犯人像
金曜日。
昼休みに三年生の先輩がたむろしている旧部室棟に、東と西尾の三人で再び訪れた。
しかし、旧部室棟の周りには先輩たちの姿は見当たらず、どうしたものかと辺りを見回していると西尾が旧部室棟を指さした。
「たぶん、旧部室棟の一階で話してるわ。中から声がする」
「西尾は本当に耳がいいんだな。意識しても全然聴こえないぞ」
「流石に話の内容まではわからんけどね。キクちゃんはシバさんに報告があるんだろ? 行ってこいよ、俺たちここで待ってるから」
「おい、西尾。サッカーボールあったぜ、ワンバンやろうぜ、ワンバン」
「はあ? 二人でワンバン? 上等じゃねえかっ」
そう言って二人はボール遊びを始めた。
旧部室棟に近づけば、確かに誰かの話声がする。
また先日のように睨まれるのかと緊張するが、勇気を出して扉をノックする。
『どうぞー』
声が聴こえ扉を開けば、旧部室内はだだっ広い空間があり、中には机や椅子が乱雑に置かれていた。
部屋の中央には大きなソファーがあり柴原先輩が座っている。そしてその隣にある椅子に阿久津先輩が腰掛けている。
「菊地くんじゃん、どうぞどうぞ」
「失礼します……他の先輩がたは?」
「皆教室で寝てる。疲れが溜まってるんだろうな」
二人に会釈をして、柴原先輩の向かいにあった椅子に腰かける。
旧部室棟は三年生たちのたまり場になっているらしく、部屋の隅にはカップラーメンの空容器が置かれていた。そして、部屋に居るのは気心の知れた先輩二人だけで安堵した。
「それで菊地くんがここに来たってことは何かわかったのかい?」
「はい、今朝協力者から連絡がありました。その前に、これを」
そう言って、先輩から預かっていた封筒を手渡した
不思議そうに受け取った柴原先輩が「これは?」と訊いてきたので、素直に協力者である宿山の言葉を伝える。
「協力者である人物から返されました。あと、柴原先輩へ伝言を預かっています」
「伝言?」
「夜の街を舐めるな、と協力者は言っていました。依頼料も必要ないそうです」
「……そっか。菊地くんの協力者は随分と面白い人みたいだね。わかった、この金は俺から皆に返しておくよ。その人にもありがとうございますって伝えておいて」
「はい」
七月に柴原先輩が陽代美に捜索を依頼した盗撮魔なんです、とは言えなかった。
そして俺は携帯を取り出し、今朝がた宿山から送られてきたメッセージを開く。
「それでは協力者からの情報を」
「うん、よろしく」
「まず夜の街で蔓延しているクスリに関してですが、よくわからなかった、とのことです。ただ、今回の問題に使用されたクスリと夜の店で出回っているクスリのタイプが違うのでは、と協力者は言っています」
「なるほどねえ、クスリに関しては大した情報は出てこなかったわけだ。他には何かわかったことはある?」
「はい。最近、正確には七月の上旬頃から夜の街で派手に遊びまわっている若い男六人組がいるそうです」
「男、六人……」
「協力者の話では、風俗店を中心に毎回数十万単位の金を支払っているそうです。男六人組は毎回同じメンツで店に入り、その中には俺たちと同い年くらいの未成年らしき人物もいるそうです」
「……そいつらが例の犯人たちだと協力者は言っていたのか?」と阿久津先輩が言う。
「いえ、そこまでは言っていません。ただ、男六人組には気になる部分があるそうです」
「どういうこと?」
「その男六人組は以前、一人の女性従業員とトラブルになったそうです。そして、そのあと女性従業員は唐突に姿を消したそうです」
「別に珍しい話にも聞こえないけどね……」
「はい。ですが、その女性は別の店で働くバーテンと付き合っていて、一時期そのバーテンが彼女を探し回っていたそうです。特に喧嘩をしたわけでもなく、近いうちに一緒に店を出そうと約束をした仲だったそうです」
「つまり、その女は男六人組に襲われた可能性があると?」
「そういう噂がある、程度の話ですが、夜の街ではその男六人組を警戒している店もいくつかあると協力者の知り合いが話していたそうです」
一旦話を区切り、一息つく。
宿山からもたらされた情報はあまりにも不明確だが、二人の先輩は俺の話を聞いたあと無言で目を見合わせていた。
そして、宿山から送られてきた最後の情報を口にする。
「実は、俺は南条から強姦の被害に遭っている女子の詳しい話を聞いています」
「うん、南条が信頼をして話したんだろうね。それで?」
