我が儘
翌日。
明日から期末テスト一週間前に入るという日に、冬樹からラブホテル張り込みメンバーへ放課後集まるよう連絡が入った。
何か進展があったのだろう。
できる事なら期末テスト前には犯人を特定して、三年生に今回の騒動を引き継いでしまいたい。テストで高得点を狙う訳ではないが、少しくらい勉強に時間を割きたいのが本音だ。
放課後、集まったメンバーで教室の机を移動させ、会議のように席に着く。
そして冬樹が廊下に生徒が残っていないことを確認して話し合いが始まる。
「犯人に動きがあったわ。四本目の動画が二日前に投稿されたの」
「それって、つまり」
「ええ、犯人が私たちのけん制、挑発に乗ってきた証拠ね。これで今回の盗撮魔は愉快犯確定ね」
「ねえ、けん制とかどういう意味?」と、江夏が訊く。
「私と菊地でカメラが仕掛けられている部屋で芝居をうったのよ。このホテルは盗撮されているかもって噂を聞いた素振りをしてね。そして、これまで犯人の動画投稿間隔は一ヶ月に一度。それが四本目の動画は前回の投稿から僅か一週間弱で投稿された。盗撮を恐れている私と菊地を、盗撮魔はあざ笑っているころでしょうね、演技とも知らずに」
冬樹が悪い顔をして笑っている。
しかし、俺は悔しいと感じた。具体的には何もしていなのだが、盗撮を防げなかったことを面白く思えなかった。
「それで、四本目の動画はまた守邦高校の生徒なのか?」
「ええ、以前の三人とは違う女子生徒だけどね。私が昨日、話を聞きにいくまで盗撮をされたことに気がついていなかったわ。内容については前回と一緒だけど、捜索はかなり進展したわ」
「何かわかったのか?」
「ええ、犯人を特定したわ」
「……は?」
俺と同じく、大秋と江夏はポカンとした表情を浮かべる。
代表して大秋が「どうやって?」と訊くと、冬樹は饒舌に答えた。
「四本目の動画に映った女子がホテルを利用したのは日曜日の夕方。私と菊地が調査に行った日と同じね。そして動画が投稿されたのは二日前、だからこの間にホテルに出入りをした人物が容疑者になるの。もちろん全員を確認できた訳ではないけれどね。それから私の方で張り込みとは別のアプローチをかけてみたの」
「別のアプローチ?」
「ええ、知り合いに頼んで動画を投稿したアカウントを乗っ取って、ついでにおざなりな投稿サイトの管理人もクラックしてもらったの。細かいところは省くけど、今回の盗撮魔は不用心で助かったわ。インターネットは必ず何処かに足跡が残るようになっているのだけれど、そこから犯人がネットを使っている大体の住所を割り出したの。それから皆が撮影した人物の個人情報を調べていって、サイトから引き出した情報と合致する人物を探していたら一人の人物が浮上したわ。ね、簡単でしょ?」
なに言ってるのこの人。
途中から冬樹の言葉が理解できなくとも、聞き逃せないことを彼女は言った。
「アカウントを乗っ取りって、犯罪じゃないのか? というかその時に動画を消せばいいんじゃないか?」
「あら、盗撮魔だって犯罪者よ。問い合わせても応えない管理人も悪いのだし、警察みたいなまだるっこしいやり方なんてしてらんないわ。それに動画を削除しただけじゃ意味ないのよ、元を断ち切らないと。別のサイトに移動されるだけだわ」
呆れた。
以前、陽代美は冬樹が強引に問題を解決するようなことを言っていたが、やりすぎではなかろうか。
しかし、これで終わり。
あとは三年の柴原先輩に引き継げば、陽代美は胸を張って依頼を達成した。と言っていいはずなのに、当の本人は浮かない顔をしている。
そんな状況を察したのか、大秋が怪訝な顔で冬樹に質問をする。
「それで、後はシバさんに報告をするだけなのに、どうして私たちが集められたのかしら?」
「実はね、莉愛が――」
「待って沙織、私の口から言うから」
そして、これまで沈黙していた我らが女王様は背筋を伸ばして俺たちを見る。
その顔に迷いはなく、なにか使命感を帯びた表情をしていた。
「今回の問題、私たちでどうにかできないかなって考えてるんだ」
「それって、盗撮魔を俺たちの手で捕まえるってことか?」
「うん……これは、私の我が儘なんだけど。柴原先輩たちのグループって就職組の人たちが多いいの。そして七月から十月にかけては忙しいみたいだし、この期間に問題を起こしたら面倒だろうなって思ってさ」
陽代美は決意表明をするかのように言葉を紡ぐ。
先輩思いのいい後輩。しかし、今回は状況が違う。
「柴原先輩に報告はしたのか?」
「ううん、してない。柴原先輩優しいから、多分許してくれないと思う……」
高校三年生ともなれば、いずれの進路を選択しようとも忙しい時期だと俺でも理解している。
そんな先輩たちに負担をかけまいとする陽代美は素晴らしくもあり、そして我が儘だ。
バイト先なんかでも、問題が発生した場合、報告や連絡、相談をするよう求めたりするのが社会の常識だ。
しかし、俺たちがやっていることは仕事ではない。盗撮魔を見つけ女子生徒を救う慈善行為、仕事ではないのだ。
