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張り込み、そしてご飯

 放課後。

 学校が終わり、バイトがない日はホテルの張り込みをすることになっており、今日は黒ギャルの江夏と二人で担当することになった。

 一度家に戻り、私服に着替えて江夏と合流。

 江夏は所々にヒョウ柄混じりのピンク色を基調としたジャージを着てきた。完全にヤンキーである。


 ラブホテルでの張り込みは単純そのもの。

 ホテルに出入りしている人物の顔。もしくは車のナンバーが見えるように携帯端末のカメラで撮影。そして冬樹に送信する。これも一種の盗撮なのではと思いつつシャッターを切る。

 しかしこれが存外に難しい。普段、外でカメラを使わない俺は悪戦苦闘した。


「うわ、キクっち。写真撮るの下手じゃない?」

「仕方がないだろ。撮るのに慣れていないんだ」

「ちょっと設定いじってみ、ほらここをこうやって」


 画面をのぞき込んできた江夏に言われるがまま、設定を変更していくと、先程とは見違えるほどに鮮明な写真が撮影できた。

 周囲の明るさ、被写体までの距離に合わせ設定を変えるだけでこうも上手く撮れるのかと感心した。


「凄いな、綺麗に撮れた」

「でしょ? そんじゃ後は任せた」

「サボるなよ。江夏が撮ったほうが上手く撮れるのに」

「やーだよ。キクっちが撮影に慣れるまでの練習、練習」


 そう言って江夏はそっぽを向き、俺に撮影を押し付けた。

 困ったものだ。

 江夏は元々今回の件はおもしろく感じていない。やる気がないのも仕方がない話だ。


 ホテルに向き直り、駐車場から出ていく黒いバンを撮り再び待機をする。

 今日だけでも十枚以上の写真を撮り、平日の夜でもラブホテルを利用する客は多いのだなと感じた。十階建てのホテルに目を向ければ、所々の部屋は明かりが点いている。


「ねえ、キクっち」

「なんだ?」

「例えばさ、キクっちがお金を沢山持ってたら女の子のこと買いたいって思う?」

「思わないな。そんな金があるならバ……」

「ば?」

「バ、バイトのシフトを減らして、自分の時間を増やすかな」

「自分の時間かあ、なるほどねえ、今時だなあ」


 危ないところであった。

 つい、バイクの用品を買うかなと言ってしまいそうになり、肝を冷やす。

 陽代美以外に、俺がバイクに乗っていることを知られるのはよろしくない。


 俺の発言がおかしく感じたのか、江夏は微笑を浮かべながらもホテルに向き携帯を構え直す。やる気が戻ったようだ。

 実際のところ、時間に余裕が持てたら俺は何をするだろうか。

 そんなことを考えながら、時間は過ぎていき、冬樹から指定されていた時刻である午後八時半になり本日の張り込みは終了となった。


「はいお疲れー、キクっちは夕飯どうするん? 家で食べんの?」

「いや、帰りに何処かに寄って済ませるつもりだけど」


 俺がそう言うと、江夏は唐突に真剣な顔になる。

 何事か、と思っていると江夏は俺の前に立ちふさがる。


「アタシ、実は給料日前で、ちょっとピンチなのです」

「そうか、大変だな」

「そしてあちらに見えます牛丼屋では、期間限定のネギ塩カルビ丼の垂れ幕が見受けられます」

「ああ、俺も気になっていた」

「ハイ、ゴチになりまーす」

「待て待て待て、どうして俺が江夏にご馳走しなきゃならんのだ」

「いいじゃんっ、お腹すいたのっ、ネギ塩カルビ丼食べたいのっ。でもお金ないのっ、大盛りで食べたいのっ」

「いでででででっ、腕、腕を掴むなっ。爪が刺さってるんだよっ。しかも大盛りとかちょっと贅沢だぞっ」

「ここでアタシが大声出したらキクっち変態扱いされるぞっ、お(まわ)りに連れていかれるぞっ」

「わかった、わかったから。ご馳走するから手を離してくれっ」

「へへっ、やりぃ。キクっちは太っ腹だなあ」


 ヤンキーにたかられた。

 グイグイと江夏は俺の腕を引っ張り、牛丼屋へ拉致される。


 江夏は女生徒が男に身体を売ることを毛嫌いしていたが、同級生にたかるのはいいのかと内心ツッコミをいれた。


***


 別の日。

 今日は陽代美と張り込み当番なのだが、ホテルの利用客が少ないこともあり暇を持て余していた。


「問題です。千八百六十三年、リンカン大統領が南部の奴隷たちを味方につけるために行った宣言といえば?」

「確か、奴隷解放宣言」

「うん、正解。それでは、同じ年に北部が勝利した戦いといえば?」

「ええと、なんだったかな……ハンバーグの戦い?」

「フフッ、はずれ。正解はゲティスバーグの戦い。バーグしか合ってないよ、キク」


 退屈をしていた俺たちは今度行われる期末テストの問題を出し合っていた。

 携帯端末からネットで世界史の問題を見ながら、勉学に勤しむ。

ラブホテルの張り込みをしていても、俺たちは高校生。世界史が将来何に役に立つか知らないが、追試を回避するためだけの勉強も陽代美と一緒にすれば捗ると感じた。


 そして、今日は陽代美の笑顔を久しぶりに見た気がする。

 ここ最近、学校内で仲のいいギャル五人衆の輪に居ても彼女は元気がなさそうだった。理由はわかる。張り込みをする俺たちに申し訳ないとでも思っているのだろう。

 彼女は何も悪いことはしていない。そして、彼女を頼った柴原先輩も悪くない。

