大通り三丁目
陽が暮れてきて賑わいを始める繁華街。
ナンパをしていた俺たち三人は、街行く女性に話しかけては撃沈を繰り返していた。
「この辺りはダメだな、移動すっか」
「まだやるのか?」
「いい加減諦めろよ、東」
「いいじゃん付き合えよ。これから秘密のナンパスポットに案内してやるからさ」
そう言って東は意気揚々と歩きだし、俺と西尾は溜息をつき後に続いた。
夜の繁華街を歩けば、歩く男に話しかける煌びやかな衣装を身に纏った女性陣。その反対に歩く女に私服で話しかけている男性陣が散見する。
見慣れない夜の街に思わず緊張をする。守邦駅南側にある飲食店エリアに比べて、客層がまるで違うことに驚いた。
東がお勧めするナンパスポットへ移動をする最中、彼から先ほどのナンパへダメ出しをされる。
元々やる気のなかった西尾は退屈そうに東の言葉を聞き流していた。そして俺にもダメ出しが入る。
「キクちゃんはさ、もっと強気にいったほうがいいんでね? 相手に男って思わせる感じで攻めていかないと誘いに乗ってもらえんぜ」
「そう言われてもな。少し前に菊地は女々しいと冬樹から言われたばかりなんだよな」
「ハハッ、サオリンは相変わらず手厳しいねえ」
それからは東のナンパ講座を聞きながら繁華街を歩く。
男は男らしくあらねばならない、なんて古い考え方だと思う。
しかし、出会ったばかりの男女仲を進展させるには、ナンパに慣れている東から言わせれば男らしさ、多少の強引さは必要との話だった。
そこで疑問が浮かぶ。二人はクラスでも男子の中心人物であり、色恋にも長けていると見える。そんな彼らは陽代美を中心としたギャル五人衆には手を出さないでいる。
同い年の男子と色恋を語る機会がなかった俺は二人に質問をしてみる。
「二人は陽代美たちのグループに声かけたりしないのか? 確か大秋以外は彼氏いないよな」
「俺は年上専門だからな。同じクラスの女子はノーセンキュー。やっぱ彼女にするなら、収入があってお小遣いくれて、一人暮らしでたまに部屋に泊めてくれる子じゃなきゃ」と、東が言う。
「な? こいつ女癖悪くてクソだろ? 聞く耳持たん方がいいぜ」
「うるせえぞ西尾」
「ま、まあ東は年上が好みとして、西尾は?」
「確かにいいとは思うけど……もしかしてキクちゃん気づいてねえの?」
「なにが?」
「あのグループに話しかけようとするとさ、大秋がすっげえ睨んでくるんだよ。自分の仲のいい友達に下心持って近寄るんじゃねえぞ、みたいな感じで」
「それは、気がつかなかったな。大秋からそんな風に注意をされたこともないから」
「信頼されてるねえ。キクちゃんは大秋が紅蜘蛛って名前の族にいたこと知ってる?」
「ああ、元総長とか前に聞いたことがあるけど」
「そうそう。大秋がおっかねえ女って一部の男は知ってるからさ。近くに大秋がいる時は大抵の男は近寄れんのよ、ヒヨミンのグループには」
西尾が冗談でも言うかのように話をして、妙に納得をした。
夏祭りのときに、大秋は彼女たちに男が近寄らないよう振る舞っていた節がある。
また、一学期に春宮が男子から声が掛からないのは、自分が子供っぽいからと言っていたが恐らく違うのだろう。
大秋は大切な友人に近寄る男を見定めていた。過保護とでも言おうか。睨みをきかせた友人を持つ陽代美たちからは、大秋は頼りにされる存在なのだろう。
それから、駅前の大通りから路地に入る。東の話によればナンパスポットへの近道なんだとか。
路地は狭く、男三人で横並びに歩けば道幅いっぱいになる。そして正面からスーツを着たサラリーマン風の男が来て、俺は二人の後ろに移動をして中年の男性とすれ違った。
そして二人の横に戻ると、東が笑みを浮かべながら話かけてくる。
「キクちゃん、さっき自分のことを女々しいとか言ってたけど、大丈夫。キクちゃんは立派に男だぜ」
「なんでそんな風に言い切れるんだ?」
