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魔術犯罪防止課のトラ男と面食い後輩ちゃんの推しごと  作者: 桐城シロウ
三章 フィオナの過去と強力なライバル
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22.先輩の甥っ子とささやかな秘密

 






 二人でどこへ遊びに行くか話し合った結果、ピクニックすることになった。ふー、危なかった。先輩が花畑か海を見に行こう、って言い出して焦ったぁ。これは負ける、無理と思ったけど、何とか、ほのぼのした雰囲気にしかならない、大きな国立公園でのピクニックにできた! 


 一応花が咲いてるし、公園内のキッチンカーでお昼ご飯を買ったあと、ベンチにでも座って食べる予定。食べ終わったら、近くのショッピングモールに行く。ハンガーを持つ手が震えた。


「だから、おしゃれする必要は無いんだけど……!! お兄ちゃんに買って貰ったお嬢様服は着て行かない方がいいよね、うん」


 諦めがつかないよ~……。全身鏡の前で、青いフリルブラウスと花柄スカートを合わせてみる。絶対こんなにおしゃれする必要は無い。縫製が良くて、生地がしっかりしてるから、王道の可愛いデザインでも高級感がすごい。


 ピクニックに着て行く服じゃないよね。大体もう、ズボンとTシャツだけでいいんだよ。適当にメイクして、何ならよれよれのスニーカー履いて、意識してませんアピールしなくちゃいけないのに、私ときたら! テーブルの上に置いてあった魔術手帳が鳴って、うっかり、服を落としそうになる。


「も、もしもし!? 私、待ち合わせ時間、勘違いしていませんよね!?」

「落ち着け、大丈夫だ。おはよう」

「おはようございます……。声がいつになく暗いってことは、もしかして」

「その通り。今日、行けなくなった。最悪の気分だ」

「えーっ!? 大丈夫ですか? 季節外れの風邪?」


 先輩の声がめちゃくちゃ落ち込んでいた。悲痛の色が見え隠れする溜め息を吐いたあと、弱々しい声で説明し始めた。


「いいや、違う。クソ姉貴が甥っ子を三頭、預けに来て……」

「甥っ子!? 甥っ子!!」

「こっちの話を聞かずに、嵐のようにやって来て、嵐のように去って行った。本当にごめん、フィオナ。不甲斐ない……」

「先輩の甥っ子!!」

「聞いてるか? 人の話」

「もちろん、聞いてますよ! えっと、お姉さんと遊びに行く予定でも、」

「無い。誘われても行かない。絶対に動かねぇ」

「……じゃ、じゃあ、先輩の家に行ってもいいですか!? 甥っ子さんに会いたいです!」


 預けるってことは、小さいよね!? 獣人の赤ちゃん(赤ちゃんかどうか分からないけど)見たいし、何よりも先輩の血を受け継ぐ甥っ子だし、先輩に会いたいし、ピクニックはやめて、先輩の家で一緒に甥っ子を見ればいいじゃん! でも、先輩がさっきよりも憂鬱そうな声を出す。


「チビどもの面倒、大変だぞ? ほとんどフィオナにさせるつもりはないが、でも」

「えーっ、だめなんですか!? お願いします、そこを何とか!!」

「忙しくて、ピクニックどころじゃねぇぞ。俺とろくに話せ、」

「いいんですよ! 甥っ子さんに会いたいから! 今、何歳ですか?」

「生後半年ぐらいか……?」

「わーっ、会いたい、会いたい! 先輩と喋れなくてもいいから会いたいです!」

「じゃあ、二人で会うのはまたの機会に」

「だめなんですか!? 違いますよね!? 一生のお願い、会わせてくださいっ……!!」


 必死に頼み込んだら、ようやく頷いてくれた。へっへっへ、先輩とピクニックよりもこっちの方が楽しいかも。ためらいなく、可愛いお嬢様服をクローゼットの中へ突っ込み、黒いポロシャツとズボンに着替える。


