第207話 謎の魔獣の正体判明
謎の魔獣は、あたしが入ってるバリヤーを握り潰そうと、4つの手がガッチリつかんでギリギリと力を入れてるよ。
そんな程度でバリヤーは破れないけど、このままじゃ逃げられない。
バリヤーを解除した途端に、あたしが握り潰されちゃうから。
さあ、困ったぞ。
でも、大丈夫なんです。
こんな事もあろうかと、すでに対策は考えてあります。
それはあたしの背中にいる影魔くん。彼は連絡のためだけじゃなくて、こういう事態になった時のためにもいるのです。
あたしはブレスレットの中から丸い紙を出し、それをバリヤーの天井に貼り付けました。丸い紙の裏には、当然影が出来ます。そこから影の中を通って移動するのです。
「じゃあ、脱出するよ。よろしく」
あたしが影魔くんにお願いすると、彼はあたしの背中をポンポンと叩いて、体を駆け上がって行きました。
そしてあたしの頭の上から、紙の裏の影に飛び込びました。
影魔くんが再び影から体を出したので、あたしが足を握ると、彼はあたしを引っ張りました。
するとスポーンと、影の中に入ってしまいました。
さらにタイミングを合わせて、バリヤー発生装置のスイッチを切ります。これで奴はあたしがいなくなった後の、空気を捕まえている事でしょう。
影空間の中は、思ったより明るい空間でした。
何も無い場所かと思っていましたが、周りにはいろんな物が浮かんでいました。コケの付いた大きな岩に、木が放射状に生えていたり、水が空中を川のように蛇行して流れていました。
しかし、そんな景色が見えたのも一瞬。
すぐに元の空間に出て来ました。
スポーンと飛び出すと、目の前にはポチャリーヌがいました。
どうやらポチャリーヌの影から出て来たようです。
「よし、ちゃんと脱出出来たな」
「あれ? あたしが敵と遭遇したのを分かってたの?」
「当たり前だろう? 影空間で監視している影魔が教えて来たぞ」
「ああそうか」
そう言えば、監視のための影魔がいたんだった。
あれ? なんか忘れてるような……
「あっ! ラビエルとミメットさんを置いて来ちゃった!」
あの二人は、さっきいた辺りを一緒に捜索しているはずです。
まずいぞ、早く知らせないと謎の魔獣にやられる。
「ラビエルなら、さっき知らせたぞ」
ポチャリーヌが言うと同時に、あたしの目の前にウサギとエルフが現れた。
「あ~~、七美は無事だったのだな~~!」
「うん、無事だから慌てないで。影魔くんのおかげで逃げられたよ。あと、バリヤーも役に立ったよ」
それを聞いてラビエルは安心したようです。ミメットさんはと言えば、ポカンとしていました。
「ハッ! これが転移魔法なのですか? 凄いです! 初体験ですよ!」
あたしに気が付いたミメットさんが、一気に捲し立てました。
「あ~ハイハイ、それは後でな。そのエルフが何なのか聞きたい所だが、まずは敵の事だな。バリヤーが役に立ったと言う事は、攻撃を受けたのか?」
「うん、いきなり空中から腕だけが4本降りてきて、捕まりそうになったの」
「腕だけとは面妖な……。本体は見えなかったんだな?」
「うん。それに嫌な魔力も感じなかったよ」
「本当か?」
ポチャリーヌは考え込んでしまいました。
「考えられるのは、体を亜空間に隠しているのか、魔力を遮断する能力があるかだな。どちらにせよ、厄介な敵だ」
体が見えない、魔力も感じない、さらにどんな魔獣か分からないとは、まったく厄介なものです。
「それで、そのエルフは何なのだ?」
ポチャリーヌがミメットさんを、ジロリと睨んだ。9歳のイヌ少女が睨んでも、可愛いだけですがね。
「え~~と、ハンターのミメットさんよ。森の中で会ったの」
「ほ~~、ここの平原は現在ハンター立入り禁止なのにか?」
「そうだね、どういう訳だか」
と言って、あたしとポチャリーヌがミメットさんを見つめた。
「すみませんっ! 今なら素材が取り放題だと思いまして、Dランクの私が稼ぐ為にはどうしても……」
ミメットさんは圧に負けて白状しました。
まあ確かにDランクは、まだまだ駆け出しですもんね。そんなに高額な報酬の依頼なんて受けられないから、無茶してしまったのでしょう。
「ミメットさんはエルフなら、スピネルさんのお知り合いですか?」
「いえいえ、私ごときがスピネル様と知り合いなどと、恐れ多いですぅ!」
スピネルさんの名前を出したら、すっかり恐縮されちゃいました。
さすがに貴族令嬢とは、気軽に話す事は無かったのかな?
「まあいい、それよりムートの方にも注意をしておいた方がいいな」
と言ってポチャリーヌがブレスレットの通信機能を使って、ムート君に連絡を取ろうとしました。
「ムートか? 今さっきナナミィが例の魔獣と接触した。お主も警戒……」
「あぶな~~~い!」
ドッカ~~ン!
あたしはポチャリーヌにタックルをかまして、吹っ飛ばしました!
あの4本の腕が突然現れて、ポチャリーヌを捕まえようとしたからです!
