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昔と今

 人生初のナイトプール。

 どんな場所なのだろうと怖いもの見たさの期待をする反面、男子更衣室に充満する香水の匂いに嫌気が差す。

 さっさと水着に着替え、春宮から預かった荷物から萎んだ浮き輪を取り出して携帯端末を持ちプールに向かう。


(くっっっっっさ)


 プールを前にして思わず顔を歪める。

 先ほどの香水が漂う男子更衣室の比ではない。いわゆる学校のプールの匂いなのだが、その臭いを何十倍も濃くしたような香りが鼻につく。

 しかし、周囲を見ても匂いを気にしている人はいない。携帯端末を片手に煌びやかな背景を背後にいれ、何人か集まり写真や動画を撮ったりしている人物ばかり。これが普通なのであろうか、ナイトプール恐るべし。


「キクっち、こっちこっち」


 と、ナイトプールを観察していると春宮から声が掛かり、浮き輪を渡す。ギャル五人衆はそれぞれ似合いの水着を着てプールサイドに現われた。

 そしてフリフリのついた桃色のワンピース水着を着た春宮は、足で踏む空気入れを浮き輪にさして、一所懸命に空気入れを踏むのだが、これがなかなか膨らまない。


「……ううん、時間かかるなあ」

「任せろ、春宮」


『シャコシャコシャコシャコシャコ』


「うわっ、キクっち踏むのはやっ」

「……ほんと呆れた身体能力ね。もっと別の事に活かせばいいのに」

「まさに今、活かしているではないか」

「ああそう、それじゃあこっちもお願いね」


 それから俺は、デスメタルバンドのドラマーのごとく空気入れを踏んだ、踏み続けた。

 渡された水辺用の遊具に空気という命を吹き込み、そして疲れた。


「キク、ありがと。大丈夫?」

「ぜえ……はあ……大丈夫だ……問題ない」

「それじゃあ菊地、写真お願いね」

「は?」


『キャッキャッ』と元気印の春宮と江夏が水をかけ合う。

「カシャ」

『プカプカ』と、一つの浮き輪を挟み陽代美と冬樹が話をしている。

「カシャ」

『ニコニコ、ギロッ』と、そんな彼女たちを見守る大秋は時折周囲の男を睨みつける。

「カシャ」


 ようやく理解した。

 なぜ俺がナイトプールに誘われたのか、それは撮影係だった。

 プールに入った彼女たちに続き、プールに入ったが、特に泳ぐことはなく俺は携帯を駆使しギャルたちが遊ぶ光景を撮り続けた。

 周囲にいる人間もプールに来たというのに泳ぎもせず、写真を撮ったり大きな浮き輪に全身を預け寝そべったりしている。

 撮影が一段落すると、ヒョウ柄のビキニを着た江夏が話しかけてきた。


「調子はどうすか、カメラマン。上手く撮れてるかい?」

「普通だ。写真はこんな感じでいいのか?」

「どれどれ見せてみ」

「――ッ」


 江夏は俺の肩に手をのせて、端末の画面をのぞき込んできた。

 近い。

 水着という特性上、裸に近い恰好でこうも距離を詰められると緊張する。

 江夏は陽代美とは違い、無用心というよりも男慣れした態度からくるものなのだろうが、童貞には少々刺激が強い。


「いい感じじゃん。でも、もうちょいアップのほうがいいかなあ。貸してみ」


 そういって江夏は俺の端末を奪い取り、遊んでいる陽代美たちの方へカメラを向ける。

