提供者
放課後、捜索へ向かうメンバーには先に街へ行ってもらい、俺は約束のある人物と特別棟の文芸部前で待ち合わせをしていた。
すると五分もしないうちに彼女はやってきた。
「ごめんね、こっちに来てもらっていい?」
「うん」
柳さんに連れられ、向かった先は特別棟廊下の一番端、一学期に彼女と話をした場所だ。
立ち止まって向き合った柳さんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。話を切り出しづらそうにしている彼女に、できるだけ優しく話しかける。
「柳さん、俺に相談ってなにかな? 教室では言いづらいこと?」
「うん……実は同じクラスの大秋さんから言われたの。もし、街中で男の人に声を掛けられて困ったことがあれば、東くんや西尾くん、それから菊地くんに相談をするように言われていたの」
「俺に?」
「……うん。私、東くんや西尾くんはちょっと苦手だから、菊地くんにならって思って……」
そう言って柳さんは、頬を紅くしながら一枚の折りたたんだ紙を差し出してきた。
その紙を受け取り「見てもいい?」と言うと、彼女は一つ頷いた。
渡された紙を開くと、その紙には三人の人物が描かれていた。
パッと見て、街中をうろついている不良じみた人物たちだと服装で判断できる。赤い帽子を被った男、黒のマスクをつけた男、青いスニーカーを履いた男。三人とも個性のある服装をしていた。
「これは、柳さんが描いたの?」
「うん……ごめんね、下手で」
「そんなことない、素人でもわかるくらいにうまいと思う」
「ありがとう。それでね、菊地くん。私と夏休みに会ったの覚えてる?」
「うん、大通り三丁目で柳さんが夏期講習の帰りの時だよね」
「そう、その大通り三丁目でね、昨日の夜その紙に書いた人たちから声を掛けられたの。私はすぐにそこから離れようとしたんだけど、凄くしつこくて走って逃げたの」
「――っ! 大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。すぐ近くに通行人もいたから。それで、一瞬しか見ていないから詳細な部分は描けなかったけど、紙に声を掛けてきた三人を描いてみたの。最近、春宮さんがSNSでナンパに注意をするようによく呟いているから、もしかしたらその人たちが原因なんじゃないかなって思って……」
彼女の言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。
そこで、頭の中で守邦駅周辺の地理を思い浮かべる。柳さんが男に話しかけられた大通り三丁目は守邦駅から少し離れており駅前とは言えない。だが、強姦の被害に遭っている女子たちは守邦駅周辺と証言はしており、クスリの影響で記憶が混濁している状態だ。
そして、駅南側を担当している二年生の捜索範囲には大通り三丁目は含まれていない。
「柳さん」
「え?」
「お願いがあるんだけど、しばらくの間大通り三丁目には近寄らないでもらえる?」
「うん、私も怖かったからそのつもり。」
「教えてもらった男三人については俺の方から他の人に注意をするように、誰かに相談をしてみるよ」
「ありがとう、私人見知りだから……」
柳さんから三人の男が描かれた紙を受け取り再び文芸部の前まで戻る。
部室の中では女子たちの話声が聴こえてくる。
「確か、文芸部って文化祭では部誌をつくるんだっけ?」
「うん、文化祭まであと一ヶ月もないから大急ぎで作業中だよ。菊地くんもよかったら見に来てね」
「楽しみにしてる、それじゃあ俺は行くよ。部誌作り頑張ってね」
「うん。菊地くん、話を聞いてくれてありがとね」
「……こっちこそ、ありがとう」
不思議そうな顔をする情報提供者に見送られ昇降口を目指す。
そして携帯を取り出し、二年生のリーダー格に電話をかける。
「南条、提案がある」
***
第二班のメンバーで集合して、俺たちは大通り三丁目まで来た。金曜日の夕暮れ時でもあり、多くの人が行き交っていた。そんな中、俺たち五人は公園の入り口付近にある段差の低い階段に腰かける。
そこで、先ほど柳さんから預かった紙を四人に見せ、彼女から聞いた話をそのまま伝えた。そして、昼休みに柴原先輩へ報告した内容の一部も合わせて話した。
