花火
八月の上旬。
夏休みの間、バイト三昧の生活を送る中、本日もドーナツ屋の仕事に精を出す。
そして時刻は午後八時前、店内には客が一人もいない。
「お客さん、来なくなっちゃたね」
「ああ、そうだな」
現在ドーナツ屋の店内は俺と同じ高校に通うクラスメイトでもあり、バイト仲間でもある春宮なぎさの二人で店内の簡単な清掃を行っている。
暇といえば暇なのだが、客がいないことに俺は安堵していた。
昼間は死ぬほど忙しかった。
理由として、今日は守邦市の夏祭りが行われる日。そして、忙しさの原因を作った人物はショーケースを拭いている。
春宮はSNSにおいて数百万人からフォローをされている人気者。
そんな彼女が今朝がた『今日は駅前のドーナツ屋でバイトしてます。夏祭りに行く人、よかったら遊びに来てね』と、呟いた影響で昼を過ぎたあたりから、浴衣を着た守邦高校の女生徒が大量に押し寄せたのである。
『キャアアアアアアっハルミィの制服姿かわいいいい』
店へ来た女子たちは、まるで動物園のパンダでも見るかのように歓声を上げ、春宮もそんな女子たちに笑顔で応対していた。
そして現在、残り少ないドーナツと俺と春宮が店内で暇を持て余していた。
店長は昼間の忙しさからか、店を俺たちに任せバックヤードに籠り陰鬱な表情でパソコンを操作している。『ギャルこわい、花火大会を楽しむ連中が憎い、雨よ降れ』などと店長の不謹慎な発言を俺は華麗にスルーした。
清掃が一段落して、再び春宮とレジの前に立つのだが誰も来ない。
そこで、俺は以前より気になっていたことを春宮に聞いてみることにした。
「なあ、春宮よ」
「なんだい、キクっちよ」
「疑問だったのだが、春宮と陽代美たちが仲良くなった理由って何かあるのか?」
不思議に思っていた。クラスの中心人物でもあるギャル五人衆の関係性。
一口にギャルと言っても、見た目だけでは判断できないと最近知った。
春宮は普段は薄い金髪をサイドテールにしていて、見た目はギャルなのだが、性格は明るくバイトも真面目にこなす、それに学校でも教師陣に歯向かったりしない、いわば真面目で優しい女の子である。
そして、江夏優里奈と大秋亜由はプールに行った時に教えてもらった通り、族に身を置いていたヤンキー気質の人物たち。他者よりも気性は荒く、事件が起きた時も暴力で解決を図ろうとした二人だ。
それから冬樹沙織。性悪な性格をしているが、成績は学年でもトップ。クラス委員長もしており、学校側では優秀な生徒と位置づけられているだろう。
その親友であり我らが女王様である陽代美莉愛。たまに変わった発言をしたり言いにくいことを構わず言い放つ彼女も、ギャル五人衆は彼女が中心人物だと見受けられる。
そんな彼女たちが仲良くなるきっかけに、何か壮絶な事件があったのではないかと思ったのだが、春宮からは意外な答えが返ってきた。
「別に大したことじゃないよ? アタシたちの学校ってさ、一年の最初の頃は男女別の出席番号順で席が決まってたじゃん?」
「ああ……確か廊下側から見て奇数列が男子、偶数列が女子だったかな」
「そうそう。アタシが『は』行の『春宮』でその次が『陽代美』のリアチィだったの。それで後ろの席に座ってたリアチィから『友達になろ?』って言われて仲良くなったんだ」
「陽代美は随分と積極的だな」
「だねえ、アタシも最初はビックリしたよ。それからリアチィと仲が良かったサオリンと知り合って三人で遊びに行ったりしてたんだ」
「ほうほう」
「それから、サオリンとユリにゃんとアユユが仲良くなって、五人でよく遊ぶようになったんだ」
思考を巡らせる。
冬樹は言ってしまえば優等生。そんな彼女が江夏と大秋と仲良くなったのは少し疑問に思う。
しかし、納得もいく。
冬樹は学校でいえば強者になる。そして暴力の世界で強者だった二人とは、どこか気の合う部分もあるのだろう。
よくよく考えれば、江夏と大秋は『あ』行で出席番号が近い。同じ中学に通っていたと言っていたので、同じクラスになれば当然出席番号も近く話をする機会もあったのだろう。
俺はなるほどと頷き、ギャル五人衆の関係性は実に単純明快であったことを知った。
そして午後八時を知らせる店内の鐘が鳴る。
「花火って八時半からだっけ?」
「確かそうだな。春宮、今日は客も少ないだろうし、店長に言ってあがらせてもらってもいいんじゃないか? 陽代美たちが夏祭りに行ってるならまだ合流できるだろ」
「ううん……いいよ。途中で仕事を投げ出すなんて、なんか嫌だし。浴衣も準備してないし、花火大会なら去年も行ったし、また来年もあるからね」
春宮が真面目過ぎて涙が出そう。どこぞのヤンキー二人に見習わせたいくらいだ。
そんなことを考えていると女子の軍団が来店した。派手な衣服を身に纏ったギャル四人の顔を見れば、よく見知った四人だった。
「やっほう二人共、バイト頑張ってるかい」
「あれ、ユリにゃんたちどうしたん? もうすぐ花火始まるよ?」
「いやさあ、ハルミィたちがバイトしてるのに花火を楽しむってなんか違うじゃん? アタシらも花火の時間くらいハルミィたちと一緒に居たいなと思ってさ」
