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退屈な女王様

 夏休みも三週間が経過した今日この頃。

 特に用事もない俺は昼間から机に向かい、夏休みの宿題に手を付けていた。そして最後のプリントを仕上げ、夏休みの宿題を全て片付ける。


 これでなんの憂いもなく休みを満喫できるわけだが、特に予定はない。

 バイクに乗ってどこか遠くへ、と考えたりもしたが外を見れば暴力的とも言える太陽光が降り注いでいる。

 何度かバイクに乗って出かけたりもしたが、日中は暑くて遠出する気になれない。


 クーラーの効いた部屋でベッドに寝ころび宙を見る。

 陽代美は今頃なにをしているのだろう。

 彼女はクラスの中でも目立つ存在でお誘いも多いいだろう。陽代美と仲のいいギャルたちや派手な装いをした男子たちと海へ行ったり、イベントへ出かけたりしているのだろうか。


『ブルル』


 そんなことを考えていると携帯に着信が入る。

 画面を見れば、陽代美からだった。


「も、もしもし」

『あ、キク。いま電話大丈夫?』

「大丈夫だけど、なにかあったのか?」

『ううん、なにもないよ』

「へ?」

『……用事がなかったら電話しちゃダメ?』

「いや、ダメではないのだが……」


 唐突に掛かってきた電話に、また何か問題でも発生したのかと身構えたが、どうやらそうではないらしい。

 心細い彼女の声に疑問を抱いていると、携帯から複数の大きな笑い声が聴こえてきた。


「陽代美、今どこにいるんだ?」

『お義父さんの実家』

「ああ、帰省中なのか」

『うん、大人の人たちは昼間からお酒を飲んでて、歳の近い人もいないから暇なんだ』

「そうか……実家ってどの辺にあるんだ? 県外?」

『ううん、隣町。海の近くだよ』

「へえ、そうなのか」


 俺たちが住む守邦市の隣町は、自然が豊かで海沿いに面している。夏になれば海水浴を目的とした人たちが多く訪れる観光スポットだ。


『キクの家は帰省とかしないの?』

「うちは同じ守邦市にじいちゃんの家があるから、お盆になったら家族で挨拶をしに行く程度かな」

『そうなんだ……いいなあ』

「いやあ、それがそうでもないんだよ。この前、じいちゃんの家に家族で行こうとしたら、兄ちゃんが『じいちゃんに会ったら説教されるから行きたくないでごさる』なんて言いだしてさ、部屋に引きこもった兄ちゃんを説得するのに凄い時間がかかったんだ」

