いつまでも変わらない
「ここに来るのも半年ぶりくらいだっけか?」
「なに言ってんだよ西尾。前に来たときは五月の中旬で、今は九月じゃん。まだ四ヶ月くらいしか経ってないっての」
「そ、そんなに変わんねえだろうがよっ、四ヶ月も半年も。なあ、キクちゃん」
「いやあ、百二十日と百八十日では結構な違いがあると思うのだが」
「うえ、キクちゃんまでそんなこと言うのかよ」
電車で移動をして、俺たち三人は数ヶ月前に訪れたゲームセンターの前まで来ていた。
以前、同じクラスの樋口という女生徒が、苅野工業高校に通う彼氏と連絡が取れなくなったという相談を、我らが女王様である陽代美が受けたことがある。
その時は同じクラスのギャル五人衆、樋口、東と西尾と俺の計九名で訪れた苅野工業生がたまり場にしているゲームセンターへ今回は三人で訪れた。
ゲームセンターに入れば、鼓膜を震わせる爆音が鳴り響く。
そして、至る所に苅野工業の制服に身に纏った男子がたむろしており、中には睨みをきかせてくる人物もいる。
しかし、俺たちは争いに来たわけではない。
二階へ続く階段付近で、談笑をしている人物たちに近寄っていく。
今回は冬樹がいない。それに事情は東と西尾にはまだ話をしていない。俺が頑張るしかないのだ。
勇気を振り絞り、髪を銀に染めた男子に話しかける。
「すみません。ここに苅野工業三年の千堂先輩はいますか?」
「千堂さんなら二階にいるけど……守邦の人が千堂さんに挑戦でもしようっての?」
「いえ、同じ中学に通っていた菊地が、一対一で話がしたいと取り次いでもらえませんか?」
「ふうん……ちょっと待ってて」
そう言い残し、銀髪の同い年くらいの人物は階段を昇って行った。
話のわかる人物で助かったと安堵する。周囲からは、喧嘩でも売りに来たのかと時代錯誤なことを言っている人物もいた。
そんな言葉に少々短気な西尾が反応をしないかと気を揉んでいると、二階から数人の男が降りてきて、銀髪の人物が手を挙げる。
「菊地だっけ? 千堂さんが話をするから二階に上がってきてくれだとさ」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ行ってくるよ」
「あいよ、なんかあったらすぐ呼んでちょ」
詳しい事情を聞かずについてきてくれた東と西尾と別れ、階段を昇っていく。
二階に足を踏み入れれば前に来たときと変わらない光景が拡がっていた。
プリクラの筐体が所狭しと並べられ、ヤニとカビが入り混じったような匂いがする。
違う点を挙げるとすれば、ソファーに座っている人物の髪型が、薄茶色のツーブロックから黒い坊主頭に変わっていた。
「よお、キクちゃん。久しぶりだな」
「お久しぶりです。千堂先輩は就職をされるんですか?」
「まあな、今度地元の企業に面接へ行くんだ。こんな髪型にするのも久しぶりだよ」
「中学のときみたいで、似合っていますよ」
「ハハっ、そう言われると照れ臭いな」
雑談をしつつ、千堂先輩の向かいにあるソファーに腰かける。
千堂先輩は相も変わらずゴツイ身体をしているが、俺を迎えてくれた優しい表情も以前のままだった。
「それでキクちゃん。人払いをして一対一で話がしたいってことは、なにか訳ありか?」
「はい。千堂先輩が以前、俺たちに話をしてくれたことに関することです」
「矢口についてか……言っておくが矢口は街に戻ってきたって話は聞かないぞ」
「はい、わかりました。少し……俺の通っている守邦高校の現状を説明させてもらってもいいですか?」
先輩は一つ頷き、俺の話に耳を傾けてくれた。
そして俺は守邦高校に通う女子が強姦の被害に遭っており、その際にクスリを使用されている話を簡潔に述べた。
徐々に険しい顔つきになる先輩だが、話を聞き終えたあと少し考える仕草をして口を開いた。
「なるほどねえ、最近守邦の連中が慌ただしくしているって話は聞いていたが、そんなことになっていたとはな」
「はい。柴原先輩からは他言無用と言われていますが――」
「ああ、わかっているよ。俺も周りにそんな話をするつもりはねえ。それで、キクちゃんがわざわざ俺に会いに来たってことはクスリに関する情報が欲しいってところかな?」
「……はい、少しでも問題に関わる情報が欲しい状況なんです。もしかしたら、被害に遭った女子たちに使われたクスリが、矢口という人物が扱っていたものに関わるのではないかと」
俺がそう言うと、険しい顔つきの千堂先輩は更に難しい顔をして俺を見る。
獣のような眼光に、思わず背筋を伸ばすと、そんな俺を見て先輩はふっと笑った。
「キクちゃん」
「はい」
「悪いクスリに関しての情報なら確かに俺は知っている。けどな、それはキクちゃんが知る必要のあることなのか?」
「……どういう、意味でしょうか?」
「住む世界が違うんだよ。俺もそうなんだけどな、普通の高校生が知るには荷が重い話だ。なんなら、今から柴原に連絡を取って情報を直接守邦の頭に伝えてもいい。そして、キクちゃんは何も知らないまま、元の平和な学校生活にでも戻ればいい」
「俺に……今回の件には関わるな、ということですか」