「皆には無理に付き合って欲しいとは言わないよ。これは私の我が儘だから、盗撮魔との交渉も……私がするから」
俺を含む四人が溜息をついた。
どう考えても陽代美は犯罪者との交渉になんか向いていない。適材適所という言葉がある通り、ここは彼女を止めるほうがいいだろう。
どうやら、我らが女王様はお困りのようだ。
そこで、大秋や江夏と顔を見合わせる。
俺の言いたいことを察してくれたのか、二人は頷いて話を進める役割を任せてくれたようだ。
「冬樹、盗撮魔がどんな人物か教えてくれ」
「ええ、いいわよ。盗撮魔はホテルから委託を受けた清掃業者の人間で単独犯ね」
「清掃業者? ホテルの清掃ってアルバイトとかパートの人がしているんじゃないのか?」
「普段はそうよ。でもあのラブホテルは一周間に二度、衛生面を保つために部屋の隅々まで清掃のプロに頼んでいるみたい。ほら、ラブホテルってどこに変な液体が飛びかかってるかわからないじゃない?」
「……冬樹よ、もう少し言葉を選んでくれ」
「はいはい。そして盗撮魔は定期的にホテルへ訪れカメラのデータを交換して、家に持ち帰って編集。それから投稿って感じかしらね。私がさっき不用心と言ったのは盗撮魔が自宅から動画を投稿しているからってこと」
「盗撮魔の住所も特定しているんだな?」
「ええ、勤め先も家族構成も把握済みよ。年齢は三十代、男で未婚。特にこれといった経歴もないわね」
考えを巡らせる。
相手は単独犯。三十代の男、つまり大人ではあるが一人だ。
なんとかなるかもしれない。だが、そんな相手であっても陽代美を近づけさせるのは危険だ。
「わかった。俺もやるよ」
「……キク」
「フフ、キクっちがそう言うなら私も手を貸さなきゃね。どう、優里奈は?」
「やるやる、ていうか相手がわかってるならあとは楽勝じゃん。アタシと亜由でボコって動画消させればいいんでしょ?」
この場に居る全員が問題解決のために続投をすることになったが、なにやら江夏が物騒なことを言っている。
そして俺が口を出す前に冬樹から制止が入る。
「ちょっと待って、亜由と優里奈は私たちの奥の手にしておきたいの。できれば交渉だけで済ませたいわ」
「交渉って言ってもさあ、じゃあどうすんの? お金払って動画消してくださいなんて頼むの?」
「そんなことしないわ。動画を削除しなければ警察に通報するってちらつかせれば大抵は折れる筈よ」
「沙織にしては消極的ね、私たちに任せれば簡単に片が付くのに」
冬樹が二人相手に苦戦している。
本来であれば冬樹の困惑する顔をしばらく眺めているのもいいのだが、今回ばかりは交渉を前提とした冬樹に賛成だ。
「大秋、江夏。俺も盗撮魔と交渉するほうがいいと思うぞ。それに相手は大人の男なんだし、女の子二人が出るのは危険だろ」
「「はあ?」」
「……冬樹、俺はなにか変なこと言ったか?」
「まあ、この二人は例外とだけ言っておくわ。それでも私からの提案だけは聞いてもらえると助かるわね、それからどうするか考えるのも遅くはないでしょう」
呆れた表情をする三人に困惑している俺と陽代美。
状況はわからないが、策士である冬樹の提案に耳を傾ける。
「私からの提案は盗撮魔と直接相対しての交渉。相手は車でホテルを出入りしている。できればホテルの外での交渉が望ましいわね」
「どうして?」
「もしも自分の仕事先で『アナタは盗撮をしていますね?』なんて言われたら犯人が発狂しかねないでしょう? かといって自宅に押し掛けるのも近隣の住民に迷惑かもだし。電話だと切られて逃げられるかもしれない。できれば、人の少ない場所で冷静に話し合いに持ち込みたいわ。こちらも本気だとわからせる為にもね。それで問題になってくるのが私たちの移動手段よ」
「俺たちの?」
「ええ、相手は会社の車を使っているの。理想を言えばホテルから会社へ戻る間に捕まえて交渉をしたいわ。だから車を追跡できる原付かバイクに乗れる人物が欲しいところなのだけれど……そうだ、優里奈って確か普通二輪の免許持ってたわよね?」
「うん、免許は持ってるけど、アタシ単車は持ってないよ。レンタルって手もあるけど結構高いんよね」
「そう、困ったわね。どこかに私たちに協力してくれるバイク乗りはいないかしら」
江夏は二輪の免許持っているのかと少しばかり感心した。
おや? なにやら陽代美から熱い視線を感じるが、きっと気のせいだ。気のせいだろう。
「あ、そういえばキクっちってバイク持ってるんじゃない? この前ツーリングに行ったら会ったって、カレから聞いたんだけど」
「なによっ、それなら早く言いなさいよね、菊地」
バレテーラ。
思い返してみれば、俺がバイクに乗っていることを陽代美には口止めをしていたが、先輩たちにはしていなかった。
ツーリング先で会った阿久津先輩から彼女である大秋に話がいくのは自然な流れだ。
「……キク、お願いがあるの」
どうやら、我らが女王様からご指名のようだ。