「今さ、前からおっちゃんが来て、このままだとお互いに通れないからとっさに道を譲ったろ? 女同士だと、たとえ通れないってわかってても道を譲ろうとしないんだよ。見たことない? 道幅いっぱいに広がって歩く女子たち」
「ああ、駅前とかで見たことあるな」
「女は横社会だからな、道を譲るって行為が他人に劣ることに感じて本能的に避けてるんだわ。そしてこれがナンパや合コンで使える必勝法ね。女って一番や二番よりも特別感を大事にするからさ、他の人と違って君は特別だよ、なんて言えばコロッときたりするのよ」
「おい、東。あんま適当なこと言うなよ」
「俺の経験談を語ってやってんだろうが」
「キクちゃんも気を付けろよ、東のヤツは息を吐くように噓をつくからな」
「うるせえよ。やだやだ、これだから西尾は一年のときに女に捨てられるんだよ」
「ああ? なんか言ったか」
二人は共に歩きつつ火花を散らす。
そんな姿を見て、二人の先輩を思い出す。
ツーリング先で会った柴原先輩と阿久津先輩も、今の二人のように悪態をつき合っていた。
少し、羨ましく思う。
卓とこんな風に言い争ったことはなかった。彼が温厚な性格だったのもあるが、言いたいことを言い合える彼らの間柄をいいなと感じた。
そして東がお勧めするナンパスポットへ到着した。
通称、大通り三丁目。
駅前からは離れた場所で、大きな公園があり、昼間ともなれば市民の憩いの場所でもある。
歩道を歩く人々は、これから駅に向かう人だったり、近くに専門学校や学習塾がある影響で学生も多くいるのが印象的な所でもある。
東は近くを歩く女子たちを見比べては、獲物を物色するかのような視線を彷徨わせている。
俺と西尾はそんな彼を後方から見守っていると、歩道を歩いてきた一人の女子から声をかけられる。
「菊地くん? と、西尾くん?」
話かけてきたのは同じクラスの文芸部員、柳さんだった。
彼女は紺色のシャツに白い透け感のあるガウンを身に纏っており、教室で見る彼女よりも一層大人びて見えた。
「柳さん、ここでなにしてるの?」
「私は夏期講習の帰り。菊地くんたちは?」
「ええと、なんて言えば――」
「ナンパ、ナンパしてたんだよ俺たち。でもさあ誰にも相手されなくてさあ、柳ちゃんこれから俺たちと遊ばん?」
と、東が俺たちのところに戻るなり余計なことを言いだした。
目の前にいる彼女は、後ずさりをして困惑した表情を見せる。
「ご、ごめんなさい。私の家、門限厳しいから……」
「そうなん? んじゃまた今度遊ぼうぜえ、だから連絡さ――」
「ああっ、ごめんね柳さん。門限が厳しいなら俺たちと長話するのも悪いよね」
「え、ええ。また学校で」
そう言って柳さんは足早に去っていった。
そして俺は東を睨む。
「東よ、さっきは年上専門とか言っていなかったか?」
「んん? まあ確かにそうなんだけど、最近の柳ちゃんって大人っぽくなったつうか、女の顔になってきたなと思ってたのよ。そんで将来性を考えれば今のうちに俺が男を教えてやってもいいかな、なんつって」
「な? こいつクソだろ? 女なら誰でもいいんだよ」
「ああ、東はクソだな」
「キクちゃんまでひっでえ!」
柳さんは一学期に素敵な出会いをしている。
絵描きであるクラスメイトの岡部くんと、コンクールのモデルを担当した彼女はあの後も二人で話している姿を時折教室内でも見かけるようになった。
男女の仲かどうかは知らないが、個人的には岡部くんの恋を応援したい。東が柳さんへ手を出すのはやめて欲しいと感じ、軽薄な東に侮蔑の視線を送った。
「おい、お前菊地だよな」
と、ここでまたも声がかかる。
声のする方へ振り向けば、東や西尾のような不良じみた服装の男が三人立っていた。
そして俺は三人の男の内一人に見覚えがあった。同じ中学にいた人物だ。
「葛野、か?」
「ハッ、なんだよ、中学の頃は俺の誘い断っておいて、結局お友達ごっこしてるじゃねえかよ。一匹狼気取っていた菊地くんはどこに行ったんかねえ」
