第453話 月は無慈悲な……
「おお……ここまで近くで見ると、でかいものだな」
いきなりあたしの足元で声がしました。
誰かと思えば、リュウテリア公国に残ったポチャリーヌです。
なぜここにいるの?
いや、どうやってここに来たのよ?
ナイアの結界のおかげで使徒達が活動出来ないから、転移魔法で来れないはずでしょ?
「うん? 妾がここにいるのが不思議なようだな。ケットシー三姉妹の魔力を借りて、空間跳躍魔法でエルドランテの王都まで来たのだよ」
「いや、来た方法じゃなくて、向こうはいいの?」
「そっちか。向こうの反逆者どもは全て成敗してやったわ!」
「ああ、そうか」
「イタクァとか言う邪神も現れて戦ったが勝てなかったな。どういう訳か、ナナミィが危ないと教えてくれたぞ。で、そのままどこかに消えた」
「「「えぇっ!」」」
ポチャリーヌの話す事が斜め上すぎて、全員困惑してます。
あのイタクァが、あたしの危機を教えたってコト?
「つまりイタクァを含めて、一連の事件はナイアの思惑通りに進んでおるという事だろう。我らは奴の手の平の上で踊らされてる訳だ。業腹だがな」
業腹……めっちゃムカついてるって事ね。
その割には、ちょっと楽しそうだぞ。
「こっちはナイア本体と戦っておるのだろう? 今は有利なように見えるが、勝てそうか?」
ポチャリーヌがあたし達に尋ねました。
「たぶん……無理なんじゃないかな」
「そうだね。深刻なダメージを受けてるようだけど、魔力は全然減ってないし」
「奴はまったく本気を出しておらんぞ」
本気を出してないからか、なんとなく戦えているように思ってしまうのです。でも、魔力に差がありすぎて、勝てる気がしません。
しかも、何を考えてるのか分からないし。
「ふぅむ、決め手に欠けるという訳か。王都に近くて、街の被害を気にして思い切って攻撃が出来ないからか?」
と、ポチャリーヌ。
「いやぁ……街にはナイアが張ったバリヤーで被害は出ていないんだけど……ね」
「ふ~ん。……うん? ナイアのバリヤーだと? ナイア本体は王都を襲っているのに、なぜ分身が守るのだ?」
「ね~~。わかんないよね~~」
「お主、相変わらず軽いな」
ポチャリーヌに失礼な事を言われた。
まあ、その通りなんだけどさ。
そもそもあたしに、頭を使わせる方が悪いのだ。
「なんにせよ、奴を倒すには戦力が不足しているわけだ」
「そうなのよ、あたしの従魔をみんな呼んでも足りないし、使徒が全員いてもダメでしょうね」
「あと戦えそうなのは、エンシェントドラゴンのダンテや、ユニコーンのアルテミナとアポロンか。守護聖獣もいたな。とは言え、頭数だけ多くても役に立ちそうにないがな」
あたしとポチャリーヌは、邪神ナイアの方を警戒しつつ話すのでした。
この子の言う通り、数が集まっても犠牲者が増えるだけになりそうです。
魔力値が45万なんて、桁違いにもほどがありますよ。
ラビエルやクトゥグアでも、数万の魔力値だったのに。まあ彼らは弱体化をしているので参考にはなりませんが。
「それなら、お主の使い魔の力を借りた方がよさそうだ」
「だね。邪神から生まれたメロンちゃん達なら、対抗出来そうだよね」
具体的にどうすればいいのか分かりませんが、あの子達の力を借りればもっと強くなれそうです。
『本気を出していないか……なるほど、そうかもしれんな。ならばお互いに本気を出せるようにしようか』
邪神ナイアがそう言うと、空を見上げたのです。
『あと4時間後ぐらいか?』
「へ?」
そして、空の彼方を指差しました。
『ここの上空を女神の空中神殿が通るのだ。我を早く倒さねば、空中神殿を消滅させてやろうぞ』
そう言うと邪神ナイアは、にやりと笑った。
「なんだと~! 女神様に手を出すのは許さんぞ~!」
『それなら我を倒せばいいだけだ。さあ、頑張らねば大変な事になってしまうぞ』
「お前はそれでも姉かぁ~~」
『姉と言ってるのは我の分身の方だろう?』
「お前にも、大きなおっぱいがあるではないか!」
『形が似てるだけだろう?』
ああ……ラビエルと邪神ナイアで、不毛な言い争いをしてるよ。
いや、ちょっと待って。いつの間にか邪神ナイアの体が元どおりになってます!
