第16話 夫婦関係を長続きさせる秘宝???
家ではほとんど寝ているだけ、とはどういうことだろうか。家族団らんの時間はあまりないのだろうか。しかも、オーランさんからは、そのこと自体特に問題視している様子はない。
「はい。先ほどお話したとおり、冒険者ランクが下がってしまったので、仕事に出る機会が多くなりました。そうやって仕事をたくさんしていると、なかなか家に帰る時間がなくって。それに、時間があったときは、冒険者として仲間を増やしたり、仕事をもらえる依頼者と繋がるため、酒場に出ることも多くなっていたんです」
「ふむ、それで……?」
「はい。そうなると必然的に家にいる時間は少なくなって、帰ると寝る時間。寝るだけでまた次の朝は早くエルヴァーンギルドに出て、命がけで依頼をこなす。そういう生活サイクルになっていきました」
「その、いつもギルドの仕事で帰りが遅かったり、飲み会、いや、酒場に行くことが多いことについて、レイナさん、何か言っていませんでしたか?」
「あ、はい。そういえば、『帰りが遅い』と言って怒っている時もありましたね。それに『依頼や仲間の方ばっかり大事にして、私のことはどう思っているの?』なんて言われたこともありましたね」
「なるほど……」
「私にとっては、結婚した以上、レイナ以上に大事な存在なんていません。だからいつも通り『キミのことは誰より何より大事に思っているよ。一緒にいなくっても、心はひとつだ』って伝えていました。それに、たくさん依頼を探したり受けたりするのは、冒険者として活動するエルフにとっては当たり前といえば当たり前のことですね。若いころや名を上げたい冒険者にとっては、普通のことでした。それに、今は家族のために稼ぎたいと思って、私なりに必死です。家族のためを思うなら、命を懸けるのも当たり前です。家でゆっくりしている時間があれば、少しでもこの命を家族や困っている誰かのために使いたい。いつもそういう気もちですね」
これは、もしかして……何となく話の筋が見えてきた。
「あの……」
城石さんがちょっと手を挙げている。何か言いたいのだろうか。
「うん?」
「ちょっと、私の意見というか。発言してもいいですか?」
「オーランさん、いいですか?」
「はい。私は大丈夫ですよ」
「あの。オーランさんがレイナさんや家族のため、頑張っているの、すごく伝わったんです」
「はい。でも、私は当然のことと思っています」
「でも。でもですね。レイナさん、ちょっと寂しかったんじゃないでしょうか」
「え?」
そう。城石さんの言うとおり。たぶんそこが今回の相談の『キモ』なんだ。
せっかくだから城石さんに続けてもらおう。
女心は女性から伝えてもらった方が伝わるかもしれない。
「だって、自分の国も捨てて、お父さんである王様とも喧嘩して、ひとりだけでエルフの村にやってきたんですよね。友達もその村にはいない」
「はい」
「しかも、そこでちょっとイジメ……じゃないのかもしれないけど、差別みたいなことも言われていたのかもしれないんですよね」
「はい」
「それって、すごくつらいし、寂しいことだと思うんです」
「うん。私もそう思うよ」
「頼れる人って、夫であるオーランさんだけだったと思うんです」
「……」
オーランさんも、何か気づいただろうか。
「でも、家に帰って来たオーランさんは、いつも寝てしまう。オーランさんに話したいこと、いっぱいいっぱいあるはずなのに。つらいことだけじゃない。もしかしたら、子どもが今日こんなことできたよってお話とか、そういう楽しい話もあるかもしれない。話そうとすると、話していると、いつもいびきが聞こえてくる」
「……」
「だから、オーランさんのいびきが、嫌いなんじゃないでしょうか」
「そ、そんな」
「はい。私も城石さんと同じことを考えていました」
「え!?」
「エルフのみなさんって、とても強いし、それに聡明で合理的なのかな、って思ったんです」
「はい、いや、どうでしょうか」
「もしかしたら、エルフの女性も、オーランさんと同じような考え方で、誰かのために命を賭けたり、闘ったりするのが当たり前なんですかね?」
「そうですね。エルフは、女性であっても、弓矢や魔法を使ったりして、戦闘に長けた者も多いですね」