 先輩の甥っ子さん、どんな感じだろう。獣人の子だから、ふわふわのもふもふよね? 踊り出したい気分で、先輩から送られてきた住所と最寄り駅を確認する。思考が止まった。


「もしもし、先輩!? 私の家と近いって言ってたのに、あれ、嘘だったんですか!?」

「……道が分からないのなら、こいつらをベビーカーに乗せて迎えに行く」

「ここ、かなり遠いんじゃ!? 行ったことないんですけど」

「大丈夫だ。一時間半もかからない」

「どうして、あんな嘘を……」

「駅から近いし、まっすぐ道を歩いて行けば辿り、」

「ねえ、どうして嘘吐いたんですか? 教えてくださいよ!」


 私の家から職場まで四十分ほど。先輩の家から職場まで多分、三十分ぐらいかかる。ほぼ毎日、四十分かけて、私を家の前まで送り届けたあと、また四十分かけて戻って、そこからさらに約三十分ぐらいかけて、帰っていたってこと……? うわぁ、つらい。私なら仕事終わりにそんなことしない。というか、できない。ヘロヘロになっちゃう。


「言ったら、気にするだろ? 悩ませたくなかった」

「い、いいんですよ、別に! 無理して送らなくても……」

「無理はしていない。途中、走って帰るのが楽しいんだ」

「ええええっ!?」

「駅まで迎えに行こうか?」

「い、いや、大丈夫です。まっすぐ歩けば、辿り着くって言ってましたよね?」

「そうだ。人の流れに乗って改札口を出たらすぐ、わけ分からんモニュメントがあるから」

「わけ分からんモニュメント……? ちょっと待ってください、メモします!」


 話しつつ、魔術手帳に書いて送る。私が送ったメッセージを確認した先輩が「大丈夫、合ってる。じゃあな」と言って、おもむろに電話を切った。ああっ、もっと聞きたかったのに。


(わざわざ嘘まで吐いて、送り迎えしてたって一体どういうことなの!?)


 うわぁ、胸の奥がそわそわする。だから、どこに住んでいるのか聞いた時、答えなかったんだ。しれっとした表情ではぐらかす先輩を思い出して、悶絶しそうになった。悶絶してる場合じゃない。早く用意して行かないと。


 先輩の甥っ子が私のことを待ってる! 白いキャンバス地のトートバッグに、持って行こうと思っていた水筒とおやつを詰め込んで、黒髪を結ぶ。少し迷ったけど、先輩に貰ったばかりの、銀色リボンバレッタをつけてから外へ出る。


 陽射しが眩しくて、暑かった。でも、風が爽やか~。過ごしやすい天気。ピクニック日和だったのに残念、残念。……どこかほっとしてるなぁ、私。


 若干後ろめたさを抱えつつ、街中を走るトラムに乗って、うたた寝して、列車へ乗り換える。あっという間に着いた。車内アナウンスが「青い貝殻駅、青い貝殻駅~」って言った瞬間、体が緊張する。自分でも、緊張する理由がよく分からない……。


(あ、貝殻の絵。だからかな、青い貝殻駅って名付けたのは)


 人を乗せて走る魔生物が、駅の名前を決める。だから、素敵な駅名にしたい時は構内や駅のホームの壁に絵を描いたり、ベンチのデザインを芸術家に任せたりする。ぶしゅーっと、列車の形をした魔生物が息を吐き出す。


 いつもなら微笑ましいって感じるのに、今は何とも思わない。緊張で喉がカラカラ。言われた通り、人の流れに乗って改札口を出る。かなり大きくて立派な駅! 薄いベージュのタイルと白いベンチ、カフェのような休憩所、開放感がある高い天井と本棚付きの芝生。


 子供向けらしく、白い石で出来た円形のベンチが樹木と芝生を囲んでる。小さい子どもがお母さんと一緒に、本棚から絵本を取り出していた。ふぉわ~、おしゃれ。人が多いし、近くにショッピングモールでもあるのかな? 


 駅直結の大きなビルがありそう。雑貨屋が入ってるかも。誘惑に負けず、わけ分からんモニュメント────空中に浮かぶ白い物体に、目玉焼きが載ったパンやベーコン、食器が張り付けてあった────を通り過ぎて、歩道へ出る。


 薄いピンク色の花が咲いている街路樹が連なっていた。駅前の広場と同じ、ベージュと白のタイルが敷き詰められている。広くて綺麗な歩道。紺色のガードレールがあるから、交通量が多くても気にならない。黒と白を基調にした高級スーパー、テラスに陽射しを遮るパラソル付きのテーブルが並んだカフェ、美容室、ケーキ屋、一階にパン屋がある真新しいビル。


(た、高そ~……。もう少し歩くと高級住宅街がありそうな雰囲気。マンションが見えるけど、もしかしてあれ?)