「今回協力をしてくれた人物にもその話をしました。そして協力者は以前、特殊清掃員と呼ばれる仕事をしていました」
「特殊清掃員?」
「はい……被害に遭った女子はなにかの薬品をかけられ、顔や身体にかぶれたような痕があると聞いています」
「うん、酷いことするよね」
「協力者はこう言っていました。『人の痕跡は簡単に消せる。詳しいことは話さないが、一般人でも簡単に買える薬品を強姦魔の連中は希釈もせずに使用している可能性がある。人間のやることじゃねえ』と」
「……だよね」と柴原先輩は静かに頷いた。
犯人に繋がる情報は特に得られなかった。
しかし、強姦魔連中の残虐性を訴える宿山の言葉は確かに伝えた。
そして、柴原先輩は眉間にしわを寄せ、阿久津先輩を見る。
「阿久津よ、昨日亜由ちゃんから聞いた話を菊地くんにしてあげて。俺は少し考える」
「わかった」
柴原先輩はソファーにもたれかかり瞼を閉じた。そして、強面の阿久津先輩が俺に向き直る。
「亜由たちは例の大学生を調べていたんだが、色々とわかったことがある」
「強姦魔と繋がりがあったんですか?」
「可能性は大いにある、とだけ言っておこうか。まず例の大学生だが、かなりの大金を持っていることがわかった。大学生二人は既に会社を立ち上げていて、携帯のアプリの開発で一儲けしているそうだ」
「大学生で起業、ですね」
「ああ。連中の親もかなり裕福みたいでな、高級車を社用車として乗り回している。かなり羽振りがいい男たちみたいだ」
先日、千堂先輩に教えてもらった大学生二人のSNS上での呟きを思い返す。
『新しい社用車買っちゃった。誰か隣に座りたい人おる? ちな賢くて可愛い女子限定』
『パーティー用のスーツ購入。今時オーダーメイド以外のスーツ着てるやつとかいないよね』
『うぜえ、金目当ての女ってなんでこんな馬鹿ばっかなんでしょう?』
大学生の二人はSNSでは中々の有名人らしく、派手な生活が投稿をされる画像などから推測ができる。しかし、これが強姦魔に繋がるかは不明だ。
そして、阿久津先輩は続ける。
「こいつらは守邦駅の北側、繁華街のビルに事務所を構えているそうだが、亜由たちが会社の現地を調べたところ、ただの倉庫になっていたそうだ」
「まさか、架空の会社ですか?」
「いや、会社自体は存在している。だが、事務所は別に用意しているみたいだ。この時点で胡散臭いが、次からは亜由たちに大学生が本当の拠点にしている場所を探らせる予定だ」
「わかりました」
「……シバ、そろそろいいか?」
阿久津先輩の呼びかけに柴原先輩が目を開き、俺たちに視線を向けた。
その眼光は鋭く、思考を巡らせたであろう顔つきは険しかった。
「これは、あくまでも俺の仮説ね」
「いいから、話せ」と阿久津先輩が促す。
「例の大学生は色々と怪しい部分がある。だが、こいつらが強姦魔である可能性は低い。なぜなら、大学生二人は大学の寮住まいで、亜由ちゃんからの報告からほとんど外出をしていない。出かける時も車だから追跡が難しいとのことだ」
「そこで、菊地の協力者からの話だな」
「ああ、もしもの話だ。夜の街を遊びまわっている男六人組が大学生の二人と繋がっていたら辻褄が合うんだよね」
「どういうことですか?」
「菊地くんは南条から詳しい話を聞いていると言ったね。連中の手口についても?」
「はい。街中でナンパをした女子を客に売っているとか」
「そう、だから俺の予想では強姦魔連中は売り物である女を調達する係。そして客を探す係の二つが存在すると思う。そこで夜の街を遊びまわっている男六人組は実に怪しいね……まだ可能性の話だけど」
「一応、協力者にも大学生のアカウントを知らせましたが、例の大学生は男六人組の中にはいなかったそうです。SNSに上がっている自撮りの人物を夜の店で働いている店員に見せても覚えがないと」
「ふんふん、なるほどねえ」
「……あの、柴原先輩。そこでさっきの辻褄が合うとはどういう意味でしょうか?」
二人の先輩は互いに視線を合わせる。
俺に話をしてもいいものか、少し迷っている印象だった。
しかし、柴原先輩が一呼吸して口を開く。
「ざっくり言うと、お金だね」
「お金ですか?」
「例えばの話、菊地くんが女子高生を一晩好きにしていいって言われたら、いくらなら払う?」
「……わかりません。そもそも払いたくありません」