「そういうエルフの世界の常識からすると、夫婦っていうのも、ある意味では背中を預けられる一緒に闘う相棒って感覚が強いのかもしれません。先ほどそういうエルフの夫婦もいらっしゃるっていうお話でしたけれど」
「はい。先生のおっしゃる感覚は、とてもよくわかります」
やっぱりそうか。「離婚」とか「浮気」という概念をそもそも持っていない種族。それは、一度結ばれたら正に一心同体で離れることがない。背中と背中がくっついて、互いに互いを補い合うということすら超えて、正にひとつの生き物のようになる。それがエルフという種族の「結婚」なのだろう。そういう人たちにとっては、家族のために頑張るのは、何も特別なことではない。いい意味でも悪い意味でも「当たり前」なんだ。だから、もしかしたら、そこに「感謝」とか「認める」という感覚が薄いのかもしれない。冒険者として家族のために命を懸けることすらも「当たり前」と言い放っているのだから。
「エルフの皆さんの思う『結婚』と、人間であるレイナさんの思う『結婚』はもしかしたら、ちょっと違うのかもしれません」
「それはどういう?」
「人間って、実はエルフの皆さんみたいに強くないんですよ。きっと。だから、その日あった出来事。辛かったことだけじゃなくって、楽しかったこととかもね。そういうのを『共有』したいんですよ」
「……」
「背中を預け合って、互いに信頼して、お互いが目の前の敵と時には協力して闘うだけじゃなくって、やっぱり、時には互いに向き合って、手を取り合ったり、お話ししたり、したいんですよ。簡単に言えば。それが人間の夫婦の『当たり前』なんです。ましてレイナさんは、さっき城石さんも言ってくれたように、色々なものを投げうって、あなたと一緒になることを選んだし、寂しい思いをしていることもあるでしょう。それを分かってくれないことの象徴が、『いびき』だったのかもしれませんね」
「そうだったのかも……いや、きっとそうなんでしょうね。私は、エルフの村にいるから、エルフの常識で物事を考えていたかもしれません」
「だいたいそういうもんですよ。常識って、自分でも気づかないぐらい当たり前になっているから、常識なんですよ。それに違和感を感じるっていうのは、すごく難しいことだと思います」
「私は、どうしたらいいでしょうか」
「そうですね。これは、私というより、私よりだいぶ年配のある人から聞いた『結婚を長続きさせる秘宝』なのですが……」
「ぜひ、教えて下さい」
「結婚を長続きさせるためには『認める。讃える。そして最後に忘れる』が大事らしいですよ」
「え?」
「オーランさん、例えば、レイナさんから『帰りが遅い』って言われた時、どうしていました?」
「え、遅くなった理由を説明していました。『今日はどうしても行かなければ行けない依頼があって』とか」
「うん。すごくわかります。だいたい男は理由を説明したくなっちゃうんですけど、それって『共感』とはちょっと違うみたいです。下手したら『言い訳』みたいにも聞こえちゃうこともある。そこでひとつ目の秘宝です。『遅くなってごめんね』と一言自分の否を『認める』んです。あ、もちろん、夫側だけやるんじゃなくって、妻側もやることが大事なんですけどね」
「おお!」
「レイナさんが料理を作ってくれた時、大事な一言、伝えていますか?」
「え、なんですか?食事は私も作ることもあります。お互い家族のため、作るのは当たり前でしょう?」
「……それ、絶対レイナさんに言っちゃダメですよ……」
城石さんも「オーマイガー」と言わんばかりに頭を抱えている。
それは、夫婦関係では一番言ってはいけないやつだ。
「例えば、『今日のご飯美味しいね。ありがとう』ですよ。これが2つ目の秘宝『讃える』ですね。夫婦関係に温かみや潤いを与える言葉です。あ、やっぱり、夫婦ふたりともお互いに、するんですよ」
「なるほど!」
「最後に『忘れる』は、一番難しいことかもしれませんが、たとえば、『いびきがうるさい』とか、言われたくないことを言われて喧嘩をしてしまったとしても、次の日には『忘れて』しまって、また『おはよう』から始めるってことらしいですよ。これが3つ目の秘宝です」
「そんなことで!」
「はい。大事らしいです。私もまだ結婚したことないので、これが効果的かよくわからないところもありますが」




