強奪
夕刻。
南条から指定された場所に向かえば、歩道橋の上で南条が一人、手すりに座り俺たちを待っていた。
「南条、来たぜ。北乃字はどこ行った?」
「あそこだ」
巨漢の南条はのしりと立ち上がり、歩道橋近くにあるカラオケ屋を指さした。
カラオケ屋は片側四車線の大通りに面しており、店の前には白いミニバンが一台路上駐車をしている。
「そんで、連中が強姦魔だっていう根拠は何よ? ビンゴなんて言ったからにはそれなりの根拠はあるんだろ?」と東が訊く。
「あまり時間もないだろうが、順を追って話そう。まず、さっきの男三人組が女二人をナンパしたのはそこにあるドラッグストアの前だ」
「すぐそこだな」
「ああ、そこで西尾。もしもお前がそこのドラッグストアからカラオケ屋に歩いたとして、どれくらい時間がかかる?」
「ハア? そんなのゆっくり歩いても五分もかからねえ距離だろ」
「その通りだ。だが連中は回り道をして十五分以上かけてカラオケ屋まで向かった。俺と北乃字は違和感を覚えてな、調べてみてわかったのが、これだ」
そう言って南条は携帯の画面を俺たちに見せてきた。
その画面には歩道橋近くの地図が表示されており、地図上にはカメラのようなアイコンが所々に記されていた。
「これは?」
「守邦市のホームページにある駅周辺の監視カメラの配置だ。連中があまりにも不自然な順路でカラオケ屋へ向かったのは、ここに表示されているカメラを避けるためだと俺は睨んでいる」
「ハア? なんで防犯カメラの位置を守邦市は公開なんかしてんの」
「防犯カメラも税金で設置されているだろうからな、市民に対しての成果報告ってやつじゃねえか? そして、連中がカラオケ屋に入ったあたりで北乃字に店内へ潜入するよう指示した。そうしている間に店の前に一台の白いミニバンが停まった」
南条の言葉を聞いてカラオケ屋に目を向ければ、路上駐車をしている白いミニバンがある。そして運転席には暇そうにしている男が一人いる。
「あれが、どうかしたの?」
「連中がカラオケ屋に入って五分もしないうちにあの車は来た。そしてナンパをしていた黒いマスクをつけた男が店から出てきて、白いミニバンを降りた男を一人迎えて一緒に店内に入っていった」
「葛野の仲間かな……」
そして、話をしていると見知った人物がカラオケ屋の前に現れた。
派手な装いのギャル四人。その中に大秋の姿があり、彼女たちは一度周囲を見渡してカラオケ屋に入った。
「あれは、大秋か?」
「ああ、応援を呼んだ。俺たちよりもカラオケ屋に入っても目立ちにくいだろうからな、北乃字にはスロットコーナーで待機をしてもらって、店内を大秋たちに調べてもらうために呼んだ」
「なるほどねえ、南条がビンゴって言ったのは大体理解したぜ。男三人組はナンパをしたあと監視カメラを避けてカラオケ屋に入った。そして連中の仲間がデカい車で来て、今頃ナンパをされた女二人にクスリか何かを仕込んでいる最中って感じか」と、東が話を纏める。
「そうだ、連中の動きはどう見ても胡散臭いからな。俺たちが追っていた強姦魔連中の条件にここまで合うのはそういないだろう」
そんな話をしていると、俺の携帯に着信が入る。
カラオケ屋に入った大秋からだった。
「もしもし」
『キクっち。近くに南条はいる?』
「うん、いる。今からスピーカーに切り替える」
自身の携帯を操作して、携帯端末を南条へ向ける。
大秋の低い声から、緊張感が伝わってくる。
「大秋、なにかわかったのか?」
『ええ、男四人に女二人の客ならもう見つけたわ。すりガラスで正確にはわからないけど、男女で部屋に入っているグループは一つしかないわ』
「外からわかる範囲でいい、中の様子はどうだ?」
『かなり盛り上がってるわね。別の部屋にいても声が聴こえてくるぐらい……ちょっと待って……ええ……わかったわ』
「どうした?」
『店内を見て回った仲間からの報告よ。このカラオケ屋、どうも変みたい。一人が電話をするふりをして店の入り口付近で監視をしてもらっているのだけれど、このカラオケ屋は受付の後ろに監視カメラの映像が小型のモニターに映されているのよ』
