提案
「キクちゃん、今日からバイト再開するんだっけ?」
「うん、ドーナツ屋の店長からは休んだ分働いて貰うって言われて、シフトをガッツリ入れられたよ」
「アハハ、ご愁傷様」
復学して三日ほどが経った昼休み。教室で一緒に昼食を摂っていた東や西尾と雑談をして、穏やかな午後を過ごしていた。
学校に戻ってきた直後は周囲からは奇異の目を向けられたこともあった。だが一緒に事件を追っていた東や西尾、大秋や江夏が積極的に話しかけてきてくれたこともあり、教室内での居心地の悪さはなかった。
そこへ「三人とも、最近は仲良しさんだねえ」と、サイドテールを揺らしながらギャル五人衆の一人、春宮が俺たちのところへ来た。
「おうよ、俺たちもうマブだかんね。んで、ハルミィどうかしたん?」と、東が言う。
「うん、ちょっとキクっち借りていい?」
「俺?」
「うん……今日のバイトのことで……ちょっとね」
「ああ、わかった」
「ヒュウ、女子から呼び出しとは、キクちゃんモテるねえ」
「そんなんじゃないっての」
軽口を返し、歩き出した春宮に続き廊下に出る。
話なら教室でもよかったはずだが、なんとなく春宮の後に続いて廊下を歩く。
「春宮、どこまで行くんだ?」
「うん、あと少し」
彼女の後に続いて階段を昇っていく。
同じバイト先で働く春宮からバイトの話となれば、なにか店長から伝言でも預かっているのだろうか。
そんなことを考えながら、階段を昇っていくが違和感を覚える。段々と人の気配が辺りから消えていき、このまま進めば封鎖されている屋上まで到達しそうだった。
そして、階段の先には嫌な人物が待ち構えていた。
「げっ、冬樹」
「なにが『げっ』よ。ありがとうハルミィ。この馬鹿をここまで連れてきてくれて」
やられた。
まさか春宮が俺をはめようとするなんて思いもよらなかった。小柄な彼女を見れば、少し笑って悪戯めいた表情をしている。
「キクっち、これでお返しね」
「お返しって、なんの?」
「アタシたちに黙って危ないことをしてたから、そのお返し。あれ? お返しとは違うかな? ま、いいや。アタシは教室に戻るね」
「……春宮っ」
「ん?」
「……庇ってくれて、ありがとな」
「……キクっちがいないとバイトが退屈だもん。サオリン、あんまキクっちをいじめちゃダメだよー」
そう言って春宮は手を振って階段を降りていった。
そして、いつかの時と同じように、屋上扉の前には俺と冬樹が睨み合っていた。
「……汚いぞ冬樹。春宮をつかって俺を呼び出すなんて」
「仕方がないでしょう。最近では東や西尾がべったり張り付いてるし、菊地が私のことを避けているんだから、こうでもしないとろくに話ができないんだもの」
「……なにか用か?」
「わかっているんでしょ? 莉愛のことよ」
冬樹に呼び出された時点でなんとなくは予感をしていた。
教室でも極力彼女に近寄らように努めた。結果として、いつも陽代美と行動を共にしている冬樹も避けていた。
「莉愛や亜由から大筋の話は聞いているわ。まったく面倒なことにしてくれたわね」
「……冬樹には迷惑をかけてはいないだろう」
「とんでもない、大迷惑よ。莉愛は菊地が学校に戻ってくることを待ち望んでいたってのに、なによ、教室でのあの態度は。莉愛が話しかけようとすれば避けたりなんかして。おかげで莉愛のモチベが駄々下がりよ、生徒会選挙も控えてるってのに」
「……理由は知っているんだろ。俺はもう、陽代美と関わりを持つことはできないんだ」
「ええ、ええっ、そうね。でもね、毎晩毎晩、莉愛から私に電話がかかってきて『キクと話したい、キクと話したい』って涙ながらに話をされるのよ」
「そ、それは――」
「あああああっもうっ、私の頭がおかしくなりそうよっ! なんで私が菊地のことなんかで莉愛から相談をされなきゃなんないのよ! 私の貴重な時間をこんな男に使うなんてナンセンスだわ!」
冬樹はパーマがかかった頭を振り乱しながら悶絶していた。