『ははっ、キクのお兄さんって面白いね』

「そうかな……陽代美の方はどうなんだ?」

『……おじいちゃんは凄く優しいんだけど、おばあちゃんからは、なんか嫌われてるみたい。なにかするたびに文句言われるんだ』

「……それは、大変だな」


 迂闊な発言はできない。

 陽代美の両親は再婚をしており、今は義理の父親の実家にいる。

 血の繋がらない孫を、陽代美の祖父母がどう考えているかは知らないが、彼女は窮屈に感じることもあるのだろう。


 そして陽代美の発言から察するに、どうやら退屈をしているようだ。

 しかし、困った。

 俺は彼女を楽しませるような会話のネタを有してはいない。


『キクは夏休み、なにをしてるの?』

「特になにもしてないな。バイト行って、あとは兄ちゃんとゲームをしたりするくらいかな」

『ふうん、そっか』


 と、このように簡単に会話が途切れてしまう。

 それでも俺との通話を切ろうとしない陽代美は、電話の向こうで俺が話すのを待っている気配がある。何か彼女の退屈を紛らわせる話題がないかと思考を巡らせる。

 そこで一つの妙案が浮かぶ。


「陽代美って、猫とか好きか?」

『え? うん、好きだけど』

「じゃあ、そのまま少し待っててもらえるか?」

『うん』


 携帯を片手にクーラーの効いた部屋を出て捜索を開始する。

 対象は人工的な涼しさを嫌い、クーラーのついた部屋を避け、自然な涼しさを求めてこの家のどこかに陣取っていると思われる。

 蒸し暑い二階から一階に降り、経験から最も可能性の高い玄関に向かう。

 するとそこには、予想通り普段は靴が並べられている石畳の上に対象は寝ころんでいた。


「そんな所で寝てると汚れるぞ」

「アアン?」


 俺の忠告も意に介せず、ゴロゴロとこちらに腹を見せる猫が一匹。

 近くにあったサンダルを隅に寄せ、携帯を耳に当てる。


「陽代美、ビデオ通話に切り替えるけど、いいかな?」

『うん、いいよ』


 女王様からの了承を得て、ビデオ通話に切り替える。

 そして、カメラを寝ころんでいる猫に向ける。


「紹介しよう、菊地家の飼い猫であるバルバトスだ」

『あ、かわいい』

「そ、そうか?」

『うん、ふこふこしてて、触ってみたい』


 菊地家で飼っているバルバトスはどちらかと言えば無愛想な猫である。

 ブクブクと太った白黒まだらの腹を見せる姿は、中年のおじさんが休日寝ころんでいる姿にも見えるため、笑いの一つでも取れると思ったのだが、陽代美からは予想外の反応がきた。

 そして、俺のカメラに気づいたバルバトスが起き上がり、こちらに向かって喉を鳴らす。


「にゃあん」

『フフッ、キクに甘えてるね』


 おい、ちょっと待て。なんだ今の鳴き声は。聞いたことがないぞ。

 バルバトスめ、若い女子の声が聞こえた途端に甘えた態度になりやがった。流石はオス猫である。

 愛くるしい顔を向けるバルバトスの顎を擦ると、気持ちよさそうに目を細める。


『いつ頃から飼ってる猫ちゃんなの?』

「確か七年前かな。昔兄ちゃんが拾ってきたんだ」

『そうなんだ。キクにすごく懐いてるね』

「ああ、菊地家の不思議でもあるんだ。俺はほとんどバルバトスの面倒をみないにも関わらず、何故か俺のところに寄ってくるんだよ」

『モテるんだね、キク』


 全然嬉しくないのだが。

 この前なんて、バルバトスが寝ている俺の顔面に乗ってきて睡眠を妨害されたばかりである。


 そして陽代美はカメラに映るバルバトスに夢中になり、あらゆる感想を述べつつしきりにかわいいと連呼している。

 動画サイトでもペットの動画は一定の人気がある。そこで陽代美にもその気分を味わってもらおうと飼い猫を見せた訳だが、陽代美の反応から察するに、どうやら満足していただけたようだ。


『キク、ありがとう。今度猫ちゃんの画像送ってね』

「ああ、わかった」


 ビデオ通話を終え、再び通常の通話に切り替える。

 通話を繋いだまま玄関から再び自室に戻り、ベッドに腰を降ろす。


 思えば不思議な状況だ。

 陽代美から電話が掛かれば、喜ぶ男子は学校にも多くいる。だとういうのに、自然とスクールカースト上位の陽代美と電話をしている俺は、校内の男子から見れば嫉妬の対象になりえるだろう。


 陽代美と友人になって数ヶ月。こんなどうでもいい会話も、高校一年生だった俺にとっては異次元に感じる事柄だろうなと思う。


『ねえ、キク。今日はバイトあるの?』

「いや、今日は休みだが」

『そっか……実はね、お義父さんの実家に来る時に、こっそりヘルメットとかグローブとか持ってきたんだ』

「へえ、親戚の人にバイク乗りの人がいるのか?」

『ううん、いないよ』

「あれ?」


 訳がわからない。

 どうして父親の実家に帰るのにバイク用のヘルメットを持ち歩いたりしているのだろうか。

 そこで、電話の向こうで言い出しづらそうにしている陽代美に疑問を投げかける。


「どうしたんだ陽代美?」

『……あのね、これは私からのお願い……というか、お誘いなんですけど』

「は、はい」

『今夜、私を誘拐しにきませんか?』


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