23.フライドチキンで生じた疑問
見なかったことにしよう。私は何も見てない、知らない。トイレから出たあと、深呼吸してから、リビングへ戻る。ちょうど、先輩が膝を突いて、マルティナちゃんにおむつを履かせているところだった。きゃんわいい!! ふわふわ尻尾を通すための穴がついてる! 急いでベビーサークルの中に入り、先輩の隣へ行く。
「手伝いますよ、先輩! 可愛い~!」
「あー、じゃあ、オスカーに着けてくれ。分かるか?」
「見れば分かりますよ。ここに尻尾を通すんでしょ?」
「一度しっかり説明する」
「あ、ありがとうございます……」
距離が近い。どうしよう、思い出しちゃった。なんでキッチンに私の写真、飾ってあるの? 聞きたいけど、絶対聞けない。すぐ隣でしゃがんでいる先輩がむんずと、オスカー君の尻尾を掴んで、穴へ通した。
「まずはこうやって穴に尻尾を通してから、テープで止める。そのあと、さらにズボンを履かせる」
「へー、おしゃれですね!」
「……こうしないと、噛んでズタボロにするんだ。気をつけてくれ」
「は、はい。そっか、じゃれついてる時に噛み噛みしちゃうんですね~」
「見慣れないからか、最初、おむつを着けた時にはしゃいで噛み付いて、めちゃくちゃになったらしい。あー、良かった、俺がいない時で」
「っふふ、本音が出てますよ」
先輩が私を見て、嬉しそうに笑う。いや、気のせい、気のせい。さっき、写真を見たから動揺してるだけ。なんか、先輩に好かれてるのかもって思っちゃったから、目がおかしくなって、先輩が嬉しそうに笑ってるように見えるだけ……!!
邪悪な考えを振り払うため、黙々とおむつを着ける。おむつを着けたテオ君がご機嫌で、鳴きながらじゃれついてきた。
「可愛いねぇえぇ~!! 一緒にお散歩しましょうね!」
「うにゃん」
「みゃあっ、みゃあーっ!」
「マルティナちゃん、主張強めで可愛い! 先輩、抱っこして歩いてもいいですか?」
「やめとけ。筋肉痛になるぞ」
「大丈夫です! ね、いいでしょ?」
「まあ、少しぐらいなら……」
なんで、私よりも私の筋肉を心配してるんだろう。やっぱり、私のことが好きだから!? いやいや、飛躍しすぎ。落ち着こう。先輩のやることなすこと全部、脈有りサインに見えてきた……。両手で顔を覆っていると、急に、頭へキャップを載せられる。
「ふあ!?」
「サイズが合わないだろうけど、かぶっておいた方がいい。陽射しが強くなってきた」
「……っ!!」
「フィオナ?」
「せ、先輩のなんですね、これ。あ、あありがたく、わっ、でも、バレッタが引っかかる!」
「貸してみろ」
「自分で外せますよ!?」
無視された。黒いスポーツキャップをもう一度かぶせ、毛束を穴へ通し、最後にきちんとバレッタをつけ直してくれた。こうやってつけ直してくれるのも、私のことが好きだから!? だめだ、落ち着かない。無理無理。目元を覆って深呼吸していると、低く、穏やかな声で呟いた。
「これ、休みの日なのにつけて来てくれたんだな。ありがとう」
「いいえ!! どういたしまして!」
「……」
「先輩、静かに笑わないでくださいよ!? も、もう、いっそのこと、笑い飛ばしてください!」
「すまん。予想外の返事でつい」
肩を震わせながらそっぽ向き、口元を押さえる。恥ずかしくて顔から火が出そう。あんな写真が飾ってあるだけで、ここまで動揺するなんて……。私ってば、チョロい。我ながら単純すぎる! 何事も無かったかのような表情の先輩と一緒に、ベビーカーへせっせと可愛い子トラちゃん達を詰めて、出発。
ベビーカーを押したかったけど、先輩に反対された。理由はキャップがずれ落ちてくるから。片手で黒いキャップを持ち上げ、視界を確保しつつ、エレベーターへ乗り込む。綺麗なエントランスから出た瞬間、夏の眩しい陽射しが容赦なく、照りつけてきた。
「わー、良いお天気……。暑い!」
「ぶかぶかだったけど、帽子を貸して良かった。大丈夫か?」
「は、はい」
「つらくなったら言えよ、保冷剤持ってきてるから」
「保冷剤を!?」
「ああ。チビどもがすぐ暑さにやられるんだ。バンダナの中に仕込んであるが、念のため持ってきた。フィオナのもあるぞ」
「ありがとうございます……」
私のためじゃなかった。すごく準備がいい。先輩って本当に面倒見が良いなぁ。嫌がってたのに、ちゃんと準備してる。笑って見上げたら、先輩の黒いキャップが目についた。お、おそろい。まさかのおそろい!? まあ、うん、黒いキャップなんてどれもこれも似たようなデザインだし、同じ物とは限らないよね。おそろいとは限らないでしょ。
「そうだ、子トラちゃん達、暑いのが苦手なら出かけない方が良かったんじゃ……?」