「それのどこが変なんだよ?」と、東が訊く。
『最後まで聞きなさい。店内を映しているはずの監視カメラがどうも録画っぽいのよ。他の仲間が店内を歩きまわっても、一部のカメラに映らなかったと報告を受けたわ』
「……そして、カメラに映らなかった箇所は男女のグループが入っている部屋のところってことか」
『その通りよ』
携帯を持つ手が僅かに震える。
ほんの数分でカラオケ屋の異変に気が付く洞察力。大秋を中心とした迅速な対応と連携。
これが守邦高校に通い、男子たちから恐れられるレディース元紅蜘蛛なのかと、思わず舌を巻いた。
そして、顎に手をそえた南条が口を開く。
「大秋、カラオケ屋の店員に若い男はいたか?」
『ええ、一人いたわ。東みたいなチャラそうなヤツが』
「なんで俺が引き合いに出されてんだよ」
「東、少し黙っていろ。大秋たちはこれからその店員について調べてくれ、連中のグルの可能性がある」
『人使いが荒いわね。私に指図するなんていい度胸してるじゃない』
「指図じゃねえ、頼んでるんだよ。シバさんからも緊急時は大秋に頼るよう言われてんだ」
『……わかったわよ』
「それから、店内を巡回している仲間と一緒にすぐに店を出ろ。これからひと悶着あるかもしれん。その後、また何か頼むかもしれん」
『頼みごと多すぎでしょ……まあ、いいわ。ただし今度から南条じゃなくてキクっちから私に連絡をするようにしてちょうだい。アンタの声を聴いてたらイラつくから』
「……ああ、その通りにさせてもらうよ」
ここで大秋との通話が切れた。
犬猿の仲とまではいかないが、どうやら大秋は二年不良男子とは不仲のようだ。
そして南条を中心に俺たちは顔を見合わせ、西尾が口を開く。
「たしか夜の街を遊びまわっているのは男六人組だったよな。ナンパをしていた男が三人、車でカラオケ屋に入った男が一人、車で待機している男が一人、そして連中のグルかもしれない店員の男が一人。ちょうど六人になるな」
「……うん」
「さて、時間がねえ。これから俺たちがどうすればいいかの意見を聞きたい。東、お前ならこれからどうする?」
「そうだな……しばらく連中を泳がすこともできるな。拉致られる女二人には悪いけど、連中が強姦魔だっていう証拠を掴むチャンスかもしれねえし」
「西尾、お前は?」
「めんどくせー。今からカラオケ屋に押し入って連中をボコっちまえばよくね? そんで連中が強姦魔ならそれでいいじゃねえか」
「相変わらずだな……菊地、お前は?」
思考を巡らせる。
東の提案はおとり捜査、西尾の提案は強行捜査。そのどちらも女子二人に危険が及ぶ可能性がある。
そして提案をした二人の視線に気づく。
何かを期待するような二人の口元は、少しだけ笑っていた。
「いい方法は思い浮かばない、けど」
「……」
「誘拐されそうな女子二人を、助けたいって思う」
「「だよな」」
どうやら、東と西尾は俺の言葉を予想していたようだ。
そして南条も大きく頷く。
「全会一致だな。俺たちはこれから女二人の強奪をする」
「強奪って、物じゃねえんだから」
「動けない状態なら物と一緒だろ」
「でもよお、どうやって強奪なんてするんだ? 相手は店の中で、外に出れば車だろ」
「連中が女を車に乗せる前に奪う。そこで第一陣を店内にいる北乃字に任せる、アイツなら少なくとも女一人は連中から奪えるだろうからな」
「無理やりに奪うってことね。そんで第二陣は?」
「俺が行く。上手くいけば俺と北乃字の二人だけで女たちを奪えるだろう。カラオケ屋に入った男どもは皆細い身体していたからな」
「で、南条と北乃字が失敗したら?」
「女の強奪は諦める。そのかわり、西尾。お前は俺たちが失敗したと判断したら、車に乗っているドライバーをヤれ」
「脚を潰すんだな。了解」
「ああ、だが西尾も失敗した時点で女二人は車に乗せられている頃だろう。そこで菊地、お前の出番だ」
「お、俺?」
