まるで家族のような
昼になり、起きてきた陽代美たちと昼食をとることになった。
献立は江夏手作りの特製焼きそば。豚肉と野菜がどっさりと入った焼きそばは、ぱりぱりとした麺が絶妙な歯ごたえであり、お店で出される品よりも美味しく感じた。
「どうよ、アタシの手作り焼きそばの味は」
「旨し、美味なり」
「普通においしいって言いなよ」
「最上級の誉め言葉だ。何かコツでもあるのか?」
「麺と具材を別々に炒めるだけかな? 一緒にやると水っぽくなっちゃうからね。バイト先で教えてもらったんだ」
「なるほど、江夏は遊んでいるように見えたが案外家庭的なんだな」
「アッハッハ、一言二言余計だっつうの」
昼食を食べ終えた後、俺たちはキャンプ場近くの鍾乳洞へ行くことにした。
昼寝をして元気いっぱいの春宮を先頭に、鍾乳洞へ向かう最中、冬樹が列の最後方でうな垂れていた。
「はあ……あっつい。菊地、ちょっとコンビニでアイス買ってきて」
「近くのコンビニとなると山のふもとで数キロは離れているのだが?」
「いいじゃない、アンタ脚速いんだし。五分で戻ってこれるでしょ」
「無茶言うな」
どうやら冬樹は暑いのが苦手らしい。
鍾乳洞に到着して受付で料金を支払う。夏場ということもあり、鍾乳洞は多くの観光客が訪れていた。
鍾乳洞へ入ると、外の暑さとはうって変わり、肌を刺すような冷気を全身で感じる。
「さっむい、キクっち、凄く寒いよ!」
「別に鍾乳洞が寒いわけではないぞ春宮。洞窟の中は温度が一定なだけで、冬の鍾乳洞は暖かいくらいなんだ」
「すっごく冷静な解説だ!」
身震いする春宮たちと鍾乳洞の中を進んでいく。
薄暗い洞窟内は、所々青い照明で照らされており幻想的な光景に思わず目を奪われる。
子供の時にも父に連れられてきた鍾乳洞だが、あの時とは違う視点から見る鍾乳洞は少し狭く思えた。
鍾乳洞を出た後は、身体を温める狙いで近くの林道を散策することになった。
林道は緩やかな道で、時折吹いてくる夏の風は、冷えた身体には心地よく感じる。
寒さから解放された春宮たちは元気よく林道ではしゃぎ回っている。そんな光景を大秋は目を細めながら見守っていた。
「キクっち、今日は来てくれてありがとね」
「構わないが。それにしてもキャンプだなんて、随分と急だな」
「……この前ファミレスでキャンプの話題になったの。そしたら莉愛と優里奈がね、プライベートでキャンプに行ったことがないって話をしていたの。キクっちは二人の家のことは聞いてる?」
「ああ、陽代美は親が再婚したと聞いているが。江夏は知らないな」
「優里奈もね、家庭の事情で一人暮らしをしているの。だからってわけじゃないんだけど、せっかくの夏休みだし、いい体験になるかもって私から提案をしたのよ」
「そう、か」
キャンプへ行くことがそこまで特別に感じない俺なんかもいれば、人生で初めての体験をしている彼女たちもいる。
そして隣を歩く大秋に尊敬の念を抱く。友人を想い、キャンプへ行きたいと思っても中々行動に移せる人物は少ないのではないだろうか。流石は我らが姉御である。
キャンプ場まで戻ってきたころには、コテージの庭にバーベキュー用のコンロが設置されており、近くにはキャンプ用の机や椅子が置かれていた。
どうやら本日の夕食はバーベキューで、コンロはキャンプ場の係員が用意してくれたらしい。
そこで、少し早いがバーベキューの準備をすることになった。受付から食材を受け取り、野菜を切る係と、米を炊飯器で炊く係、火を起こす係に分かれ準備することになった。
米の準備にコテージへ向かった陽代美と春宮。しかしここで江夏が不満の声を上げる。