「心配いらない。ジェルマットを底に敷いてあるし、水浴び用の冷たい氷水を持ってきた。熱中症になるような天気じゃないんだ、少しは外で遊ばせないと」
(先輩、必死! そんなにピクニックがしたいの? 私とピクニックしたいから、わざとらしく言い訳を並べていたりして……)
危険な妄想をしてしまった。くっ、自分のことが許せない。危険な妄想ばっかりしていると、本当に好きになっちゃうんだ。経験済みなのに、また同じことを繰り返そうとしてる。保冷剤を用意してくれたのも、うわっ、危険、危険、だめだ。かなりまずい状況になってきた。背中に冷や汗が伝う。
「日除けシェードがベビーカーについてるんだ。ほら、見てみろ。涼しい」
「わ、分かりました。大丈夫ですよ! 引き返したりしないので」
「もっと暑くなってきたら魔術を使う。公園までそんなに歩かないから、必要ないと思うけどな。公園に着いたらすぐ、木陰へ移動して遊ばせる予定だ」
「ピクニック、楽しみにしているんですね」
「どちらかと言うと、こいつらの体力を削りたい。姉ちゃん、いつ帰ってくるのか分からねぇんだよ……」
「私で良ければ手伝うので元気出してください!」
「助かる。早めに帰ってきたら出かけるか。ショッピングモールに行きたかった」
おおう、最後の呟きが心臓に悪い。ぼそっと独り言のように呟いた。返事を期待していない温度。触れるか触れないか、すごく迷ったけど、結局触れることにした。
「か、買いたいものでもあるんですか?」
「いや?」
「じゃあ、どうして」
「ショッピングモールへ行ってはしゃぐフィオナが見たかった。今、ガラスの器だったか? 目で涼しさを楽しむっていう、コンセプトの期間限定イベントがあるみたいで」
「楽しそう!!」
「だろ? 食器や雑貨、流氷に寝転ぶ体験ができる魔術の、」
「うわあぁ、行きたかった! えーっ、すごい」
「喜ぶと思った。姉ちゃんが早く帰ってこなかったら、日を改めて行こう」
「はい、ぜひ!」
何を確かめようと思っていたんだっけ、私。あれ? 首を傾げながら歩いていると、公園に辿り着いた。真っ白なタイルが敷き詰められた広場に、大きな噴水が置いてある。白いタイル張りの地面から、水が出てくるようになっていて、子ども達がはしゃいで遊び回っていた。よく見てみれば、魚の形をした穴から、水で作られた魚がこぽっと生み出されて飛び、子ども達にぶつかってる。
「わー、綺麗な公園ですね。いいなあ、子育てしやすそうな環境で」
「……」
「先輩は結婚願望ってあります?」
しまった。今、一番しちゃいけない質問だよね。ないって言われたらどうしよう。いや、私には関係ない話だし!! キッチンに飾られてる写真を見ただけでこのありさま。妄想の中で先輩と結婚しようとしてる。まずい。焦って言い訳を並べようとしたら、先輩が口を開いた。
「もちろんある。両親にせっつかれてるということもあって」
「えっ!?」
「考え方が古いんだよ。まあ、親世代は大体みんな同じ考えだけど。獣人特有の気性の荒さが、結婚したら落ち着くんだ」
「へ~」
「全員が全員、落ち着くわけじゃないけどな。俺が暴力沙汰を起こすたび、結婚を勧められた」
「不思議です。結婚したら、落ち着く獣人もいるんですね」
「……殴ったのはチンピラやクズどもだ。自分から喧嘩を売ったことはない」
「どうしたんですか? 急に」
表情はあまり変わってないけど、ちょっぴり不安そう。先輩を励ましつつ、だだっ広い芝生横にある遊歩道を歩いて、人がいない木陰を探し回る。あった。見渡す限りある芝生の端っこに、木が何本か植えてあって、色が濃い葉陰を芝生の上へ落としていた。先輩がベビーカーを持ち上げ、遊歩道から芝生へ移動させていたところ、ふいに声をかけられる。
「あらっ、いいわね~! お散歩?」
「はい。天気が良いから、お散歩ついでにピクニックしようと思って来ました!」
さすがは高級住宅街。白いレースの日傘を傾けた、上品なおばあちゃん。シワのある首元を隠すためか、青と白のスカーフを巻いている。仕立てのいいリネンジャケットとロングスカートが似合うのは、ちょっぴり腰が曲がっているけど、背が高いから。モデル体型の美人を彷彿とさせる、青い眼差しと白いふわふわのショートヘア。若い頃は、ううん、今でも綺麗で美人! いいわねと言って微笑みながら、ベビーカーの中を覗き込んできた。
「獣人と人間のハーフ? とっても可愛い、ねんねしてる」
「そうなんです。だけど、」
「触ってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ。一番手前の子を触ってあげてください。人見知りしないんですよ」
(先輩!?)