 黒ギャルヤンキーの江夏は何度か画面をタップして、返された端末の画面を見てみると、満面の笑みで遊ぶ陽代美の姿があった。


「……江夏は、本当に写真を撮るのが上手いな」

「へへっ、まあねん」

「この調子で頼むよ、師匠」

「やだ、弟子の成長を見守るのが師匠の仕事だもん」


 撮影の押し付けに失敗した。

 端末の押し付け合いを江夏としていると、黒いビキニ姿の大秋が近寄ってきた。


「最近仲いいわね、二人共」

「違うよ、キクっちが撮影サボろうとしてるんよ」

「学校の掃除をサボった江夏に言われたくないな」

「なんのことかな? つうか最初にサボったの亜由だから」

「だってさあ、学校の掃除とかめんどいし、だるかったし、眠かったし」


 やはりこの二人は不良だ。

 悪ぶった人間が多いいクラスでもひときわ目立っている二人。そんな中、あることに気が付いた。

 二人共、左肩の同じ箇所に大きな絆創膏を貼っている。


「二人共、怪我をしているのか?」

「いんや、なんで?」

「肩に絆創膏を貼ってあるから」

「ああ、これ? アタシたちこの下に入れ墨いれてんの」

「……へ?」

「アタシと亜由は同じ中学でさ、『紅蜘蛛(べにぐも)』っていう(レディース)にいたんだ。アタシが特攻隊長で、亜由が十四代目の総長だったんよ」

「……」

「そん時の入れ墨なんだけどさ、こうゆう場所だと入れ墨を怖がったりする人いるじゃん。だからこうやって隠してるんだけど……キクっち?」

「ぼく、おうちかえるね」

「待って待って、怖がらなくたっていいじゃん。もう昔の話なんだし、つうか女を置いて帰ろうとすんなっ」


 本物ではないか。

 見た目を着飾った連中とは違う、中学の頃に入れ墨をいれる本気の不良が目の前に二人いる。以前冬樹が、この二人に言うことを聞かせるのは難しいと言っていた理由がわかった。冬樹は口が達者ではあるが、暴力の世界で生きていた二人を操ることは難しいのだろう。

 

 俺が逃走を図ろうとするも、江夏に腕を捕られてついでに爪がぶっ刺さる。

 そんなやり取りをケラケラと笑う大秋を見て、俺も逃走を諦める。


「キクっちは……入れ墨いれてる女は嫌なん?」


 急に大人しくなった江夏に少し戸惑う。

 さて、どう答えるべきか。

 入れ墨をいれている人間を好意的に見れないのは事実だ。

 周囲を威圧し、我が物顔で街を闊歩している連中は、避けるべき人間だと俺は思っていた。しかし、目の前にいる二人は周りに気を配り入れ墨を隠している。


 大秋は、パンケーキ屋で俺を庇ってくれた。

 江夏は、体育祭で陽代美のために走ってくれた。

 俺がこれまで、不良と認識していた存在とは一味違うような気がする。


「別に、いいんじゃないかな。他人に見せびらかしてるのはどうかと思うけど、江夏や大秋はそんなことしてないし、自分が満足しているなら問題はないだろう」

「……へへっ、そっか」


 江夏から腕を解放される。

 どうやら俺の答えに満足したようだ。そして外野の目など気にしていない様子だった江夏の反応は意外に思えた。


「昔、なにかあったのか?」

「いやさあ、昔ナンパしてきた男とホテル行ったときに入れ墨見せたら『入れ墨入れてる女とかマジ萎えるわ』とか言われてさあ。アタシあったまきてソイツが持ってた車の鍵をトイレにぶち込んで流してやったのよ」