「ええ? ここって焚き火とかしちゃダメなん?」
「そうよ、ここのキャンプ場は芝生の上で直に火を起こすのは禁止されているの。焚き火用のセットがあればいいのだけれど、私たちはそんなの持ってきてないのよね」
「そんなあ、キャンプっていえば焚き火とかキャンプファイヤーじゃないん?」
「優里奈、ワガママ言わないの」
駄々をこねる江夏を大秋が諭していると、江夏が俺に向かって助けを求めてきた。
「ねえ、キクっち。なんとかならんの? アタシ、自然の火とか見た事ないから楽しみにしてたんよ……」
「ふむ」
思考を巡らせる。
江夏の言う通り、自然の火を見るのは現代では難しい。
バーベキューをする火は炭を故意的に燃やすものであり、自然の火とは言い難い。しかしこのキャンプ場では直に地面で焚き火をすることは禁止されている。そして俺たちは焚き火をする道具を持っていない。
八方塞がりのような状況だが、ここで妙案が浮かぶ。
「大秋、野菜の準備を少しの間任せていいか?」
「ええ、構わないわよ」
「冬樹、ここにある着火剤を少し貰っていいか?」
「別にいいけど」
「それじゃあ行ってくる」
「ちょ、キクっちどこ行くん?」
「キャンプの受付」
先程、宿山からは力になると言われた。
早速で悪いが、手を貸してもらおう。
「宿山さん、少し頼みたいことがあるんですけど」
「どうした?」
「手ごろな丸太を一本もらえませんか?」
「なんだ、焚き火用の薪なら無料で準備できるぞ」
「いえ、丸太の状態の物が欲しいんです。あと、工具のノミとハンマーとかってありますか?」
「工具箱にあったはずだが、何に使うんだ?」
「……友達のためです」
宿山から丸太と工具を受け取り作業に取り掛かる。
丸太の断面にノミを立てて打ち込んでいく。中心にくぼみをつくり、薪を割らないように慎重に切り込みを均等に六か所入れていく。
そしてくぼみにキューブ状の着火剤と木屑を入れて準備完了。
空気を入れる切り込みが浅い為、あまり長くは持たないがそこは我慢してもらおう。
「宿山さん、金属製のバケツとかって借りられませんか?」
「金属製? ああ、それなら灰皿用に使っていたものがあるぞ」
錆びついた赤いバケツを受け取り、底の方に転倒防止用の小石を敷き詰める。そして近くにあった蛇口から水を少しだけ入れ、台座の準備が完了する。
作業時間は十分程度。宿山に礼を言い、丸太とバケツを持ってコテージへと戻る。
コンロで火おこしをしていた江夏たちに気づかれないように、そっと庭の隅に丸太とバケツを置いて、何食わぬ顔をしてコテージのキッチンへ向かった。
「大秋、野菜切るの手伝うよ」
「早かったわね。何してたの?」
「あとでわかる」
手を洗い、大秋と一緒に野菜を適当な大きさに切っていく。
そしてそれぞれの準備が終わり、陽が傾きかけた頃にバーベキューを開始した。
網の上で食材を焼いていき、それぞれの調子で食事を愉しむ。
肉、肉、野菜、肉、野菜。
脂の乗った肉の合間に野菜を口に入れていき、途中で深皿によそったご飯に舌鼓をうつ。
旨し、美味なり。
そんなことを考えていると、いつの間にか隣にいた陽代美がご飯を御代わりしていた。
「陽代美は米が好きなのか?」
「うん、外で食べるご飯がこんなに美味しいって、私知らなかった」
その言葉を聞いて、少し胸が詰まる。
街中で買い食いをするのとは違う、自然の中での食事は我らが女王様にとっては特別に感じたようだ。
そして、陽が暮れようとした頃にはバーベキューも終わりを迎えようとしていた。
そこで用意していた、丸太とバケツの準備に取り掛かる。
