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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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24.感動するほど美しい、先輩のお姉様!

 







 調子に乗って食べ過ぎた。胃が気持ち悪い……。先輩の家に辿り着くなり、お言葉に甘え、帽子と靴を脱いで、ふかふかのソファーへ寝転がる。もうちょっとよく考えて食べれば良かった。


「うー、苦しい! もうだめ。動けない……」

「こいつらの足を拭いてくる。ゆっくり休めよ、気にしなくていいからな」

「はい、ありがとうございます……」

「悪かった、止められなくて」


 ソファーで横たわる私を見つめ、申し訳なさそうな表情で呟く。先輩、優しい。譲って貰ったフライドチキンを貪り食って、おえっとなってる私のことなんか、気にしなくてもいいのに……。ふわぁ、極上の寝心地。


 このソファー、私の家にも置きたいな。狭いワンルームに置くところなんてないか。マルティナちゃんか、テオ君か、それともオスカー君か、どっちか分からないけど、みゃあみゃあ鳴く声が聞こえてくる。公園でだいぶ綺麗にしたけど、かなり汚れてたもんね。容赦なく洗われてそう。眠っていたら、ふいに影が落ちてきた。


「大丈夫か? フィオナ。調子はどうだ?」

「あ、かなり良くなってきました……」

「暑かっただろ。チビどもの面倒を見てくれてありがとう」


 いつになく優しい声を聞いて、頬がゆるむ。目を閉じたまま笑っていると、先輩がタオルケットをかけてくれた。最後に、慎重な手つきでリボンバレッタを外す。あまりにも慎重な手つきだったから、笑っちゃった。抜かりがない。長年、お姉様にこき使われてきた弟の気配り力ってすごいなぁ。バレッタを、テーブルの上へ置く音がした。


「胃薬か、ハーブティーでも飲むか?」

「ハーブティーが飲みたいです! キンキンによく冷えたミントティーが飲みたい……」

「分かった、持ってくる。ちょうどイリス商会のハーブティーがあるんだ」

「イリスの……。そうなんですね」


 よりによって、お父さんの会社のハーブティーかぁ。正確に言うと、おじいちゃんの会社かな? まだ経営交代してないし。王室御用達の老舗ブランドだから、先輩の家にあってもおかしくないか。心の準備をしておくんだった。


 もぞもぞ動いて、タオルケットに包まる。嫌だなぁ、思い出したくない。過去なんて絶対思い出したくない。自責の念に駆られていると、先輩がやってきた。


「フィオナ? 保冷剤いるか? 冷やした方がいいだろ」

「うーん……。すっかり甘えちゃってごめんなさい」

「気にしなくてもいい、調子に乗って食わせ過ぎたのは俺だし。本当に悪かった」

「いやいや、私のせいなので。大丈夫ですよ」


 柔らかい薄手のハンカチに包まれた保冷剤を、優しく額の上に置いてくれた。あ~、気持ちいい。暑さにやられて、気持ち悪かったのかも。頭痛が和らいでいった。でも、やっぱり胃が気持ち悪い。はちきれそう。バカだ、私。どうして食べ過ぎちゃったんだろう。


 先輩の家に初めて来たのに、これかぁ……。うつらうつらしていると、ミントティーの爽やかな香りが漂ってきた。すらりとした美しい形状のガラスコップに、ミントティーを注ぎ、持って来てくれた。大きな氷が浮かんでいる。


「わぁ、美味しそう。ありがとうございます」

「一気飲みするなよ。ちびちび飲んだ方がいいぞ」

「分かってますよ! もー、小さい子どもじゃないのに」

「すまん。途中でフルーツティーを勢いよく飲んでいたから、つい」

「あれは……」


 キッチンに私の写真が飾られていたのを、唐突に思い出したからです。とは言えないな~、無理、無理。不思議そうな表情で「あれは?」って聞き返されたけど、黙ってミントティーを飲む。あ、美味しい。何も知らない頃は、無邪気に受け取って飲んでたなぁ。こうやってイリスのハーブティーを飲むの、何年ぶりだろう。綺麗な淡いグリーンの液体の中で、ゆっくりと大きな氷が溶けてゆく。


