依頼
旧部室棟前の騒ぎが収束し、柴原先輩の号令で昼休みの集いは解散となった。
その間も俺は、周囲を取り囲んでいた先輩たちの睨みを受け、動けずにいたところにクラスメイトの東が近づいてきた。
「ナイス、キクちゃん。途中どうなるかと思ったけど、よくあの場を収めたな」
「ひ、東……」
「ん? ちょちょちょ、どうしたんっ、しっかりしろって」
腰が抜けた。
その場に座り込みそうになった身体を東に助けられ、なんとか踏みとどまる。
怖かった。
明確に敵意を向けられることに慣れていない身体は、緊張が解かれた瞬間に力が抜けた。
頭を二度、三度と振るい額の汗を拭う。すると、制服のポケットに入れている携帯が震えた。
『さっきはごめんね』
大秋からのメッセージだった。
東に礼を言い、急いで画面に指を滑らせ返信をする。
『こっちもごめん』
『いいの あの後どうなった?』
『江夏があの女子の護衛をすることになった』
『わかった ありがと』
携帯をポケットに戻し一息つく。
そして今更ながら思い出す。夏の終わりにキャンプ場へ行ったとき、彼女からの頼みとは今回の事件に関することだったのだろう。
大秋からの信頼に応えることができただろうか、と思っている間に柴原先輩が阿久津先輩を連れ俺たちのところまできた。
「菊地くん、さっきはありがとねえ。頭に血が昇りやすい連中が多いからさ、上手く亜由ちゃんと連携してくれて助かったよ」
「いえ、柴原先輩が庇ってくれて助かりました。……阿久津先輩、すみません、大秋に酷いこと言って」
「気にするな、亜由だって馬鹿じゃねえ。だろ?」
「……はい」
不思議な関係だ。
阿久津先輩は彼女を自慢するというよりは、まるで親友を誇るかのように笑った。
「それでシバさん、クスリを買っている大学生についてはどうするんスか?」と東が質問する。
「まだ確証がないからなあ、もしかしたら大学生の連中も別の誰かに利用されている可能性もある。阿久津よ、亜由ちゃんたちに大学生について調べてもらうことってできる?」
「ああ、頼んでみよう。俺たちはどうする?」
「まだ動かないほうがいいかな。それにアレについても調べなきゃだし」
「先輩、アレってなんですか?」と今度は俺が質問する。
「俺たち三年が調べている繁華街の店のこと。複数の飲み屋なんだけどさ、クスリの出どころだって黒い噂が流れてるんだよね。けど、ちょっと苦戦中でね。何人かで店に通ったりしているんだけど店員にも警戒されて話を聞き出せていないんだよ」
「飲み屋って、お酒飲んでるんですか?」
「いんや、未成年は入店禁止ではあるけど、酒はのんでないよ。この時期に就職組が飲酒騒ぎをする訳にはいかないからね。ソフトドリンクとかコーヒーばかり注文しているから、店側も俺たちがガキだって感づいてるだろうな。当たり障りない会話ばかりされてるよ」
どうやら先輩たちのほうでも別のアプローチを試みていたらしい。
高校生が飲み屋での聞き込みとは危険な気もするが、柴原先輩たちも必死なのだろう。
「東、お前って色々と顔が広いよな。誰か俺たちに協力してくれそうな大人っていないか?」
「ううん……いるにはいますけど全員女なんスよ。個人的には関わらせたくはないっスね」
「だよなあ」
「守邦高校の先輩で誰かいないんスか?」
「学校を卒業した人間を頼るのは仕切り役としてはダメなんだよね。自分たちの問題は自分たちで解決するっていう古臭い慣習みたいなもんでさ。阿久津、お前は?」
「そんな人間がいたら真っ先に頼ってるっての。今回みたいな件となると、口の堅い人間じゃないと困るからな」
「そうなんだよな。あーあ、どっかに俺たちに協力してくれそうな大人はいないもんかね」
先輩たちの話を聞きながら、頭の中で整理をしていく。
柴原先輩は飲み屋でお酒が飲めて、男で、守邦高校の卒業生でもなくて、口が堅くて、俺たちに協力してくれそうな人物を探しているようだ。
「あの、柴原先輩」
「どしたの?」
