はみだし者
旧部室棟前。空を見上げれば曇天、屋外でも薄暗いと感じる十一月の空模様。
三年生の先輩たちがよくたむろをしているこの場所は、守邦高校の教師陣からは目の届きにくい場所でもある。そんな場所に、俺を含めた捜索隊だった二年生男子三十人が顔を揃えた。
誰も口を開くことはなく、俺一人を中心に他の面々は扇形になり取り囲んでいる状況だ。
これまで気さくに話をしていた人物たちが一様に俺を睨みつけてくる。その中にはクラスメイトの東や西尾の姿もあった。
俺がなにかしただろうかと戸惑いつつも、黙って彼らと視線を交わす。
状況だけ見れば、これから私刑でも始まりそうな雰囲気だ。そして、二年生男子の代表格である南条が一歩前に出た。
「菊地、俺たちに呼び出された理由はわかっているか?」
「……わからない、かな」
「俺たちは菊地に文句を言う為に集まったんだ。それをわからんとは、頭がキレるのか悪いのか、いまいち掴めない男だな、お前ってやつは」
少し、苛立つ。
両腕を組んで、コチラをバカにした態度をとる巨漢は大きく溜息をつく。
文句を言われる覚えはない。今日までの一ヶ月間、停学で学校にいなかったのだ。
しかし、柴原先輩の手紙の一文を思い出す。
『怒っているやつがいるのも事実なんだ』
あの一文は、強姦魔関連で停学を甘んじて受けた俺に彼らが苛立っているということを意味していたのか。
理由がわからない。俺は合理的な判断で停学を受け入れた。だからこそ、こうして誰も欠けることなく学校に居られるのだから。
「俺が、停学を受けたことがそんなに皆は不満なのか?」
「……いいや、むしろよく警察や学校からの追及を逃れて停学だけで済ませたことに感心したくらいだ。問題は、どうして学校にも俺たちのことを伏せていたのか、だ」
「どうしてって、少し考えればわかるだろ。この中には停学を一度受けた人間がいる。南条だってそうだ。あと一回停学処分を受ければ学校にいられなくなる人がいた、けど俺はまだ一回目だ。それなら――」
「だからなんだってんだよ!」
「え?」
「……時間を巻き戻せるならあの時の俺を殴りてえよ。ああ、そうさ、俺は菊地をあの場に置いて卑しく逃げ出したんだ」
「違うっ、あの廃墟では俺の考えに南条も納得してくれたじゃないか」
「それが間違いだった。警察はともかく、まさか学校での処罰を一人で全部受けちまうなんて、馬鹿じゃねぇのか菊地は」
「……南条、さすがに俺も馬鹿にされ続ければ腹が立つぞ。それにさっきから話がまったく進んでいない。言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ」
空気が張り詰めるのを感じた。
俺は今、二年生男子たちに喧嘩を売っているような状況だ。せっかく完治した身体が、またも傷つくことになるかもしれない。両手を強く握り、歯を食いしばる。
だが、俺の言葉に一人の大男は肩をすぼめて口を開く。
「菊地は、俺たちのことをどう思っていたんだ?」
「どうって……急に言われても」
「ただの知り合いか? ただ同じ学校に通うだけの人間か? 俺たちは、菊地のことを仲間だと思っていたんだがな」
「それは……俺も、だけど」
「なら、どうして俺たちを庇うような真似をした!」
「だからさっきから言っているだろ! 南条は停学を――」
「わかってんだよ! だが、一人で全部背負う必要はなかっただろ! ここにいる中で何人かの名前を挙げれば一ヶ月も停学を喰らわずに数日の停学で済むとかっ、色々できただろっ」
「そんな……誰かを売るような真似なんてできるか!」
「売るんじゃねえ! 助けを呼べって言いてえんだよ! 仲間なら巻き込んでいいに決まってるだろ、なに一人でかっこつけてんだよ!」
滅茶苦茶だ。
南条も自分の発言がおかしいことにさらに腹を立てているのか、短い髪をかきむしっていた。
要は、彼らは停学という罰に自分たちを巻き込まなかったことを怒っているようだ。しかし、俺の停学はすでに終わっている。今さら罰を分けろと言われても困る。
言いたいことを言った南条は「菊地もなにか言いたいことがあるなら言ってみろ」と俺に投げかけてくる。
正直、南条の身勝手な言い分に苛立っていた。感情が昂るのを感じ、つい、口が動いてしまう。
「俺は、嫌いなんだよ」
「あ? なにをだ」
「……皆みたいな、不良って呼ばれる人たちがだよ!」
「……」
「捜索をしていた時は仲間だとは、思っていたよ。でもそれは、あの事件の間だけで、終わればまた、皆はただの不良になるだろ! 嫌いなんだっ、自分の気にいらない相手を集団で威圧したり、怖そうな見た目で威張り散らしたりする連中は!」
「ちょ、キクちゃん?」
「だから、その、仲間って言われるのは、嬉しいけどっ、でもっ、同類扱いされるのは嫌なんだ!」
何が言いたいのか、自分でも制御できなかった。
だが、言いたいことは言った。不良は嫌いだと。二年生を代表する不良たちの目の前で宣言した。
この後、中学の時みたいにハブにされるのならまだマシだ。暴力を用いたいじめなんかも覚悟の上だ。
しかし、俺を呆れたような顔で見ていた西尾と東からツッコミが入った。
「あんさあ、それ、キクちゃんが言えた立場じゃなくね?」
「え?」