「フィオナ?」

「あ、ごめんなさい。私、これを飲んだら帰りますね」

「……チビどもと昼寝したくないか?」

「したいです!! というか、今、どこにいるんですか? 見当たらないんですけど」

「玄関。ベビーカーの中に詰め込んできた」

「可哀相!! 連れてきてくださいよ、早く!」

「騒ぐから……」


 居心地悪そうな表情を浮かべ、銀色の毛に覆われたトラ耳を動かす。ふふっ、あれ、気まずい時によくする仕草だ。若干トラ耳を伏せながら、出て行った。しばらくして、ドアの隙間からオスカー君だけ飛び出てくる。白い大理石の床と爪の相性が悪いみたいで、思いっきり転んでいた。


「大丈夫!? 待ってて、今、私が」

「心配いらない。こら、オスカー! 勝手に腕から抜け出して走るからだ」

「うにゃっ!?」

「ああっ、可哀相だから、ちゃんと抱っこしてください!」

「こうすると大人しくなる。ほらよ」

「わっ!?」


 片手に眠たそうなマルティナちゃんとテオ君を抱えた先輩が、オスカー君の首根っこを掴んだまま歩き、私の足の間へ落とした。みゃっと鳴きながらお座りして、銀色の毛を逆立てている。青い瞳がまん丸になっていた。


「可哀相に。大丈夫? おいで」

「にゅう、にゅーっ!」

「文句言ってる、可愛い!」


 短い尻尾をぴんと立てて、怒りながら近付いてきた。すぐに私の胸元へ寝そべり、首を圧迫する。うっ、可愛いけど苦しい。中身は小さな子猫ちゃんだけど、見た目は小型犬サイズなんだよな……。


 もふもふしつつ、体を押し返していたら、マルティナちゃんが脇腹のすぐ横に寝そべった。鼻先にある、ちょっぴり贅肉をまとった私の脇腹をもみもみしだす。前足が大きいから、力強い。


「ふわぁ、可愛いねぇ! でも、母乳なんて出ないよ~。お腹空いてるのかな?」

「眠たいだけだろう。いつも姉ちゃんの腹に顔を埋めてるから、くせになってる」

「へー、お腹に……。もしかして、トラの姿になってお世話しているんですか?」

「ああ。楽だし、ぐずらない」

「なるほど」


 マルティナちゃんの熱くてほわほわした頭を撫でていると、先輩がテオ君を、今度は優しく足の間へ降ろした。やればできるじゃん。騒いでる子には優しくしたくないのかな? そのあと無言で、熟睡してるオスカー君を抱き上げ、私の胸元へ移動させる。助かった、息がしやすい。


「マルティナちゃん、服をちゅぱちゅぱし始めた! 可愛い~」

「引き剥がそうか?」

「どうして!? 私への嫌がらせですか!?」

「いや、服が汚れるかなと思って」

「大丈夫ですよ、気にしないでください……。このまま、ちょっとだけお昼寝しますね」

「分かった、おやすみ」


 子トラちゃん達に囲まれて、一緒に眠れるとは思わなかったなぁ。幸せ。赤ちゃん特有の柔らかいふわほにゃ毛を撫でながら、深く息を吐き出す。甘いミルクとお日様の香りがした。穏やかな夢が見れそう。


 ふわふわな熱の塊が胸元と、脇腹と、足の間にあるからか、一瞬で深い眠りへ落ちていった。意識が深い暗闇の底へ沈み、しばらくの間、漂っていると、ふいに遠くの方から騒がしい足音が聞こえてくる。


「何よ、うるさいわね! いつも連絡なんてしないでしょ? ……あら」

「フィオナが寝ているから静かにしてくれ! 暑かったから、熱中症気味なんだ」

「もう、言ってくれたら預けなかったのに。今日、彼女とおうちデートする予定だったの?」

「……」

「都合が悪くなったら、すぐに黙るのがあんたの悪い癖ね。恥ずかしがる年齢じゃないでしょ? はっきり言いなさい!」

「ん……」

「起こしちゃった? ごめんなさい」

「フィオナ」


 重たいまぶたを擦りながら、何とか起き上がってみれば、目の前に先輩そっくりの美女が佇んでいた。眠気が吹っ飛び、あんぐりと口が開く。艶やかに光る、銀糸のような銀髪。胸元まで美しく伸びていた。先輩と同じ、短い銀色の毛に覆われたトラ耳、陶器のような白い肌、ぷっくりとした赤いくちびる。切れ長の瞳はダークブルーと銀色が混ざっていて、神秘的な光を宿していた。


