走る
「マ、ジ、で、今日のキクちゃんは許さねえから」
「ニシオクンノジョソウ、タノシミダナー」
「このっ、このっ」
「痛い、痛いぞ西尾くん。訴えたいことがあるのなら言葉にするべきだっ」
放課後、捜索隊二年生男子は一度自宅に戻り、私服に着替えて守邦駅南側の前に集まるよう言われ、俺も父からもらったスカジャンを身に纏い駅まで来た。
これまでは強姦魔連中に悟られないように、少人数での捜索だったが、今日からは大々的に行動をするようになった。
理由は仕切り役である柴原先輩からの指示。これまでは様子見だった動きから、明確に敵意を持って強姦魔連中を叩くためだ。
西尾から脇腹を小突かれつつ、話し合いをしていた南条と東、各班の代表が戻ってきた辺りで大人しくする。悪ふざけは終わり、これからは真面目な時間だ。
そして南条たちから二年生男子に配られたのは使い捨てのマスクだった。
「マスクなんて、何に使うんだ?」
「キクちゃん、これから俺たちは悪いことをしようとしているんだぜ? 警察に顔がバレんように顔を隠す必要があるんだよ」
「なる……ほどな」
悪いこと。それは暴力を振るうということだろう。
しかし俺は殴り合いの喧嘩をしたことがない男だ。今回の『叩く』という行為に役立てはしないだろうと思いつつも、渡されたマスクを身につけた。
異様な光景が拡がる。
不良じみた男連中が鋭い眼光をしてマスクを身につけているのだ。道行く人たちは何事かと視線を向けてくるが、俺以外の人物はまるで気にも止めていない様子だった。
そして、男たちの中心に南条が立ち檄を飛ばす。
「皆、聞いてくれ。さっきも話したとおり、シバさんは決断を下した。俺たちはこれより、例の件に関わった男たちを見つけ次第、叩く」
「……」と、その場にいた全員が無言で頷く。
「はっきり言って許せねえ連中だ。しかし、やりすぎってのはよくねえ、ほどほどにってことも時には大切だ。しばらくの間、自分じゃ便所にもいけない身体にしてやるくらいで勘弁しやれよ?」
「ハハッ、病院送りは確実じゃねえか」と、誰かがはやし立てる。
「かもな。だが、それぐらいの事を連中はしでかした。報復を受けるべきだと俺は思う。被害に遭った女たちの、無念とでも言えばいいか……とにかく恨みでもなんでも晴らすためにもな」
「……その通りさ」と誰かが小さく呟いた。
「だからこそ決着をつけなきゃならねえ。シバさんから言われた期限は一週間。それを過ぎると捜索は打ち切ることになった」
一週間。
あらためて聞くと短い期間だと感じる。三年生が七月の下旬から追っていた連中を、僅か一週間のうちに見つけ出さなければならない。
十月の上旬。涼しい風が吹き始めた中、周囲にいた同級生たちは気を引き締めている様子だ。
「全員、よく今日まで我慢の捜索に手を貸してくれた。そして今回の問題は俺たちの手で終わらせてやろうぜ。それでは、行動開始だ」
南条の号令で男たちが一斉に動き出す。
三十人いる二年生捜索隊は三つの班に分かれる。A班は守邦駅を中心に南西側、B班は南東から街中を捜索する。そして、遊撃隊として第二班だったC班、南条、北乃字、東、西尾、俺はこのまま守邦駅南側のアーケードで待機となった。
A班とB班は連中を見つけ次第叩く捜索隊。そして、状況によって遊撃隊兼司令塔である南条と東を中心とした俺たちが動く手筈だ。
そして捜索に向かう男たちのなか、一人の男子が紙袋を持って近寄ってきた。
「よお。これ、よかったら南条たちと食ってくれ」
「えっと……これは、コロッケ?」
渡された紙袋開くと、食欲そそる揚げ物の香りがした。
紙袋を渡してきた男子は照れくさそうに頭をかく。
「俺の家さ、総菜屋やってて、その余り物を皆に配ってるんだ。腹が減っては戦はできねえってな。んじゃ俺行くわ」
「あ、ありがとうっ」
俺が言い終わる前に彼は捜索隊の列に戻った。
彼の名前を俺は知らない。しかし、夜の街を駆けた同士として認められたと、この時はそう思った。
貰ったコロッケを遊撃隊の皆に配り、一斉に口に運ぶ。
すると、コロッケは余り物とは思えないほどに衣はさくさくとしていて、中にはぎっしりとメンチカツが詰められており、あまりの旨さに全員が唸る。
ほのかに温かいメンチカツコロッケを口に含みつつ陽が落ち、急激に辺りの気温が下がっていく。そんな時、二年生男子のリーダー格である南条が話しかけてきた。
「菊地、少しいいか?」
「うん、なに?」
「もしもの話をしておきたい。今後、連中と相対をする時は菊地には前線に出ないでくれ。その場に残り、他の二年やシバさんや大秋たちと連携をとる係を任せたい」
「それって……俺は手を出すなってこと?」
「簡単に言えばそうだな。そしてもう一つ、別に頼みたいことがある。もしも俺が、連中とのいざこざに巻き込まれた場合、俺に代わって二年生男子の指揮を頼みたい」
