自分で決める
『ぎゃあああああああああああ』
「うわあ……ハルミィめっちゃ叫んでるよ、大丈夫かな」
「春宮って怖いの苦手だったのか」
デパートの屋上に建てられていたお化け屋敷は、通路が狭いということもあり二人一組で入場する形式だった。
そこで六人分のクジを春宮が用意し、三組に分かれてお化け屋敷の列に並んだ。
一組目。春宮・陽代美。
二組目。菊地・江夏。
三組目。冬樹・杉本。
『いやあああああああああああ』
「ハルミィ、怖いの苦手なのに、なんでお化け屋敷に行こうなんて言い出したんだろ」
「……そう、だな」
春宮の思惑は察することができる。
恐らく、クジに細工をして冬樹と卓を組ませて、自分は余り者になるつもりだったのだろう。
しかし、唐突な大秋の離脱により人数が丁度偶数である六人になってしまった。お化け屋敷へ行こうと言い出したのは自分であり、乗り気になった他のメンバーに今さら行かないと言い出せなかったのだろう。
そして冬樹と卓が二人きりになれるように頑張った春宮は、後発の俺と江夏に聴こえる程の叫び声を上げていた。
春宮に申し訳ないことをしたなと思いつつ、お化け屋敷を順路通り進んでいく。
『GYAAAAAA』
と、飛び出してきた怪物の着ぐるみにまったく動じることなく、俺と江夏は歩く。
「江夏は怖いの平気そうだな」
「まあねえ、どっちかって言うと……自分を抑えるほうが大変かな」
「なんだ、中二病的なアレか?」
「ちゅうに? それはよくわからんけど。なんかさ、暗い場所でいきなり近寄られたら殴り飛ばしたくならん?」
「ならねえよ」
ヤンキーの血でも騒ぐのだろうか。
着ぐるみとはいえ、お化け屋敷の従業員さんを殴っては大変だ。同行する俺が責任を持って監視しておこう。
『GYOOOOOO』
「キクっちもさ、さっきから全然平気そうじゃん。お化け屋敷とかへっちゃらなほう?」
「そうだな。それに最近、怖い体験をしたばかりだからな」
「お? なになに、お化けよりも人間のほうが怖いとか言っちゃう感じ?」
『GYUUUUUU』
「いや、違う。この前さ、ドーナツ屋でバイトをしてる時に、夜八時くらいに店の外へゴミ出しに行ったんだよ」
「ふんふん」
「そしたらでっかいネズミがいたんだ。拳二つ分くらいの」
「げっ」
「しかも十匹以上」
「げげっ」
「俺がゴミ袋を抱えたまま固まってるとさ、ネズミたちが早くその荷物をよこせ、みたいな感じで目を光らせながらこっちを見てきたんだ。いやあ、あれは怖かったな」
「もう、やめてよお。アタシも居酒屋でゴミ捨てに行ったりするんだから、そんなの聞いたら思い出しちゃうじゃん」
それから江夏とは飲食店あるあるを話しながらお化け屋敷を出た。
明るい外に出て目を細めていると、屋上のベンチで休んでいた春宮と陽代美の姿があった。
春宮は両手で顔を覆い、陽代美はそんな春宮を慰めるように背中をさすっていた。
「ハルミィ、大丈夫かい?」
「うう……だい、じょうぶ……」
「飲み物買ってこようか? オレンジジュースでいい?」
「うん……ヒグッ……ありがと、ユリにゃん」
「うんうん、おねえちゃんに任せときなあ。キクっち、ハルミィのこと頼んだよ」
「あ、ああ」
そう言って江夏は自動販売機へ向かった。
相も変わらず友達想いの江夏だが、頼むと言われても既に陽代美がついているため、俺は不要に思えるのだが。
「キクっち……お化け屋敷、怖かったよね?」
「え?」
春宮から質問をされ、回答に困る。
陽代美に視線を向ければ、眉を八の字にして空気を読んでといわんばかりの表情を向けられる。
了承した。俺は空気の読める男だ。
「ああ、怖かったな。俺が今まで入ったお化け屋敷で一番怖かった」
「グスッ……だよね。怖すぎだよねえ」
噓は言っていない。
今回のお化け屋敷が人生で初めてのお化け屋敷だったのだから。
そして、飲み物を買ってきた江夏が春宮にオレンジジュースを手渡し、ようやく春宮は泣き止み落ち着いた。春宮を慰める役を陽代美と江夏が交代して、我らが女王様は俺の隣に立ち、俺は彼女に耳打ちをする。
(陽代美はお化け屋敷平気だったか?)