 意思が強く、怜悧な美貌を際立たせているのは、すらりとした長い手足と優美なトラの尻尾。先輩と並んでも、引けを取らないほど高い身長。しかも、私が着たら、投げ網に絡まった人になる服を着こなしていた。ベージュ色の紐を編んで、作られたようなロングワンピース。白い素肌が、透けて見えそうでドキドキした。くびれがすごいのに、胸が豊満。


「め、女神様……!?」

「あら、やだ、素直な子ね~! ヒューと一緒に面倒を見てくれたの? ありがとう」

「も、もっ、ももしかして先輩のお姉様ですか!?」

「先輩?」

「フィオナ、落ち着いてくれ。ほら、チビどもが起きたぞ! さっさと連れて帰れ」

「どういうこと? 付き合ってないの?」

「みゃあ、みゃーっ!」

「わっ!? ママが来て良かったねえ、よしよし」

「ごめんなさい。抱っこするわ」


 美しいお姉様が大興奮のオスカー君を抱き上げ、先輩のことを胡乱な眼差しで見つめる。当の先輩は静かに天井を見上げ、額へ手を当てていた。やっぱり苦手なんだ、お姉様のこと……。


 暴君って言うから、筋肉モリモリの目つきが悪い女性だと思ってたのに。実際のお姉様は驚くほど華奢で、背が高いモデル系美女だった。無言の先輩にオスカー君を預け、腰に手を当てている。


「ちゃんと説明しなさい。どういうつもり?」

「いいな~、先輩! こんなに美人なお姉様がいて! 彼女いない理由がよく分かりました。身近にお姉様のような美人がいたら、理想が高くなっちゃいますよね!」

「……ヒューと付き合ってないの?」

「そうなんです、自己紹介がまだでしたね。フィオナ・ハートリーと申します。職場の後輩で、えっと、いつも弟さんにお世話になってます」

「残念だわ、付き合ってないのね。ヒュー、あんた、こんなに可愛い子に面倒見させていたの? 都合よく扱ってないでしょうね」

「ふわっ!?」


 ソファーから立ち上がって自己紹介した私を、お姉様が柔らかく抱きしめてくれた。ほっぺたがむにゅっと、お姉様の胸元に埋まる。今、ここで死んでも惜しくない。めちゃくちゃ嬉しい!! あと、良い香りがする。夜明けと共に咲く、幻の花のような香りがした。エキゾチックだけど、繊細で甘い香り。


「都合よく扱ったりしてねぇよ。急にそっちが来て、預けて行くから……」

「何よ、私が悪いって言いたいの?」

「違う。そうじゃなくて」

「いい年した大人なんだから、はっきり言いなさいよ! 朝、私が来た時にデートする予定だって言えば、預けるのやめたのに」

「本当か!? 絶対嘘だろ! どうせ無視して、」

「フィオナちゃん、ごめんね? デートの邪魔をするつもりはなかったの」

「デ……!!」


 手が、お姉様の手が私の手を握ってる! すべすべで細い。先輩そっくりの美貌に、蕩けるほど綺麗な微笑みを浮かべた。感動して涙が滲む。今日、来て良かった……。一瞬、意識が遠くなっちゃったけど、気合いで戻す。


「じ、実はデートじゃないんです! 今日、ピクニックする約束をしていて……。あまりにも落ち込んでたから来ました」

「フィオナ、待ってくれ。頼む」

「落ち込んでいたって、ヒューが? へえ」

「そうなんですよ~。ピクニックを楽しみにしていたみたいで、やたらと落ち込んでいるし、子トラちゃん達にも会ってみたかったし、無理を言ってお願いして、来ちゃいました!」

「そうだったの。ごめんね、ヒュー。楽しみを奪っちゃって。フィオナちゃんとピクニック、行きたかったんでしょう?」


 お姉様が殊更優しく微笑み、顔色の悪い先輩を見つめた。あれ、お姉様、かなり優しそう。ずーっとイライラしてるイメージがあったけど、ぜんぜんそんなことない。まあ、先輩は弟だもんね。話を盛って、お姉さんの悪口を言いたくなる時だってあるよね。昔、同級生の弟君がそんな感じだった。


