決断
「クッソ――どこ行ったっ?」
暴走した友人を追跡してきた訳だが、一体全体どこにいるのやら。
途中で息を切らしたデカブツ二人は「応援を呼ぶ」と背後で叫んで、俺と西尾は先に工業区までたどり着いたが友人の姿はない。どんだけ脚が速いんだっつーの。
「――おい、東っ、キクちゃんに電話してみろ!」
「とっくにやってんよ! でも出ねえんだよ!」
携帯で先ほどから何度も電話をかけてはいるが、一向に出る気配はない。
嫌な予感。彼は冷静に物事を判断する人間に見えたが、クラスメイトがさらわれた話をしてからは態度が急変した。下手な行動に出ていなければいいのだが。
『――言ってたんだよおおおおおおおおおお』
周囲を暗闇が包むなか、男の叫び声が聴こえた。
しかし、声が聴こえたのは一瞬。俺にはどの方角から声がしたのか見当もつかなかい。
「こっちだ!」
おいおい、ガチかよと思わず呆れる。
暗闇の中でも正確に声のした方角を聞き分けた西尾は、やっぱ野生児なんじゃねえのって考えつつも駆け出した男の後を追う。
フェンスをよじ登り、スマートに着地を決めて駆け出せば、廃墟らしき建物からは男たちの怒号が聴こえる。
『バンッ』
「――ッ!」
二人で扉を蹴破り状況確認。
右に取っ組み合いをしている男が四人。
中央に男が二人。
左に地べたに座った女二人と男が一人。
オッケー、状況把握。
「西尾っ、真ん中の二人任せたっ」
俺が言い終わる前に一匹の獣は地を蹴った。
相手の虚をつくように瞬く間に接敵した西尾は男一人に跳び蹴りをかまし、もう一人を巻き添えにするように乱闘を始める。
「なんじゃあガキどもぉ! ぶへえ!」
ワンパンKO、はい楽勝。
一人をぶん殴ってクラスメイトの元へ急いで駆け寄る。
「ハアイ、ヒヨミン。お迎えにきたぜ」
「んんんっ、んんんん!」
ひでえことしやがる。
口元に巻かれたガムテープは、彼女の綺麗な髪をもグルグルに巻き込んでいる。そして少女の目元は涙で溢れている。よほど怖かったんだろう。
そして隣にいた一年の女子は顔を伏せ、恐怖に怯えているようだ。
「すぐに外してやっからな、ちょいと待ってな」
そこで彼女たちの後ろに回されている両腕を見てみれば、手首をインシロックできつく拘束されていた。
ナイフなんて気の利いた物は持っていない。急いで近くにあった小さな鉄板を拾いインシロックに擦りつけて切りにかかる。
その間も男たちの乱闘は続いており、流石の西尾も劣勢だ。
そして暴力の世界には無縁であるはずの男も相手が三人でも奮闘はしている。いや、袋叩きにされている。
悪いなキクちゃん。
でも、わかってくれるだろ。
助けるのはお姫様二人が最優先。この二人を逃がしたら必ず手を貸すからよ。
「突っ込めええええええええええええ」
おせえよ、デカブツ。
しかし、これで形勢は逆転。
十数人を引き連れてきた南条を先頭に、立っていた男五人に捜索隊の連中が襲い掛かる。
そして一年の女子のインシロックを切り終わる。あとはヒヨミンの分を切って、男六人組に生まれてきたことを後悔するような手傷を負わせて、おさらばだ。
***
ダメだ、ダメだ、ダメだ。
気付いてくれ、東。
南条が引き連れてきた二年たちに助けられ、俺は乱闘の渦中から離れることができた。
だが、陽代美を助け出そうとしている東のほうを見れば、彼が殴り飛ばした男がナイフのような刃物を持ち立ち上がろうとしている。
工場内で乱闘中の誰もがナイフを持った男に気付いていない。
頼む、南条。頼む、北乃字。
二人ならあの男を簡単に止められるはずだ。
頼む、西尾。
西尾の蹴りならあの男を倒すのは簡単だ。
そして、そんなことばかり考えている自分に嫌気が差す。
三人とも気力を振り絞り葛野たちと乱闘中。いつも人ばかり頼ろうとする俺は、彼らの仲間失格だ。
呼吸を、殺せ。
「ああああああああああああああっ」
「がっ、テメエ!」