 駅からまっすぐ歩いて、五分ほどの距離にあった。汚れが見当たらない、真っ白な高層マンションがそびえ立っている。嘘でしょ!? 無駄にでかくて、白いからすぐ分かるって言ってたけど……。


 怯えながら、両脇に花と木が植えられている白い大階段を上って、自動ドアの前に立つ。入りづらい!! しかも、コンシェルジュっぽいお姉さんが二人もいた。


 マンションと言うよりもホテルかな? 白い大理石の床、細長いグレーと黒の石が詰まれた壁、謎の黄色と赤のもやもやが描かれている絵。大きなソファーにテーブル、オットマン。そこだけ赤いふわふわの絨毯が敷いてあった。汚したら、お姉さんが飛んできそう。無心で部屋番号を打ち込み、先輩を呼び出す。


「……フィオナ? どうした」

「豪華すぎて焦ってます!! 早く開けてくださいよ」

「悪い、悪い。どうぞ」


 セキュリティが厳重で、エレベーターに乗り込む時も暗証番号が必要だった。暗証番号を打ち込んでいる最中、魔力登録しましたって表示されるし……。顔と魔力を把握されたら、もう逃げられない。誰かを刺したり、金品を盗んだりする予定は無いんだけど、そわそわしちゃった。


「うわぁ、高い! 速い! あれ、もしかして庭……?」


 エレベーターの窓ガラスに張りついて、下を見てみると、木が生い茂っていた。庭付き、ううん、公園付きのマンションだったりして。廊下から、綺麗な街並みを見渡しつつ、先輩の部屋を探す。意外と近かった。いいなぁ、エレベーターに近くて。便利。黒い門を押し開いて、玄関ドアの前に立つ。


 ドアの横に大きなベビーカーと自転車、傘立てが置いてあった。広すぎ。もう、ここだけで私の家のバスルームよりも広いじゃん。チャイムを鳴らそうと思って、指を添えた瞬間、グレーのドアが開く。


「先輩、こんにちは! あっ、手土産忘れてた! すみません」

「いらねぇよ、手土産なんて……」

「まだ落ち込んでいるんですか? やつれている先輩も色っぽくて素敵ですね!」

「……」


 顔色が悪かった。こんなに意気消沈してる先輩を見るのは初めて。写真を撮ったら、怒られるかなぁ。筋肉の盛り上がりが明確に見えそうなほど、薄手のグレーTシャツとジーンズを着てる。


(貴重な部屋着姿!! 網膜に焼き付けます)


 先輩が無言でドアを押し開き、真っ白な石の廊下に並んだ、紺色のスリッパを顎で示す。わー、玄関が広い! 靴箱も大きい。壁紙はグレーベージュで洗練された雰囲気。色々飾れそうな玄関だけど、何も飾っていなかった。先輩らしい。


 スニーカーから紺色のスリッパに履き替えてすぐ、靴箱を開けてみる。黒いスニーカー、冬仕様のもこもこブーツ、革靴、サンダル、ランニング用のスニーカーがきちんと並べられていた。先輩らしくてときめく。


「洗面所はこっちだ。おい、なんで靴箱を開けてる……?」

「すみません、写真撮ってもいいですか!?」

「手を洗え。その調子で冷蔵庫まで開けるなよ」

「大丈夫です! 私が開けたいのはバスルームのドアと寝室のドアなので」

「やめろ。甥っ子を触らせてやらないぞ」

「触るーっ!! ごめんなさい!」


 洗面所も広くて豪華だった。物がたっぷり収納できそうな三面鏡に、陶器製の白い洗面ボウル、アンティーク調の蛇口、眩しいライト。洗濯物が干せる黒いバー、綺麗に畳まれたタオルやリネン類が並ぶ、造り付けの収納棚、洗濯機と乾燥機。これだけ並んでいるのに、圧迫感がまるで無い。両手を伸ばして踊れそう。


「先輩の家、すごく広くて綺麗ですね……。私が来る前に片付けました? 普段から綺麗なんですか!?」

「多少は片付けた。まだ気にしてるのか? 汚部屋じゃないって」

「うわあぁ、つらい! 早く忘れてください……」


 思い出して死にそうになる。食器ぐらい、洗っておけば良かった。こんなに綺麗な部屋を見たあと、私の汚部屋を見るなんて……。気持ちを切り替え、わくわくしながらリビングに入ってみると、ベビーサークルの中に、大きな銀色の子トラちゃんが三頭いた。