普段は冷徹な人物が面白いくらいに取り乱しているところを、動画でも撮って春宮にでも送ってやろうかと思い携帯端末を構える。
「ちょっと! 真面目に聞いてんの?」
「はい」
「と、に、か、く。莉愛の考えはわかったでしょ? それで菊地は、どう考えてんのよ。莉愛とこのままでいいと本気で思ってんの?」
「だから……仕方がないだろ。俺が警察に捕まらなかったのは陽代美の親父さんのおかげなんだし、約束を破るわけにはいかない」
「約束なんて今はどうでもいいの。菊地はどうしたいかって聞いてんの」
「……俺は、なにかを言える立場じゃない」
「ハッ! なによそれ。要は、アンタはラクになろうとしているだけじゃない」
「――ッ」
「今の状況に納得していないって顔にかいてあるわよ。でも、約束だからって言い訳をして動かないなんて、ハッキリ言ってダサいわよ」
唇を噛む。
俺だって陽代美と話がしたい。怪我の調子はどうだったか、文化祭で生徒会の手伝いをしてどうだったかと。しかし、できない。
陽代美と関わらないことが義父と交わした約束である。もし、義父との約束を破れば陽代美が守邦高校を転校させられかねない。彼女がせっかく築き上げた、二年C組の皆が仲のいいクラスは崩壊しかねないだろう。
「ダサくて結構だ。それで陽代美が楽しく学校生活を送れるなら――」
「黙れ、童貞」
「なんだと、処女」
「それにね、私にだって今回の件、責任があるのよ」
「冬樹は今回の騒動に関わっていなかったはずだが」
「……莉愛がさらわれたあの日、私はつまらない用事で先に帰ったのよ。もしも、いつものように莉愛と私が一緒に帰っていたら、こんなことにはならなかった」
「……それは」
「ああ、もう埒が明かないわ。菊地、アンタの前には誰が立っているのよ、言ってごらんなさい」
「……クラスメイトの冬樹」
「他には?」
「性悪で意地悪で、あと腹黒の冬樹沙織」
「ほ、か、に、は?」
「……クラス委員長で、あと、頭がいい」
「ええ、そうよ。私は一番、馬鹿っぽい言い方だけれど守邦高校で一番頭がいい自負がある。私なら、莉愛と菊地の関係を元に戻せる提案ができなくもないわよ」
「……本当か?」
「本当よ。ていうか、さっさと私を頼りなさいよ。菊地と私は、どんな関係だったかしら?」
「協力関係……だったな」
「そう。莉愛と菊地に問題が発生しているのなら、最初に頼るのは私でしょう」
そう言って鼻を鳴らす冬樹。
願ってもない提案だ。もしもこの状況を打破できるのであれば知恵を借りたい。しかし、一つの疑問が浮かぶ。
「なあ、冬樹よ。以前にも聞いたが、どうして陽代美のためにそこまでするんだ? 陽代美に借りがあるとか言ってたけど、普通そこまでするか? 責任を感じる部分もあるかもしれないが――」
「……簡単よ。私、中学の頃はいじめられていたの」
「は?」
「ほら、私って頭もいいし、可愛いし、オッパイも大きいじゃない? 出る杭は打たれるって感じでね、中学二年まではバカみたいなことによく巻き込まれたわ」
「……それ、簡単にしていい話じゃないだろ」
「いいえ、簡単にしていい話よ。もう済んだことなのだし。そしてもうわかるでしょう? 私の通っていた学校に転校してきた莉愛に助けられたのよ」
「陽代美に……」
「ほんと呆れるわ。あの子ったら見ず知らずの私を庇ったりなんかして。私は遠慮をしたのだけれど、莉愛は『それなら私も一緒に』なんて言うのよ……そして、私はあの子に助けられた。だから今もこうして借りを返そうとしているだけよ……」
普段は高飛車な冬樹がしおらしい態度をとると調子が狂う。そして合点がいった。
俺は冬樹を苦手に思っていた。それは、似た者同士であり、同族嫌悪だっりするのだろう。
状況は違えど、俺も冬樹も陽代美に救われている。彼女のために力になろうとするなかで、互いに考え方が違っていたりもしたが、根本的な部分は近いのかもしれない。
頭をかいて、冬樹を見る。
