縮して対象にぶつける高等技術です。亡くなった夫から教わったのですが、『ツノなし』じゃ、こんな芸当できませんでしょ?」
「ええ、そ、そうですか。おみそれしました……」
これは……どうやら腹をくくって『そういう前提』で相談を聴くより他なさそうだ。