 ふわふわの、銀色の毛に覆われた柔らかそうな体。大きい前足。つぶらな青い瞳。ぬ、ぬいぐるみにしか見えない。可愛いすぎる。一斉に青い瞳を見開いて、みゃあみゃあ鳴き始めた。


「かっ、可愛いーっ!! 抱っこしてもいいですか!? 噛みます!?」

「甘噛みはするけど、そこまで痛くない。ここから入れる。出さないようにしてくれ」

「はいっ! サークルもお姉さんが置いていったんですか?」

「常にあるんだよ……」

「あ、ごめんなさい。今の一言で全部分かりました」


 お姉さん、いつでも預けられるようにサークルを買って、先輩の家に置いて行ったんだろうなぁ。頑丈そうな木製サークルのドアを開けて貰い、中へ入る。下には毛足が短い、グレーベージュのカーペットが敷いてあった。私が膝を突けば、飛び跳ねながら、子トラちゃん達が近寄ってくる。その様子があまりにも可愛くて、いきなり抱っこしちゃった。


「かぁわぁいいーっ!! 可愛い! 柔らかいなぁ、ほわほわ!」

「みゃっ」

「かんわっ、可愛いでちゅねえええ!!」

「バッグ、ソファーの上に置いとくぞ。ズボンのポケットの中に、ガムとか入ってないか?」

「入ってませーん、大丈夫です! 可愛いでちゅね~! なんてお名前ですか?」

「青いバンダナを巻いているのがオスカー、黄色いバンダナはテオ、赤いバンダナはマルティナ」

「へー、一人は女の子なんですね! 可愛い! ふぁっ、くすぐったいよ~」


 抱っこしているテオ君に、顎をぺろぺろ舐められた。舌がざらついてるけど、くすぐったい。笑いながら引き離せば、青い、つぶらな瞳で見つめ返してくる。


 心臓が撃ち抜かれた。可愛いすぎるっ!! 思いっきり抱きしめると、柔らかい毛の間から、ほのかに甘いミルクの香りが立ち昇る。幸せはここにあったんだ、ほわぁ~……。テオ君の柔らかい毛に顔を埋め、思う存分ふがふが嗅いでいると、他の子もやってきて、みゃあみゃあ鳴き始めた。一生懸命、口を開けて鳴いてる。


「ごめんねえぇっ、忘れてないよ、大丈夫! マルティナちゃんもオスカー君のことも可愛がるからね!!」

「にゅうん」

「みゃっ」

「きりがないから、程々にな……」

「可愛い! 連れて帰ってもいいですか!? 別れるの寂しい!」

「来て数分しか経ってねぇぞ。だめだ」

「どうして正気を保ってられるんですか!? こんなに可愛いのにっ」

「……デートの邪魔をされたから。どんなものでも可愛いとは思えない」


 今、テオ君とマルティナちゃんを同時に抱っこしてるから、次はオスカー君だけ抱っこする? でも、マルティナちゃんが可愛くて放せない。


 女の子だからかなぁ。一番毛が柔らかくて小さい。骨が男の子に比べて細いのかも。なんか違う。テオ君を降ろして、マルティナちゃんとオスカー君を同時に抱っこする。腕の中に収まってすぐ、前足でマルティナちゃんを押しのけ、体をひねって、不満げに鳴き始めた。


「ごめんねえ!! だめだったか~、よちよち。オスカー君だけ抱っこしてあげるね! マルティナちゃん、大丈夫? 前足よわよわパンチされてたけど、痛くない?」

「みゃっ」

「返事してくれる!! 可愛いでちゅね~! 聞きましたか、先輩、今のお返事!」

「聞こえた。コーヒーと紅茶、どっちにする?」

「あ、いらないです。水筒持ってきたんですよ、私。お菓子も持ってきました」

「……コーヒーと紅茶、どっちにする?」

「そんなに落ち込まなくても! 分かりました。じゃあ、紅茶で」


 覇気がない表情を浮かべ、無言でキッチンへ向かう。おお、豪華だな……。子トラちゃん達に夢中で気付かなかったけど、かなり広い。ステンレス製の無骨なキッチンに、黒い石のカウンターテーブルがついてる。バーで見かけるような、背もたれがないタイプの黒い椅子が四つ並んでいた。