「なるほどねえ、言われてみれば盲点だったかな。大通り三丁目は三年生の捜索エリアからも外れていたみたいだし」
「おい、東。この辺りがナンパスポットだとなぜ言わなかった?」と南条が言う。
「仕方ねえじゃん。ここって駅から少し離れてるし、シバさんは駅近くで女子はナンパされてるって言ってたし」
「でもよお、キクちゃんの協力者の話だと連中は六人組か二人組なんだろ? 柳が声を掛けられたのは三人組って話じゃん」
「あのな、西尾。六人でナンパなんてしてたら女の子が怖がるっての。六人組が分散してるんじゃねえのか?」
「あーなるほどな」
「ま、今回の三人組が例の件に関わっているかは不明だけどな」
雑談をする三人をよそに俺は周囲に視線を巡らせる。
人通りは多いいが、今のところナンパをしている人物はいないようだ。
すると、隣に座っていた東が突然立ち上がり、まるで俺を庇うような姿勢で前に立った。
「どうした、東?」
「……キクちゃん、俺の後ろのほうをゆっくりと注意深く見てみ」
東からそう言われ、ゆっくりと頭を動かし、彼がポケットに手を入れた腕をくの時に曲げていて、腕と身体の隙間から彼の後方を確認する。
すると、そこには男三人組が立っており、柳さんから貰った絵と同じような背格好をした人物がいた。
その中の一人の黒いマスクをした人物に目が止まる。夏休みに大通り三丁目で出逢った中学時代の同級生だ。
「あれは、葛野か?」
「なあ、キクちゃん。俺の記憶が正しければ、アイツは『この辺りでナンパはやめた方がいいぜ』なんてことを言っていたよな?」
「うん、たしかそんなことを言っていた気がするけど……」
「おかしくね? ここでナンパをすることを否定しといて、どうしてアイツらはまたここにいるんだ?」
「……俺たちを、ここから遠ざけたかった?」
「かもな。なあ、南条。確認するぜ」
「なんだ?」
「シバさんの指示は『街中で女に声をかけている男を捜索し監視する』みたいな感じだったよな?」
「ああ、そうだ」
「それならよ、『街中を男女で歩いている連中』はどうだ?」
「……捜索の対象外、だな」
「だよな……今俺の後ろにいる三人組は夏休みに女漁りをしていた。そして、その内の一人はキクちゃんの中学時代の同級生だが友達でもない嫌な野郎だ」
「何が言いたい?」
「アイツらをマークしてみる価値がある。これまで強姦魔の連中が俺たちや先輩たちの捜索に引っ掛からなかったのは、駅から少し離れた位置でナンパをして、駅近くのどこか建物内に女を連れ込んでいるってことなら、これまでの話は合うんじゃあねえか?」
「……」
目の前で展開される東の話に耳を傾けつつ、俺は驚きを隠せない。
普段はチャラい印象の東だが、今は真剣な表情で推理を披露する姿は探偵のようだった。
東の話を聞いて、腕を組んで沈黙をした南条をよそに西尾が声を上げる。
「おいっ、アイツら動いたぞ。どうするんだよ南条っ」
再び東の身体の隙間から連中を見れば、男三人組はギャルのような服装をした女子二人組の後ろを歩いていた。標的はあの二人組だろうか。
そして、俺たちのリーダー格が重く口を開く。
「菊地は同じ中学だから論外として……東と西尾も連中とは面識はあるのか?」
「お互いに名乗り合ったわけじゃねえけど、ちょっと話くらいはしたかな」
「顔は覚えられているってことか、それじゃあダメだな。アイツらは俺と北乃字の二人で追う。菊地たちはしばらくここで待機、他にナンパをしているヤツがいないか確認をして、ナンパが成功と判断できれば、その時は東の指示で動いてくれ」
「……わかった」
「行くぞ、北乃字」
そして二人の巨漢は葛野たちを追い、雑踏の中へ消えていった。
東は再び俺と同じように階段に座り込み、普段の明るい表情に戻っていた。
「キクちゃん、あんま気にすんな」
「……え?」
「動揺してるっしょ? 自分と同じ学校に通っていたヤツが、例の件に関わっているんじゃないかって考えたら、冷静でいられる方が変だって。俺はあくまで可能性の話をしただけだからよ」
彼の言葉通り、俺は動揺していた。
中学時代、仲が良くなかったとはいえ、同級生が犯罪の片棒を担いでいると考えただけで悪寒が走る。
本音を言えば、今回の強姦魔事件に関わっていて欲しくない。しかし、公園で待つこと三十分。南条から俺たちに無慈悲なメッセージが送られてきた。
『ビンゴだ』