ナイフを持った男の腕を掴み押し倒す。
近くにいた東たちは驚きの表情で俺を見る。
「キ、キクちゃん?」
「東っ――ッ! 頼む、グスッ――陽代美を連れ、て……逃げて、くれ!」
「離せやっ、こんガキがああああっ」
情けない姿。
ナイフを持った男が怖い、とてつもなく怖い。
男に飛び掛かりながら泣きべそをかいている俺は世界で一番カッコ悪い。
それでも男の腕だけは離さない。ギラリと光る刃物が陽代美たちに向かうのは絶対に避けなければならない。
「外れたっ、二人とも行くぞっ」
「んんっ、んんっ――」
「急げよっ、俺たちがいたら邪魔になるんだっっての!」
そう言って東は陽代美と一年の女子の腕を掴み、乱闘を避けながら廃墟から去っていった。
よかった。
これで陽代美たちが穢されることはなくなった。一時の安堵から、腕の力が徐々に抜けていく。
「離せやっこのっ――」
「キクちゃんっ、離れろっ!」
顔面にナイフが突き刺さる寸前の所で西尾の助けが入る。
強引に男から引きはがされた身体は、南条から引きずられていた。
「無事か、菊地っ」
口の中を切っているせいか、上手く答えることができない。
朧げな視界からは、ナイフを持っていた男は西尾に馬乗りされ、顔面を強打されている。
助かった。荒い呼吸を整えていくうちに、周囲の乱闘が収まっていくのを視認する。
結果は俺たちの圧勝。
全身傷だらけの男が六人、地べたに転がっている。
南条から助けられ立ち上がると、工場内には二年生男子たち十数名が俺を見ていた。
「キクちゃん! うわ、ひでえ。左手血だらけじゃん」
「ハア――、助かったよ……西尾」
「一人で無茶すっから……でも、今日のキクちゃんはマジでかっこよかったぜ」
全然、かっこよくないのだが。
泣きべそかきながら、暴行を受けるだけだった俺は情けないと思うばかりだ。
互いの無事を確かめ合うように、周囲にいた二年生男子たち肩を抱き合ったりグータッチをしたりしている。
見方によっては、俺たち守邦高校の生徒たちが強姦魔連中へ報復をすることができた。一ヶ月以上の捜索に終止符が打たれた場面でもあるのだろうか。
「やべえっヒネだ、逃げんぞっ」
誰かが叫んで、周囲にいた男たちは一斉に出口へと向かう。耳を澄ませば警察車両のサイレンが近づいてきているのがわかる。
そして、思う。このまま、この場を去ってもいいのだろうか。
「なにしてんのキクちゃん、早く逃げようぜっ」
「……」
「キクちゃん?」
「……俺は、ここに残るよ」
「ハア? とぼけたこと言ってねえで、ほら、早く!」
「待てっ、西尾」
そう言って南条は、俺の腕を掴んでいた西尾の間に割って入った。
どうやら、南条は考えを察してくれたらしい。そして彼は大きく溜息をついて俺を見る。
「……菊地、本当にいいのか?」
「うん、俺は顔も名前も葛野に割れてるから」
「……クソッ、それでも俺は二年を預かった身だ。ここに残るなら――」
「南条はもう後がないんだろ? ここに残るのは誰が適任か、わかっているはずだ」
「……余計な世話だ」
「頼むよ、行ってくれ」
「……すまん」
「ちょ、ちょ、意味わかんねえって。なんで誰かが残るなんて話になってんの?」
「行くぞっ、西尾」
「は、離せよ! このっ、なんでだよ! キクちゃん! キクちゃんっ」
北乃字が西尾を担ぎ上げ、三人は廃墟から去っていく。
そして残ったのは俺一人と、地べたに転がった男が六人。
男たちは激しい暴行を受けたものの、まだ息があるみたいだった。
死ねばよかったのに。
ここにいる男六人組は酷い行いをした。
何の罪もない女子たちを玩具のように弄んだ報いが暴行だけでは生ぬるい。
必ず、殺さなくてはならない。
だからこそ、俺はここに残る。
そして、サイレンが止み、数人の警官が車両から降りてきた音がして入り口の方を見る。
爪を剥がされた左手がズキンと痛くなるのを感じた。