「どういうこと?」
「俺や北乃字は停学を一回喰らっているからな、もう次は無い。俺が守邦高校を去った後も、連中との争いが続くようであれば東と菊地の二人で二年たちを上手く纏めてやって欲しい」
「どうして、俺なんか……」
「菊地との付き合いは短いが、適正な判断ができる人物だと俺は思っている。東は頭がキレるが、あのチャラさが嫌いってやつもいてな。それに菊地は大秋からも信頼されているようだしな。頼めるか?」
「……うん、わかったよ」
「悪いな、他の連中は気が短いヤツも多い。東や西尾と上手くやってくれ」
そう言って、遠いところを見ていた一人の大男は静かに瞼を閉じた。
これは彼なりの決意表明だろう。今回の件を柴原先輩から託された以上、彼もまた決死の覚悟なのだろう。
同い年であるはずなのに、つい頼りたくなる皆の兄貴分。そんな彼から頼られるのはむずがゆい気もするが、俺も彼の覚悟に応えるためにも背筋を伸ばした。
***
「あいよ、そんじゃ次は……北に向かって歩いて、線路沿いになったらそのまま駅前まで一度戻ってきてくれ」
午後八時過ぎ。
捜索に出ている班に、東が指示を出す電話はこれで十二回目。
辺りはすっかりと暗くなり、スカジャンを着ていても肌寒く感じるようになってきた。坊主頭で巨漢の北乃字も寒そうにしている。
大々的に捜索を始めたと言っても、これまで捉えることができなかった連中だ。そう簡単には見つからない。
俺は状況が動くまでは待機の為、携帯端末を操作して時間を潰していた。
そこで画像フォルダにある二枚の画像に目が留まる。千堂先輩から教えてもらった大学生二人のアカウント。思えばここから状況は大きく動き始めたのだ。
改めて後日、千堂先輩にはお礼をしに行こうと思い、画像を一つ一つスライドさせていく。そして一つの画像で指がとまる。
初めて行ったナイトプール。その時に江夏が撮影した陽代美の写真。
弾けるような笑顔の陽代美の笑顔を見て、少しの間見惚れていた。自分の目でも見たはずだが、画面に映る彼女の笑顔は、なんとも言い表せない、特別な感情が湧き上がるのを感じた。
そして、南条は柴原先輩からの着信に応えていた。
「……はい、わかりました。シバさんもお気を付けて」と、南条がそう言って携帯をしまう。
「柴原先輩のほうで何かあったの?」
「大秋たちが大学生二人の本拠地を見つけた。これから三年生たちで踏みこむんだとさ」
「おっ、やるなあ大秋たち。つうことは、捜索も今夜で終わりかねえ」と、東が言う。
「どうして?」
「大学生二人と男六人組が繋がっていた場合、間違いなく男六人組のほうは姿を消すからな。シバさんも全員を取り逃がすくらいなら、せめて大学生二人が俺たちの射程圏内にいる間に決着をつけようって考えなんじゃね?」
「射程、圏内?」
「例えばさ、強姦魔連中が警察に捕まって刑務所に入ったとするじゃん? でもさ、連中は刑期が終われば普通に戻るだけ。被害に遭った女たちの無念を晴らすには、その前に俺たちが叩く必要があるんだよね」
「報復ってことか……」
「ま、そんな感じ」
「けど、どうせなら男六人組にも痛い目に合わせてやりたかったよな……」と、西尾がぼやいたところで東の携帯が鳴った。
「はいよー……ハアっ?」
緊張が走る。
これまで軽い調子だった東の態度から一変して、怒号のような声を携帯に向かって飛ばす彼を、残りの四人が息を呑んで待つ。
「ふっざけんなっ、テメエら何してたんだっ……クッソ、そいつら何処に向かった? わかる範囲でいいから教えろやっ」
そして東が何度か頷いたあと、俺たちに顔を向けた。
その表情は、怒りと困惑。口元を震わせながら東は声を押し殺すように話した。
「同じクラスの……陽代美莉愛が、さらわれた」
え?
「どういうことだっ、説明しろっ」
「街中で、男数人にナンパをされていた一年の女子が……腕を男たちに掴まれて、捜索隊が注意しに行こうとしたら、その前にヒヨミンが男たちに声をかけて、二人共車に乗せられて、連れ去られたって……」
いやだ。
「例のヤツらか、そいつらは何処へ向かったっ」
「わっかんねえよ! 白いミニバンで南の方角に向かったとしか聞いてねえっ」
だれか、おしえて。
「南ってことは……工業区だっ」
「ど、どうしてわかんだよ、西尾っ」
「俺がスケボーをする場所の近くに、廃墟になった工場がいくつかあるっ、そこがチンピラのたまり場になっているって話を……キクちゃんっ?」
呼吸を殺す。
「待て菊地っ、単独行動は――」
感情を殺す。
地面を蹴り、向かう先は工業区。
陽代美が強姦魔連中にさらわれた。それは、いけないことだ。
彼女は、公正で、優しくて、友達想いの女の子。
そんな彼女が、男たちに、酷いことをされる。絶対に嫌だ。避けなければならないことだ。
俺は凡人で、平民だ。だからこそ、できることをしなくてはならない。




