第八話「狩人」
警報が鳴り止まない。
赤い光が、廊下を染める。
「侵入者は一人」
九条 澪が通信を見ながら言う。
「でも——」
少しだけ間を置く。
「“普通じゃない”」
「だろうな」
榊 悠斗は肩を回す。
「このタイミングで来るやつがまともなわけねぇ」
足音。
コツ、コツ、コツ……
わざとらしく、ゆっくり。
隠れる気がない。
「来るぞ」
悠斗が構える。
空気が張り詰める。
そして——
角を曲がって現れたのは、一人の男だった。
「やぁ」
軽く手を上げる。
笑っている。
だが、その目は冷たい。
「歓迎してくれるんだね」
「……誰だ」
悠斗が睨む。
男は軽く首を傾げた。
「名乗るほどでもないけど」
一歩、近づく。
「一応、“狩人”って呼ばれてる」
ナイフをくるりと回す。
「よろしく、適合者くん」
「下がって」
澪が前に出る。
銃を構える。
「こいつは私が——」
「いや」
悠斗が遮る。
「俺がやる」
澪が一瞬だけ見る。
「……死ぬよ」
「そんときは頼む」
軽く言う。
その目は、逃げていない。
「いいねぇ」
狩人が笑う。
「そういうの、好きだよ」
次の瞬間——
消えた。
「ッ!?」
「遅い」
背後。
悠斗の首元へナイフ。
——ガキンッ!!
黒で受け止める。
火花が散る。
「へぇ」
狩人が距離を取る。
「反応は悪くない」
「チッ……速すぎだろ」
悠斗が舌打ちする。
「共喰体じゃねぇな、完全に」
「当然」
狩人が笑う。
「人間のまま戦う方が、効率いいからね」
踏み込む。
今度は正面。
フェイント。
横。
下。
「ッ!!」
全部速い。
全部読みにくい。
「どうした?」
声が近い。
「怪物相手の方が楽だった?」
「うるせぇよ」
悠斗が踏み込む。
黒を腕に集中。
——ドンッ!!
だが——
空を切る。
「無駄」
背後から蹴り。
「がっ……!」
吹き飛ぶ。
「力はある」
狩人がゆっくり歩く。
「でも雑だ」
見下ろす。
「それじゃ“人”は殺せない」
その言葉。
悠斗の動きが止まる。
「……殺す前提かよ」
「当たり前だろ」
狩人は首を傾げる。
「君もやってることは同じだ」
一歩、近づく。
「喰ってるんだから」
沈黙。
「違う」
悠斗が低く言う。
「俺は——」
「何が違う?」
遮られる。
「意思があるからセーフ?」
笑う。
「綺麗事だね」
ナイフを構える。
「結果は同じだよ」
一瞬で距離を詰める。
「ッ!!」
激突。
ナイフと黒がぶつかる。
火花。
「認めろよ」
狩人が囁く。
「君はもう“人間じゃない”」
「……うるせぇ」
黒が膨れそうになる。
——喰え
声が響く。
「……違う」
押さえ込む。
「俺は——」
呼吸を整える。
さっきの訓練。
思い出す。
“止める力”
「……こういうことか」
黒を、最小限に。
無駄を削る。
「へぇ?」
狩人の目が細くなる。
「変わったね」
次の瞬間。
悠斗が動く。
速い。
さっきより明らかに。
無駄がない。
「ッ!」
狩人が受ける。
だが——
押される。
「……なるほど」
笑う。
「やっと“戦い方”覚えたか」
攻防。
一進一退。
人と怪物の中間。
「楽しいねぇ!」
狩人が笑う。
「やっぱり“壊れかけ”はいい!」
ナイフがかすめる。
血が飛ぶ。
だが——
悠斗は止まらない。
「終わりだ」
悠斗が踏み込む。
一点集中。
黒を絞る。
——ズドッ
狩人の腹を貫く。
「……っは」
動きが止まる。
「やるじゃん」
血を吐きながら笑う。
「……殺すのか?」
悠斗が問う。
一瞬の静寂。
狩人は笑う。
「できるの?」
その一言。
悠斗の手が止まる。
その隙。
——ガッ!!
蹴り。
距離を取る。
「甘いなぁ」
狩人がよろめきながら立つ。
「だから君は“中途半端”なんだ」
ナイフを構え直す。
「でもまぁ」
笑う。
「今日はここまでにしとくよ」
「待て!」
悠斗が踏み出す。
だが——
煙。
視界が遮られる。
「またね、適合者くん」
声だけが残る。
気配が消える。
静寂。
警報が止まる。
「……逃げられたか」
悠斗が息を吐く。
澪が近づく。
「無事?」
「なんとか」
苦笑する。
「……殺せなかったね」
澪が静かに言う。
悠斗は黙る。
「……ああ」
拳を握る。
「分かってる」
澪は少しだけ視線を落とす。
「それでいいのか」
小さな問い。
悠斗は答えない。
その頃。
ビルの屋上。
狩人が座り込む。
「っはぁ……」
血を押さえながら笑う。
「いいねぇ……」
夜を見上げる。
「やっぱり当たりだ」
目が狂気に光る。
「次は——」
舌なめずり。
「喰い合おうぜ」




