頼れるSNSの女王様
「やあ、おはよう。今日も暑くなりそうだっ」
「はいっ、おはようございますっ」
早朝の新聞配達で、景気良く挨拶してきた男性に新聞を手渡し走り去る。
夏休みも後半に入り、残りの日数は両手で数えられるほどになっていた。
そして午前中、携帯に珍しい人物からメッセージが届いた。
『へえちゃん、今日空いてる?』
送り主は隣のクラスにいる、小学校からの親友である杉山卓だ。
彼は卓球部に在籍しており、今の時間は学校で練習をしているはずだが、今日はたまたま休みなのだろうか。
『空いてる』
『久しぶりに遊びに行かない?』
確かに久しぶりだ。
卓とは小学校の頃は陽が暮れるまで遊んだ仲だが、中学時代はクラスも部活も別々だったこともあり、学校の外で遊ぶことはなかった。
俺が陸上部で問題に巻き込まれたあとも、度々クラスまで様子を見に来てくれたが、親友を巻き込むことを避けるため俺は孤立の道を選んだ。
卓球部で夏の大会が終わり、卓も羽根を伸ばしたいのだろうか。
俺は彼からの誘いを受け、昼食を二人で食べに行くことになった。
「へ、え、ちゃん、あーそーぼ」
「卓よ、さっき連絡を取り合ったのだから、わざわざ確認をする必要はないぞ」
「ハハッ、なんとなくだよ。へえちゃんの家に来るのも久しぶりだなぁ」
「特に何も変わってないけどな」
そう言いつつ卓と肩を並べ、守邦駅南側にある飲食店エリアを目指す。
その道中でふと気づく。卓は俺より身長が低いが、中学時代に比べれば胸板や半ズボンから見える足回りに筋肉がついていると窺える。毎日努力をしている証拠だろう。
「へえちゃん、最近さ、陽代美さんたちと仲いいよね」
「どうした、唐突に」
「特に意味はないよ。ただ、廊下を歩いている時に、C組の教室を覗いたらよく話をしてるところを見たりするからさ」
「まあ、そうだな」
「……今の学校、楽しい?」
変なことを聞かれる。
楽しいかと言われるとよくわからない。しかし、学校では平穏無事に暮らせていることに変わりない。
「まあ、中学の頃に比べれば窮屈には感じないかな」
「そっか……よかったね」
「……なにかあったのか?」
「ええと、実はね。今日へえちゃんに話があって、遊びに誘ったんだ」
「相談ごとか?」
「ううん、違うけど。話はご飯の時でいいや」
卓は笑みを浮かべつつ隣を歩く。
不思議に感じつつ、飲食店が建ち並ぶ場所まで来て、昼食をどこで食べるかと話をしているとギャル集団と出くわす。同じクラスのギャル五人衆だ。
「あ、キクっちだ」
「春宮たちも昼飯か?」
「うん、今から新しくできたピザ屋さんに行くんだ。キクっちはどこ行くん?」
「検討中だ」
そして街中で遭遇した彼女たちは、一斉に俺のそばにいた卓に注目をする。
そこで江夏が驚きの表情を見せる。
「キクっち、アタシら以外に友達いたんだ……」
「江夏よ、さりげなく俺の心を抉ろうとするな。隣のクラスの杉山卓だ」
「アハハ、どうも。杉山です、へえちゃんとは小学校からの友達です」
「ねえ、菊地。お金は大丈夫なの?」
「どうして俺の懐具合を気にするんだ、冬樹」
「だって、杉山に友達料金とか払っていたら大変じゃない?」
「払ってねえよっ」
失礼な物言いをする冬樹を睨みつける。しかし、そんな俺をニヤニヤと見てくる冬樹に脱力する。怒ってはいけない、これでは冬樹の思い通りだ。
「ねえ、二人がまだ店を決めてないなら一緒に行かない?」と大秋が提案をする。
ありがたい誘いではあるが、今日は親友からなにやら話があるとのこと。
ここは男二人で腹を割った話ができる蕎麦屋にでも行こうかと考えていた。
「悪いな、今日は卓と二人で食事をする約束があるから――」
