暴虐の女王と絶対の王者
昼休み。
ゲームセンターに行って二日が経った。
昨日は夕方のバイトがあり、街中の捜索には参加をしなかった。
本当ならバイトを休んでも捜索に参加したい心情だったが、二年の司令塔である南条からは捜索以外は普段通りの生活を送るように厳命をされた。
理由として、俺たちの存在を他の生徒に悟られてはならないから。もしも、守邦高校に通う生徒の中に強姦魔に繋がる人物がいれば、異変に気づき警戒をされるかもしれないからという話だった。
しかし、昨日のバイトは実に落ち着かなかった。
店に来る客の中に犯罪者がいるかもしれない、そんなことを考えるだけで心が暗くなるのを感じた。
「キクちゃんっ!」
ぼんやりと外を眺めていた俺に、東が慌てた様子で話しかけてきた。
東は携帯を片手に、周囲には聞かれないように俺の耳元で囁いた。
(シバさんから緊急の呼び出し。急いで旧部室棟までキクちゃんをつれて来てくれって)
(え、俺が? どうして?)
(わっかんねえけど、とにかく行こうぜっ)
俺は頷き、教室を飛び出した東の後に続いた。
二人で校内を駆け、途中で「廊下を走るなっ!」と注意をしてきた教師を躱し、旧部室棟に向かった。
すると、旧部室棟前には人だかりがあり、複数の男女が囲いをつくっていた。
その中央に目を向ければ、同じクラスの大秋が仁王立ちしており、その近くには地べたに座り込んだ一人の女子がいた。
「ほら、キクちゃん。行って」
「え、ちょ――」
東から背中を押され、囲いの中心にふらつきながら歩を進める。
周囲の人間から一斉に注目され、思わず息を呑む。そして二人の女子の前には腕を組んで椅子に座った柴原先輩の姿があった。
わけのわからない状況。近くにいた大秋に視線を向ければ、今までに見たこともない冷たい表情の彼女がいた。
「大秋、えっと、俺はどうして――」
「キクっち。お手柄よ」
「え?」
「キクっちが見つけてきた大学生のSNSアカウントを探っていたら、この女を見つけたのよ」
「う……ひぐっ……」と、地べたに座り込んだ女子が嗚咽を漏らす。
大秋はそんな女子を、まるで汚物でも見るかのように侮蔑の視線を送っている。
俺が見つけた訳ではないが、どうやら千堂先輩から教えてもらった情報から、地べたに座り込んだ女子を見つけたということらしい。
「この人が何かしたのか?」
「売っていたのよ、守邦高校に通う女子の情報をね」
「情報を売っていた?」
「私が昔パンケーキ屋でキクっちにした話は覚えてる? 女子がネクタイをするのは校内に彼氏がいるアピール、そしてリボンもネクタイもしていない女子は彼氏募集中って話」
「ああ、なんとなくだけど……」
「この女はね、彼氏募集中の女子の顔写真を大学生のアカウントに送っていたのよ。つまり、ナンパに捕まりやすい女子を、クスリを買っている大学生に教えていたってわけ」
大秋がそう言うと、顔を伏せていた女子が反論をするかのように声をあげる。
「うっ……だって……そんな酷いことする人には、見えなかったんだもん……ご飯だって何回も連れていってくれたし、変なこともしなかったし、優しい人だったから」
「あのねえ、さっきも言ったけどアンタが送った写真に映った女子の大半は、強姦の被害に遭っているのよ」
「そんなの、偶然――」
「クスリを買っている大学生が、彼氏のいない女子の情報を握っていて、クスリを飲まされて強姦の被害に遭っている。ここまで聞いて無関係だって言えるのかしら?」
「でも……そんな……人間の顔を研究したいから女子の顔写真を送って欲しいって言われただけで」
「ならどうして、リボンもネクタイも付けていない女子ばかりの写真を送ったのよ?」
「……邪魔になるからって言われて、だから……学校の子の写真を撮って……」
「その女子に許可は取ったわけ?」
「……取ってない」
周囲からは苛立ちのような気配を感じた。
この女子には情報を流していたという自覚がない。だが、話を整理すればクスリを買っている大学生とSNSで知り合い、守邦高校に通う女子の顔写真を流していたということになる。
腹立たしいことではあるが、顔をぐしゃぐしゃにする女子を不憫に思い、気が立っている大秋をなだめる意味でも、咄嗟に思いついた疑問を口にした。