 その真横には、ダークブラウンの木材で作られたダイニングテーブルと椅子が置いてある。お姉さんのかな? 物が沢山詰められ、ぱんぱんに膨らんだ黒いリュックサックがテーブルに乗せられていた。


(夜になると、雰囲気が良いバーになりそう。モデルルームみたい、すごいな)


 サークルの中にあった、鳥のぬいぐるみを振って子トラちゃん達の気を引く。すぐに飛びついてきた。テオ君がぬいぐるみの首を噛んで引っ張り、マルティナちゃんがみゃっと鳴きながら、足に噛みついて引っ張る。


 家の中をじろじろ見るのは良くないかなぁと思いつつ、もう一度見渡す。カーテンは深いグレージュ色、縄のタッセルでまとめられている。テラスがあるっぽい? 白いレースカーテンの向こうに、観葉植物が透けて見えた。


 ゆうゆうと六人ぐらい座れそうなグレーのソファーに、同色の肘置きがついたソファー、オットマン、ガラス張りの黒いテーブル。パーティができちゃうよ、このリビング。


 部屋の隅には本棚と棚が合体したような、細長い木の棚があって、上の段に分厚い本と雑誌、下の段に救急箱らしきグリーンの箱とハンディモップ、卓上加湿機が置いてあった。


(ええ~、生活感が一切無い。こんなもの? 絶対違うよね。お兄ちゃんの部屋や元彼の家に遊びに行ったことあるけど……。ダントツで綺麗)


 神経質だった元彼の家よりも綺麗だなぁ。綺麗なんだけど、物への執着が一切無いというか、絶対、絵や雑貨に興味ないよね。知ってたけど。掃除の時、ためらいなく捨てそう。大事にしてる物がなさそうな部屋……。


 今度は黄色い羽根がついたスティックを振り回せば、それまでぬいぐるみに興味なんてありませんって顔をしていたオスカー君が、青い瞳を輝かせ、飛びついてきた。お尻振ってるところが超絶可愛い。


「よしよしよし~、飛びついてきたね! ほらほらっ、捕まえておかないと逃げちゃうよ」

「フィオナ、紅茶持ってきたぞ。休憩しよう」

「あっ、はい。放置して大丈夫なんですか?」

「大丈夫。三頭で勝手に遊ぶから」

「いいですね、兄弟って。三つ子ちゃんですよね……?」

「義兄さんが、姉貴の旦那が猫の獣人なんだよ。だから、三つ子になった」

「へ~、お世話が大変ですね」


 ベビーサークルのドアを開けて貰って、グレーのソファーへ座る。おおっ、沈みこむ。意外と柔らかいんだ、これ。毛布と枕を持ってきたら、ベッドに変身しそう。ここで寝泊りできる。生地がしっかりしてるし、ふかふわ。楽しくなってきちゃって、座ったまま弾んでいると、ようやく先輩が笑ってくれた。黒いマグカップを片手に、私の隣へ座る。


「気に入ったか? このソファー」

「はい! ベッドが無くても大丈夫ですね。余裕で寝泊りできます!」

「……」

「紅茶、あ、ちゃんと角砂糖二つに、ミルクがある」

「俺だって、フィオナの好みぐらい把握してるさ」

「ど、どうも……」


 テーブルの黒を映し出しているガラスの天板に、小さな白いミルクピッチャーと、白い小皿に載せられた角砂糖が二つ、白磁のティーポットが置かれている。何となく、落ち着かない気持ちになった。


 深みのある赤い紅茶が淹れられたマグカップは、私の手にとって大きすぎるサイズで、夜明けのような色合いの釉薬が塗られている。マグカップを両手で持ち、ゆっくり顔を近付けてみると、見えない湯気が頬に当たった。


(うわ~……。今、私、先輩の家にいるんだなぁ。二人きりじゃないけど)


 まずは一口飲んでみる。あ、美味しい。意外にも華やかで繊細な味わいだった。よく冷やしたゼリーケーキやティラミスに合いそうな感じ。へー、先輩のことだから、もっとこう、渋みのある、がつんとした味わいの紅茶を家に置いているのかと……。気になって振り返ったら、ソファーの背もたれに腕を乗せ、憂鬱そうな表情で紅茶を飲んでいた。ずっと落ち込んでる。なんで?