「え? 別に僕はいいけど」
「いいのかよ」
「うん。だってご飯を食べるなら多いいほうが楽しいじゃん?」
「そんじゃ決まりっ、いこいこ」
江夏の掛け声にギャル五人衆は動きだし、俺も仕方なく後に続く。
その道中で卓に話のことを訊くと、食事の後でもいいらしい。深刻な話ではないのなら、別に構わないだろう。
そして、男二人とギャル五人が訪れたのはお洒落な外観のピザ屋で、イタリアを基調とした店づくりのようだ。
お昼時ということもあり店先には長い行列ができており、店内に入ったのは並び始めてから三十分ほど経過してのことだった。
「ねえ、どうせなら一人一枚頼んでさ、色んな味試してみない?」
「そうね、そうしましょうか」
江夏の提案により一人一枚のピザを注文するためにメニューを渡されるのだが、見慣れない品名ばかりで困惑する。
カプリチョーザ、ボスカイオーラ、クアトロフォルマッジ。魔法の呪文かと疑いたくなるような名称が並び、どれがどんなピザなのかまったくもってわからない。
「なあ冬樹よ、この店は照り焼きチキンとかエビマヨとかはないのか?」
「宅配ピザか。ここは本格イタリアンなんだから、そんな名称のピザがあるわけないでしょ」
「困ったな、メニューを見てもマルゲリータくらいしか知らないぞ」
「じゃあそれにしなさい、どうせ皆で分け合うのだし」
それもそうかと納得し、俺はマルゲリータピザを注文した。
そしてピザを注文した間、俺の隣に座っていた卓は落ち着かない様子で店内を見渡していた。
「どうした卓?」
「い、いやあ、実はさ、学校の女子とご飯に行くの初めてで、なんか緊張しちゃって」
「アハハ、杉山って案外ウブなんだ。かわいいじゃん、キクっちとは大違いだね」
「江夏よ、俺だってかわいいところはあるぞ」
「うん、キクだってかわいいよ」
「なんで可愛さを競おうとしてんのよ、莉愛も便乗するのやめなさい」
そんな会話を続けていると、注文したピザがテーブルに並べられていく。
テーブルいっぱいに並べられた七枚のピザは、一つ一つは小振りではあるがなかなかに壮観である。そんな光景を春宮は楽しそうに携帯で撮影を始めた。またSNSに写真を投稿するのだろう。
「いただきます」
最初に自身が注文したピザを口にする。
菊地家でも滅多に味わうことのないピザは、宅配ピザとは違い濃厚なチーズとトマトソースの味が顕著で、あまりの旨さに唸るほどだった。
「キク、こっちのも食べてみて」
「ああ」
次は陽代美が注文をしたペスカトーレ。魚介類が多く乗ったピザは、海を感じさせる味わいがして、海鮮の旨さが際立っている。
「キクっち、こっちも食べてみ」
「おう」
江夏が注文をしたのはディアボラ。強そうな名前だ。
鶏肉が所狭しと並べられたピザを口に運べば、スパイシーな味わいに舌がしびれる。うま辛い、そんな感想が浮かんだ。
そうしてピザをそれぞれの感想を述べながら食べ進めていく。
すると、途端にギャルたちの手は止まった。
「どうしたんだ、まだ残ってるぞ」
「ぐええ、ごめんキクっち。アタシの分も食べていいよ……」
「悪いわね、あとは男子で食べちゃって」
春宮と大秋がギブアップ宣言をして、他の女子たちも同様にピザに手をつけず、満腹の表情を見せる。
テーブルにある皿を見れば、まだピザは十切れ近く残っている。
「卓、まだいけるか?」
「……うん、頑張ろう、へえちゃん」
「ああっ」
心強い親友とピザを食べ進める。
卓は快調にピザを食べる。流石は現役の卓球部、俺も負けじとピザを腹に収めていくが、とてつもない満腹感を感じながら食事を終えた。
「いやあ、流石にピザ七枚は多すぎたか」
「江夏よ、うっぷ……わかっていたのなら、なぜあんな提案をした」