「アッハッハ、優里奈ってば相変わらずねえ」


 ヤンキー怖い。

 もしも自分のバイクの鍵をトイレに流されたと考えるだけで恐ろしい。

 怒らせてはならない人間をまた一人見つけた気がする。


「もう、亜由笑い過ぎっしょ」

「ごめんごめん、でもナンパについて行く優里奈も悪いのよ? そんな軽い男じゃなくて、どっしりとした誠実な男を探しなさいな」

「そんなの滅多にいないっしょ、ねえキクっち」

「俺に振るな。それより、二人は同じところに入れ墨をしているのか?」

「ええ、そうよ。紅蜘蛛のモチーフである蜘蛛のマークを入れてるの」


 そう言いながら、大秋は絆創膏を半分ほど剥いで蜘蛛の入れ墨を見せてくれた。

 そして心が高鳴った。これはまさに、あの伝説の入れ墨とうり二つではないか。


「まさか、蜘蛛の中に数字が書かれていて、メンバーを倒すと入れ替わるシステムだったりするのか?」

「いや、違うけど。なんで?」

「なんでもない」

「あ、ハルミィたち休憩するみたいよ。私たちも上がりましょ」


 二人に続き、プールから出て春宮からオレンジジュースを受け取る。

 春宮の話ではソフトドリンクは飲み放題らしく、あの高額な料金設定はこれも含まれているのかと納得した。

 オレンジジュースを口に含みつつナイトプール全体を流し見る。

 誰もが笑顔で、夜の水浴びを楽しむ姿。

 遠くの方で音楽が鳴り、音に合わせ身体を揺らす少数の男女たち。こんなちょっとした非現実空間にお金を払うのも悪くないのかなと感じた。


 そこへ、白いビキニを着た陽代美が現れた。


「キク、ごめんね。それから、ありがと」

「うん? なんのことだ?」

「色々。ハルミィのこととか、事件とか、今日とか。キクと沙織が微妙な空気になったのも私の我が儘のせいだし」

「……別に気にしてない。春宮に関してはバイト仲間が増えて店長も喜んでいたし、冬樹とは元々いがみ合ったりするから、陽代美のせいじゃないぞ」

「そっか。でもいいなあ、ハルミィ。私もドーナツ屋さんでアルバイトしてみたかったな」

「禁止されてるのか?」

「うん、お義父さんが厳しい人でね、髪とか服装は口を出さないんだけど、アルバイトはだめだってさ。変だよね」


 隣の芝生は青い、そんな言葉が思い浮かんだ。

 仕方なく働く者がいる反面、働いてみたいのに働けない者もいる。事情は様々だ。

 そして、俺たちを除く四人が少し離れた位置にいることを確認して、陽代美に盗撮魔事件について訊いてみたかったことを質問した。


「陽代美、今回の事件は柴原先輩から頼まれたから動いたんだよな? 俺としては、江夏も言っていたが被害にあった女子たちの自業自得だとも思うのだが」


 俺がこれまで感じていた不安感。

 事件の解決に手を貸した陽代美は、柴原先輩に昔助けてもらった恩から動いたのだと彼女の口から聞いておきたかった。

 陽代美がそう断言してくれれば、俺も今回の件は綺麗さっぱり忘れられるのに、と期待したが陽代美からは別の答えが返ってきた。


「うん……私も女子たちのことはよく思ってないよ。けど、柴原先輩じゃなくて私に相談がきても同じように動いたと思う」

「……どうして?」

「もしも、もしもだけどね。私が好きな人とホテルに行くことになって、そんなところを別の誰かに覗かれるのは……なんか嫌だから」

「……そうか」

「それに、恋人同士でホテルに行く人も同じ学校にいるかもだから、そんな人たちを、余計なお世話だろうけど守ってあげたいなって思ったんだ」


 我らが女王様は、相変わらず公平な人物だった。

 同じ学校の生徒を守ろうだなんて、よく言えば慈愛に満ちている。悪く言えば自意識過剰。

 それでも彼女は揺らがない。人を助けるために動ける人物なのだと再確認できただけでも俺は満足だ。犯罪行為に手を貸すような人物であってほしくない、俺からの一方的な願いに彼女は答えた。


 そして自己嫌悪。

 昔兄が『他人に理想を押し付けるものではない』と言っていた。俺は今、もしくは少し前から正しく生きようとする彼女に理想を押し付けようとしていたのかもしれない。

 こんな考え方は修正が必要だ。


「そうだ、キク。写真撮りに行こ」

「ん? 写真なら俺が撮ってるけど」

「ううん、皆で一緒に撮ろう。あそこにね、従業員の人が写真を撮ってくれるエリアがあるんだ」


 陽代美の提案により、六人で写真を撮るために、いわゆる映えスポットの列に並ぶ。

 列の先では、大きな貝殻を模したステージが用意されカメラに向かってにこやかな表情を浮かべる女性たち。そんなきらきらとした空間に嘆息していると順番が回ってきて、従業員に携帯端末を手渡す。


