キャンプへ行こう
八月の下旬。
高校二年生の夏休みも終わりにさしかかり、俺は灼熱の太陽の下でバイクを走らせていた。
向かう先は守邦キャンプ場。
キャンプ場は山間部にあり、小学生の頃父に連れられて行って以来、キャンプ場へ行くのは久しぶりだった。
昨夜、バイトが終わった頃、携帯に一件のメッセージが届いた。
『キャンプに来ませんか?』と、我らが女王様からのお誘いだった。
メッセージを見た時に違和感を覚えた。キャンプへ行こう、なら理解できるが『来ませんか?』とは変だと思い、メッセージをやり取りして事情を伺った。
陽代美たちギャル五人衆は急遽二泊三日のキャンプをすることになり、昨日までは五人でキャンプを楽しんでいたそうな。
そして夜になり、誰か追加で呼ぼうとの話になり白羽の矢が立ったのが俺ということだった。
またも女子だらけの空間に男一人なのかと嘆息したが、断れば陽代美が眉を八の字にする光景が目に浮かぶ。彼女の誘いに了解の意思を伝え、午前中に家を出てキャンプ場へと向かうことになった。
キャンプ場についた頃には長時間バイクを走らせてもいないのに汗が身体中を纏わりついている。
バイクを駐輪場に停め、受付まで歩いていると一人のギャルと遭遇する。
「いらっしゃい、キクっち」
「大秋、ここでなにをしてるんだ?」
「飲み物を買いに外に出たの。そしたらキクっちが見えたから迎えに来たのよ。悪いわね、急に呼んだりして」
「それは構わないが。しかしよかったのか? 陽代美から言われた通り着替えくらいしか持ってきていないのだが」
「ええ、私たちはコテージに宿泊をしているから。旅館みたいなものよ」
大秋の言葉に納得した。守邦キャンプ場はテントを設営する芝生エリアとコテージが建ち並ぶエリアに分かれている。
女子たちだけでキャンプとは気合いが入っているなと思っていたが、コテージ宿泊ならハードルも低いだろう。それに女子たちと同じテントで寝泊まりなんて、健全な男子としては避けたい。いろんな意味で。
そして大秋と一緒にキャンプ場の受付へ向かう。
子供の時は大きく感じた受付の建物も、身長が伸びた今ではこじんまりとした小屋に思えた。そして大秋から宿泊しているコテージの番号を聞き、受付の人に話しかける。
「すみません、コテージの一〇二号室に追加で宿泊することになった者ですけど」
「ええと、一〇二号室……はい、伺っております。バスでのご来場ですか?」
「いえ、バイクで来ました」
「それではこちらの用紙にバイクのナンバーとお客様のお名前を……あっ」
「――ッ。大秋、バイクに鍵を差しっぱなしにしてきたかもしれない。悪いけど見てきてくれないか?」
「不用心ねえ。見てきてあげるから、その間に受付すませておいてね」
大秋は呆れた顔をして受付から駐輪場へ向かった。
そして俺は差し出された用紙に記入を始め、受付の男に話しかけた。
「宿山さん、キャンプ場に転職されたんですね」
キャンプ場の受付にいた男は、以前ラブホテルを盗撮していた宿山という男だった。
最初見た時は帽子も被っていて、顔には無精ひげも生えておりわからなかった。しかし、俺の顔を見て硬直した男は紛れもなく元盗撮魔の宿山だった。
「奇遇、だな」
「そうですね」
「……転職ってわけじゃねえんだよ。前の会社を辞める時に、高校の時のダチ何人かと飲みに行ったら、ここで働いてるヤツが無職の期間つくるくらいならウチで働けって、誘ってくれたんだ」
「そうですか」
宿山とは目を合わせず、用紙に記入をしていく。
男の声は流暢とは言えずとも、以前話をしたときに比べれば幾分か穏やかに感じた。
「へえ、菊地って名前なのか……はあ? 十七歳? お前、未成年だったのかよ」
「はい、そうです」
「はああ……俺も落ちたな。まさか未成年に説教されていたとは」
「そんなこと、ないと思いますよ」
用紙に記入を終えて宿山に渡す。
改めて男の顔を見れば、頬はやせ細っているものの、前に比べれば健康的に見えた。