「そうそう。だってこの前さ、キクちゃんが着てたスカジャン見て、クラシックなヤンキースタイルだなって思ったし。つうかあの場に集まった人間の中でも、結構キクちゃん目立ってたぜ?」
「あれは、父ちゃんから貰った服で――」
「ていうかさ、見た目の話なら西尾のシルバーアクセはマジでないよなぁ、ジャラジャラつけちゃって、一緒に歩いてて恥ずかしいっての」
「ハアアアアアアン? これは俺のシンボルだろうが! つうか、東のその恰好とか、いつの時代のギャル男だってえの!」
「え? ちょ……」
「おやおやぁ? 何か犬っころが吠えてますねえ、そんなんだから女に捨てられるんだって」
「関係ねえだろ! つうか、周りで笑ってるお前らだってダッセぇんだよ! 特に北乃字よお、坊主頭で眉ナシとか今時ありえないんですけどぉ!」
「はあああああああああん?」
唐突に、目の前にいた二年生たちが互いの見た目を小馬鹿にしあう光景が拡がる。
『前から思ってたけどよ、その剃りこみはないわ、カッコイイと思ってんの?』
『お前がいつもつけてる鼻ピ、たまに鼻くそついてんぞ』
『アッハッハ、その髪型自分で切ってんのかよ。今度からママにでも切ってもらえよな』
なんだこれ。
彼らの興味はすでに俺から失せており、近くにいる人物と罵り合いをする二年生男子たち。
訳もわからず、視線を彷徨わせていると、南条が頭を掻きつつ俺に近寄ってくる。
「あー……東にうまいことかき回されたな」
「南条……」
「菊地、互いに言いたいことは言ったな。そんで、さっきは悪かった。俺もどうしていいか、わからん時がある」と、南条は罰の悪そうな笑みを浮かべる。
どうやら、俺は少し勘違いをしていたようだ。
頼りがいのある皆の兄貴分だと思っていた男も、俺と同い年の高校生なのだ。
伝えたいことを上手く話せないこともある。失敗をしてどうしていいかわからなくなることもある。
近くても遠くに感じていた人物たちと、距離が縮まるのを感じる。そして、俺は一人で停学を受けてよかったと、この時初めて思えることができた。
「南条、俺は一人で停学を受けたことを後悔なんてしてないよ。それから、さっきは酷いこと言ってごめん」
「……ったく、素直に礼くらい言わせろっての。でもな菊地、これは覚えておきな。さっき言った不良ってのは、はみだし者だ。普通の道から逸れた人間ってのはな、一度仲間だと認識したら、当分の間は付きまとうからな。覚悟しとけ」
「付きまとうって、もっとマシな表現をして欲しいな……」
「それともう一つ。はみだし者はな、普段からムカつくだの、怖いだの、目障りだの言われ慣れているんだよ。だから、これからは言いたいことは素直に言っていいぜ。アイツら見てたらわかんだろ? 些細な言葉で傷つくほど、行儀のいい育ち方してねえんだよ」
南条は指で二年生男子たちを差した。
そこでは喧嘩なのか、じゃれ合っているのか定かではないが、男たちが笑い合い、怒り合い、馬鹿にしあう不思議な光景が繰り広げられていた。
「あれ、止めなくていいのかな?」
「いいんだよ、あんなの日常茶飯事……おっと不味い、菊地っ逃げるぞ!」
「ええっ?」
大男から強引に腕をとられ、昇降口に向かって引っ張られる。
何事かと考える間もなく、走り出した方角の後ろから、女性教師の声が聴こえた。
『ごるああああああ! お前らそこでなにしてんだ! タバコかっ? タバコ吸ってのかあああ! 全員荷物検査じゃあああ』
「やっべ、ヒナちゃんだ」
「朝から元気よすぎっしょ、逃げんべ」
俺と南条に続き二年生男子たちは昇降口に向かって走り出す。
全員でドタバタと上履きに履き替えて、急いで教室に向かおうとした時に、またも後ろから雛形先生の雄叫びが聴こえてきた。
『待てやあああ、全員逃がさんぞおおお!』
「うは、今日のヒナちゃんしつけえ」
「つうかさ、俺たちの担任ヒナちゃんなんだから逃げる意味なくね?」
廊下を走るなか、いつのまにか隣にきていた東と西尾が冗談めいたことを言っている。そして、ふとした疑問が浮かぶ。
俺は、どうして彼らと一緒に走っているのだろうか。
廊下を走ってはいけない、荷物を見られても困ることもない。それなのに彼らと走ることを辞めようとは思わなかった。
「こるぁっ、廊下を走るな!」
「うっせえボーケ、止められるもんなら止めてみろっ」
校舎の中を男三十人が疾走していく。
廊下を歩いていた他の生徒たちを躱していき、教師の忠告も無視して駆け抜けていく。
「なあ! どうせなら教室まで競走しようぜ。スタートはあの階段からな」
「いいぜ、負けたヤツが昼休みにジュース買ってくる罰ゲームな。キクちゃんもいいよな?」
「……仕方ないな」
教室まで競走だなんて、小学生かよ。
だが、俺も元陸上部の端くれとして走りの勝負は負けられない。
不思議な感覚だ。
してはいけないことをしている実感がある。だが廊下を疾駆する俺は高揚をしている。これが、久しく忘れていた楽しいという感情なのだろうか。
夜の街を共に駆け、今も校舎内を駆ける男たち。そんな彼らとこれから何かが始まるという期待感が湧き上がり、廊下の窓から太陽の光が反射して思わず目を細めた。
そして、俺たちは階段まで来たところで、合図をする。
『よーい、ドンッ』