「いけると思ったんだけどねえ。今日はキクっちたちが来てくれて助かったわあ」
ケラケラと笑う江夏をよそに俺と卓は腹を擦りながらピザ屋を出る。
店を出たあと、なんとなくギャルたちに続いて歩いていると卓が変なことを言いだす。
「へえちゃんってさ……冬樹さんとも仲いいよね」
「やめてくれ卓、腹の中のピザがミックスピザになって飛び出るところだったぞ」
「でもさ、体育祭の冊子を運ぶ時も二人だったじゃん? もしかして、その、付き合っていたりするのかなって、思ったんだけど」
「有り得んな……え? まさか、卓、冬樹のこと――」
「え、いや、その……クラス委員会のときとか、冬樹さん凄くはきはきしてるし、綺麗だし、周りにも気配りできる人だなって、思ってただけだよ……」
「嘘、だろ……」
最悪だ。
俺の大切な親友が、まさか裏の女王であり性悪で毒舌な冬樹に恋心を抱いていたなんて。
彼の視線を追えば、前を歩く冬樹の後ろ姿に憧れのような視線を送っている。そして彼の頬はほんのり紅くなっている。
杉山卓は中学のときに唯一味方をしてくれた大事な友人だ。俺もこれからなにがあろうと彼の味方でありたいと思っている。
だが、恋をした相手があの裏の女王とは、複雑な心境だ。
しかし、逆に考えれば好機かもしれない。
卓は優しく温和で善良だ。暗黒属性の冬樹に彼のような恋人ができれば、冬樹の真っ黒さが上手い具合に中和されるかもしれない。
「わかった、卓が冬樹と仲良くなれるよう協力する」
「え、いいよ別に――」
「大丈夫だ。任せてくれ」
親友の恋を応援。なんだか青春だなと考えつつ、どうやって卓と冬樹がお近づきになれるかと考えていると春宮が近寄ってきた。
「ねえねえ二人共。これからアタシたち買い物に行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」
「よし、行こう」
「おおっ、珍しくキクっちが誘いにのってきた」
「今日の俺は一味違うからな」
「変なの。それじゃあ守邦駅前のデパートに服でも見に行こ」
ギャル五人衆が歩き出し、俺と卓も後に続く。
買い物とは丁度いい。さりげなく冬樹の欲しいものを聞き出し、卓が冬樹にプレゼントを贈れば間違いなく好感度アップだ。
「へえちゃん、あのさ――」
「いいんだ、俺は卓の味方だ」
デパートに到着してからは服屋を中心に歩き周る彼女たちに続き、機を窺う。
冬樹の好みなんて知らない。ここは誰かに相談するべきだろうか。
そんなことを考えていると、男子数名が俺たちに近寄ってきた。
「杉山先輩、ここでなにしてるんですか?」
「……ごめん、へえちゃん。ちょっと後輩と話してくるよ」
「ああ」
ジャージを着た男子たちは、どうやら卓球部の後輩らしく、卓は少し離れた位置で雑談を始めた。
男子数名は談笑をしているところから、後輩からも慕われるいい先輩なのだろうと卓の後ろ姿に頼もしさを感じる。卓球部でも好成績を残しているであろう彼は、三年生が引退をした後は主将にでもなるのだろうか。
「ねえ、キクっち」
「どうした、春宮」
「なんか今日のキクっち変じゃない? さっきからこっちのことチラチラ見てるし、なんかあったん?」
ギャルたちが服を手にしている最中に、春宮だけ店の外に出てきて話しかけてきた。
いい機会だと思い、春宮に協力を持ち掛けることにする。
「実はな、卓が冬樹に惚れているらしい」
「え? ええっ、そうなん? うわあ、そうなんだ。杉山くんサオリンのこと好きなんだあ」
「ああ、それで卓に冬樹へ贈り物を提案しようと思うのだが、冬樹はなにか欲しがっている物はないか?」
「ええっ? いきなりプレゼントとか重すぎるよ。いきなりそんなん貰ったら引いちゃうと思うよ」