「キャンプ場の仕事はどうですか?」
「……悪くないな。街中とは違ってごみごみしてないし、毎日薪を割ったりして筋肉痛だけど、昔に比べてよく眠れるようになったな。ダチからは、鍛え方が足りないとか言われるけど」
「そうですか」
宿山が用紙を確認して、別の用紙に記入をしていく中で雑談をする。
彼がここで働くことになった経緯に感慨深いものを感じていた。高校の時の友人から誘いを受けるのであれば、彼は孤独ではなかったのだ。
「なあ、一〇二号室に宿泊してるのって若い女五人だよな。お前が言っていた頼れる仲間って――」
「答えませんよ」
「……へいへい。それじゃあ一泊分の料金をお願いします」
財布から宿泊料金を彼に手渡す。
その時の宿山は少し罰の悪そうな顔をしていた。
「菊地」
「はい」
「その……お前には借りがある。まだ、まともになれたとは言えねえけど、今の俺があるのもお前たちのおかげだと、思っている」
「気にしないでください」
「気にするんだよ、俺は。だからってわけでもねえけど、なんか困ったことがあったら言ってくれ。俺で力になれるなら、なんかするからよ」
「……はい、その時は頼りにさせていただきます。これで受付は終わりですか?」
「ああ、終わりだ」
そして俺は受付を後にする。
盗撮は犯罪だ。そんな悪いことに手を出した男がまともになろうと努力と苦労をしている。俺を見送る宿山は申し訳なさそうな表情をしていた。このまま去ってもいいが、なんとなく冗談でも言ってみようかと思い振り返る。
「宿山さん」
「なんだ?」
「コテージにカメラとか仕掛けてないですよね?」
「仕掛けてねえよっ」
「はい、信用します」
「クソっ、どうぞごゆっくり」
思わぬ出会いだった。
道を踏み外した人間が、真っ当な人生を歩もうとしている。心なしか、清々しい気分だった。
しかし、そんな俺の前に笑みを浮かべた鬼が立ち塞がる。
「キクっち、バイクに鍵なんてなかったんですけど?」
「あ、ああ。すまん、鍵ならポケットに入っていた」
「ふうん、私を無駄なパシリに使うなんて、いい度胸してるじゃない」
「……そうだ、大秋は飲み物を買いに来ていたんだよな。ご馳走させてくれ、いや、ご馳走させてください」
「あら、悪いわね。それじゃあ五人分の飲み物をお願いしようかしら」
大秋のパシリ代は高額だった。
六人分の飲み物を買い、大秋と二人でコテージに向かって歩く。
隣を歩く大秋の様子から、どうやら受付にいる男が盗撮魔だったとは気が付いていない様子だと感じた。
「なあ、大秋。今日コテージに泊まるのは大秋たちと俺だけなのか?」
「ええ、そうよ。誰か他に呼びたかった? あ、確か杉山って子はキクっちの友達だったわよね。今からでも呼ぶ?」
「ああ、それなら――」
そこで彼女に、彼は遠い外国の地へ旅立ったと説明をした。
すると大秋は残念そうな表情を浮かべる。
「そう、彼は誠実そうに見えたから、いいと思ったんだけどね」
「いいって、なにが?」
「……なんでもないわ。それより、キクっちは夏休みの間どんなことをしてたの? バイト以外で」
「バイト以外となると、この前東と西尾と偶然会って、ナンパをしたかな」
「キクっちがあの二人とナンパ? まあいいけど。それで、どうだった? いい子と出逢えたの?」
「いや、ナンパは失敗ばかりで、その後二人とハンバーガー屋でピクルスが必要か不要かの議論を朝までしていた」
「なにしてんのよ……」
大秋は呆れた表情を見せる。
そこで、違和感を覚える。いつもの余裕ある態度とは違い、疲れているような顔を彼女はしている気がする。
昨日からキャンプに来ているという話だから、遊び疲れているのかもしれない。
そして、大秋と一緒に一〇二号室のコテージに入る。
玄関で靴を脱いでいると、クーラーでも効いているのか涼しい空気が全身を冷やしていく。
コテージは立派な木造二階建て、どこかの別荘かと思うくらいに内装もしっかりとしていた。