「大秋はどうやってこの人を見つけたんだ? 俺も大学生のアカウントを確認したけど、そんなやり取りをしている人物はいなかったけど」
「ええ、この女は自分のアカウントに鍵を掛けていたから他の人物からはメッセージのやり取りは見えないようになっていたのよ。でもね、この女は学校内で唯一、ハルミィだけはフォローしていたのよ」
「春宮?」
「SNSの仕様でね、アカウントに鍵をかけていてもフォローをしている人物からは他のアカウントとのやり取りが見れるのよ。そして私たちは大学生のフォロワーからウチの学校に関わりがありそうな人物を絞っていって、何人かの候補を見つけた」
「でも、この人をどうやって割り出したんだ?」
「ハルミィのアカウントを借りたの。そして候補に挙がった人物にメッセージを送っていたのよ。そしたらこの女、全部話してくれたわ。余程嬉しかったんでしょうね、学校の人気者からメッセージが送られてきて、その中身は私だと知らずにベラベラと大学生との関係を洗いざらい話してくれたわ」
「ひどい……グスッ……ひどすぎるよお……」
思わず舌を巻く。
大秋の行いが酷いかはともかく、たった二日で守邦高校に通う生徒から情報を流していた人物を特定したことに驚いた。
そして、春宮のアカウントを借りたと言っていたが、彼女たちの信頼関係があってこそだろうとも思う。
すると大秋は何かを思いついたかのような仕草を見せる。
「そうだ、キクっち。確か彼女とかいないわよね?」
「え、いないけど……」
「この女、犯していいわよ」
「……は?」
「溜まってるんじゃない? いいわよ、この女を好きにして。キクっちの好みとかは知らないけれど」
「そ、そんな、いやっ……私は知らなかっただけなんだからっ!」
「うっせえんだよこのブスがっ! アンタが売った女子も、見ず知らずの野郎に犯されてんだよっ! 自分だけ助かろうと思ってんじゃないわよっ」
「いだい、いだいぃぃからっ、髪を、引っ張らないでええええええ」
女の髪を掴み、持ち上げようとする大秋の姿に、暴虐の女王という言葉が思い浮かんだ。
そして周囲の人物たちも、暴虐の女王の行いを止める者はいない。
普段、見たこともない大秋の姿にあっけにとられていると、椅子に座ってこちらを見ていた柴原先輩と目が合った。
思考を巡らせる。
なぜ俺はこの場に呼ばれたのだろうか。
既に俺が伝えた情報から、守邦高校に通い強姦魔に繋がる人物は特定できた。しかし、柴原先輩はこの場に俺が必要と判断をして東に連絡をした。
そして、思い当たる。
嫌な役割だ。それでもこの場を収めるために、俺を頼ってくれた柴原先輩や大秋に報いることが必要だと感じた。
腹に力を入れ、喉を開いて低い声を出すように心がける。
「おいっ、やめろっ」
「……なによ?」
大秋はゴミでも捨てるかのように地べたに座る女子の髪を手放した。
その瞬間に、周囲を取り囲んでいる男連中から殺意じみた視線を感じる。しかし、ここで折れてはいけない。
「それ以上、そこにいる女子に手は出すな。まだ続けるなら、今度は俺が大秋を殴るっ」
「ハッ、言うじゃない。どうしてキクっちがこの女を庇うのよ」
「その人も利用されていたことを知らなかった。それなら彼女も被害者の一人だろっ」
「……」
声が震える。
もっと言葉を選べばよかったと自己嫌悪に陥る。普段言いなれない言葉は、俺の喉を徐々に詰まらせる。
大秋に向かって啖呵を切り、精一杯の気合いで彼女を睨みつける。すると彼女は途端に興味が失せた表情を浮かべ、校舎の方へ向かって歩きはじめた。
「おおい、亜由ちゃん。どこいくの?」と、柴原先輩が言う。
「友人から殴られたくないので教室に戻ります。あとはお任せしていいですか?」
「ああ、勿論だよ。ありがとね」
そう言って暴虐の女王は旧部室棟から去っていった。
しかし、まだ俺の役割は終わっていない。むしろこれからだ。
この場において最も発言力のある柴原先輩が椅子から立ち、地べたに座り込んだ女子に話しかける。
「それじゃあ話をまとめるけど、とりあえずアンタには例の大学生と連絡する手段を全部消してもらえる? つうかSNSのアカウントごと消してもらえるかな?」
