第四話「管理局」
重い扉が、静かに閉まった。
——ゴゥン
その音が、やけに大きく響く。
「……ここが」
榊 悠斗は周囲を見回した。
コンクリート打ちっぱなしの通路。
無機質な白い照明。
どこか“病院”にも“牢獄”にも似ている。
「管理局の施設」
九条 澪が前を歩く。
「地下にある」
「地下ね……」
悠斗は苦笑する。
「秘密基地かよ」
「そんな可愛いものじゃない」
澪は振り返らずに言った。
「ここは——選別の場所」
その言葉に、空気が一段冷たくなる。
やがて、二人は一つの部屋の前で止まった。
「入って」
短い指示。
扉が自動で開く。
中には——
一人の男がいた。
「待っていたよ」
穏やかな声。
白衣を着た男。
眼鏡の奥の目は、笑っていない。
「……誰だよ」
悠斗が睨む。
男は軽く頭を下げた。
「はじめまして、榊 悠斗くん」
ゆっくりと名乗る。
「私は神代。管理局の研究部門を担当している」
「研究……?」
嫌な予感が走る。
神代はタブレットを操作する。
次の瞬間、モニターに映し出されたのは——
悠斗の身体データだった。
「心拍、神経反応、寄生進行率……」
淡々と読み上げる。
「どれも興味深い」
「勝手に調べてんじゃねぇよ」
悠斗が苛立つ。
だが神代は気にしない。
「君は特異だ」
一歩、近づく。
「通常、寄生された人間は48時間以内に崩壊する」
指を一本立てる。
「だが君は違う」
もう一本。
「理性を保ち、なおかつ力を行使できる」
悠斗は無言。
「……で?」
神代は微笑む。
「欲しいんだよ、君が」
その一言で、空気が変わった。
「は?」
悠斗の眉が歪む。
「実験台か?」
「半分正解」
神代はあっさり答える。
「もう半分は——戦力」
澪が小さく息を吐く。
「……やっぱりそれ」
神代は肩をすくめる。
「貴重なんだよ、適合者は」
悠斗は舌打ちする。
「断ったら?」
その問いに、神代は一瞬だけ黙る。
そして——
「処分」
あまりにも軽く言った。
「……は?」
「不安定な寄生体は危険だからね」
淡々と続ける。
「街のためにも、消えてもらう」
沈黙。
「ふざけんなよ」
悠斗の拳が震える。
「人をモノみたいに——」
「モノだよ」
神代が遮る。
「少なくとも、ここでは」
冷たい現実。
「……悠斗」
澪が小さく呼ぶ。
その声は、いつもより少しだけ柔らかい。
「選んで」
また、その言葉。
「生きるか、終わるか」
悠斗は目を閉じた。
思い出す。
雨の夜。
化け物。
飢え。
あの“声”。
——喰え
「……チッ」
目を開く。
「やるよ」
吐き捨てるように言う。
「ただし条件がある」
神代の目がわずかに細くなる。
「ほう?」
「好き勝手に使うな」
睨みつける。
「俺は俺の意思で動く」
一拍。
神代は、ふっと笑った。
「いいね」
「そういうの、嫌いじゃない」
軽く手を叩く。
「契約成立だ」
「勝手に決めんな」
「大丈夫」
神代は澪を見る。
「監視役は彼女がやる」
澪は無言で頷いた。
「さて」
神代が画面を切り替える。
そこに映ったのは——
一つの区域地図。
赤いマークが点滅している。
「次の任務だ」
悠斗が眉をひそめる。
「早くねぇか?」
「時間がない」
神代の表情が初めて“真面目”になる。
「ここ最近、“異常な増殖”が確認されている」
赤い点が増える。
「しかも——」
ズームされる。
「中心にいる個体が、明らかに進化している」
澪が呟く。
「……変異種」
「その通り」
神代は頷く。
「コードネームは——」
一瞬の間。
「“グラトニー(暴食)”」
その名前だけで、嫌な予感が走る。
「準備して」
澪が言う。
「今までのとは違う」
悠斗はため息をついた。
「……ほんと、ロクなことになんねぇな」
だが——
口元がわずかに歪む。
「でもまあ」
拳を握る。
「喰うしかねぇか」
施設の奥。
誰もいない部屋。
モニターに映る、悠斗の戦闘映像。
それを見つめる影。
「……面白い」
低い声。
「成功例か、それとも——」
画面の中で、悠斗が暴れる。
「新たな災厄か」