「大丈夫です! ピクニック行ってきましたよ、子トラちゃん達と一緒に! 先輩、すっごく楽しそうでした」

「あら、そう? 良かった。本当にごめんね、ヒュー、邪魔しちゃって。今度からしっかり、あんたの予定を聞いてから預けて行くわ」

「また子トラちゃん達に会ってもいいですか!? お姉様!」

「もちろんよ。でも、ヒューが拗ねちゃうかも」

「へ? そんなことぐらいで拗ねませんよ。今日ピクニックに行くまで落ち、わぶぅっ!?」

「フィオナ、飯を食いに行こう。奢る」


 突然、先輩がオスカー君を私の顔へ押し付けてきた。ざらざらの舌で口元を舐められる。わぁ、可愛い! でも、落としちゃいそう。頑張って抱きかかえ、オスカー君のふわっふわな背中を撫でて、落ち着かせる。ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。


「あからさまね。私はもう全部分かってるわよ」

「……頼むから帰ってくれ。フィオナは夜道が苦手なんだ」

「私!?」


 気にしなくてもいいのに。びっくりして硬直していると、涼しい表情の先輩がオスカー君を抱っこしてくれた。重いから助かる。


「そうなの? じゃあ、車で送って行ってあげなさい。フィオナちゃん、これ、私の名刺」

「名刺!? あ、ありがとうございます……」


 細い肩にかけた、何も入らなさそうなカゴのショルダーバックから名刺入れを取り出し、淡いラベンダー色の名刺を手渡してくる。金色のまぶしい粉が散っていた。震える手で受け取り、しげしげ見下ろしてみると、そこには“イライザ・アディントン”って記されていた。


「バカな弟がやらかしたら、いつでも連絡してちょうだい。また会いましょうね、フィオナちゃん。それじゃあ」

「はい、ぜひ!! わ~、この会社って、も、もしかして、お金持ちマダム御用達、魔女の秘密……?」

「そうよ、知っていた? 若い子向けのラインもあるから、気が向いたら買ってみて。今度、試供品を持ってくるわ」

「あ、ありがとうございます! どうして先輩、教えてくれなかったんですか!?」

「姉ちゃんの会社が有名かどうかなんて知らねぇよ。コスメ会社だぞ」

「確かに、知らなくて当然ですね……」

「あんた、私が勧めた商品使ってないでしょ? 使いなさいよ」


 百貨店や高級ホテルで取り扱ってるコスメブランドの社長さんかぁ。てっきり、細々やってるのかと……。上手く状況が飲みこめない私を抱きしめ、颯爽とベビーカーを押して帰っていった。先輩が嵐のように来て、嵐のように去って行くって言ってたけど、その通りだった。呆然としつつ、名刺を眺める。よく見るコスメブランドの社長さん? 先輩のお姉様が!?


「おい、大丈夫か? フィオナ」

「は、はい……。試供品貰うのが楽しみです!! 十八歳の時、バイト代をかき集めて、母への誕生日プレゼントを買ったんですよ、ここで! ファンデーションと口紅、下地と香水を頑張って買いました!」

「分かったから落ち着け、どうどう。距離が近い」

「あれが、お姉様の……!! うわぁ~、本当に楽しみ! 手が届かない値段なんですよ。若い子向けのラインって言ってましたけど、なかなか、ちょっと手が出せない価格帯で」

「試供品、持ってるぞ。使うか?」

「へっ!?」

「とは言っても、ごくごく普通の日焼け止めと化粧水だが」

「使います、見せてください!!」

「分かった。持ってくる」


 先輩が部屋へ行って(必死で首を伸ばしたけど、部屋の中は見えなかった)、真新しい包装に包まれた小さな日焼け止めと化粧水を持って来てくれた。うーん、言わなくても分かる。絶対、お姉様から勧められたのに、部屋の隅っこにずっと放置してあったんだろうな……。


 試供品だけど、高級感あふれるデザイン。多分、海の波をイメージしてる。青いグラデーションがボトルを彩っていた。液体は透明。しゃばしゃばした化粧水かな? チューブ型の日焼け止めも同じデザインだった。一応、隣に座る先輩に聞いてから塗ってみよう。