「今の条件に該当する人物なら一人、心当たりがあります」
「ホントにっ? じゃあさ、菊地くんの方からその人に依頼してみてくれない? 調べてもらいたい店の地図と飲み代は俺たちが用意するから。余った金はその人への依頼料ってことにしていいから」
「はい、わかりました。連絡してみます」
「助かるわあ。それじゃあ俺たちは金集めてくるから、また放課後ここに来て」
「はい」
そして二人の先輩は意気揚々に校舎へ向かって行った。
残された東は感心するような表情をしている。
「意外だわ、キクちゃんにそんな知り合いがいるなんて。まさかホモだ――」
「東、怒るぞ」
「へへっ、冗談だってば」
東の冗談を聞き流し、再び携帯を取り出し電話番号を調べる。
繋がればいいと思いつつ、携帯を耳につける。
「あれ? 早速その人に電話?」
「うん、守邦キャンプ場に」
***
午後八時半。
一度家に戻り私服に着替えた俺は今夜の捜索には加わらず、飲み屋での聞き込みを依頼する人物と待ち合わせのために、繁華街から少し離れた橋の上でぼんやりと川の流れを見ていた。
本来であれば今回の件に関わるのなら単独行動はできないが、依頼をする人物が繊細な人だと南条に話し、柴原先輩からの口利きもあり特別に単独で動くことを許された。
「よお、菊地」
「お久しぶり……でもないですね。宿山さん」
呼び出した人物は元盗撮魔であり、現在では守邦キャンプ場で働く宿山という男。
宿山の顔は日焼けをしており、七月に会った時に比べて快活な印象を受け、キャンプ場で見た無精ひげも剃って中々に男前だなと思った。
「急に頼みたいことがあるなんてキャンプ場に連絡してきてよお、俺が電話に出たからよかったものの、今度からは携帯に連絡してくれよな」
「わかりました」
そこで宿山とメッセージアプリのIDを交換した。
久しぶりに山を降りてきた影響か、宿山はどこか浮ついているように見える。
「それで、頼みを聞いたら飲み代と金もやるなんてウマい話、本当だろうな?」
「はい。これが先輩から預かったお金です」と柴原先輩から受け取った封筒を渡す。
「うおっ、すげえ。これ十万以上入ってるんじゃねえの? なに、お前の先輩ってボンボンかなにか?」
「いえ、違います。それでは早速ですが、俺が通う守邦高校の現状を説明します」
そこで俺は、以前にも千堂先輩へ話したように、守邦高校に通う女子たちが強姦の被害に遭っている話をした。
すると、ご機嫌だった宿山は徐々に渋い顔になっていった。
そして話を聞き終えた宿山は、橋の下を流れる川を眺めながら溜息を溢す。
「最近ずっと山にいたからよ、守邦市がそんなことになっていたとは知らんかったぜ……」
「仕方ありません、あまり報道もされていないみたいですから。そこで宿山さんにはクスリに関する情報を調べてもらいたいんです。これがクスリの出どころだと黒い噂のする店の地図になります」
「……」
宿山は無言で地図を受け取った。
卑怯だとは思う。
目の前にいる人物は、警察には捕まっていないが元犯罪者だ。その話をちらつかせれば口の堅さは保証できる。強請るようで悪いが、なんとしても協力してもらわねばならない。
「さっき、先輩から聞いた話なんですけど、強姦の被害に遭っている人は他の学校、一般人にも拡大しているようです」
「なあ……おい」
「はい」
「この金は、どうやって集めたんだ?」
「……三年生の先輩たち、一部の二年生たちのカンパで集めました。今回の問題が早急に解決することを望んでいる人たちが宿山さんに――」
「バッカ野郎っ!!!」
唐突に宿山は吠えた。
何が不満なのかと、気を揉んでいると宿山は地図と封筒を俺に突き返してきた。
「返す」
「でも、それじゃあ……」
「勘違いするなよ。依頼は受ける、ただし金はいらんし、俺のやり方で調べる。ああ……クッソ、俺のほうが馬鹿だ。ガキの金で飲もうだなんて、どうかしてたぜ」
「宿山さん?」
「それとなあ、菊地に俺へ依頼するように言った先輩にこう言っとけ。夜の街を舐めんじゃねえってな」