白い歯を見せて、夏の太陽よりも眩しい笑顔を浮かべていた。えっ、あの先輩がお年寄りに優しくしてる。品が良いご婦人には優しいのかな? 年寄りは全員嫌いだって、吐き捨てそうな態度だったのに……。
おばあちゃんがレースの手袋に包まれた手を伸ばし、ねむねむしてるマルティナちゃんを、そっと優しく撫でた。すぐに甘えた声を出して、ちゃいちゃいと、前足を動かしてじゃれつく。ふわぁ~、たまらない。ピンク色の肉球だ。
「まあ、可愛い。お母さん、大変でしょう? 三人もいると」
「あ、私は……」
「そうなんですよ。ですが、機嫌が良い時は兄弟で遊んでくれるので助かります」
「うぇっ!?」
「それは助かるわね。大きなおてて! すくすく育ちそう。毛艶が良くて元気いっぱいね」
「ああ、こらこら。だめだぞ、お前達」
構って欲しくなったのか、寝転がっていたマルティナちゃんを踏みしめ、二頭がみゃあみゃあ鳴き始める。可哀相! 慌てて抱き上げようとしたら、先輩がすぐにテオ君を抱っこして、オスカー君を止めた。ベビーカーの奥へ追いやられ、不満そうに鳴く。
「ごめんなさい、お昼寝の邪魔しちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。いつもこんな感じなので。良かったら、この子も撫でてあげてください」
「まあ、ありがとう。優しい旦那さんね。トラの獣人はみんな、気性が荒いと思ってたけど」
「だ……!! っぐふ、うぇほ、げふ!」
「大丈夫か? フィオナ。水でも飲め」
焦りすぎてむせちゃった。ステンレス製の黒い水筒を受け取って、一気に水を飲む。あ、しまった。人の水なのにごくごく飲んじゃった。思考が止まる。
(あれ? もしかして私は今、合法的に先輩と間接キスを……?)
先輩が捨てた紙コップやストローを盗まなくて良かった。すごく自然に間接キスできてる。いや、でも、嬉しさを顔に出さないようにしないと。
私がぐるぐる頭を悩ませている間、先輩はおばあさんと談笑していた。夫婦じゃないって言わなくてもいいの!? いつ誤解を解くんだろう。誤解を解かずに、先輩が笑顔でおばあさんを見送った。手、手を振ってる……。
「良かったんですか!? 誤解を解かなくて!」
「別にいいだろ。二度と会うことがない他人だ」
「えっ? さっきまでの愛想が良い先輩はどこへ……」
「行くか。よしよし、占領されていないな。ちょうどいいスペースの木陰だったから、奪われたらどうしようかと」
「先輩!? なんか、お姉さんに申し訳ないです」
「言わなきゃいい話だろ。マルティナ、オスカー、テオ、木陰に行ったら出してやるからな」
「みゃっ」
「急に可愛がり出した!」
「気のせいだって」
先輩が愉快そうに笑い、ベビーカーを芝生の上へ乗せて、力強く押した。芝生の上でも難なく進んでいた。うーん、夫婦に間違えられる日がくるなんて。まあ、無理もないよね。
おそろいの黒キャップをかぶっているんだし、どこからどう見ても、休日、子どもを公園に連れて行って遊ばせている夫婦だよね。顔が熱くなってきた。先輩は強い風に吹かれ、嬉しそうにしている。見上げれば、目が痛くなるほど、鮮やかな青空が広がっていた。
(夫婦!! だめだあ~、妄想の肥やしにしちゃう! 見ず知らずのおばあさん、ありがとう……)
ずれ落ちてきた黒いキャップをかぶり直して、前を見つめる。手には先輩の水筒があるし、待って、先輩、水飲んでないかも。間接キスにはならない!? 今すぐ水を飲んでください、水筒を買い取りますって言おうと思ったのに、言葉が出てこなかった。黒いキャップの上に並んでいる銀色のトラ耳を眺めていると、先輩が振り返った。
「どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「……暑いからですね!!」
「言うと思った。ほら、暑いのならやる」
「ひゃっ!?」
先輩がポケットから保冷剤を出して、私の頬へ押し当てる。保冷剤と言っても、お肉や魚を冷やすための保冷剤じゃなくて、紺色の柔らかい素材に包まれた、丸い形の保冷剤。子トラちゃん専用かな? 熱を冷ますために、思いっきり強く頬へ押し当てる。変顔になるぐらい、押し当てても熱が冷めなかった。
「あーっ、涼しい! ここは楽園ですか? 可愛いふわふわちゃん達に囲まれているのに、涼しいだなんて……」
「じゃ、買ってくる。本当に店員おすすめサンドイッチでいいんだな?」
「はい! たまには冒険します。普段、自分が選ばないサンドイッチを選びたいんですよ」
広げたピクニックシートで寝転び、ベビーカーから解放されて、意気揚々と甘えにくるふわふわの子トラちゃん達に囲まれた私を見下ろし、先輩が笑う。
「分かった、買ってくる。ナンパされたら電話しろよ。蹴り飛ばしに戻ってくるから」
「も~、気にしすぎ! 可愛い子トラちゃん達を連れてるから、ナンパなんてされませんよ」
「分からん。ナンパされたら、そいつに骨を折るって伝えてくれ。行ってくる」
「は、はい。行ってらっしゃい……」
冗談? 本気? 目が真剣だったけど。飾られていた写真といい……突然、マルティナちゃんが胸の上に飛び乗って、にゃあと鳴いたから、あまりにも可愛くて思考が吹っ飛んだ。すみやかに抱きしめ、腹筋を使って飛び起きたあと、ふわふわのほっぺたや頭に沢山キスして可愛がる。お日さまと甘いミルクの香りがした。
「きゃわいいねーっ!! はあ、たまんない」
「にゅう、みゃっ」
「ごめんごめん、嫌だった? マルティナちゃん」
「ん~……」
膝の上に乗せたら、不満そうな子どものように唸って、顔を私の太ももへ押し付ける。はあ、天国。後ろに両手を突いて、ぐーんと足を伸ばし、頭上に広がった枝葉を見上げる。虫が落ちてこないといいんだけど……。
枝が涼しげに揺れていた。揺れるたび、マルティナちゃんの、木陰では白く見える銀色の毛皮に浮かんだ葉模様も揺れる。黄色と青チェック柄のピクニックシートは広くて、私が寝転がっても窮屈じゃない。空いたスペースでは、テオ君とオスカー君が鳥のぬいぐるみを引っ張り合いっこしていた。
「マルティナちゃん、お腹触らせて~。ふわふわ! ぽんぽこりん!」
「みゅう、にゃあんっ」
「次、いつ会えるか分からないけど、またこうして会えたら嬉しいねえ」
「んん」
ちゃんとお返事してくれる、可愛い。サービスと言わんばかりに、ドヤ顔で銀色のふわふわお腹を見せてくれた。ほんのりピンク色で可愛すぎる!! おむつを外してて良かった。
くすぐるように撫でたら、前足と後ろ足で腕を蹴ってきた。ふわぁ、世界一平和な攻撃だと思う。肉球がぷにぷにしてる、可愛い~。笑いながら撫でていると、ご機嫌で喉を鳴らしながら、うっとり目を細める。綺麗な青い目。先輩の子どもは何色の目になるんだろう。
(はい、危険な考えはやめる!! さっき、夫婦って言われたのがだめだった。うわぁん、やめよう。でも、先輩、嫌そうな顔してなかったなぁ……)
よし。こうなったら、オスカー君とテオ君と遊んで忘れよう。甘えんぼなマルティナちゃんを膝の上に乗せ、全力で足を動かさないようにしつつ、鳥のぬいぐるみを奪って振り回す。目をらんらんと輝かせながら、飛びついてきた。はあ、癒される!
