激昂
『――昨夜未明、守邦市の郊外で全身に重傷を負った大学生二人が市内の病院に搬送されました。大学生二人はいずれも意識不明の重体で、現在でも集中治療室で治療を受けている状態とのことです。そして、大学生二人が借りていた守邦市繁華街にある雑居ビルで、昨夜火災の通報がありました。しかし、雑居ビルに火元はなく、火災報知器が作動した大学生らの部屋からは合成麻薬数点、大麻、顧客の名前が記された手帳などが発見され、大学生二人が何らかの事件に巻き込まれたと見て、警察は二人の回復を待ち――』
朝食を食べつつ朝の報道を見て、柴原先輩たちがやったとすぐに感づいた。
報道では大学生二人が重体だと再び伝えて次のニュースに移るが、俺は心臓が高鳴るのを感じ、携帯端末のある自室に駆けようとする衝動をこらえる。
昨夜、男六人組と相対したときに携帯端末が壊れてしまった。
昨日の件で両親から叱られることはなかった。それどころか父からは『よくやった』と褒められたくらいだ。そして怪我をした俺を心配した両親は、今日は学校を休むように勧めてきたが、俺は学校に行くことにした。
状況が知りたい。
捜索隊の皆がどうなったのか。大学生二人に報復をした先輩たちは無事なのか。
普段、人と連絡を取り合うことが少ない俺でも、この時ばかりは携帯が手元にないことを不便に感じた。
自室で制服に着替える間に、何度も激痛が走る。
一晩経って痛みはより一層強く感じるようになった。左手は指を少し動かそうとしただけでも頭がズキンと痛む。この時ばかりは右利きでよかったなと思い家を出る。
登校をする最中、通学路は普段通りの光景が拡がっていた。まるで昨夜の出来事が悪い夢だったのではないかと思うほどに。
しかし、学校が近づくにつれおかしなことに気づく。
『ねえ、あの人って昨日の――』
『だよね。顔に絆創膏とか貼ってるし、やっぱ本当――』
なにやら登校中の守邦高校の生徒たちからチラチラと俺を見る視線を感じる。
中学の時にも似たようなことがあったが、今はそんなことは気にしている場合ではない。
学校に到着をして捜索隊の誰かがいないかと周囲を見渡しながら昇降口まで歩く。
すると、昇降口では担任の雛形先生と他の教師二名。計三人の教師が待ち構えていた。
「菊地。今から生徒指導室まで来なさい。理由は、わかっているな?」
「……はい」
雛形先生が鋭い目つきで俺を睨む。
先生から何か言われることは覚悟して来たが、まさか朝一番に呼び出されるとは思ってもみなかった。
教師陣に続き、生徒指導室前まで来ると、雛形先生は他の教師に話しかけた。
「話は私一人で充分ですので、お二人は二年C組のHRをお願いします」
「しかし、危険では?」
「大丈夫です。菊地、先に中に入れ」
そう言われ初めて生徒指導室に入室する。
生徒指導室は本来、進路の相談や問題を起こした生徒に使われる部屋だが、ここに連れてこられた以上、俺も問題を起こした生徒だと警戒をされているのだろう。
教師二名を説得した雛形先生は俺に続いて部屋に入り扉を閉める。
「そこに座れ」
「……はい」
指定された椅子に座り、長机を挟んで雛形先生が正面に座った。
その間も雛形先生は険しい表情を崩さず、溜息混じりに口を開く。
「昨夜のことについてだが、私もあまり詳しいことは聞いていない。警察でも証言はしたのだろうが、念のため本人の口から昨日のことを聞いておこうと思ってな。話してもらえるか?」
顔は険しく、口調は優しく。
やんちゃな教師という印象だった雛形先生は、いつものジャージを着ていても今日ばかりは大人の女性に見えた。
そして俺は昨日警察にした話をそのまま担任である雛形先生に伝えた。
陽代美に危機が迫り、位置を特定できた俺が現場に乗り込んだこと。しかし、他に守邦高校の生徒がいたことは昨夜と同じく伏せて話した。