「じゃ、じゃあ、早速、使ってみてもいいですか?」

「いいぞ。使う予定なんてないから」

「ありがとうございます……!! 顔は、すっぴんを見せたくないので、えーっと、手の甲に塗ります。これで使用感が分かるはず」

「ふぅん。見てみたいけどな、フィオナのすっぴん」

「だめですよ、私のすっぴんを見たら呪われちゃいますよ」

「っぶ、くくく!」

「え、そんなに笑うようなことですか……?」


 珍しい。先輩が口元を押さえ、肩を震わせてる。だって、お肌綺麗じゃないし。とんでもなく肌荒れしてるってわけじゃないけど、すっぴんを見せたらがっかりされそうで嫌だ。


「見たら呪われるって、そこまで酷くないだろ! すっぴんは呪物なのか?」

「はい。だから、見ちゃだめですよ! さぁて、どんな感じかな~」

「まったく。フィオナって時々、面白いことを言うよなぁ」

「え? おおっ、さらふわ!? さらふわクリーム状だ!」

「べたつかないのを売りにしているらしい。男向けの日焼け止めだ」

「はー、なるほど。うわあぁ、夏に使いたい!! これからの季節にぴったりの使用感。わっ、ひんやりする! さらさら、ひんやり~で楽しいっ」

「気に入ったのなら持って帰ってくれ。通常サイズもあるんだ」

「お姉様に勧められたんですね……」


 もったいないなぁ、使いやすそうなのに。男性向けだからか、淡いベージュ色だった。塗ってすぐ、肌に触ってもべたつかない。手の甲がつるんとなった。へっへっへ、これ、貰えるの嬉しいなぁ。手の甲に鼻を近付けて、嗅いでみる。塩と石けんが混じったような香り。不思議。


「ねっ、ねっ、嗅いでみてください! 不思議な香りがしますよ」

「あ……?」

「ほらっ! ね、良い香りでしょ?」


 先輩が戸惑っていたから、鼻先に手の甲を近付ける。獣人だから、これぐらいの距離で分かるはず。突然、手首を掴まれた。わぁ、綺麗な顔立ち。何回見ても慣れない。


 お姉様とよく似てるなぁと思ってたけど、微妙に違う。例えるなら、お姉様の美貌はさえざえと光る宝石で、先輩の美貌は磨き抜かれた剣。眉間にすごくシワが寄ってるのが残念……。好みの香りじゃなかったのかも。


「すみません、嫌いな香りでした?」

「いや、別に。これを毎日使うのか」

「はい! ちょっとしかないから、大事に使います。嬉しい」

「新品が二個あるから、一個やる。持って帰れ」

「い、いいんですか!? 大丈夫ですか?」

「もちろん。姉ちゃんが喜ぶし……。俺も使ってみようかな」

「ぜひぜひ! 海の香りが漂うセクシーな男になってください」

「またわけが分からないことを言いやがって」


 先輩がぎゅっと、一度だけ私の手を握った。何食わぬ顔で手を放す。び、びっくりした。表情に出てないよね!? 今のぎゅって、どういう意味なんだろう。意味なんて無いかもしれないけど、気になる……。私の写真が飾ってあったことを思い出した。うわあぁ、聞けないよ!! 思い出さなきゃ良かった。焦りつつ、化粧水の蓋を開けて、ばしゃっと腕にかける。


「そういう使い方なのか……?」

「あっ、えっと、これはその、腕の方が塗りやすいかなって」

「動くなよ。ティッシュ持ってくる」

「すみません!! ソファーが汚れちゃう! 高そうなのに……」

「気にしなくていい。それよりも、自分のTシャツを心配しろ。派手に濡れてる」

「うわぁ!?」


 やっちゃった。今日の私、食べ過ぎて胃が気持ち悪くなるし、ぐーすか昼寝しちゃったうえに、化粧水こぼして服を汚して……。小さい子どもじゃん。あーあ、だから、先輩も何かと気にかけてくれるんだろうなぁ。落ち込みつつ、無言で拭き取っていると、先輩が優しい眼差しで慰めてくれた。


「気にするなって。コーヒーをぶちまけたわけじゃないんだし。常温の液体で良かった」

「うっ、優しい!! 本当にすみません……」

「飯食いに行こうぜ。どうする? 消化に良いもんと言えば、サラダか?」

「胃が復活したのでBBQしたいです! 手ぶらでBBQできる店があるんですよ、前から気になっていて」

「やめておこうな。サラダにしよう」

「え~……」

「腹壊すぞ。BBQはまた今度」


















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