「まあまあ、肩の力を抜いて聞いてくれよ。そうだな、俺も相場とかはよく知らんけど、この場では一人の客につき十万円と仮定しようか」
「はい」
「そこで夜の店を荒らしまわっている男六人組に注目してみよう。連中は毎回数十万、まあ一晩で五十万くらい使っていることにしようか。それぐらいじゃなきゃ夜の店で悪目立ちすることもないだろうし」
「五十万……そうなると、もしも男六人組が女子を売っている人物だとしても……変ですね」
「そう、察しがいいね。襲われた女の子の数は正確にはわからないけど、もし男六人組が強姦魔連中だとしても収入と出費が合っていない気がするよ。男六人組が普段どんな仕事をしているかわからないけど、どうせチンピラみたいな連中なんでしょ?」
「詳しくはわかりませんが、恐らくは」
「うん。そこで男六人組に客以外から金銭を受け取っていると俺は予想する。そこで大金を持っている例の大学生だ」
「……大学生が男六人組に報酬を渡している?」
「俺の予想ではね。亜由ちゃんから聞いた話だけだとわからなかったけど、菊地くんの協力者からの情報で思い浮かんだ。大学生二人がクスリの調達と客の準備をする司令塔、男六人組が実行犯で処理も担当。こんなところじゃないかな?」
先輩の言葉を聞きながら思考を巡らせる。
確かに若い男六人組の資金源は柴原先輩の予想で説明がつく。だが、別の疑問も浮かぶ。
「大学生側の目的がわかりません。なんのためにそんな面倒なことをしているんでしょうか?」
「うん、そこは説明できない。けど、これも想像することができる」
「……聞かせてください」
「遊んでるんだよ」
「え?」
「ゲーム感覚って言えばいいのかな? 大学生の二人はチンピラにクスリと金を渡して女を襲わせている。大学生のSNSでの呟きを見ても女を軽視している発言がいくつかあるからね、なにか女に対して恨みでもあるんじゃないかな。もしくは世間を騒がせて悦に浸っている、とかね」
平然と語る柴原先輩を前にして、俺は頭の血が抜けていく感覚に襲われる。
守邦市を騒がせ、多くの女子を傷つけている事件を遊び感覚にしている人間がいる。そう思うだけで酷い不快感がする。
「菊地」と阿久津先輩が声色を低くして俺の名前を呼ぶ。
「……はい」
「言いたいことはわかるが、今の話はシバの予想だ。まだ他の連中には話すなよ、頭に血が昇りやすい連中が多いいからな。菊地だからシバも話をしたんだ」
「……わかり、ました」
もしも、外でボール遊びをしている東と西尾が今の話を聞けばどうするだろうか。
街中を駆け回り、意地でも強姦魔連中を見つけ暴力を振るうかもしれない。そんなことをすれば停学、もしくは退学の処分が下るだろう。
息苦しさを感じる。
事件に深く関われば関わるほど、周りの人間に話せないことが増えていく。
そして、向かい側に座る柴原先輩が笑みを溢す。
「菊地くん、改めてありがとね。亜由ちゃんが菊地くんを推薦した理由もわかった気がするよ」
「いえ、俺は何も……」
「謙遜しない。人と人を繋ぐことができて、冷静に物事を判断できる人間はこの学校に少ないからね。今回わかった犯人像も、俺たち三年生だけじゃあもっと時間が掛かったと思うよ」
「それで、シバ。これからはどうする?」
「当面は今まで通りかな。ただし、男六人組がいたら警戒するように街中で捜索をしている連中には話はしておこう。菊地くんもそんな感じで頼むよ」
「はい、わかりました」
二人の先輩に会釈をして、旧部室棟を出る。
外では、ボール遊びに熱中していた東と西尾が肩で息をしていた。
「ぜえ……はあ……キクちゃん、話は終わったん?」
「ああ、終わった。二人とも凄い汗だな」
「東のヤツがよお、変なところにボール蹴ったりするからな」
「西尾だってそうじゃねえかよ。あー喉渇いた、自販機に飲み物買いに行こうぜ」
「お、いいな。競走して負けたヤツが奢りな。よーい、ドンっ」
「あ、待てや西尾っ」
そう言って二人は校舎へ向けて駆け出した。
俺は溜息をつきつつ、歩いて昇降口へ向かうと一人の女子と遭遇した。
「菊地くん、ここにいたんだ。探してたの」
「え、柳さんが俺を?」
声をかけてきたのは、同じクラスで文芸部に所属している柳さんだった。
一学期の頃に比べて、髪型や眼鏡が少し変わっていてお洒落で知的な印象を受ける彼女は、神妙な面持ちで俺の前に立った。
「実は、菊地くんに相談したいことがあるの」