俺の話が終わると、雛形先生はまた大きく溜息をつく。
「なあ、菊地。警官も馬鹿じゃあない。今の話を本気で信じたと思うか?」
「嘘は、言っていません」
「かもしれんな。だが肝心なところは伏せているな。昨夜……その場には他に誰がいた?」
見透かされている。
だが、俺にも意地がある。
もしも、停学を一度受けたことがある南条や北乃字や他のメンバーがあの場にいたと判明すれば彼らの立場が危うくなる。
口を閉ざしたままでいると、再び穏やかな口調で先生は話を始める。
「なあ、菊地。誰かを庇いたい気持ちは理解できる。しかしな、この学校でも問題を起こさず真面目に学校生活を過ごしてきた菊地が、男六人を一人で病院送りにしたとは到底思えんのだ」
「……」
「陽代美の親御さんからも菊地に対しては寛大な処置を望むとも言われている。だが、少々面倒なことになってな、これを見ろ」
陽代美という言葉に少し反応しそうになった俺の前に、雛形先生は携帯端末を机の上に置き、画面を見るように促してきた。
画面にはSNSのページが映し出されており、先生は一つの画像を拡大した。するとそこには俺が警察車両の後部座席に座っている写真が映っていた。
「これ、は?」
「最近のカメラは高画質で困るな。昨夜、ウチの生徒らしきアカウントからSNSに出回った画像だ。たまたま菊地を知る人物が面白がって写真を投稿したのだろうがな、守邦高校の生徒の大半が昨夜の出来事の一部を知っている状態だと思っていい」
「……」
「学校側だけが事態を把握していれば黙認することもできたが、こうなってしまっては菊地に何らかの処分をしなくてはならなくなった」
「他の生徒に示しがつかない、ですか」
「まあ、そんなところだ。まったくSNSとは厄介な存在だよ」
昨夜の件が全校生徒に知れ渡っている。
朝、俺に奇異の目を向けてきた生徒がいたのはこれが理由かと納得した。
心境としてはどうにでもなれと思いたいが、同じ志のもと集った捜索隊のメンバーの存在だけは悟られるわけにはいかない。
「さて、菊地。これから守邦高校の規約に沿った処分を言い渡さなくてはならないのだが、今回ばかりは特例でも構わないと校長からも言われている。菊地は問題を起こした生徒がどうなるかは知っているか?」
「たしか、問題の度合いで校内の奉仕活動、もしくは停学処分。停学処分が二回目なら退学、でしたね」
「ああ、よく覚えているな。そして菊地には一ヶ月の停学処分が適用されることになっているのだが、場合によっては停学期間を緩和する処置も検討する」
恐らく、教師陣は俺以外のメンバーをあぶり出すつもりなのだろう。
沸々と湧き上がる感情を抑えつつ、雛形先生と睨み合う。
「菊地、これから私がする質問には正直に答えろ。昨夜、現場には他に誰がいた?」
「俺、一人でやりました」
「あのな、警察の話では複数人の足跡が確認されていると報告を受けているんだぞ」
「俺、一人でやりました」
「私のクラスでも優等生の菊地が、一人であんな物騒な場所にいたとはとても考えられん。頼むから、正直に話してくれ。そうすれば処分を軽くできるんだぞ?」
「俺、一人でやりました」
「……おい、いい加減にしろよクソガキ。素人目でも一人で男六人を病院送りになんてできる訳がないんだよ。菊地以外に誰かがいたことはわかっているんだ」
本性を現した大人を前に口を噤む。
これだから大人は身勝手だ。自分の思い通りにならない子供を威圧して、言うことを聞かそうと憤る。
黙った俺を見かねてか、雛形先生は「何か言いたいことがあるのなら言ってみろ」なんてことを言ってくる。
そんな言葉を聞いて湧き上がってきた感情を、俺はもう抑えきれず反論にでる。
