真似事
翌日。
朝の新聞配達を済ませて、仮眠をとり、学校へ向かう。
その道中、携帯に着信が入る。ドイツへ旅立った親友の杉山卓からだ。
『ぐーてんあでんど!』
「テンションが高いな卓よ、それに今はグーテンモルゲンじゃないのか?」
『あ、ごめん。こっちは夜なんだ。なんとなくへぇちゃんに連絡してみたくなってさ。どう? 二学期が始まって新しい友達はできた?』
「友達って訳でもないが、卓と同じクラスだった南条と北乃字と知り合いにはなったな」
『へえ、あの二人と。なんか意外だね、南条くんたちとへぇちゃんは接点がなさそうに見えたけど』
「まあ、成り行きでな」
『そっか。でもあの二人は頼りになるからね。僕としても安心だよ』
「安心?」
『体育祭の予行練習の時にさ、うちのクラスでいじめがあった話を僕がしたのは覚えてる? あれって南条くんと北乃字くんが停学でクラスにいないときに起きた話なんだよね。見た目はちょっと怖いけど、いじめとか絶対許さない人たちだから』
「へえ、そうなのか……卓、ドイツでの生活にはもう慣れたのか?」
『アハハ、まだまだかな。毎日の練習が試合みたいでさ――』
それから卓と電話で話しながら学校に到着をして、また連絡をする約束をして通話を切った。
卓と話した影響か、昨日まで重く感じた頭や心が少し軽くなるのを感じた。
そして昼休み。
一人で昼食を済ませてぼんやりしていると、一人の黒ギャルが俺の前の席に座った。
「オッス、キクっち。いやあ、なんか大変なことになっちゃったねえ」
「江夏たちは昨日から情報収集に動いているんだっけ?」
「そだよ、街中で他校の女子に聞き込みしたり、被害に遭った女子から話を聞いたりね。ほら、男のシバさんには言いづらいことでも、アタシらなら話せることもあるかもじゃん?」
「なるほどな」
俺と江夏の話は周りには聞かれてはならない話だ。
周囲に聴かれないように、いつもより声を落として静かに情報交換をする。
「捜索に出たそっちはどうだった?」
「成果なしだな。柴原先輩たちが苦戦をしている理由がわかったよ」
「そっかあ……こっちも似た感じだったな。あーあ、早くこんな問題片付けばいいのに」
「……そうだな」
昨日、旧部室棟に集まった人物たちの思いは一緒だ。
そして、校内に強姦魔連中と関わりがあるかもしれない人物がいるかもと思うと、平和な学校生活が途端に薄気味悪いものに感じた。
「そんでさ、キクっちにアタシと亜由からお願いがあるんだけど」
「江夏と大秋が俺に? 今回の問題に関してか?」
「まったく違うって訳じゃないんだけど、ハルミィのこと」
「春宮?」
「うん、キクっちとハルミィって同じバイト先でシフトとかもある程度わかるっしょ? ハルミィが遅くなりそうな時はさ、家の近くまででいいからハルミィを送ってあげて欲しいんよね。ハルミィも女の子だしさ、アタシらもしばらくはあっちこっち行くことになるし、莉愛も沙織も生徒会の手伝いをするって言ってたし」
「……わかった。春宮をバイト終わりに家まで送ればいいんだな」
「うん、よろしくね。それにハルミィは守邦高校に通う女子を防衛する要だって、亜由も言ってたし」
「どういう意味だ?」
「ハルミィってこの学校に通うほとんどの人からSNSでフォローされてるじゃん? 今、ハルミィに協力をしてもらって、ナンパにはついて行かないように呼びかけてもらってるんよ。勿論、事件のことは伏せた状態でね」
「なるほど」と、俺は頷いた。
著名人が募金を呼びかけたりするように、この学校において抜群の知名度を誇る春宮がナンパに対して注意を呼びかければ、女子たちもナンパをされることに危機感を覚えるだろう。
流石はSNSの女王様だが、もしそのフォロワーの中に強姦魔と繋がっている人物がいれば危険だ。だからこそ、江夏と大秋は俺に春宮の護衛を依頼したのだろう。
「それじゃあ、よろしくね。アタシこれから放課後の打ち合わせに行くから」
「ああ……江夏も大秋も気をつけてな」
「ハハっ、そりゃどうも。でも心配ご無用、元紅蜘蛛を舐めんじゃねえよん」
「あのなっ、二人だって女の子だろっ、もしも――」
つい、大きな声を出してしまった。
教室内にいた生徒たちが一斉にこちらに振り向き、俺は口を噤んだ。
江夏は制服を着崩しており、胸元につけるはずのリボンも着用していない不良娘だ。
でも、俺は江夏や大秋が友人想いの人物だと知っている。だからこそ、傷ついて欲しくない。
「……うん、わかった。心配してくれてありがとね、キクっち」
「すまん、急に大声だして」
「いいってことよ。へへっ、それじゃあ頼んだぜ、相棒」
「……相棒って、なんの話だ」
江夏は悪戯な笑みを浮かべて教室から出ていった。
それに続くかのように、二人の女子が教室から出ていこうとするのを見て、俺は咄嗟に身体が動き廊下へ飛び出した。
もしかしたら、彼女の協力が得られれば、今回の問題は早急に解決できるかもしれない。
「冬樹っ」
呼び止めたのは冬樹沙織。
俺が勝手に裏の女王と呼ぶ人物には実績がある。
