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第25話|喪失

私は前世、マアカという名の女性として生きて、死んだ。


かの国の、名も知れぬ地方貴族の家に生まれ、ある日を境に、当時まだ第一王子だったエイエルと出会った。身分差を思えば、望むはずもなかった恋だった。それでも気づけば惹かれ合い、やがて彼の妃として迎えられた。


あの国が、この地球のどこにあったのか。いつの時代だったのか。それとも、そもそもこの世界のどこにも存在しない、まったく別の世界だったのか。今の私には、確かめる術がない。ただ、瞼の裏に焼きついているのは、紀元前の、乾いた風の吹く西アジアか、地中海沿岸のどこかを思わせる景色だった。


大学で、なぜかその地域ばかりに惹かれて専攻に選んだこと。ここ最近、わけもなく続いていたあの奇妙な夢。すべて、前世の記憶のせいだったのだと、ようやく腑に落ちた。


現世での私の名前に至っては、麻朱――まあか。もはや誰かの悪趣味な冗談としか思えなかった。


昨夜、要(かなめ)さんの、いや、要さんの前世での名前を、私は唐突に思い出し、それを口にしてしまった。それが引き金になって、堰を切ったように、すべての記憶が戻ってきた。


二つの人生の記憶が、今、私の中に同時に存在している。麻朱として、これまでどうやって歩き、笑い、話していたのか。その当たり前だったはずの感覚さえ、見失いそうなほど、頭の中はまだ混乱したままだった。


そんな、半ば放心したような状態のまま、私は、本当なら要さんと出かけているはずだった週末を、部屋に閉じこもって過ごした。


正直、思い出したくなどなかった。


エイエルを見送った後――息子が王位を継ぎ、その治世がどうにか軌道に乗るのを見届けた頃、私もまた、彼を追うようにして、この世を去ったのだと記憶している。


エイエルが、恋しくてたまらなかった。もちろん子どもたちのことも、愛しくてならなかった。それでも、彼のいない人生を生き続けることが、どうしようもなく寂しかった。


――ああ、これでようやく、この喪失感から解放される。


息を引き取るその瞬間、確かにそう思ったはずだった。


それなのに今、私はこうして生まれ変わり、あろうことか前世の記憶まで取り戻してしまい、あの時にようやく手放せたはずの喪失感に、また涙している。


思い出したくなかった。ずっと、忘れたままでいたかった。何も知らない織本麻朱として、ただ、要さんのことだけを好きでいられたら、それでよかったのに。


「……エイエル」


その名前を、そっと呼んでみる。途端に、胸の奥がぎゅっと締まった。


私は、エイエルただ一人を愛していた。記憶が戻った今もなお、その想いは、少しも消えていない。なのに私は今、彼が誰よりも深く信頼していた臣下を――好きになっている。


これは、言い逃れのしようのない、裏切りなのではないだろうか。


エイエルにとって、セタルは誰よりも心を許した相手だった。その人に、妻である私が心を寄せてしまうことを、エイエルは許してくれるだろうか。それとも私は今、二人に対して、償いようのない罪を犯してしまったのだろうか。


同じ問いが、答えも出ないまま、頭の中を回り続けていた。

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