(うん、どちらかと言うと驚いてるハルミィにビックリした)
(だろうな……)
後から入った俺たちにも聴こえるほど春宮の絶叫は凄まじかった。近くにいた陽代美はさぞ大変だったであろう。
そんなやり取りをしていると、最後にお化け屋敷へ入った冬樹と卓が俺たちのところまで戻ってきた。
「ちょっと、ハルミィ大丈夫?」
「うん……サオリンも、お化け屋敷怖かった?」
「え……ええ。とても怖かったわ。怪物の造形がリアルで、つい悲鳴をあげてしまったわ。ねえ、杉山?」
「あ……ああ、うん。そうだね、地元のテレビ局も取材にきていたくらいだし、噂通りの怖さだったよ」
「そうだよね……皆も怖かったんだよね。怖すぎるよ……あのお化け屋敷」
春宮を中心に、優しい世界が拡がるのを感じた。
それから、陽代美が遊びに行くことを提案。春宮を元気づける狙いもあるのだろう。移動を始めたギャルたちに続き、男二人は少し離れて彼女たちを追う。
「卓、どうだった?」
「どうって、なにが?」
「冬樹と少しは仲良くなれたかなと」
「……ハハッ、気をつかわなくていいのに。お化け屋敷では普通に雑談をしていただけだよ」
「そう、か」
余計なお世話だったのだろうか。卓は飄々とした態度で歩いている。
しかし、冬樹と普通に雑談ができただけでも驚きだ。俺なら冬樹とは言葉による殴り合いになりかねないので、卓はまったくの脈無しではないのだろう。
それから俺たちはボーリング場で汗を流した。
江夏が三連続ストライクのターキーを叩き出し、俺は十三連続ガーターを記録する。
次のゲームセンターではプリクラを撮った。
不自然なほどに大きい俺の目を、春宮と陽代美が笑みを浮かべながら落書きをしていた。
それからゲームセンターにあったダーツで、先程お化け屋敷のペアで勝負をした。
結果は冬樹・杉山ペアの優勝。互いの投擲を褒め合う姿は仲睦まじいカップルそのものに見える。本当に二人が付き合う未来があるのではと、心の中で期待をした。
お化け屋敷で意気消沈をしていた春宮も、ダーツが終わった頃には元気を取り戻していた。
冬樹と卓が話すきっかけを作ってくれた春宮に、また借りができたなと思った。そして夕刻になり、解散をすることになる。
「それじゃあキク、またね」
「今度会うときは二学期かな」
「……それって、もう夏休みは逢わないってこと?」
「え、まだなにか遊ぶ予定があるのか?」
「ないけど……ううん、たぶんある。その時は連絡するね」
「ああ、わかった」
どうやら、我らが女王様から夏のお誘いがあるようだ。
俺からどこかへ行く提案ができればいいのだが、陽代美が喜ぶ遊び場なんて想像もつかない。ここは彼女の誘いに甘えることにしよう。
それからギャルたちと別れ、卓と肩を並べて歩く。
卓が楽しそうにしているところを見ると、今日は彼女たちと遊んで大正解だった。しかし、俺は大事なことを忘れていた。
「卓、悪い。何か話があるんだったよな?」
「ああ、うん。そうだね、今から公園にでも行こうか」
「わかった。それで、冬樹とは連絡先の交換とかしたのか?」
「ううん、してないよ。気にしなくていいって言ったじゃん」
二人で向かった公園は、以前陽代美とツーリングへ行く際に待ち合わせた場所だった。
俺と卓も、昔はよくこの公園で日が暮れるまで遊んだりしていた。
あの頃からは想像もつかない。卓と同じ高校に通い、恋の話をするようになるなんて。
「懐かしいね、ここ」
「そうだな。それで卓よ。話ってなんなんだ?」
「うん……実はね、僕、学校を辞めたんだ」
「……え?」
強い風が、公園の木々を揺らす。
唐突な親友の発言に困惑をした。俺の知りうる限り、素行の悪い生徒が多く通う守邦高校でも、彼は模範的な男子高校生だ。
成績もよく、部活でも好成績を残し、クラス委員長もやっている。そんな順風満帆な彼がどうして学校を辞めたなんて発言をしたのか理解できなかった。
「学校で、なにかあったのか?」
「ううん、なにも。問題に巻き込まれた訳でも、起こした訳でもないよ」
「じゃあ、どうして――」
「留学するんだ、スポーツ海外留学。卓球部の顧問から勧められてさ」
「留学って……随分と急だな」
「そうでもないんだ。一年生の三学期頃に顧問の知り合いで元代表選手のコーチから誘われてから、ずっと考えていたんだ。でも踏ん切りがついて、一学期の中頃に家族や担任と話をしたんだよ」
卓はなんてことない話をするように、公園を眺めながら語る。
これまで、卓とは学校ですれ違えば話をする程度だったが、まさか留学を考えていたとは驚きだ。
「凄いな、卓は……留学を決意した理由とかあるのか?」
「へえちゃんが、言ってくれた言葉だよ。今思えば、背中を押してもらったことになるのかな」
「俺が?」
「体育祭のリレーが終わった時に、へえちゃんが『そんなの誰が決めるんだ』って言ったじゃん。たぶん、へえちゃんの言葉の意味とは違うと思うけど、あの時の僕には結構ガツンときたんだ。海外へ留学しても、どうせ代表選手になんかなれっこないって考えていたけど、へえちゃんの言葉を聞いて、そんなの誰が決めるんだってさ、自分で考えてみたんだ」