「先輩、これ、どこで買ってきたんですか? 美味しいですね」

「……あー、ついさっき、近くのカフェで買ってきた」

「カフェで!?」

「いつも、女性客が入ってるから。うまいのかと思って」

「へ~、常備してるわけじゃないんですね。ひょっとして私のためですか?」

「気に入ったのならやる。男友達に紅茶を出したって、喜ばねぇし」


 トラ耳をちょっとだけ動かしてから、紅茶を口に含む。そっかぁ、私のためかぁ。家に来るって聞いて、あのおしゃれカフェへ行って(多分テラス席があったカフェだと思う)、紅茶を買ってきてくれたんだ。やけに嬉しく感じた。にへにへ笑いながら、マグカップの中で揺れる紅茶を見ていると、先輩が話しかけてきた。静かな声で。


「……紅茶一つでそんなに喜ぶのなら、」

「みゃあっ! みゃっ!」

「どうちたんでちゅかーっ、待っててくだちゃいね! 今、抱っこしてあげまちゅからね!!」

「放っておけよ。どうせすぐに泣きやむ」

「可哀相でしょ! 胸が痛まないんですか!?」

「……」


 もー、こんなに可愛い甥っ子と姪っ子なのに信じられない。何となく、子どもが苦手なんだろうなとは思っていたけど。ベビーサークルの中に入って、私を大きな声で呼んでいたマルティナちゃんを抱っこする。満足そうに息を吐き出し、前足と後ろ足をぐーんと伸ばした。


 ふわぁあ、可愛い! 赤ちゃん抱っこができて感動。ふわっふわなお腹を見せるのに抵抗がないらしく、体の力を抜いて、リラックスしてる。つぶらな青い瞳が本当に可愛い。


「可愛いでちゅね~! ごめんね、マルティナちゃん。寂しかったよね? ママじゃないけど、抱っこしてあげるよ~」

「にゅう」

「へへへ、ねえ、先輩。獣人だからか、表情が豊かですね。意思疎通ができてる感じ! 本物のトラの赤ちゃんなんて、会ったことないけど、ぜんぜん違うような気がします」

「まぁな。成長スピードも遅いし」


 毛は銀色なのに、鼻先はうっすらピンクで可愛い。気持ちよさそうに目を閉じて、寝息を立てている。


「そうなんですか? いいですね。人間の赤ちゃんと比べて、育てやすいんじゃ……」

「家具の脚をボロボロにされるけどな。歯が生えてきたら血が出るまで噛まれるし、運動不足の日は壁に激突して大暴れ。しょっちゅう公園に連れ出して走らせる必要があるけど、人間よりは育てやすいかもなぁ」

「すみませんでした!! 私が間違ってました。人間の赤ちゃんも、獣人の赤ちゃんも大変ですね」


 下手すれば、人間の赤ちゃんより大変かも……。人間の赤ちゃんは手を、血が出るまで噛んだりしないし。ご機嫌で目を細めているマルティナちゃんを揺らしていると、足にオスカー君がしがみついて、うにゃんと鳴いた。テオ君がそんなオスカー君に飛び乗って怒られ、二頭がお互いを噛みながら転がる。


「うわぁ~、大丈夫かな。先輩! 怪我しそうなので止めてください」

「大丈夫だ。俺も小さい頃、あんな感じだった」

「見もしないで大丈夫って言わないでくださいよ! 止めてください、早く!」

「分かった、分かった。ああやって色んなことを学ぶんだけどなぁ」

「えっ……。ああ、だから今、拳で何でも解決しようとするんですね?」

「違う」


 先輩がソファーから立ち上がり、少し困ったような表情を浮かべ、ドアを開けずにサークルの中へ入る。足、なっが! 足が長くて、身長が高いからできる技だと思う。すぐに、毛を逆立てながら喧嘩している二頭の首根っこを掴み、持ち上げた。青い瞳がまん丸になる。