魔力が動いたと思ったら、一瞬で戻った。魔力の方はけっこう減ったようですが、それでも全体から見たらわずかです。
『しかし4時間も待ってられんな。おおそうだ、あそこに見える月にしよう。どこぞの世界ではディアナとは月の女神の事だし、女神の代わりになるだろうよ』
そう言って邪神ナイアがあらためて指差したのは、空に浮かんだお月様でした。
この世界にも月があり、昼間でも明るく光っています。空気が綺麗で鮮やかに見えるのと、月面の土の成分が関係しているそうです。
「月がなんだと言うんだ?」
『空中神殿の代わりに、あの月を破壊してやろうと言うのだよ。なあに、我の魔力ならば一瞬でばらばらに出来るぞ』
確かに魔力値が45万もあれば、小さな衛星ぐらい壊すのは簡単でしょう。
でも、そんな事をして何になるっていうの? あそこには誰も住んでないよ。
「ちょっと待て、そんな事は聞いてないよ。余計な事をするんじゃないよ!」
『なぁに、ちょっとした余興よ』
「アホか! 余興で済むか!」
気が付くと、分身のナイアがいたのです。
なんか自分の本体に文句を言ってる。
「月が無くなったら、お月見が出来なくなるか……」
「いやいやいや、月が一瞬で無くなったら大災害が起こるぞ。潮汐力が消えて、海面が下がって世界規模の津波が発生するし、大気でも同じ事が起こって、嵐が世界中に吹き荒れるだろうな。それに地震も頻発するだろうし、世界の終わりだ」
ポチャリーヌが恐ろしい事を言い出したよ!
確かにそうだ。月がある事で、潮の満ち干があるんだ。それが無くなって海面があっという間に1mでも下がれば、海岸では大津波になるんだった!
「頭の悪いお主でも、何がまずいのか理解出来たようだな。これは女神様を殺される事より大事なのだぞ」
「落ち着いている場合か! そしてあたしの頭は悪くないぞ~!」
取り敢えずポチャリーヌに抗議しておこう。
分身ナイアが呆れた目で見てるけど、気にしない。
『さて、事の重大さが理解出来たようだな。昼間の月も乙なものだが、盛大に弾け飛ぶ様はさぞ見ものだろうよ』
邪神ナイアは、まるで愛おしい者のように、指で月を撫でるのでした。
「本気かい? 話が違うよ」
『お前がここで女神に協力している事は知ってるが、どうせ今の女神の治世など長続きはすまい? ここで華々しく終わらせるのも一興よ』
「ちょっ……!」
分身ナイアは何かを言いかけました。
しかし、最後まで言う事は出来なかったのです。
『ここでの分身はもういらないな』
邪神ナイアが手を振ると、分身ナイアが崩れていってしまった!
え? 分身って自分の子供のようなものじゃないの?
『これでこの世界でやる事は終わった。トリエステを守りたいなら、全力で挑む事だ。出来なければ、月を壊して世界は終末を迎えるぞ』
今までも、世界のピンチはいくらもありました。
ショゴスやクトゥルフ、それにクトゥグアの時もやばかった。それでもなんとかなりました。
しかし、今度の相手は桁違いに強いのです。
あたし達の全てを賭けねばならないほどに。