きゅるんとした青い目、丸いトラ耳、まだ覚束ない足取り。そして、何よりも魅力的なのはふわふわの体。足が大きいのも可愛いな~。
全力で遊び、力尽きていたら、先輩が帰ってきた。私の背中に乗って、髪の毛をあぐあぐ噛んでいるマルティナちゃんと、足の間で眠るテオ君、ズボンのベルトを執拗に噛もうとしているオスカー君を見て、溜め息を吐く。
「どうしてこうなったんだ? マルティナ! 髪の毛なんか食ってもうまくないだろ? だめだ」
「にゅっ」
「すみません、先輩……。尊いマルティナちゃんのお腹に悪いと思って、食べさせないようにしていたんですけど、なぜか気に入っちゃったみたいで」
「髪の毛の心配をしろよ! まったく。だめだろ、マルティナ。いい加減にしないと怒るぞ」
「うにゃあん」
先輩に抱っこされたマルティナちゃんが、お行儀良く前足を揃えつつ、悲しげに鳴いた。可愛い! 可愛いが免罪符になることを知ってる顔だ、へへへ、可愛いなぁ。気が引けたけど、すやすや眠ってるテオ君を起こして、しつこく私のベルトを噛むオスカー君を抱っこする。はー、確かに三頭もいると大変だ。先輩のお姉さんが預けていくのも分かる。
「大丈夫か? フィオナ。疲れてきただろ」
「はは……でも、可愛いから癒されますよ。美味しそうなサンドイッチ、ありましたか?」
「あった。店員のおすすめと、フィオナが喜びそうなサンドイッチを買ってきた」
「へ?」
「余ったら俺が食う。好きなの選べ。ポテトとフライドチキン、ドリンクも買ってきたぞ」
「美味しそう、やったー!」
まだ食べられないのに、ご飯を見たら騒ぐという理由で、先輩が三頭を少し離れた木陰へ移動させ、三本あるリードを水色の球体に巻きつけた。不思議。あんなに小さいのに、強く引っ張られても動かないんだ。へー。
それまで比較的自由に動けていた三頭が、地面に踏ん張って、抗議の鳴き声を上げる。うう、胸が痛い……。先輩は子トラちゃん達に目もくれず、平然とした表情で、紙袋からサンドイッチを次々取り出していた。
「先輩、カートにせめて、乗せてあげたらいいんじゃないかと……」
「カートを破壊するぞ。飯をよこせって騒ぎながら、あちこち噛みつくんだ」
「ああ、じゃ、先にミルクをあげましょうよ! そうすれば、」
「騒いで吐き出す。満腹になってもどういうわけか、飯をよこせって騒ぐんだ。気にするな。あとでやるから」
「はい……。ちゃんと理由があったんですね」
「おう。フィオナとゆっくり食べたいからという理由で、離れたところに繋ぐわけないだろ」
あれ、聞き流した方がいい? 反応に困っていると、私にサンドイッチ入りの白い紙箱を手渡してきた。ずっしり重たいうえに、大きい。何が入ってるんだろう、これ。おそるおそる開けてみると、食パンの間に分厚いベーコン、チーズ、ハンバーグ、トマト、レタスが詰まっていた。
ものすごく食べにくそう。頑張ったら食べられるけど、顎周りが絶対、脂でべたべたに汚れちゃうよ。気になってる人の前で食べるサンドイッチじゃないでしょ、これ。
「それが店員おすすめのサンドイッチだ。でも、嫌だろ? さすがに」
「はい! みんな、これ、爽やかな公園に来てわざわざ食べるんですか!?」
「……一番高いメニューだから、勧めてきたんだ。フィオナはこっちを食え。フルーツと肉のサンドイッチ。好きなんだろ? フルーツと肉の組み合わせが」
「根に持ってます? サラダ専門店で逃げた時のこと」
「いいや、別に。話を蒸し返すために買ってきたわけじゃない。普通のサンドイッチもある」
「わっ、ありがとうございます!」
おかしそうに笑いながら、二つくれた。どれにしようかな? 片方は柔らかそうな食パンに、海老と玉子が挟んであるサンドイッチで、もう片方は粒マスタードとオレンジソース、鶏もも肉のおしゃれサンドイッチ。ふわぁ、どっちも美味しそう。
「鶏肉とオレンジのサンドイッチにします!」
「分かった。じゃあ、こっちはいらないな?」
「すみません、一切れだけください……」
「好きなだけ食え。フィオナのために買ってきたんだし」
「私のため?」
「そうだ。フィオナが食うのを見越して、フライドチキンも買ってきたから」
「そっ、そんなに食べませんよ! 心配しなくても大丈夫です……」
「遠慮するな。食え」
丁寧にフライドチキンを紙ナプキンで包み、真剣な表情で手渡してきた。好かれていると思ったけど、餌付けされてるだけ……? やっぱり、可愛いヒヨコちゃんにしかすぎないのかも。
複雑な気持ちで、紙ナプキンに包まれた部分を持ち、齧りつく。意外と美味しくてびっくりした。さくさくの衣、じゅわっとあふれ出てくる肉汁。スパイシーな香りが脂を中和している。
(外で食べてるから!? やたらと美味しい)
黙ってがつがつ食べる私を見つめ、先輩が満足そうに頷いた。もしかして、餌付けを楽しんでる? まっ、いいや。サンドイッチも食べよう。噛むと、柔らかい鶏もも肉に染み込んだオレンジソースが滲み出てきて美味しい。爽やか~!
