↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/30

第18話|盾

待ち合わせ場所に着いた、はずだった。要(かなめ)さんの姿が見当たらない。もしかして、また道を間違えたのかもしれない――そう思ってスマホを開こうとしたところで、横から声をかけられた。


「ねえねえ、一人? 暇なら、俺らと遊ばない?」


「あの、すみません、待ち合わせしてるので」


「そんな固いこと言わずにさ」


もう何度目か分からない。やんわり断っても、笑いながらじりじりと距離を詰めてくる。周りに助けを求めようにも、人通りは少ない。愛想笑いを浮かべる余裕は、とうになくなっていた。


一人の男が、馴れ馴れしく肩に手を伸ばしてきた。ぞっとして一歩下がろうとした、その時だった。


「悪い」


低い声が割り込んで、目の前に要さんの背中が現れた。伸ばされかけた手を、視線だけで制する。


「――俺の連れなんで。触らないでもらっていい?」


いつもの淡々とした喋り方とは、まるで違う声だった。地を這うように低く、有無を言わせない迫力がある。男たちは一瞬怯んだ顔をした後、「あ、いたんだ、彼氏」とつまらなそうに離れていった。


その背中が完全に見えなくなってから、要さんはようやく詰めていた息を吐いた。


「……探した。大丈夫か」


「……はい。ありがとうございます」


指先が、まだ小さく震えているのが自分でも分かった。それを見透かしたように、要さんが黙って手を握ってくれる。


「……ありがとうございました」


もう一度、ちゃんとお礼を言う。要さんは「いや」とだけ言って、目を逸らした。


その横顔に、頬がじわっと熱くなる。ただ助けてもらっただけのことなのに、心臓がうるさいくらい早鐘を打っていた。いつもは淡々としてる人が、あんなふうに割り込んできて、はっきり「俺の」なんて言うから――そのギャップに、うまく息ができない。


けれど、要さんの目は、もうこちらを見ていなかった。まだ何か、遠くを見るような表情をしている。


◇ ◆ ◇


麻朱(まあか)の声は、思ったより落ち着いていたが、指先はまだ小さく震えていた。俺は、その手を、無意識に握っていた。


その瞬間、頭の奥で、何かが弾けるように蘇った。


あれは、マアカ様の政策介入がエイエル王子派の勝利を決定づけてから、それほど時を経ていない頃だった。


戦況を覆されたことへの逆恨みから、王弟派の残党が、報復としてマアカ様の暗殺、あるいは拉致を企てた。事前に情報を掴んでいた俺は、幾重にも警護の網を張り、万全のはずだった。


それでも、完全ではなかった。


一瞬の隙をついて、賊の一人がマアカ様に近づいた。俺は反射的に体を割り込ませ、その手を叩き落とした。刃が掠め、マアカ様の肩口に、浅くはない傷が残った。もっとも、普段は衣に隠れて誰の目にも触れない場所だった。


賊は、すぐに取り押さえられた。危険は去った。それでも、俺の中では、何一つ終わっていなかった。


「申し訳ございません」


床に膝をつき、深く頭を下げた。防ぎきれなかった。それだけが、頭の中を占めていた。


「セタルのせいじゃないわ。むしろ、助けてもらったのに」


マアカ様は、涙を浮かべながら、そう仰った。その声には、心からの感謝が滲んでいた。


だが俺は、顔を上げることさえできなかった。


「これが、私の務めです」


そう答えるだけで、精一杯だった。誰かを守るという行為に、これほど重い意味を持たせたことは、それまで一度もなかった。それは、恋愛感情でも、私情でもなかった。ただ、託された役目を果たせなかったことへの、純粋な悔恨だった。


◇


「……要さん?」


気づけば、麻朱が心配そうにこちらを覗き込んでいた。まだ、彼女の手を握ったままだったことに、今更気づく。


「あ、悪い」


離そうとした手を、麻朱の方が、逆に握り返してきた。


「……もう少し、このままでもいいですよ」


その一言に、俺は、握る手に少し力を込めた。


さっきの自分の行動を、俺は反芻していた。あの時、頭の中にあったのは、職務でも忠誠でもなかった。ただ、目の前の彼女に誰かが触れることが、耐えられなかった。それだけだった。


前世の自分もまた、同じように咄嗟に盾になった。だが、あの時、体を突き動かしていたのは、忠誠心であり、王妃への使命感だった。


――今は、ただの独占欲だ。


その自覚に、これまで感じたことのない種類の熱が、胸の奥に広がっていくのが分かった。


同時に、ふいに思い至る。


あの襲撃の直後、誰よりも早く駆けつけたのはエイエル陛下だった。血相を変え、マアカ様の無事をその目で確かめるなり、人目もはばからず強く抱きしめられた。日頃は感情を律することに長けた陛下が、あの時ばかりは、指先を震わせていらした。


セタルとして、俺はその姿を間近で見ていた。唯一無二の妃を失いかけた恐怖――そう言葉にして、頭では理解しているつもりだった。あれ以来、陛下の過保護がひとつ増えたことも、忠臣として当然のように受け止めていた。


だが、それは所詮、他人の感情を、外側から眺めていただけに過ぎなかったのだと、今になって思い知る。


誰かをこんなにも失いたくないと思ったのは、前世でも今世でも、俺自身は初めてだった。麻朱を、心から愛おしいと思う気持ちを知った今だからこそ、ようやく分かる。


あの時、陛下の指先が、なぜあんなにも震えていたのか。


大切な人を、失うかもしれない。その可能性を想像するだけで、これほど怖くなるのだと、俺は今日、初めて知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。