「お、キクっちだ」
「江夏、なにしてるんだ?」
リビングに入って目に入ったのは、テーブルに教科書やプリントが無造作に置かれ、ソファーに座る江夏と冬樹だった。
「夏休みの宿題。手伝ってくれてもいいんだよ?」
「断る」
「ケチ」
「はいはい、優里奈。あと少しで終わるんだからさっさと片付けちゃいなさい」
「もう、沙織ってば厳しい」
「また補修を受けるよりマシでしょ」
どうやら、江夏の宿題を冬樹が面倒をみている最中のようだった。
荷物を適当に降ろし、彼女たちが座る別のソファーに腰かけて一息つく。先程購入した飲み物を二人にも渡し、俺も自分用に買ったスポーツドリンクで喉を潤した。
「キクっちはこのリビングを寝てね、トイレも一階にあるのを使って。私たちは二階の部屋で寝るから。一応タオルケットはあるけど、敷布団も受付の人に言って用意してもらう?」と大秋が訊いてくる。
「大丈夫、このソファーで寝るよ」
「そう? それじゃあ私は二階に行ってるから、優里奈は宿題終わらせなさいよ」
「ほーい」
そう言って大秋は階段を昇っていった。
残された俺は、シャーペンを走らせる江夏を、冬樹と二人で眺めていた。すると、冬樹が怪訝な顔で俺の方を向いた。
「ねえ、菊地」
「なんだ?」
「受付の男、気が付いた?」
「……ああ、二人は気が付いていたのか」
「私は最初わからなかったわ。優里奈が最初に、ね」
「うん、アタシはキクっちのビデオ通話で男の顔見てたからね。すぐにわかったよ」
「……そうか、大秋と陽代美は?」
「たぶん気づいてない。アタシと沙織とキクっちだけだよ、受付の男が盗撮魔だって知ってるの」
「元、だろ?」
「ま、そうなんだけどさ」
会話が途切れる。
彼女たちからすれば、盗撮をしていた男を快く思えないだろう。
しかし、俺からしてみればまともになろうとしている男を悪く言えない心情だった。
静かな室内でカリカリと音がする中で、冬樹が口を開く。
「昨日、私たちコテージのキッチンでカレーを作ったのよ」
「ほう、カレーか。いいな、カレーは素晴らしい食べ物だ」
「カレーはどうでもいいのよ。材料はキャンプ場が用意をしてくれるのだけれど、本当なら受付に材料を受け取りに行かないといけないのよ」
「うん?」
「でも私たちが女だらけってわかったのかしらね。あの元盗撮魔が五人分の材料をこのコテージに運んでくれたのよ。私と優里奈は警戒をしていたのだけれど、材料を運んできた男にハルミィがお礼を言ったの。そしたら『手が空いていただけですから』なんて言い残してコテージから出ていったわ」
「……そうか」
「わからないのよね。見た目は小汚いけど、なんであんな人が盗撮なんてしていたのかしら」
恐らく冬樹には理解できない事柄なのだろう。
宿山は、己の性欲を満たすために盗撮をしていた訳ではない。世間や己の立場による憂さ晴らしの結果が盗撮だっただけだ。
冬樹からしてみれば、完全悪と決めつけていた人物が気遣いのできる男で困惑する部分もあるのだろう。
「気にしなくていいんじゃないか? あの人も真っ当になろうとしている最中なんだろ」
「そうね……そうするわ」
「……うっしゃ、終わった。うへえ、疲れたあ」
「お疲れ様。あとは二学期の最初にちゃんと提出するのよ?」
「わかってるよ。いやあ、勉強終わりのジュースは美味しいなあ」
江夏が飲み物に口をつけつつ、冬樹が散らばっていたプリントを纏めていく。
本当に不思議な間柄だ。
成績優秀者の冬樹と不真面目代表の江夏。そんな彼女たちが肩を並べて夏休みの宿題をこなしているとは、学校の教師陣が見ればなんと言うだろうか。
「そういえば、陽代美と春宮はどこにいるんだ?」
「昨日夜遅くまで起きていたからお昼寝中。キクっち、二人の寝顔を見に行こうとかしちゃダメだからね」
「わかってるよ」
夏の呪縛から解き放たれた江夏と冬樹の三人で静かに他愛もない雑談をした。
どうやら、我らが女王様たちはお休み中のようだ。