「うう……やめてよユリにゃん。泣きそうになるじゃん……」
「アハハ、泣け泣けっ。それにしてもハルミィの制服姿かわいい、写真撮っていい?」
「も、もうっ、今はやめてよっ」
「こら優里奈、ハルミィをいじめちゃダメでしょ」
涙目になる春宮に、江夏が携帯を向けようとするなか、大秋が制止を掛ける様子を見て、本当に仲がいいのだなと感じる。
そして俺の前には同じ学校に通い、我らが女王様である陽代美が俺の姿をまじまじと見ていた。
「どうした?」
「……キクの制服姿もかわいいよ?」
「陽代美よ、別に無理して褒めようとしなくていいんだぞ」
「写真撮ってもいい?」
「……好きにしてくれ」
そして俺と春宮を対象とした撮影会が始まる。
普段着慣れているバイト先の制服も、彼女たちから見れば珍しく映るのだろう。
そして、撮影会が落ち着いたところで裏の女王こと冬樹が話しかけてきた。
「それじゃあ、私たち四人分の飲み物を菊地にご馳走してもらおうかしら」
「お断りだ」
「あら、お客様にその態度ってよくないんじゃない?」
「冬樹よ、金を出さん人間は客とは呼ばんぞ」
俺がそう言うと、冬樹は財布から一万札を取り出し俺に差し出した。
「それなら、これで用意してもらえるかしら? 余った分は菊地の好きにしていいわよ」
「なんでもお申し付けください、お嬢様」
「こらっ、キクっち。お釣りはちゃんとお客様に返さなきゃダメでしょっ」
「チッ」
「なんですかその顔はっ」
春宮よ、真面目過ぎるのはよくないと思うぞ。
結局四人分の飲み物を用意して、お釣りを冬樹に手渡そうとすると怪訝な顔をされる。
「菊地、あと二人分の飲み物を準備して」
「そんなに喉が渇いてるのか? 店内ならおかわり自由だぞ」
「違うわよ、ハルミィとアンタの分。本当に察しが悪いわね。ハルミィの好きな飲み物はオレンジジュース、ほら早く準備して」
男前かよ。
冬樹の指示通り春宮の飲み物と自分のコーラを準備して、春宮が冬樹に礼を言いつつ、カウンターでギャル五人は談笑を始めた。
バックヤードを覗けば、店長はパソコンを前にして居眠りをしていた。大丈夫か、このドーナツ屋。
冬樹からご馳走になったコーラを口に含みつつ、店の外を見ればいつもは多いい人の流れも少なく感じる。
皆、夏祭りの花火を見に行っている頃なのだろう。時の流れに取り残されたような店内でギャル五人と俺は緩やかな時間を過ごした。
「ねえ、二人のバイトって何時までなん?」
「九時には終わるかな。それがどうかしたのか、江夏」
「花火が終わったあともさ、出店って少しは残ってるじゃん? あとでこのメンバーで一緒にいかん?」
「あ、アタシ行きたい。キクっちも行こう」
「いや、俺はやめておく」
「ええ、なんでっ」
仕方がないのだ、春宮よ。
夏祭りのあとなんて人でごった返しているに違いない。そんな場所に行くのは面倒だ。
「ねえ、キクっち」
「なんだ、大秋」
「今日ね、居酒屋をやっている親戚が焼き鳥の出店を出しているの。私と一緒に行けば焼き鳥をご馳走してもらえるわよ?」
「行く」
「食べものに釣られてるッ」
仕方がないのだ、春宮よ。
以前、大秋に連れて行ってもらった居酒屋で、ご馳走してもらった焼き鳥は絶品だった。
またあの焼き鳥を味わえるとあれば、俺は喜んで人ごみに突貫しよう。
「お、そろそろ花火始まるかな」
その場にいる六人で店内の時計を確認すれば、午後八時半一分前となっていた。
守邦市で行われる花火大会は全国的に見れば小規模だ。それでも、一年に一度の特別な時間を二年連続でバイト先で過ごすのはいかがなものだろう。
俺もいつか、恋人と夏祭りを過ごす日がやってきたりするのだろうか。
「花火、見たかったなあ」
「そうだねハルミィ、来年は一緒に行けるといいね」
春宮と陽代美が口元は笑いつつも、眉を八の字にしながら来年の話をしている。
やはり春宮は花火を見に行きたかったようだ。無理しなくてもいいのに、と思うが花火が見たいだけなら話は別だ。
「春宮は現地で花火が見たかった訳じゃないのか?」
「え? ううん、見れるならどこでもよかったけど」
「それなら問題ないと思うぞ」
「ん?」
『ドォンッ』
「あ」
俺たちが働くドーナツ屋は守邦駅南側の飲食店の一角にある。
花火が打ちあがるのは、守邦市全体で見て南方面にある河川敷で展開される。そして、ドーナツ屋から河川敷上空までは背の高い建築物が無い。
俺は去年もバイトに出ていたから知っていた。ここのドーナツ屋は花火鑑賞穴場スポットなのだ。
「きれい……」と、誰かが言った。
その人物の言う通り、打ち上げられた火花は夜空を照らし、七色に夏の夜空を彩っていく。
店内にいるギャルたちは写真を撮ったり、ぼんやり眺めたりと夏の風物詩をそれぞれの方法で楽しんでいた。
「キク」
「うん?」
「今年の夏は一緒に、沢山遊ぼうね」
「お、おう」
ほんの数ヶ月前までは話をすることもなかった、スクールカースト上位の我らが女王様。
そんな彼女から、夏のお誘いを受けるとは去年の俺なら信じないだろう。
遠くで打ちあがる花火を見る彼女の横顔は、とても優しい顔をしていた。