嫌な人物に出くわした。
葛野は同じ中学で同級生。俺が陸上部を退部したあと、教師陣に逆らったことを褒め称え俺を不良グループに誘ってきた男だ。
しかし、俺が歯向かったのは陸上のコーチであり教師へ反抗をする気なんてなかった。だからグループへの誘いを断ったが、それ以降廊下ですれ違う度に嫌味混じりの言葉を、中学を卒業するまで投げかけられ続けた。
俺が中学校で孤立する原因を作ったのは葛野のグループと言えなくもない。
「俺に、なにか用か?」
「別にぃ、たまたま見かけたから声かけただけだ。それより、さっきの女、菊地の知り合いか?」
「同じクラスの人だ」
「へえ、じゃあ今度紹介してくれよ。俺学校行ってねえからさ、生の女子高生と出会える機会とか貴重なんだよね」
葛野と同じく、目の前でヘラヘラしている男三人に嫌悪の念が浮かぶ。
中学の頃に俺を迫害しようとしていた男が、どの口で女を紹介してくれなんて言えるのだろう。
しかし、今は東と西尾が一緒だ。考え無しの行動は避けたい。
すると、近くで話を聞いていた二人が俺の前に立った。
「あんさあ、俺たちも学校の女子に相手されんから、こうして三人でナンパしてるんだわ。だから女子を紹介するってのは無理なんだよ、悪いね」
「ハッ、だろうと思った。つうかアンタらもさ、菊地と関わるの辞めた方がいいぜ? こいつと同じ中学だったけどさ、同級生のこと裏切るからな」
「さっきから二人の話聞いてたけどよお、別に友達ってわけでもねえんだろ? つうか、そんな喧嘩腰にくるんなら俺が相手になってやってもいいぜ」
穏やかにかわそうとした東。敵意を剥き出しにして葛野たちを睨む西尾。
またしても俺は、助けてもらっている。同じクラスメイトでしかない俺の前に立つ二人に申し訳なさが募る。
すると、睨まれている葛野が吹き出し笑い始める。
「アッハ、悪い悪い。つい懐かしい顔を見てさ、俺も変なこと言ったかもな。ごめんなあ、菊地」
「……別に、謝らなくていい。もうどっかに行ってくれればな」
「そう怖い顔すんなよ。そうだ、同じ中学のよしみで教えてやるよ。この辺りでナンパはやめた方がいいぜ、俺らも声かけてるけど全然ダメだわ。これから駅前に移動するけど、どうよ? 一緒に来るか?」
「遠慮しておく」
「ハッ、そう言うと思った。じゃあな、俺たちはもう行くよ」
葛野たちが去って、その後ろ姿を西尾が睨み続けていた。
二人になんて言おうか、葛野のことをどう話そうかと考えていると東が明るい調子で声を上げる。
「あーあ、腹減ったな。なんか食いに行かね? 西尾もいい加減落ち着けよ」
「うっせえ、あの手のバカは昔から嫌いなんだよ。同年代なのに見下してる感じがよ」
「……ごめん。二人とも」
「んん? キクちゃんが謝ることないっしょ。それより飯行こうぜ、西尾、なんか食いてえもんあるか?」
「バーガー、今の俺はでっけえバーガーを食いたい気分だ」
「んじゃそれで。キクちゃんもバーガー食いに行こうぜ」
「あ、ああ」
ハンバーガー屋へ行く道中、二人は俺と葛野の関係を聞こうとはしなかった。
せっかくのナンパが俺のせいで台無しになったことも二人は気にする様子はない。
それどころか、店に入った頃にはハンバーガーにピクルスは必要か不要かのどうでもいい議論を東と西尾はしていた。
「キクちゃんはピクルス必要派だよなっ?」と、西尾が言う。
「ないない、ピクルスなんてパティとソースの絡みを邪魔するだけだっての」と、東が言う。
どっちでもいいとは感じつつも、俺はそんな二人に心から感謝をした。
そしてハンバーガーを食べている最中に、二人に改めて庇ってくれた礼を言う。
すると西尾が真顔で『友達だろ? 気にすんな』と言い、東が笑みを浮かべていた。
その日食べたハンバーガーは、これまでの人生で一番美味しいと感じた。