体育祭の時、陸上を諦めることは勿体ないと言われて、親友についた悪態がまさか彼の留学を後押しすることになろうとは思ってもみなかった。
そして納得がいった。
卓は冬樹に好意を寄せていた。しかし、歩み寄ろうとする姿はなかった。
連絡を取り合うことになっても、すぐに離れ離れになるのはわかっていたからであろう。
「悪いな、今日はそんな話があるのに遊びに付き合わせて」
「いいよ、むしろすっごく楽しくて、いい思い出ができた。まさか冬樹さんと遊びにいけるなんて思ってもみなかったから」
「そっか……留学はどこの国へ行くんだ?」
「明後日にドイツへ行くよ。コーチの話だと日本の留学生も沢山いるみたい」
「ドイツか、遠く感じるな……」
「まあね。でも連絡を取り合うなら今の時代簡単にできるしさ」
俺は頷き、心を落ち着かせる。
卓は夢に向かって旅立とうとしている。俺は彼の味方であり、卓球の世界で高みへ昇ろうとする卓を心から応援することにした。
しかし、当の本人は浮かない表情になる。
「ねえ、へえちゃん。お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「ああ、なんだ」
「留学を決めた時にね、家族や卓球部の皆は口を揃えて『いつでも戻ってきていいからね』って言ってくれるんだ。凄く……優しい口調で」
「……うん」
「でもさ、わかってるんだよ。今さら遅いって。僕と同い年の選手が、すでに世界を相手にしているのだって知ってる。これから世界を目指そうなんて、遅すぎるくらいだってことも、僕が一番わかってるよ」
「……うん」
卓のお願いは理解した。
彼の周囲の人間は優しく、そして哀れだ。
海外へ留学を決意した卓には、優しさは毒にしかならない。だから彼は俺を頼った。
スポーツ選手には様々な性分がある。きっと彼の気持ちを理解できるのは、この街で俺だけなのかもしれない。
そして、卓と正面から向き合う。
「僕は、卓球の代表選手になんかなれっこない。海外で恥をかくだけだよね?」
「……そんなの、誰が決めるんだ」
「きっと、すぐに後悔をする。平凡な高校生をしていればよかったと、周りから思われるよね?」
「俺は、そんなこと思わない」
「いくら練習をしても、超えられない壁にぶち当たって、卓球を辞めたくなる時が必ずくるよね?」
「自分で決めたんだろ、海外へ行って世界と闘うんだろ。壁があったらお得意のスマッシュでぶっ壊せよ」
「……うん。ありがとう、へえちゃん。そうだよね、自分で海外へ挑戦するって決めたんだ。世界で一番になりたい、いや、一番になるために僕は留学をするんだ」
卓は、自分に言い聞かせるように瞼を閉じる。
留学を直前にしても彼は迷っていた。本当に自分は通用するのか、卓球界の片隅に埋もれるだけではないかと不安に思っていたのだろう。
だからこその否定。時に、人の背中を押すのは否定の言葉だと俺は知っていた。
陸上と卓球。競技は違えど、他人に自分を否定されて奮い立つ人間もいる。俺もそんな人間だった。
どうせ無理だから、無駄だからと言われても諦めきれなかった夢を追う決意を彼はしたかったようだ。
そして、憑き物が落ちた顔の卓は、いつものように爽やかな笑みを浮かべる。
それでこそ、俺の知る杉山卓だ。
「卓、晩飯はなにか決めているか?」
「ううん、とりあえずへえちゃんと何か食べれたらいいかなって考えていたけど」
「それならご馳走させてくれ。いい定食屋を最近教えてもらったばかりなんだ」
「え、別にいいよ。自分で払うよ」
「門出の祝いってやつだ」
「ハハッ、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
それから陽代美と一緒に行ったことがある魚料理中心の定食屋へ向かった。
店では彼と色んな話をした。これまでのこと、守邦高校でのこと、これからのこと。
本音を言えば、もっと早くに教えてもらいたかった。だが、七月は俺が忙しそうにしているところ見て卓は遠慮をしていたらしい。
盗撮魔事件に振り回されていた時期に、親友が人生の分岐点に立っていようとは考えもしなかった。
そして卓が、将来全世界から注目を浴びる卓球選手になるのではないかと心が躍る。
どうやら、俺の親友は凄い男になりそうだ。
***
「もう、急に呼び出すなんて。せっかく友達と遊んでいたのに」
「……すまん」
「ちょっと、顔色悪いわよ。ちゃんと食べてるの?」
「最近、あまり寝ていないんだ」
「バカ、私に会ってる暇があるなら家で寝ていなさいよ」
「そうもいかん。この後も街へ戻る」
「……なにかあったの?」
「ああ、それについて、今日は亜由に頼みがあってきた」
「……それは、彼女である私へのお願いなのかしら。それとも紅蜘蛛の元総長である大秋亜由に対する頼みかしら?」
「……守邦高校仕切り役、柴原勇司から、紅蜘蛛の元総長である大秋亜由への依頼だ。今日の俺は、ただの使者だ」
「……」
「頼む、亜由たちの力を貸して欲しい」
「……わかったわよ。話を聞かせなさい」




