ナイトプールへ行こう
期末テストが終わり、一学期最後の朝。
今日は終業式があり、俺はいつも通り新聞配達に精を出す。しかし、ここ最近忙しかった影響か、疲れでも溜まっているのかとにかく眠い。
「やあ、おはよう。今日は眠そうだね」
「お、おはようございますっ」
油断した。
欠伸をしているところを恰幅のいい男の人に見られ、恥ずかしさを隠すために新聞を手渡して走り去る。
期末テストが終わったあと、ドーナツ屋の店長から『休んだぶん働いてもらうわよ』などと言われ、散々こき使われた。別に好きでバイトを休んだわけでもないのに理不尽だ。
しかし今日はドーナツ屋のシフトが入っていない。学校も午前は終業式とLHRのみ、昼からは学校全体の大掃除で終わるため気は楽だ。
***
「キクちゃん、おはすう。今日もあちぃな」
「おはよう東、西尾もおはよう」
「おはよ、つうか朝の時点で汗かくってあり得ねえだろ」
クラスメイトの東と西尾と昇降口で挨拶をして教室へ向かう。
ここ最近、体育祭が終わってクラスの男子から話しかけられることが増えた気がする。女子と話す時とは違い、男子との会話はなにも気をつかわないので幾分か気は楽だ。
昼休みが終わり、出席番号順に割り当てられた掃除区域へ行き掃除を開始する。
担当するのは文科系の部室がある特別棟の廊下と階段。なかなかに広い。
期末テストでは赤点無し。LHRで返された通知表も特に問題なし。
これでなんの憂いも無く夏休みが迎えられるわけだが、特にこれといった予定もない。強いて言えばバイトくらい。意識の高い高校生は塾や予備校に通ったりするのだろうが、そんな生徒は偏差値低めな守邦高校では希少だろう。
「お、キクっち見っけ」
「どうした江夏?」
「今日暇でしょ、遊び行こうよ」
「江夏よ、どうして俺が今日暇だと決めつける」
「だってハルミィが今日はキクっちシフト入ってないって言ってたもん」
なんてことだ。
同じバイト先で働く春宮のおかげで、これからギャル五人衆から誘いを受けても『アハっ、ごっめえん今日はバイトあるから無理げー』という言い訳が使えないではないか。使うつもりもないのだが。
「確かに暇だけど、どこに行くんだ? またパンケーキ屋か?」
「いんや、プール」
「プール? 市民プールか?」
「違うよ、先月隣町に新しくできたんだって。今日はそこに行くの」
そういえば、春宮がプールに行く約束をしていると言っていた。
今回の誘いがそれなのだろうなと思いつつ、嫌な予感がした。
「……冬樹も来るのか?」
「くるよ。ていうかさ、二人共いい加減に仲直りしなよ。クラスでもお互いに避けてるの見ててやな感じだし。どっちが悪いって訳でもないんだからさ」
盗撮魔事件が収束したあと、俺と冬樹は互いに無視をしていた。
結果的に盗撮魔を庇った俺、追及しようとした冬樹が相容れないのは仕方がないことである。陽代美からも心配されたが、こればかりは譲れない。
「とにかく、今日の五時に水着を持って守邦駅に集合ね」
「五時? そんな遅い時間に行くのか?」
「うん、莉愛もハルミィも来るんだから、二人の護衛なら文句ないっしょ」
「……わかったよ」
プールへ行くことを渋々了承した俺を確認した江夏は、手をひらひらさせながら去っていった。江夏、このままサボるつもりだな。
冬樹と行動を共にすることは億劫だが、陽代美と春宮に害が及ばないようにすると考えれば仕方がない。陽代美は不用心なところがある、そして春宮は大事なバイト仲間だ。二人のためだ、ひと肌脱いで水着を履こう。
そして放課後になり、一度自宅に帰り身支度を済ませ守邦駅へ向かう。
すると、すでにギャル五人衆は駅前に集合していた。
「いいご身分ね、私たちを待たせるなんて」と、冬樹が唇を尖らせる。