あたしとポチャリーヌが地面を転がっている後ろで、4つの大きな手がバチンと空中を掴んでいました。
「くっ……リリエル、奴の姿を撮影だ!」
ポチャリーヌはすぐに立て直して、リリエルちゃんに指示をしていた。
「ハイですぅ! ああ……消えちゃった」
謎の魔獣はハントが失敗したと見ると、さっさと逃げてしまったようです。
「撮り逃したか?」
ポチャリーヌがリリエルちゃんに尋ねました。
「大丈夫ですよ、ちゃんと写ってます」
「よし、でかした!」
「七美もミメットも警戒を怠るなよ。まだ居るかもしれんぞ!」
そして全員で空を睨んで、魔獣が襲って来ないか警戒をしました。
しかし、あれから現れる気配は無し。
ホッとしたような、残念なような……
「今のが皆さんが探してる、謎の魔獣なんですか?」
「ミメットさんに心当たりでも?」
「ええ、あれはエルドランテ王国に住む、ペナンガランと言う吸血魔獣です」
なんと! ミメットさんが魔獣の正体を知っていました!
「エルドランテでも珍しい魔獣で、長らく腕だけの生物だと思われていました。何年か前に初めて、全体像が確認されたのですよ」
そしてミメットさんは、地面に絵を描いてくれました。
それは、ツチノコに腕を4本付けたような格好の魔獣でした。長い舌をしており、これで獲物の血を吸うのでしょうか?
「こいつはどうやって、姿を隠しているんだ?」
ポチャリーヌがミメットさんに尋ねました。
「それは……謎なのです」
「「「「ああ~~……」」」」
一同ガッカリ。
まあ、そんなに簡単に分かるはずも無いか。
「私が思うに、腕が見えると言う事は、姿を消す能力は無いのですよ。だから別の空間から腕だけを出して、獲物を捕まえるんですよ!」
フンスッと鼻息荒く、自説を披露するミメットさんだった。
「だとしたら、影魔が探知出来なかったのは何故だ?」
ポチャリーヌがそう言うと、彼女の頭に乗っていた影魔が、体を傾けて『分かりませ~ん』と可愛くアピールしてた。
「そう言えば、あたしが影空間……亜空間を移動してた時に、岩だの川だのを見たけど、そんな所に隠れてるんじゃないかな?」
「……なるほど、そして魔力を隠蔽する能力があれば、見付けられない……か」
ポチャリーヌは考え込んでしまいました。
「凄いですねぇ、亜空間に入ったんですか?」
「ええ、一瞬でしたけど。全てが空中に浮いていましたよ」
「うわ~~、何て不思議なんでしょう!」
こんなファンタジックな異世界でも、空に浮く岩だの川だのはありませんからね。空に浮くのは、女神様の空中神殿くらいです。
「となると、亜空間に入らねばならんか……。あ……ムートに連絡するのを忘れておったぞ」
「え? そうだった、早く魔獣の事を教えないと!」
あたし達がムート君の事を思い出した時、遠くで異変がありました。
炎が柱のように立ち上ったのです。
あれはドラゴンブレスだ。
かなりの威力のブレスが3回ほど吐かれ、立木が燃えていました。
「あれはムートだな? 魔獣に遭遇して攻撃したのだろうが、あれ程の威力のブレスならば、魔獣を倒してしまったのかもしれんな」
ラビエルがちょっと自慢げに言った。
かつてラビエルは、ムート君のパートナーだったからね。
え? じゃあ、討伐任務はもう終わり?
そして亜空間に魔獣を探しに行くって話もナシですか?
「え? もう倒しちゃったんですか? 残念だな~私も亜空間見たかったのに~」
「は? 連れて行くわけないだろ」
呑気なミメットさんに、ポチャリーヌが突っ込んでいた。
「私だって役に立ちますですよ」
「いや、Dランクじゃ無理だろう」
「はうぅ……!」
ポチャリーヌのさらなる突っ込みに、さしものミメットさんも凹んでしまったよ。
「でも、まだ倒せたかは確認出来て無いでしょ?」
あたしがミメットさんの援護をしてあげました。
「ふむ……確かにな。取り敢えずムートに聞いてみるか?」
「その必要はないわよ」
ポチャリーヌがブレスレットの通信機で呼び掛ける前に、ミミエルとムート君がやって来ました。
いきなり真っ白なアリコーンが現れて、ミメットさんが腰を抜かしちゃった。
「うわわわわ……馬がいきなり……あれ? 馬じゃない?」
「うん? 馬なわけないでしょ、女神様の御子のアリコーンよ!」
ムート君を見て戸惑っているミメットさんに、ミミエルが自慢げに言った。
使徒はパートナーを自慢しがちなのか?
「おお、来たな。魔獣をやったか?」
ラビエルがムート君の背中に飛び乗りながら聞きました。
「それが……すんでの所で逃げられてしまいました」
と、残念そうに話すムート君。
「「「えっ?」」」
「だって、しょうがないじゃないの! 相手はさっさと消えてしまったのよ〜!」
ミミエルがジタバタと言い訳をして、あたしらはガッカリ。
「あ〜〜っ! それって、ディアナ様の息子様ってわけなんですかっ!」
「「「えっ?」」」
ミメットさんのワンテンポずれた発言で、全員の頭が『?』になっていた。
例の魔獣……ペナンガランとの決着は、まだ付いていないのでした。




