第三話「狩りの夜」
夜の東京は、静かすぎた。
人はいる。
光もある。
なのに——“何か”が足りない。
「行くよ」
九条 澪が歩き出す。
その背中を、榊 悠斗は無言で追った。
「……ほんとにやるのかよ」
「やる」
即答。
「今日からあんたは“見習い”」
「見習いって……」
悠斗は自分の手を見る。
あの黒いものは、今は出ていない。
だが——
「また暴走したら?」
「そのときは」
澪は少しだけ振り返る。
「撃つ」
冗談じゃない目だった。
「……マジかよ」
「マジ」
短い会話。
だが、それが現実だった。
二人が向かったのは、地下鉄の閉鎖区域。
立ち入り禁止の柵が歪んでいる。
「ここ……」
「巣になってる」
澪が拳銃を構える。
「複数反応あり」
「反応って……」
言いかけた瞬間。
ゾワッ
背筋が凍る。
「……いる」
悠斗の口から、自然に言葉が漏れた。
澪が一瞬、目を見開く。
「感じた?」
「ああ……なんか、分かる……」
暗闇の奥。
“気配”が動く。
「便利でしょ、それ」
澪が小さく呟く。
「寄生の副作用」
悠斗は顔をしかめる。
「嬉しくねぇよ……」
ガタン
何かが落ちる音。
次の瞬間——
「来る!」
影が飛び出した。
人の形。
だが、顔がない。
黒く溶けた“共喰体”。
「ッ!!」
澪が撃つ。
パン、パンッ!
正確な射撃。
だが、化け物は止まらない。
「チッ……速い」
「どうすりゃいい!?」
「心臓か頭!」
叫びながら、澪はもう一体を撃つ。
だが——
三体目。
死角から、悠斗へ。
「危ねぇ!!」
反射的に腕を出す。
その瞬間。
——ドクン
黒いものが、腕から溢れた。
「……ッ!?」
それは触手のように伸び、
化け物の体を貫いた。
グシャッ
一撃。
沈黙。
「……は?」
悠斗は自分の腕を見る。
黒い“それ”は、ゆっくりと引っ込んでいく。
「今の……俺……?」
澪が近づく。
その目は、初めて“驚き”を含んでいた。
「……やっぱり」
「なにがだよ」
「適合率が高い」
悠斗は苛立つ。
「だからなんだよそれ!」
そのとき。
奥から、重い音。
ズン……ズン……
「……まだいるのかよ」
澪の表情が変わる。
「違う」
銃を構え直す。
「“親個体”」
闇の奥から現れたそれは——
明らかに“格が違った”。
人の形をしているが、巨大。
全身が黒く脈打ち、
複数の腕が蠢いている。
「……冗談だろ」
悠斗が後ずさる。
「初任務でボス戦とか聞いてねぇぞ」
「予定外」
澪が低く言う。
「でも、逃がせない」
「はぁ!?」
「ここで増える」
化け物が、ゆっくりと口を開く。
——グォォォォ……
空気が震える。
「来るよ!」
突進。
速い。
さっきの個体とは比べ物にならない。
「ッ!!」
澪が撃つ。
だが、弾が弾かれる。
「効かない!?」
「外殻が硬い……!」
一瞬で距離が詰まる。
巨大な腕が振り下ろされる。
「悠斗!!」
避けきれない。
——その瞬間。
「……チッ」
悠斗の中で、“何か”が切れた。
ドクン
視界が赤く染まる。
「……うるせぇな」
声が低くなる。
「邪魔すんなよ」
黒い触手が、今度は全身から噴き出す。
「ッ!? 悠斗!?」
澪が叫ぶ。
だが、止まらない。
「喰えばいいんだろ……?」
笑う。
それはもう、人の顔じゃなかった。
一瞬で距離を詰める。
——ドンッ!!
親個体の体に、黒が突き刺さる。
「グァァァァ!!」
悲鳴。
だが悠斗は止まらない。
貫く。裂く。引きずる。
「もっと……!」
そのとき。
——パンッ
銃声。
悠斗の肩に弾が当たる。
「……あ?」
振り向く。
澪が銃を向けていた。
「戻れ」
冷たい声。
「それ以上は“向こう側”」
悠斗の呼吸が荒い。
黒が暴れる。
だが——
「……チッ」
徐々に、収まっていく。
膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
親個体は、動かなくなっていた。
完全に沈黙。
静寂。
滴る黒。
「……勝った、のか」
悠斗が呟く。
澪は銃を下ろさない。
「……ギリギリ」
少しして、ようやく銃を下げた。
「今の、覚えてる?」
「……半分くらい」
「そう」
澪は小さく息を吐く。
「危ないね、あんた」
「自覚あるよ……」
苦笑する。
そのとき。
澪の通信機が鳴る。
「……こちら澪」
短く応答。
少し沈黙。
「了解」
通信を切る。
「どうした?」
澪は悠斗を見る。
「上が、あんたに興味持った」
「上?」
一拍。
「“管理局”」
その名前だけで、空気が変わる。
「会いに来いって」
悠斗はため息をついた。
「……めんどくせぇのに目つけられたな」
澪はわずかに笑う。
「ようこそ」
暗い東京の夜。
「“共喰の世界”へ」