「……は、はい。あとで……消します」
「いまっ、ここで、消せって言ってんだよ! さっさとしろやっ!」
「ひぃっ……お願いだから、怒鳴らないで、ください……」
柴原先輩が怒鳴る姿を初めて見た。
恐らく先輩も本心ではないのだろう。だが、先輩の仕切り役という立場からはこうするしかないのだ。
そして、俺も役割を実行する。地べたに座り込んだ女子の隣に跪いて、ぶるぶると身体を震わせながら携帯を操作しようとする女子に、できるだけ優しく声をかける。
「大丈夫、俺がついている間はなにもさせない。ゆっくりでいいからね」
「グスッ……あり、がとう」
例えるなら飴と鞭。
大秋と柴原先輩が鞭の役割を担い、俺が飴の役割だ。
もしも、このままここにいる女子が大学生に俺たちのことを話せば状況が悪くなる。
強姦魔に俺たちの存在を悟られる前に、連中にとって情報源になりうる女子の口は封じておかなければならない。そして、これから柴原先輩の言うことを聞かせるためにも、校内に彼女の味方を作る必要がある。
嫌な役割だと感じながら、地べたに座り込んだ女子の隣で画面を覗き込む。SNSのアカウントの削除、メッセージアプリで大学生と思わしき人物のアカウントをブロックしたことを確認し、柴原先輩へ視線で合図を送る。
「携帯、貸してもらえる? 一応確認しておきたいから」
「はい……」
柴原先輩からの要求に女子は素直に応え、携帯端末を手渡した。
女子から携帯を受け取った柴原先輩は、少しの間端末を操作して、溜息を一つして携帯を女子に返した。
「ま、いいでしょ。それじゃあキミのこれからについてなんだけど、連絡を取り合っていた大学生と接触をすることは許さない。この意味はわかるね?」
「……はい」
「せっかく菊地くんが庇ってくれたんだから、裏切ったらダメだよ? それと、優里奈ちゃん、いるかな?」
「ほーい」
柴原先輩の呼びかけに、江夏が軽い調子で囲いの中から出てきた。
俺たちに近寄る江夏は、俺に向かってウインクをして柴原先輩に向き直る。
「優里奈ちゃんにはここにいる女子の護衛を頼みたい。期間は問題が解決するまでだけど、できるかな?」
「いいっすよお。亜由からはシバさんの言うことは極力聞くようにいわれてるんで」
「うん、ありがとね」
「あいあい。そんじゃ……ほら、行くよ」
そう言って江夏は、地べたに座り込んだ女子を立たせ、校舎へ向かっていった。恐らく、護衛とはあくまでも表現の一つで、本来の目的は監視だろう。
これで一安心。だと思いたかったが、そう簡単にこの場が収まる様子はない。
「おい、シバ。どうしてそこの二年がこの場を仕切ってんだよ。あの女のせいで俺たちは散々苦労させられたってのによ」
周囲を取り囲んでいた三年生と思わしき人物たちが一斉に不満の声をあげる。
それもそのはず。一ヶ月以上振り回されてきた問題に、唐突に知らない下級生が口をだしては先輩たちが苛立つのも理解できる。
そして、俺はどうすることもできない。急に現れた俺は私刑にでもされるのだろうか。
だが、そんなことを考えていると柴原先輩が俺を庇うように先輩たちの前に立ちふさがる。
「あのねえ、今回の件で大学生のアカウントを見つけてきてくれたのは、ここにいる菊地くんなんだよな」
「……」
「そんで、彼がもたらした情報からさっきの女を割り出すことができたんだよ。つまり、菊地くんは捜査を進展させた立役者なわけ」
「……」
「俺たち三年生が一ヶ月以上も苦戦していた状況を、菊地くんや亜由ちゃんのおかげで大きく進展させることができた。だからこそ菊地くんにはこの場での発言権があるように俺は思うんだよね」
「……」
「そしてなにより、元紅蜘蛛の総長である亜由ちゃんが唯一、今回の捜索に参加させたいと推薦してきた人物がここにいる菊地くんだ。彼の振る舞いに物申すなら、亜由ちゃんに文句を言うのと同じなんだぜ?」
「……なるほどな」と、三年生の誰かが呟く。
「それで、まだ彼の言い分に文句があるやつは? いるの?」
柴原先輩が辺りを見回しても、誰からも反論の声は上がらなかった。
この時、俺よりも少し背丈が低く、橙色の髪をした柴原先輩が守邦高校において絶対の王者なのだと理解した。