「遅れるってメッセージ送っただろ。見てないのか?」
「あら、ごめんなさいね。存在感が皆無なメッセージのせいで気がつかなかったわ」
「そうか、冬樹って案外察しが悪いんだな」
「ちょっと、二人共いきなり喧嘩腰になるのは止めなさいよ」
「大丈夫だよ亜由。二人は仲良しだから」
「「仲良くないっ」」
陽代美にツッコミを入れつつ冬樹と顔を逸らす。
遅れたのには理由がある。家で、クラスの女子とプールへ行くと話したところ兄が『この裏切り者お、うおおおおおおおん』と泣き出したのだ。
兄をなだめるのに時間が掛かり、遅刻をしたのだが、冬樹に言い訳をしても無駄だろう。
「それじゃあ行こっか」
陽代美の号令のもと、その場にいた者たちは動き出す。
途中、春宮が大きな荷物を抱えていることに気づく。
「春宮、荷物持つぞ」
「ありがと、やっぱ男子は力持ちだね」
「そんなことはないが……もしかして男は俺一人か?」
「うん、そうだよ。なんで?」
「いや、東と西尾も一緒なのかと思っていたんだが」
以前、ゲームセンターへ同行した彼らは陽代美からの信頼も厚いと思っていたがこの場にはいない。
すると、隣を歩いていた江夏が笑い混じりに口を出す。
「無理無理、アイツらじゃアタシらの水着見て鼻の下伸ばすだけだし。キクっちくらい硬派じゃなきゃ誘わないってば」
ごめんね。表情筋が死んでてごめんね。
信頼されているのは有り難いのだが、それは誤解だと言い訳をすることなく電車に乗り込む。
電車内では煌びやかな服装の女子がいて、手にはプールなどで使う浮き輪らしきものを持っている。俺たちと同じプールに行くのだろうか。
しかし、江夏が新しくプールができたと言っていたがそんな話は聞いたことがない。そんなニュースがあればバイト先で話題になったりもするはずなのに、と思っている間に目的の駅についた。
そして向かった先は、見上げる程に高いホテルだった。
「ここって、ホテルだよな?」
「ええ、そうよ。以前は宿泊客限定だった屋上のプールを、最近になって一般開放したのよ」
大秋の説明に納得がいった。新しく建設された訳ではなく、すでにあったプールで遊べるようにしたということだ。
そしてこういった形態を最近テレビで知った。ナイトプールだ。
SNS映えを求めて女子が多く集まる場所であり、いわゆるパーリーなピーポーが集う場所だと記憶にある。
帰りたい。
こんな場所、俺にとっては無縁である。
しかし既にエレベーターに乗り、周囲は女子だらけで逃げ出せない。
香水の匂いが充満したエレベーターを降りれば、受付があり、多くの人たちが列に並んでいる。
そして冬樹が一歩、前に出て振り返る。
「それじゃあ私と菊地で受付してくるから皆は待ってて」
「え? なんで俺が」
「菊地、お願いだから今日くらいは言うこと聞いて」
急にしおらしい態度をとられ調子が狂う。
なんだよ、もっと食って掛かってこないと冬樹らしくないぞ。などと言う間もなく冬樹と列に並ぶ。
もしかしたら冬樹も俺に酷い態度をとったことを後悔しているのだろうか。だとすれば俺もやぶさかではない。ここは器の大きい俺が先に謝ってやるとしよう。
「冬樹よ」
「なに?」
「この前は、悪かったな……事件の後、勝手なことをして」
「はあ? これで終わりだなんてかっこつけておいて、自分で蒸し返すのなんて女々しいんじゃない?」
「あのな、俺は謝ろうとして――」
「謝る必要なんてないわ。終わりにしたのは菊地でしょ、だったらもうあの事件の話題は不要よ」
なんだろう、この感じ。
普段なら頭にくるはずが、今はとても冷静でいられる。
冬樹は他の女子とは何かが違う、何だろうかこの違和感は。