「まあ、わかりやすく言えばな。だが、ここで、話をするのも構わないと俺は考えている。そこで、キクちゃんが俺から話を訊くことが必要か、不要か、よく考えて選んでくれ」
これは、千堂先輩からの優しさだ。
興味本位で首を突っ込むのはやめておけ。そんなことを俺に言いたのだろう。
呼吸を整え、グッと腹に力を入れる。少しでも役に立ちたいと考えてここまで来た、被害に遭った女子や我らが女王様のためにも。
「……必要です。俺も今回の件に関わると腹を括っています」
「そうかい……そうだよな。キクちゃんはそういう男だもんな。わかったよ、俺が知りうる限りの情報は伝えよう」
そう言って千堂先輩は制服のポケットから携帯を取り出し操作を始めた。
そして、携帯をテーブルに置き、画面を見るように俺に促す。
先輩の携帯には春宮などが利用をしているSNSの画面が映し出され、一つのアカウントが表示されていた。
「先輩、これは?」
「その前に少し話をしておこう。クスリの売り子をしていた矢口がこの街から去ったあとも、俺は苅野工業の連中に情報を集めるように言った。そしてわかったことがいくつかある」
「はい」
「最初にこの街でクスリをばら撒いていた連中だが、関東の方から流れてきた半グレの連中だということがわかっている」
「ッ――! それは、つまりそいつらが――」
「いや、違う。こいつらが強姦魔とは思えない。なぜなら半グレの連中は六月にはもうこの街から拠点を移して、今は関西の方にいるそうだ。噂では地元のチンピラかヤクザに目をつけられたとかいう話だ」
「そう、ですか……」
「だが連中はクスリの販売を続けている。売り子を定期的にこっちに回して、常連相手にコソコソと商売をしている」
「……つまり、先輩の携帯に表示されているアカウントが新たな売り子ということですか?」
「いや、このアカウントは客側。近くにある工科大学に通う学生のものだ。そしてもう一人、この人物と同じ大学に通う学生がクスリの客だと、俺の方では掴んでいる」
改めて携帯の画面に視線を移すと、自撮りをアイコンにした人物のプロフィールが表示されている。
プロフィール欄には大学の名前と学部、様々な趣味、所有している車の名前が所狭しと記されている。
「俺が知っているクスリに関わる情報はこれだけだ。クスリを買っているこの学生二人が、今回の強姦魔に繋がるかは不明だ。悪いな、散々引っ張っておいて大した話もできなくて」
俺は首を横に振った。
ただの客。それでも犯罪に関わる情報を一介の高校生が集めることは危険なはずだ。
それでも、なんの代償もなしに俺に話をしてくれた千堂先輩には感謝の念しか浮かばない。
そして、ふと疑問が思い浮かぶ。
「先輩は、どうして矢口という人物が街を去ったあともこんな情報を集めていたんですか? 余計かもしれませんが、かなり危険なのでは?」
「……うちの学校は頭悪いヤツが多くてな、工業高校ってこともあって大半が就職組なんだわ。でもな、中には大学に進学しようってヤツもいるんだよ」
「はい」
「この辺りは良くも悪くも田舎だしよ、うちの生徒も純粋で染まりやすいんだよな。だからって訳でもないが、近くの工科大学に進学する予定の連中に、こんな連中とは関わるなよって注意をしたかったんだ。同じ学校に通っていた連中が犯罪者になるのは、なんか嫌だろ?」
先輩の言葉に、今度は大きく頷いた。
同じ学校に通う人物を思っての行動。それは守邦高校に通う柴原先輩や陽代美に通じる何かを感じた。
先輩から許可をもらい、クスリの客である二人のアカウントを自身の携帯で確認する。
アカウントをフォローすれば連中に感づかれるかもしれないと先輩から助言をされ、二つのアカウントをスクリーンショットで撮影しSNS上の画像を保存した。
「先輩、今日は話をしてくれて、本当にありがとうございました」
「いいってことよ。キクちゃんには妹を助けてもらった借りもあるしな。それに……」
「はい?」
「いつまでも変わらない。中学の時からキクちゃんはこうなんだってわかって、嬉しく思うよ」
それは、俺も同じ気持ちだった。
***
「しっかし、樋口の元カレがクスリの売り子だったとはねえ」
ゲームセンターを後にして、俺は東と西尾にここまで来た経緯と先輩から聞いた情報を二人に話した。
千堂先輩も守邦高校が緊急事態だと理解をしてくれて、信頼できる人物には話をしてもいいと許可をくれた。
そして、通話を終えた東が俺に振り返る。
「キクちゃん。さっきのアカウントの画像をとりあえず南条の携帯に送ってくれる? シバさんたちに打ち上げて話してみるってさ」
「わかった。でも……千堂先輩が言っていたけど、本当にこの情報が今回の件に役立つかはわからないけど……」
「いんやあ、悪くない攻め方だと思うべ? 街中で女に声をかけている男は沢山いるけど、クスリにまで手を出している連中は少ないだろうしな」
「だな。そのアカウントに関わる連中を洗い出していけば、なにかわかるかもしれんし。場合によってはキクちゃんの大手柄になるかもだぜ」
「別に、手柄が欲しいわけでもないのだが」
問題が解決すれば、それでいい。
別のアプローチ。冬樹の真似事をして、少しでも捜索が進展すればいいと願う。
そんなことを考えながら、画像を頼れる男へ送信した。