「む……そうか」
俺は色恋に疎く、男女の距離の詰め方はよくわからない。
しかし、春宮の発言が正しければ、俺は陽代美にバイク用のグローブを贈ったのは重かったという印象なのだろうか。
だが今は卓が第一だ。どうにか彼と冬樹が仲良くなるきっかけを作れないだろうか。
そこで目の前にいる小柄な少女を見る。春宮はSNSで数百万人からフォローされている女子高生。春宮なら俺では思いつかない妙案が浮かぶのではないだろうか。
「春宮は、二人が仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」
「うーん、そうですなあ。やっぱ、特別な体験を共有する、じゃないかな」
「どういうことだ?」
「えっとね、女子ってさ、物を貰うのは嬉しいけど、それって一瞬だったりする時もあるんだ。でも普段では味わえない経験を男の人と過ごすと好きになっちゃうこともあるみたいだよ」
「吊り橋効果みたいな感じか?」
「ちょっと違うかなあ、上手く口じゃ説明できないけど……この人はアタシにとって特別なんだって思えば、顔とか外見とか気にせずに好きになっちゃうってフォロワーさんが話してるところは見たことあるよ」
「そうか……しかし特別な体験とは、難しいな」
「フフン、キクっちよ。アタシにいい考えがあるのだよ」
「本当か?」
「うんっ、ちょっと待っててね」
そして春宮は『任せとけ!』みたいな顔をしつつギャルの輪に戻っていった。
しかし俺は嫌な予感、もしくは残念な予感がした。
春宮と同じバイト先で働くようになってからわかったことだが、春宮はやる気を出せば出すほど空回りするタイプだ。
今回も残念なことにならなければいいと思いつつも、卓が後輩と話を終えて戻ってきた。
それから服屋を出たギャルたちから提案をされた。
内容はデパートの屋上に、期間限定で造られたお化け屋敷へ行こうとのことだった。
元々は他県にあった遊園地が、出張という形で特別に夏の期間だけ守邦市のデパートにお化け屋敷を営業しているのだとか。最近流行りの街中でも楽しめる体験型アトラクションだ。
なるほど。流石は頼れるSNSの女王様だ。
春宮の話ではフォロワーから教えてもらった情報らしく、お化け屋敷となれば男女の距離を詰めるにはもってこいだろう。
七人でデパートの屋上に向かおうとしたときに、大秋の携帯に着信が入る。
「もしもし、え? なに……ええ、今から? はいはい、わかったわよ」
と、大秋が通話を切り、俺たちに申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめん、私ちょっと抜けるわ」
「なになに、阿久津さんからの呼び出しィ? 最近会ってないとか言っておきながら熱々じゃん」
「もう、優里奈、からかわないでよ」
「え、え? アユユ、行っちゃうの?」
「ごめんねハルミィ。でも、今から行くお化け屋敷って、確か二人一組で入るところでしょ? 私が抜ければ六人だし、丁度いいんじゃないかしら」
「そ、そんな、アユユ……」
「はいはい、早く彼氏さんのところに行っちゃいなさいよ。阿久津先輩を待たせたら私らが邪険にされかねないわ」
「馬鹿なこと言わないでよ沙織。じゃあごめんね、お化け屋敷楽しんできて」
そう言って大秋は彼氏である阿久津先輩の元へ向かい、俺たちは見送った。
去り際の大秋の表情は明るく、好きな人物から呼び出された女子はあんな表情をするのだなと知った。
「それじゃ、お化け屋敷いこっか」
「え、ええっと……」
「楽しみだね、ハルミィ」
突如、硬直した春宮を陽代美が背中から押して、俺たちはデパートの屋上へと向かった。