「そうじゃなくてだな……。噛む力とか、これをすれば怒られるんだって、つまり、兄弟で喧嘩しながら力加減を」

「っふ、ふふ、今日の先輩、なんだか弱ってますね。お姉さんが来たから? それとも、ここが家だから? リラックスしているんですか」

「……違う。せっかくの、ピクニック日和だったのに。潰されて気分が悪い」

「へー、すごく楽しみにしていたんですね。意外です。じゃあ、今からでもしますか?」

「こいつらを連れて?」

「はい。お外で運動させましょうよ。必要なんでしょ? 運動が」


 大きく溜め息を吐いた。先輩、もしかしてピクニックが趣味だったりする? 可哀相に。でも、きゃんわいい子トラちゃん達がいても、ピクニックできるから元気出して。慰めようと思って口を開いた瞬間、先輩がオスカー君とテオ君を抱き上げた。


「じゃあ、行くか。ピクニック。こいつらを連れて」

「やった! 玄関に置いてあるベビーカー、使いますよね? 荷物入れてもいいですか?」

「もちろん。好きにしてくれ。好きに使えと言って置いて行ったやつだし」

「この子達はええっと、ミルクですよね?」

「全部ある。俺が準備するから大丈夫だ」

「はーい!」


 出かける前に紅茶を飲んでおこう。いい感じにぬるくなっていた。もう一度、ソファーのふかふわ具合を楽しみつつ、紅茶を飲み干す。あー、良い香り。これ、ケーキと一緒に飲みたいなぁ。絶対に合う、美味しい。空になったマグカップを持って、立ち上がる。先輩はサークルの中に入って座り込み、子トラちゃん達にハーネスを着けていた。忙しそう。


「先輩、マグカップ、キッチンに置いても大丈夫ですか?」

「ああ、悪いな。シンクの中に入れておいてくれ」

「はーい。冷蔵庫は覗かないので安心してください!」

「覗いてもいいが、肉と卵しか入ってねぇぞ。あと、ベーコンとハム」

「ほぼお肉! 野菜は?」

「食い過ぎると腹壊す。たまに摂るぐらいでちょうどいい」

「そうでした」


 猛獣系の獣人はお肉を食べてたらいいんだよね、ちょっと羨ましい。ダイニングテーブルの横を通り過ぎて、キッチンへ向かう。ひゃあ、作業台がめちゃくちゃ広い! 黒いトースター、コーヒーマシン、オーブンレンジ、食パン一斤が置いてあるのに、まだ作業スペースが残ってる。使いかけの食器やフライパンは置いてなかった。ちぇっ、残念。


(というか、どこにあるの!? 調理器具が一切見当たらない……。引き出しに全部しまってあるんだろうなぁ)


 作業台の横には、造作の黒いカップボードと冷蔵庫が置いてあった。ぴかぴかに磨き上げられたシンクの中へ、マグカップを置く。飾り気がない、モデルルームみたいな部屋。もう少し何か飾ればいいのに。ま、先輩らしいけど。顔を上げて、リビングにいる先輩を見ようと思ったら、信じられないものが目に飛び込んできた。


(……えっ? 嘘でしょ)


 ごちゃつくキッチンを隠すためか、黒い石製のバーカウンターとキッチンの間にある出っ張りに、私の写真が飾られてた。前に撮られた、笑顔の写真。きちんと、木製の写真立てに収められている。き、気付かなかった……。バーカウンターの破壊力がすごくて。写真の中の私は、ちょっとだけ照れ臭そうに笑ってる。


(うわああああああ!! なん、なんで!? どうしてっ、さ、皿、皿洗ってる時に見てるの!? えー、なんで!)


 見てはいけないものを見ちゃった。うわああ、どうしよう。平常心保てる? 無理、絶対無理。でも、見たことがバレてしまったら、私も先輩もかなり恥ずかしいことになる。ピクニックしてる場合じゃないよね。うわ~……。一旦冷静になるため、まぶたを閉じる。


(落ち着いて、私。写真が飾られていただけだから。うん、大丈夫、大丈夫!)


 どうして、私の写真なんか……。胸がきゅっと狭くなった。じ、自分が撮った写真を、素敵だなと思って飾ってるだけかもしれない。そう、先輩はナルシスト。俺が撮った写真、イカすぜ、素晴らしいぜと思って見てるだけじゃない? 


 暴れ出した心臓を押さえ、トイレへ逃げ込む。トイレに私の写真は飾られていなかった。良かった。ホテルライクの、真っ白で広いトイレが気持ちを落ち着かせてくれた。


「うわぁ~……。紅茶買う前にやることがあるでしょ! まったくもう!」




















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