からかう態度はなく、真剣に親友の悩みを解決しようとする姿を見て、俺も腹をくくる。
「教えてくれ冬樹。どうしたら俺と陽代美は以前のような関係に戻れる?」
「そうこなくちゃね。私から提案できる解決案は四つ。どれを選ぶかはアンタに任せるわ」
冬樹は指を四本立てて不敵な笑みを浮かべる。
正直驚いた。俺は停学期間中にどうすれば陽代美と元に戻れるか考えたこともあったが、現実的な解決策はなにも思い浮かばなかった。
さすがは守邦高校一の秀才。冬樹に話を続けるよう頷いて先を促す。
「まず一つ目ね。菊地が莉愛を連れて駆け落ちするってのはどう?」
「……本気で言ってるのか?」
「本気よ。私は莉愛の問題が解決できればなんでもいいのよ。形としては学校を辞めることになるけど、莉愛に笑顔が戻るのなら些細なことよ」
思わず溜息をつく。
駆け落ちだなんて、馬鹿げていると思う。しかし、一学期のころクラスメイトの元カレが養護の先生と駆け落ちをした話を聞いたことがある。本気で愛し合った者同士ならその選択肢もあるのかもしれない。
「悪いが却下だ。第一、俺と陽代美は……そ、そんな関係じゃない」
「あのね、ここまできて莉愛の気持ちに気がついてない訳ではないでしょう? なんでもない相手なら、莉愛があんなに落ち込んだりしないもの」
「……」
「まあ、いいわ。そうね、駆け落ちってのは最悪の手段よ。菊地もバイトをしているのならわかるでしょうからね。未成年二人で生きていくって、そんな簡単ではないもの」
「ああ、それに俺はニートの兄ちゃんを養う義務がある」
「菊地の家ってどうなってんのよ……それじゃあ二つ目ね。菊地、これから死ぬ気で勉強しなさい」
「は?」
「二つ目の解決案は長期戦略よ。まず、守邦高校で莉愛と関わることは諦める。でも、莉愛の親が認めざるを得ないほどのキャリアを積むのよ。莉愛にはあなたのために菊地は頑張っていると伝えておけば、一時的にモチベーションは上がるはずよ」
「……キャリアって言われても、難しいな」
「ちなみに莉愛の義父は水産関係の会社の社長よ。もし、菊地が実力で莉愛の義父が運営する会社に、立派な学歴や経歴を残して入社を希望すれば、認めざるを得ないんじゃない?」
なんとも途方もない話である。
冬樹の言いたいことをまとめれば、社会的に認められる人物になるまで我慢しろとのことだ。
しかし、未来なんて誰にもわからない。それに陽代美の親が認める程の立派な人物になれと言われても自信がない。
「……悪いけど、その案は保留で」
「そうね、菊地には荷が重いわよね。ごめんなさい、アンタのおつむを計算にいれていなかったわ」
「次の案を聞かせ……てください」
「いいわよ。三つ目は隠蔽よ」
「それって、陽代美の親父さんにはバレないようにするってことか?」
「ええ、学校外では難しいけれど、学校内であれば可能よ。私が副会長になった暁には、菊地と莉愛だけが入室できる部屋を用意してあげてもいいわ。これならいくら義父が興信所や探偵を雇っても、学校の中までは手が出せないでしょうからね」
「無茶苦茶だな……」
「あら、ご不満? 私としては一番お勧めできる解決案よ。学校内なら、私たちが卒業までの間は二人を守ることができるわ。事情を話せば協力しくれそうな人物は山ほどいるわけだし?」
確かに、前の二つに比べれば現実的かもしれない。
しかし、それでは意味がないのだ。
「悪いが却下だ。結局、親父さんとの約束を破ることになる」
「頑固ね。まあ、菊地ならそう言うと思っていたわ。それじゃあ次が最後ね。最後の案は……そうね、菊地の頑張り次第ってことになるのかしら。しかも一番手っ取り早いわね」
「――ッ! 聞かせてくれ」
願ってもない。
俺が努力をして、陽代美と再び話ができて、手っ取り早いのなら言う事なしだ。
しかし、目の前の女子はまたしても悪戯な笑みを浮かべ、悪魔のように囁いた。
「菊地、ストーカーになりなさいな」