そうそう、これこれ。夏の木陰にぴったりなサンドイッチ。うっとり目を閉じて、噛み締めていたら、先輩がフルーツ入りの冷たい紅茶を差し出してきた。
「これは!?」
「サンドイッチに合うかと思って持ってきた。飲め」
「ありがとうございます! 餌付け……?」
「違う。食べ物で釣れるほど簡単じゃないだろ?」
先輩はいつも通り話してるだけかもしれないけど、やたらとドキドキした。色っぽい微笑みを浮かべるの、やめて欲しい。私がカメラを向けた時だけ、表情作って欲しいのに!! 勧められるがまま、フルーツが浮かぶ紅茶を飲んで、フライドチキンに齧りついて、サンドイッチを食べて、ポテトを口の中へ詰め込んだ。
先輩とピクニックというよりも、先輩とデブ活。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。爽やかに子トラちゃん達とたわむれて、ゆっくりサンドイッチを食べるつもりだったんだけど……。
先輩はのんびり、陽射しが降り注ぐ公園を眺め、サンドイッチを食べていた。すごいなぁ。大きいサンドイッチなのに、淡々と噛みちぎって食べてる。顎が汚れてない。
「……どうした?」
「先輩、顎が綺麗ですね。私だったら、顎周りがべたべたになっちゃうのに!」
「口の大きさが違うからなぁ。潰して食ってるし。ほら」
「わあ……。手、汚れないんですか?」
「念のためにウェットティッシュ持ってきた。フィオナも使っていいぞ」
「ありがとうございます。先輩の子どもは幸せでしょうね」
「え?」
何から何まで準備してくれる、すごい。私は同じことをしろって言われても、多分できないや。絶対何か一つ忘れる。ふと気になって、子トラちゃん達を見てみると、地面に穴を掘って遊んでいた。こっちはめちゃくちゃ汚れてる!! 愛くるしい顔立ちが土でべったり汚れていた。
「せ、先輩! オスカー君とテオ君、マルティナちゃんの毛皮が真っ黒なんですけど!?」
「ああ……。間違えたな。さて、どうするか」
「ウェットティッシュで拭いても無駄ですよね」
「ある程度拭いてから、魔術で綺麗にする」
「そうだった! 私達、魔術が使えるんだった……」
「忘れるなよ。フィオナも一応魔術師だぞ」
「一応ってつけないでください! 私もれっきとした魔術師ですよ」
「どうだか。エレベーターを花柄にして、ばあさんの手を牛の前足に変えていただろ?」
「うっ」
「まだまだ未熟で半人前。世話が焼ける」
先輩が無表情でサンドイッチへ齧りつき、食べ始めた。勘違いしちゃいけない。やっぱり、私は先輩にとってヒヨコちゃんだと思う。じゃあ、なんで写真をキッチンに飾ってたの!? うわあああっ、聞きたい! 聞いて楽になりたい。
悩んでいたら、最後の一本になったフライドチキンを食べたがっていると勘違いされ、優しい表情で勧められた。ありがたく受け取って、フライドチキンを齧る。
(これでいいの? 本当に!? 私と先輩の関係って、本当にこれでいいのかな……!?)