「そこの彼氏さあん、ほら、もっと笑って笑ってえ」

「あ、この人表情筋が死んでるので気にせず撮っちゃってくださあい」


 水色のワンピースを着た冬樹が答える。

 冬樹よ、あまり従業員さんを困らせるな。ひきつった笑みを浮かべながら申し訳なさそうに写真を撮っているではないか。


 写真を撮り終えてステージを後にして、画面を見れば満面の笑みで写るギャル五人と無愛想な男が一人。


「俺は別に笑えない訳ではないのだが」

「ダメよ、菊地が笑うとせっかくの夏の思い出が台無しだわ」


 そう言いつつ冬樹がにやついた笑みを浮かべる。

 俺は知っている。冬樹がこんな顔をする時は、なにかよからぬことを考えている時だ。


「けど、まあ。今回は菊地に頑張ってもらったのだし? 今日撮った写真は報酬として、せいぜいオカズにでもすればいいんじゃない?」

「何を言ってるんだ。写真がご飯のおかずになるわけないだろう。頭が良くなりすぎておかしくなったのか?」

「……たまに思うのだけれど、菊地って本当に男子高校生なの?」

「何を言うか。俺ほど一般的な男子高校生は他にいるまい」

「いいえ、異常よ、変人だわ。頭を一度病院で診てもらったほうがいいわね」

「キクと沙織は本当に仲良しだね」

「「仲良くないっ」」


 その後、ナイトプールを後にした俺たちは帰路につく。

 守邦駅に着いた頃には午後八時を過ぎており、六人で遅い夕食を済ませて家まで帰った。


 部屋に戻り、薄暗い部屋のベッドに寝ころび本日最後の仕事に取り掛かる。

 メッセージアプリを起動し、今日撮った写真をギャル五人衆と作ったグループチャットに送信していく。


『沢山撮れてるわね』

『キク、ありがと』

『なによこのアングル。下手くそ過ぎない?』

『うわ、アタシ変顔してんじゃん。消して消して』

『いっぱい撮れてるね、今日はありがとキクっち』


 写真を送信する中、ギャルたちの感想がきて思わず感心する。

 凄いな冬樹は。アイコンを見なくてもどれが冬樹の発言か一発でわかる。

 そして送信した写真を端から順に消去していく。もしも兄にこんな写真を見られれば誤解を受けかねない。ギャルの写真よりも兄弟の信頼が大事なのだ。

 だがしかし、一つの写真で手が止まる。江夏が撮った陽代美の写真だ。


 プールの中で満面の笑顔である我らが女王様。

 少し考えて、一枚くらい残しておいてもいいだろうと思いカギを掛ける。後ろめたさを感じながらも、彼女が笑ってくれたことに今日も安堵している自分がいる。やはり、陽代美は笑顔が似合う。眉を八の字にしている彼女はあまり見ていたくない。


 最後の集合写真を送信して、携帯を枕元に置く。

 仰向けになって天井を眺めつつ、七月は色んなことがあったなと思い返す。


 陽代美とツーリングに行き、春宮と同じバイト先で働き、盗撮魔を追って、ナイトプールへ行った。

 そんな中で思ったのは働くことの大変さ。

 盗撮魔である男は仕事の鬱憤を晴らすために、女子校生の間違った性交渉を晒す行動をとった。当然、許されない行為ではあるが、世の中の女子高生皆がそうではない。

 春宮や江夏のように、真っ当な労働で報酬を得ようとしている人物もいる。もし、盗撮魔だった男が彼女たちの存在を知っていたら、今回のような馬鹿げた行動を取らなかったのではないだろうか。


 そして、怖くもなった。

 俺には特に夢がない。今後、なんの目標も持たず生きていけば、盗撮をしていた宿山と同じように道を踏み外したりするのではないかと不安に駆られる。

 宿山は歪んでいた。恐らく彼女のような恋人もいないのだろう。もしも彼に愛する人物がいれば今回の問題は発生しなかったのではないかと余計な考えが浮かんでしまう。


 仕事と恋愛。荒れた盗撮魔の部屋を思い返すたびに、両立することは難しいのだろうという思いが浮かぶ。


 悶々としていると、携帯が振動した。

 春宮からの電話だ。


『あ、もしもしキクっち、もう寝ちゃう感じ?』

「いや、まだ起きてるが。なにかあったのか春宮」

『えっとね、今度夏祭りがあるでしょ? チャットでね、今日プールに行ったメンバーで一緒に行こうかって話になってるんだけど。キクっち来れそう?』

「……たぶん無理だな、バイトが入ると思う。街でイベントがあるときは休む人多いいから」

『え、そうなん?』

「ああ、恐らく春宮にも店長が泣きついてくると思うぞ。けど、春宮が夏祭りに行きたいなら断ってもいいからな」

『ええ、どうしようかな……うん、いいや。店長さんから頼られたら私もバイトに出るよ』

「いいのか? せっかくの夏祭りなのに」

『いいの。早く仕事にも慣れたいから。それじゃ皆にもそう言っておくね』

「ああ、よろしく、それじゃあおやすみ」

『うん、おやすみ。またバイトでね』


 通話を終えて、再び天井を見る。

 これまで同じバイト先の人物とプライベートな時間に連絡を取り合うことなどしなかった。

 悪くない。同じ環境に身を置き、同じ視点から話しができる人物がいるのは心強いと感じながら瞼を閉じる。


 去年の夏は悲惨だった。

 始めたばかりの新聞配達とドーナツ屋でのバイトは失敗ばかりで暗い気分の夏だった。

 しかし、今は違う。

 陽代美たちと話すようになり、仕事にも慣れ今は確実に周囲の環境が変わった。もう昔とは違うのだ。



 明日からは夏休み。

 去年とは違う夏になればいいなと思いつつ、眠りに堕ちた。


『Work and love』完

次回『star』の更新日は未定です。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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