そして列が進み、受付近くまで進む。
受付をしている従業員の後ろには料金表が設置されているのだが、思わず目を疑った。
『お一人 女性 4000円 男性 6000円』
(たっかああああああい)
心の中で叫んだ。
プールに入るだけで男一人六千円だと。兄の食事換算でいえば二十食分に相当する金額ではないか。ぼったくりではないのかこの料金。
それに男と女でなぜ二千円の料金差が発生するのだ。レディースデイとかどこにも書かれてないぞ。
「ふ、冬樹」
「なによ」
「この料金って、何かの間違いじゃないのか? 四百円と六百円の間違いではないのか?」
「小学生か、市民プールでもまだするのに。あと、ナイトプールならこの値段は普通よ。他だとこの倍は取ったりするんだから、まだ良心的よ」
「あ、有り得ん。金銭感覚狂ってるだろ」
「有り得るのよねえ、これが。けど、今回は財布出さなくていいわよ。菊地はせいぜい壁になっておきなさい」
「は? 壁?」
俺が言い終わる前に列が進み受付の番となる。
冬樹は財布を取り出しつつ、俺たちの受付を始め、一万円札を三枚取り出し支払いを済ませる。俺はそんな光景を怪しみつつ見ていると、冬樹が察したように話し始めた。
「気にしなくていいわ、これ、私のお金じゃないから」
「どういうことだ?」
「あの事件を解決したあと、相談を持ちかけた女子がシバさんに謝礼金を渡しに来たそうよ。それを丸々私たちにシバさんがくれたの。ま、口止め料ってことでしょうね」
「……汚い金はさっさと使おうってことか」
「あら、おもしろい例え方ね。ええ、そんな感じでいいわ」
「それで、壁になれってのは?」
「今にわかるわ」
そして入場権を受け取った冬樹と共に、待っていた四人の元へと戻る。
そこでは春宮が財布を取り出し、千円札を数枚取り出していた。
「サオリン、はいお金」
「ああ、いいのよ。実はね、ここのホテルの支配人と私の親が知り合いで招待券を貰えたの。だから今回の入場料はタダなのよ」
「ええ、そうなのっ? やったねリアチィ」
「うん、それじゃあ更衣室いこっか」
「いこいこっ」
そう言って入場券を受け取った春宮と陽代美がキャッキャッと楽しそうに更衣室に向かい、大秋と江夏がそんな二人を見つつ柔らかい笑顔で後を追った。
なるほど、壁になれとは春宮から支払いを見えないようにするためだったか。
「冬樹よ、春宮にあんな嘘をついて心は痛まないのか?」
「痛まないわね。私は人を傷つける嘘は大嫌いだけど、大切な人を喜ばせる嘘は大好きだもの」
「それでよく陽代美の友達をやっていられるな」
「まあね。でもあんまり女に夢見すぎないほうがいいわよ。莉愛は確かに嘘はつかないけれど、隠し事くらいはするんだから」
噓を嫌う我らが女王様。場合によっては嘘を好む裏の女王。
陽代美が隠し事とはあまり想像もつかないが、俺と子供食堂で会っていたことを黙っていたのだから納得でもある。人は誰しも隠し事の一つや二つあっていいだろう。
そして、ここまでの冬樹との会話で一つわかったことがある。
「なんだか冬樹と話していると、男と話しているみたいだ」
「あら、よくわかったわね。そうなのよ、昔から私ってば男脳とでも言うのかしら。同じ女でも理解に苦しむことが多いいのよね」
「嫌味のつもりで言ったのだが……その変な喋り方はカモフラージュか?」
「ええ、出る杭は打たれるっていうでしょ? こうでもしてないと目立つのよ。それじゃ、プールに来るときは携帯を持ってきなさいよ。あとハルミィから預かった荷物もね」
「了解した」
「それと、ハルミィの件、助かったわ」
冬樹はそう言い残し、入場券を俺に渡して更衣室へと向かった。
その後ろ姿は男前だなと感じたのは秘密の話である。