一学期のころ、俺は陽代美から相談を受けて複数のクラスメイトの問題解決に手を貸した。そして、冬樹は少ない情報からクラスに変化をもたらした人物が俺であると導き出した。
さらに盗撮魔事件のときも、僅か一週間ほどで顔の見えない盗撮魔を特定した。
今回の問題も、前に経験した事件と似通った部分がある。
「なによ?」
しかし、他言無用。
冬樹は旧部室棟の集会にはいなかった。いくら有能とはいえ、冬樹も普通の女の子だ。関わらせてはいけないのだ。
呼び止めたにも関わらず、棒立ちしている俺を睨む冬樹は、はっと息を吐いて隣にいた陽代美の方へ向いた。
「莉愛、悪いけど先に生徒会室に行っててもらえる?」
「え、でも……」
「お願い」
「……うん、わかった。それじゃあ先に行ってるね」
陽代美は心配そうな顔をしつつも、この場から去った。
そして冬樹は、一歩二歩と俺に近寄り鋭い眼光で俺を睨んだ。
「で、なに?」
「その……なんでもない」
「あるんでしょ。さっきも優里奈に大きな声をだしてたし、せっかく莉愛を遠ざけてあげたんだから、用件があるなら早く言いなさいよ」
言えない。
頼りたくても、頼ってはいけない。
そんな心情を悟ってか、冬樹は呆れた顔で口を開く。
「ねえ、憶えてる? 私と菊地は協力関係だってことを」
「……ああ、憶えているよ」
「質問よ、菊地が隠していることは、莉愛に関係していることなのかしら?」
「……関係ない。陽代美はまったく関係ないことだ」
「ならいいわ。でも忘れないで、もしも莉愛に関係することで問題になるのなら、必ず私に相談をしなさい。いいわね?」
「わかった」
「……やけに素直ね。気持ち悪い」
「生徒会、頑張ってな」
「だから気持ち悪いわよ。それじゃあ私は行くから」
これでいい。
無理に冬樹を今回の問題につき合わせる必要はない。
廊下を歩く冬樹の背中を、俺は静かに見送った。
そして、放課後になり再び第二班の五人で集まり担当区域へ向かいながら東が愚痴を溢す。
「しっかし警察の連中はなにやってんのかねえ。駅周辺でナンパをされたってんなら監視カメラにでも映像が残っていそうだけど」
「仕方がねえよ。被害に遭った女も記憶があやふやな部分も多いみたいだからな。もしかしたら駅から離れた場所でナンパをされたのかもしれん」
「厄介だな。記憶を飛ばすクスリなんて、悪用し放題じゃねえかよ」
そんな会話を耳にしつつ、俺はもしも冬樹が今回の問題に関わるとしたら、どう対処するだろうかと考える。
今回の問題は以前のようにネット上に痕跡が残っていない。冬樹のように裏技じみた、他人のアカウントを乗っ取る芸当もできやしない。
『別のアプローチをかけてみたの』
盗撮魔事件の時に冬樹はそんなことを言っていた。
あの時は張り込みという地道な捜索と、冬樹のネット経由という法外な方法で犯人を特定した。
別のアプローチ。もしも今回の問題で別の方角から探りを入れるとなればどんな方法があるだろうかと思考する。
すると、近くを通り過ぎたスーツを着た中年男性からタバコの匂いがした。
どこかの喫煙所から出てきたばかりなのだろうか、濃ゆい独特の煙の残り香に自身の鼻がひくついた。
そして、一つの記憶が蘇る。
爆音を垂れ流す複数の筐体。ヤニ臭い自動販売機近くのソファー。
可能性は限りなく低い。でも、繋がるかもしれない。
閃きのような思い付きだが、このまま街中を捜索してばかりよりは幾分かいいと思った俺は、近くにいた南条に話しかけた。
「南条、少しいいかな?」
「どうした?」
「今回の件について調べたいことができた。だから少しのあいだ抜けてもいいかな? 捜索をサボるって訳じゃなくて、二時間もあれば戻ってこれると思うから――」
「ダメだ」
「え」
「忘れたのか? 今回の件に関わる以上単独行動はするなと言ったはずだ」
「う……それは、そうだけど」
南条は険しい顔つきで、俺が調べ事をすることを許してはくれなかった。
しかし、こちらも他人に話さない約束をしているため、簡単に話すことはできない。
そんな俺を見て、南条は溜息を一つした。
「その様子だと、まだ確信がもてる調べ事って訳ではないんだな?」
「……うん、ただの思いつきだから」
「わかった。東、西尾。少しいいか?」
「なに?」
「これから菊地が今回の件に関わる調査に出る。二人は菊地に同行して、なにかあればすぐに俺に知らせろ」
「了解。でもこっちはいいんかい?」
「俺と北乃字でなんとかするさ。菊地たちもできるだけ早く戻ってきてくれよ」
「……南条、ありがとう」
「礼なんかいらねえよ。さっさと行ってこい」
南条はそう言い残し、二人の巨漢は雑踏に姿を消した。
詳しい事情は聞かず、知り合って間もない俺なんかの意見を聞き入れてくれた。
朝、卓が南条と北乃字は頼りになると言っていた理由も少し理解できた気がする。
そして、残った東と西尾が俺に近寄る。
これは冬樹の真似事だ。それでも、事件の解決が少しでも早まるのならば、俺はなんでもする。
「悪いな、二人共。付き合わせて」
「いいってことよ。そんで、これからどこ行くの?」
「一学期、二人と一緒に行った場所だ」
「え、どこ?」
「ゲームセンター」