「雛形先生は、昨夜なにをされていましたか?」
「なに?」
「他にも、警察や陽代美の親はなにをしていましたか?」
「……なにが言いたい?」
言いたいことは言ってみろと言われたのだ。
ならば、言いたいことを言わせていただくまでだ。もう、感情を抑えてなんかいられないほど、俺の頭は熱くなっている。
「あの現場に、俺たちが……俺たちがいなかったら陽代美はどうなっていましたかっ?」
「……」
「連中に……やつらに一生忘れることができない酷いことをされていたかもしれないんだっ!」
「……」
「それなのに、大人は口をそろえて偉そうに注意をするばかりじゃないか! 自分たちはなにもしていなかったくせにっ!」
「……菊地、少し落ち着け」
「俺たちが何をしたって言うんだ! 大人ができなかったことを俺たちはやったんだ! どうして……どうして俺たちが悪者扱いされなきゃいけないんだよっ!」
不満をぶちまける。
静かになった雛形先生に、俺は溜まっていた汚い感情を吐き出し、そして冷静になる。
理解はしている。俺は無茶苦茶なことを言っていて、つい『俺たち』と失言をしてしまったことも。
だが抑えきれなかった。昨夜から説教じみた言葉を投げかけてくる警察や、取引きを持ち掛けてきた陽代美の養父に対する苛立ちを吐き出してしまった。
それでも、静かに俺の訴えを聴いていた雛形先生は動じることはなく、涼しげな目で俺を見ていた。
「私は、菊地のことを見誤っていたようだな。仲間を売るつもりはない、か?」
「……なんのことでしょうか」
「まあ『俺たち』と言ったことは聞き流すことにしよう。それでは、これ以上続けても意味がなさそうだからな、次で最後の質問にしよう」
正面に座る雛形先生は姿勢を正す。
そして平行線を辿っていた問答を、終わらせる。
「昨夜、菊地の他に、現場には他に誰がいた?」
「……俺、一人でやりました」
「……よろしい、それでは校長にかわり処分を申し渡す。二年C組菊地平太、単独で問題行動を起こしたことに、守邦高校生徒規約に則り一ヶ月間の停学処分とする。異論は?」
「ありません」
「いいだろう。菊地の両親は、たしか共働きだったな? 今日の何時ごろなら自宅にいる?」
「夜八時ごろなら」
「それでは今日夜八時半ごろ、家庭訪問に私が行くと両親に伝えておくように。停学期間中のことについては改めてそこで話そう」
「わかりました」
「……呆れるな。こんなにも聞き分けのいい問題児は私も初めてだな。では、これより自宅に私の車で送ろう」
「あの、先生。教室に寄ってからでは――」
「駄目だ。自分の立場を忘れるな、停学は今日から開始されている。菊地が選択したことだろう」
「……はい」
「付け加えておくが、停学期間中は本校の生徒と連絡を取り合うことも禁止だからな。携帯は親御さんに預けるように」
「……はい」
「……それと、菊地の問いに対する答えがまだだったな。大人は、確かに卑怯だよ。いや、ずる賢いとでも言い直そう」
「……」
「私もそう思うことが度々あるのさ。さて、行こうか」
俺は頷き、生徒指導室を出る雛形先生の後に続く。
校内は一限目が始まっていることもあり、時折大きな笑い声や教師の怒号が耳に入る。そんな守邦高校の日常を感じさせる喧騒から少しずつ自分が離れていく妙な感覚を覚える。
学校に入学したばかりのころは派手な外見や粗暴な態度の生徒ばかりでうんざりすることもあった。しかし、今ではクラスの誰かに会いたいと思っている自分がいる。
雛形先生の車に乗り込み、校舎を眺めながらふと思い出す。
『大丈夫、キクは変われるよ』
もう話をすることができない彼女から言われた言葉。
俺は変われたのだろうか。それとも、変わってしまったのだろうか。