「え?」
「いいか? 夜の街ってのはどこに目や耳や繋がりがあるかわからねえんだ。どこぞのバーテンがどこかの風俗嬢と付き合ってるなんて話は珍しくもねえ。ヤバいネタを探るなら信頼できる人間じゃなきゃダメなんだよ」
「……」
「だからお前たちが探れと言った店に行くのは、裸で地雷原に突っ込むのと同じなんだよ。俺は今からよく通っていたバーに向かう。そこで強姦魔やクスリに関する情報がないか聞いてきてやるよ」
「でも、それならお金は」
「いらねえって言ってるだろ! 自分で飲む分は自分で出す。……クソっ、なんで高校生がこんなことやってんだ、警察の連中は何してんだよ……」
宿山は愚痴を言いつつ、俺は地図と封筒を受け取った。
そして大人の男は背を向けて歩き出す。
「ガキはもう帰りな、これからは大人の時間ってやつだ。なにかわかれば携帯に連絡をする、じゃあな」
歩き出した男の背に俺は深く頭を下げた。心なしか、その背中は頼もしく見えた。
だが、俺はまだ帰るわけにはいかないのである。
***
午後九時を過ぎた頃。
次は俺に依頼をされた仕事をするために、バイト先でもあるドーナツ屋の前で待機をしていた。すると、目的の人物が不思議そうな顔で現れた。
「あれ? キクっちなにしてるの?」
「春宮のこと待ってた。今日は親が迎えに来るのか?」
「ううん、来ないけど」
「じゃあ一緒に帰ろう。家の近くまで送るよ」
「ええ、悪いよ、そんな……」
「気にするな。最近、街も物騒だから」
「……うん、ありがと」
恐らく、春宮も守邦市を騒がしている強姦魔について多少は知っているのだろう。
彼女はSNSにおいて多くのフォロワーを持ち、様々な情報が彼女のもとに集まってくる。それでもこの場ではお互いにそのことは口にしない。
二人で夜道を歩き、周囲にも気を配る。
春宮は守邦高校における防衛の要だと江夏は言っていた。彼女を守ることが学校の人たちを守ることに繋がるのであれば、なんとしてでも死守しなければならない。
しかし、俺の考えを知らない春宮は俺の服に興味を示した。
「ねえ、キクっち。そのパーカーどこで買ったの?」
「これは兄ちゃんからのお下がりだから、どこで買ったのかは知らないな」
「そっか。ねえ、そのパーカーちょっと貸してくれない?」
そう言われ、長袖のパーカーのチャックを開き春宮に手渡す。
パーカーを受け取った春宮は、制服の上からパーカーを着た。
その姿は子供が浴衣でも着たかのような姿で、袖からは彼女の手が見えず、裾の部分は膝の裏まで隠していた。
「うわっ、デカっ」
「それはそうだろう。それで、どうして春宮は俺のパーカーを着たんだ?」
「今度ね、メンズの服を買おうかなって思っててサイズを確認したかったんだけど、キクっちのはちょっとデカすぎだね」
「ん? 女子が男物の服を買うのか?」
「別に珍しいことじゃないよ? ダボ着って言ってさ、メンズはレディースよりも大きいサイズが揃ってるから、ダボ着が欲しいときはメンズの服を買ったりするの」
「へえ……春宮なら女物でもダボダボになりそうだけどな」
「……なにか言いましたかね、キクっちよ」
「いいえ、なにも言ってませんよ、春宮さん」
パーカーを返してもらい、再び春宮の帰宅に同行する。
その途中で春宮と雑談をする。彼女の話はどれも明るくて、俺の心も晴れやかになるのを感じた。そして、彼女の家の近くまで来て互いに手を小さく挙げる。
「それじゃあキクっち、おやすみ。ありがとね」
「ああ、おやすみ」
春宮が家に入ったことを確認して、携帯を取り出す。
夏の名残がある夜道を歩きながら電話をかける。
「東、用事が済んだ、これからそっちに合流する」
『マァジ? サンキュー助かるわ。今日はナンパしてるやつ多くてさ、大変だったのよ。今は駅近くのバーガー屋付近にいるから』
「わかった、すぐに行く」
そして俺は夜の街へと駆け出した。
誤字報告をしてくださった方、ありがとうございました。