 悪いのは相談を持ち掛けた女子生徒に、彼女たちを抱いた中年男。そして盗撮魔。


 張り込みはなかなかにしんどい仕事だ。

 日は落ちたとはいえ、蒸し暑い中で何時間も立ってホテルを出入りする人物に気を配らなければならない。

 今回の騒動が早く終わって、また何事も無い日常に戻ればいい。ふとそんなことを思った。


「なあ、陽代美。変なことを訊いてもいいか?」

「うん、なに?」

「あそこにあるホテルとか……行ったこと、あるのかなって」

「ううん、ないよ。ていうか私、この前キクと行ったラブホテルが初めてだったんだけど」

「……へえ、そうなんだ」

「キク、何か変なこと考えてない?」

「考えてない、全然考えてない。むしろ何も考えてないまである」

「変なの。キクだってこの前行ったホテル、誰と一緒に行ったことあるの?」

「いや、俺もこの前初めて行ったんだが」

「嘘。じゃあどうしてあんな山奥にホテルがあるって知ってたの?」

「そ、それは、ツーリングスポットの途中にあるから、知ってただけだよ」

「ふうん……そうなんだ」


 なにやら要らぬ誤解を受けてしまった。

 しかし言えるはずも無い。陽代美にラブホテルの盗撮魔を探すように頼んだ柴原先輩から教えてもらったなんて、先輩の尊厳にかけても話す訳にはいかない。

 そして本日の張り込みが終わり、陽代美と夕飯を食べに行くことになった。

 なにか食べたいものがあるかと彼女に聞くと、陽代美は即答した。


「じゃこ(めし)

「じゃこ飯?」

「うん、じゃこ飯。マイブームなんだ」

「そう、か。それなら定食屋かな?」

「うん、いいお店知ってるよ」


 そして陽代美に連れて来られたのは老舗感漂う定食屋。

 魚料理を中心に構成されたメニューから、じゃこ飯付きの焼き魚定食を二人で頼み舌鼓をうった。


***


 別の日。

 今日は大秋と張り込みであり、彼女は大きなシャツにホットパンツを履いていて、道行く男たちが脚線美に目を奪われ振り向くのがわかる。

 スタイルのいい彼女は繁華街の街に溶け込み、男たちから見ればいい女に見えるのだろう。だが、強面の彼氏さん持ちである。


「ハルミィってキクっちと同じ場所でバイト始めたんよね?」

「ああ、そうだよ。最近はほぼ毎日シフトに入ってる」

「そう、あまり働きすぎなければいいんだけど。キクっちも気にかけてあげてね?」

「わかった……大秋は優しいな」

「ん? そんなことないわよ。私、自分の思い通りにならないと気が済まない、どうしようもなく悪い女よ」


 それは違うだろう。

 友人を心配する彼女が悪い人物とは思えない。


「昔、兄ちゃんが『悪とは、見方によって正義ともなる』って言ってた。だから大秋の悪いは、少し違うと思うぞ」

「あら、言うじゃない。キクっちは私の何を知っているのかしら?」

「それは……今の大秋ぐらいだが」

「アハハ、ごめんごめん。冗談よ。ええ、今のはちょっと意地悪だったわね。でもわかったでしょ? これが私よ」


 まだよくわからないのだが、大秋は一筋縄ではいかないとだけはわかった。

 俺は大秋たちの過去をあまり知らない。いつか、互いの昔話をしたりするのだろうか。

 そして、大秋は兄の発言に興味を持ち、他には家族とどんなことを話したのか質問をされた。


「昔父ちゃんが『女は女の味方をする』なんてことも言ってたな」

「ふうん……でもそれ、私からすればちょっと違うかな」

「そうなのか?」

「ええ、もし私が言い直すなら『女は女の味方を表面上はする、そして一瞬で手のひらを返す』かな?」

「……生々しいな」

「女の世界ってそんなものよ」


 そんな雑談をしつつ、ホテルに入るカップルを写真に収める。

 よくよく考えれば、俺も今悪いことをしている。この行いが正しいことに繋がるのか、わからなくなってしまった。


 そして張り込みの時間が終わる。

 こんなことを続けて本当に意味はあるのだろうか。そんな会話を大秋としつつ肩を並べて歩き、夕飯の話となった。


「キクっちはご飯どうする?」

「……塩カルビ丼か?」

「え、なに?」

「なんでもない」

「そ? この近くにね、私の親戚が経営してる居酒屋があるんだけど、そこで食べない?」

「居酒屋って、いいのか? 俺たち未成年だぞ」

「店によって違うけど、お酒さえ飲まなければウチは問題なしよ。それに私の友達ならご馳走してくれると思うけど」

「俺、大秋に一生ついていくよ」

「迷惑だからやめてね。それにしても、キクっち。最近変わったわね」

「俺が、変わった?」

「ええ、パンケーキ屋で話した時は、なんていうかロボットと話しているみたいだった。無駄を全て削ぎ落したって感じ? でも今は無駄なことでも受け入れているように見えるかな」


 特に自覚はない。

 無駄はないほうがいい、今でもそう思っている。

 だが大秋はそんな俺を満足そうに見て歩き出し、俺も後に続いた。


 初めて行った居酒屋では、鳥の唐揚げ、枝豆、揚げ豆腐、シーザーサラダ、焼き鳥各種、お茶漬けをご馳走になり、烏龍茶を飲みつつ、少しだけ大人になった気がした。

 大秋は「こんな時間に揚げ物なんて罪だわあ」なんて言っていたが、これくらいの罪、可愛いものである。


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