バケツの底にある小石の中心に円状の隙間を形づくり、その隙間に丸太を置いて固定をする。
そして、バーベキュー用のバーナーで着火剤に火を灯す。
「あ……」
江夏のご要望通り自然の火。
丸太の先端は燃え上がり、蝋燭に火が灯ったような丸太にギャル五人衆は目を奪われていた。
「キク、これは?」
「ウッドキャンドル。昔父ちゃんに教えてもらったんだ」
ウッドキャンドルは様々な形態がある。
一般には薪をワイヤーなんかで纏めて燃やすものが主流だが、俺が教えてもらったのは丸太を直接加工するものだった。
本来のウッドキャンドルは調理に使えたりもするが、今回用意したウッドキャンドルは小規模なもの。派手さはないが、今の俺に準備できる精一杯の自然の火だ。
「キク、座ろ」
陽代美に促され椅子に腰かける。
食事を終えたギャルたちも、各々の体勢でウッドキャンドルの火を眺めていた。
周囲は暗くなり、お互いの表情がわからなくとも、コテージの庭に穏やかな時間が流れる。近くのコテージで食事を愉しんでいる人たちの声も遠くに感じ、俺も静かにゆらゆらと揺れる炎を見守る。
そして、視線を夜空に向ければ星が見えた。
無数の星々の中には、今まさに燃え尽きようとして強い光を放つ星もあると聞いたことがある。何万光年と離れた地球に光を届ける星の輝きには敵わないだろうが、ウッドキャンドルの火も温かな光を俺たちに届けてくれる。
不思議に思う。
数ヶ月前なら話もしなかったギャル五人衆と、まるで家族のような時間を共にするとは思いもしなかった。
一つの火を囲う俺たちは、特に話をすることなく燃え盛るウッドキャンドルを見つめていた。そして、少しばかりの時が流れてふっとウッドキャンドルの火は消えた。
「あ、消えちゃった」
「悪いな江夏。急ぎで作ったから、そんなに長くは持たないんだ」
「……ううん、よかった。サンキューキクっち」
どうやら、不良娘は満足をしてくれたようだ。
表情は伺えないものの、声の調子から父から教わったウッドキャンドルを愉しんでくれたと感じとれた。
「さて、片付けるか」
「ああ、いいのよ。片付けは係の人がしてくれるから」
「……そうか。それなら皆は先にコテージに戻ってくれ。俺が受付に行ってくる」
「ん、ありがと」
ギャルたちが揃ってコテージに向かい、俺は受付へ向かい宿山を呼んだ。
そして片付けを始めた宿山と一緒にウッドキャンドルに水をかける。
「おい、菊地。片付けなら俺がやっとくから、もうコテージに戻っていいぞ」
「いいんです。他のも手伝います」
「あのな、ガキが変に気をつかってんじゃねえよ」
「違います。女子だらけの空間に戻るのが少し億劫なんです」
「クッソ、俺みたいな男子校出身からしたら羨ましすぎんぞ菊地」
「宿山さん、男子校出身なんですね。部活とかしてました?」
「ああ、部活はアウトドア部に入っててな、キャンプしたりするところで男ばっかりの華々しさもない男くさくて馬鹿ばっかりの部活だったよ」
「いいですね、俺もそんな部活があれば入部したかったです」
「隣の芝生は青く見えるってやつかねえ」
雑談をしながらバーベキューの片付けを終える。
コンロや椅子を持って受付に戻る宿山を見送り、俺もコテージに戻る。
すると、玄関で身支度をするギャルたちがいた。
「どこかに出かけるのか?」
「うん、今からキャンプ場近くの銭湯に行くの。キクも行こ」
「ああ、わかった」
丁度いい。
服に染み付いた汗や煙の匂い。風呂にでも入りたいと思っていたところだ。
たまには広い浴場でさっぱりすることにしよう。