「脚が速いんだろう? 連中が車で走り出したら、車に目印になりそうな傷をつけろ。どんな手段を使ってもいい。そうすれば後は警察に連絡をするなり、シバさんに引き継ぐなり、今後の対策を立てやすくなる」
「わ、わかった」
「おいおい、ちょい待ち南条。俺は?」
「東はここに残って連中の撮影だ。このメンツなら一番カメラで撮り慣れてそうだからな」
「ハハッ、手配書を作ろうってことね。オーケー、男前に撮ってやるよ」
「俺は店の西側、車の進行方向である東側に西尾は待機。そのさらに先で菊地は待機だ。連中が部屋から出てきたら北乃字からメッセージで合図が送られてくる手筈だ。もしトラブルが発生した場合は各自の判断に任せる」
「わかった。行こうぜ、キクちゃん」
「うんっ」
東を歩道橋に残し、俺と西尾はカラオケ屋から少し離れた位置についた。
そして俺は与えられた役割のために、歩道にある花壇の中から手のひらサイズの石を一つ拝借した。
石を片手に身体をほぐす。
そして、身体が震えていることに気づく。
これから俺がやろうとしている行為は犯罪だ。そして目の前では誘拐という犯罪を目の当たりにするかもしれない。恐怖を誤魔化すように、足の筋肉を叩いていく。
準備を完了して、その場に跪く。通行人からは奇異の目を向けられるが気にしている場合ではない。
『動いた』
北乃字からメッセージがきて、近くにいた西尾と視線を合わせて一つ頷く。
全身から嫌な汗が浮かび、張り詰めた空気の中、カラオケ屋の自動扉が開いた。
黒いマスクをつけた葛野が足早に車に近寄り後部座席のドアを開く。その後に、女子を担いだ男たちが現われ、第一陣の北乃字が後方から突貫する。
「おるああああああああああああ」
大男は雄叫びを上げながら、女子を強引に一人奪う。さらに北乃字は続けて二人目の女子も片手で男から奪う。それに呼応して南条が女子一人を北乃字から受け取り、巨漢二人が女子を担ぎ俺とは反対側へ走り去っていった。
突然のことに、女子を奪われた男四人は呆然と南条たちの背中を見ていた。
「キクちゃん、逃げんぞっ」
西尾の掛け声にはっとなり、手に持っていた石を花壇に返して、俺と西尾はその場から急いで離脱をした。
***
携帯で連絡を取り合い、人気のない公園に俺たちは集まった。
そこには人を一人担ぎ、全力疾走をした大男二人がじんわりと汗を流して肩で息をしていた。そして、強奪したギャル風の女子二人は近くにベンチで寝ている。
「よお、お疲れさん。デカい図体が役に立ったな」と、東が軽口を叩く。
「ハア……うるせぇよ、それより、連中を撮影できたのか?」
「おうよ。バッチリ撮れてるぜ」
東はそう言いながら端末を操作して、二年生捜索隊第二班のグループチャットに五枚の写真を張り付けた。その中には黒いマスクをつけた葛野の姿もあり、酷い不快感を覚えた。
「上出来だな。それじゃあ――」
「ちょい待ち南条。お前と北乃字はこれからすぐに身を隠せ」
「なんだと?」
「さっきまでの連中が今頃、お前ら二人を探し回っているかもしれないだろ? ここは俺たちに任とけって」
「……それもそうだな。西尾と菊地はこの後、東の指示で動いてくれ」
「うん、わかった。二人とも気を付けて」
東の言葉を聞きいれた大男二人は、呼吸を整え公園から去っていく。
そして東が明るい調子で話す。
「それじゃあ動くかね。俺は今からシバさんにさっきまでのことを報告する。西尾はさっき送った画像を、捜索隊二年に転送をして、軽く事情を説明しといてくれ」
「あいよ」
「キクちゃんは大秋に連絡をとって、ここにいる女二人の対処をするよう頼んでくれる? このままだと俺たちが誘拐犯になっちまうからな」
「わかった」
俺たち三人は各々の携帯を片手に連絡をとり始めた。
もし、今回接敵した人物たちが街中を騒がせている男たちなら、状況が大きく変化するかもしれない。
そして、心に棘が刺さったような感覚も覚える。
かつて同じ学校に通っていた人物が、犯罪の片棒を担いでいたとわかっただけで、怒りのような感情が沸いてくるようだった。




