潜入調査
「はあ……なんで休みの日に菊地とホテルに行かなきゃいけないのよ」
「奇遇だな冬樹。俺も似たようなことを考えていた」
日曜日の昼下がり。
盗撮魔がカメラを仕掛けているラブホテルへ潜入するのは、俺と言い出しっぺの冬樹になった。
守邦駅で待ち合わせ、問題のホテルへと向かう。
そして、冬樹が俺の恰好を見て溜息を漏らす。
「菊地、少しくらい変装をしてきたらどうなの? 帽子くらい被ってきなさいよ」
「なんで?」
「今からカメラのあるかもしれない部屋に行くのよ? 撮影されるのなんて嫌じゃない」
「別に部屋に行ったところで何もしないだろ。俺は気にしない」
「呆れた。菊地とホテルに入る所なんて学校の連中に見られれば生涯の恥だわ」
「なるほど、言われてみればそうだな」
互いにギスギスしながらホテルへ向けて歩みを進める。
冬樹の恰好を見れば、肩を出した水色のワンピースに小ぶりな麦わら帽子、目元には眼鏡を装着していて芸能人のお忍び姿のようだ。
手には何やら紙袋を持っており、肩には白のショルダーバッグを掛けている。
一方、俺は白のポロシャツにジーンズ生地のズボン、そしてサンダル。まさに夏の普段着だ。
ホテルに近づいた所で、張り込みをしていた陽代美と江夏に視線で合図を送り潜入調査開始となる。
冬樹とホテルのフロントに入れば無人。代わりに壁一面に複数のパネルがあり、部屋の写真が映しだされたパネルは光っていたり消灯したりしている。
以前、陽代美と訪れたホテルとは仕様が違い、戸惑っていると冬樹が迷いなく一つのパネルの端にあるボタンを押した。
「冬樹、これは?」
「ここはセルフ式なの。明かりが点いている部屋が利用可能、消灯しているのは利用中よ。精算は帰りにするタイプで料金は利用時間による加算式。でも丁度よかった、狙っていた部屋は空いているみたい」
「狙っていた?」
「投稿されていた動画の内、二本はこれから行く部屋で撮られたの。少しでもカメラがある可能性の高い部屋を調べたいでしょ?」
冬樹はそう言いつつ、壁に取り付けられた機械へカードを挿入。あとで聞いた話では相談をした女子生徒の相手、中年男から借りたホテルの会員証らしい。
出てきたカードとカードキーを受け取り、俺も後に続く。
そしてエレベーターに乗り込み上階へ向かう。
「それで、部屋に着いたらどうするんだ?」
「ええ、菊地には一芝居打ってもらうわ」
「俺が、芝居を?」
「カメラで撮られている前提で、盗撮魔が不自然に感じない程度のね」
「冬樹よ、それなら事前に言ってくれればいいだろう」
「言ったところで菊地の芝居が向上するわけではないでしょう。これから無駄口は厳禁よ。芝居の指示は携帯のメッセージでするからアプリは開いた状態にしておいて。あとこの紙袋を持ってて頂戴」
紙袋を受け取り、言われた通り携帯のメッセージアプリを開いてポロシャツの胸ポケットしまう。
冬樹が何を考えているのかわからない、だが何かしらの考えがあるのだろう。
エレベーターを降りて、冬樹は片手にカードキー、もう片方の手に携帯端末を持ち歩き、俺も後に続く。
そして廊下を歩く途中で、胸ポケットにしまった端末が振動する。冬樹からの指示だ。
『部屋に入ってベッドに近づいたあたりで私を振り向かせてキスをするフリをして』
なに言ってるのこの人。
咄嗟に声が出かかって口を噤む。無駄口は不要。しかし、なんの意味があるんだこの指示は。
しかし、メッセージをよく見返してみると『キスをするフリ』と書いてある。
冬樹にキスをするなんて考えたくもないが、フリと書かれている以上、本当にキスをする必要はないのだ。
そして、冬樹が一つの扉の前で立ち止まり、カードキーを差して部屋へ入る。
部屋に入ると、そこには異空間が存在していた。
見たこともない西洋風の家具、至る所に散りばめられた艶やかな照明。
普段の生活では味わえない、非現実感のある室内に感心していると、冬樹が丸い大きなベッドの前で足を止めた。
行動開始。
俺は彼女に近寄り強引に肩を掴んでコチラに振り向かせ、顔を近づける。
唇まであと数センチといったところで、冬樹が俺の胸元に手を置き待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私、お昼まだだって言ったじゃん」
「あ、ごめん」
なぜ謝る、俺。
冬樹は俺から紙袋を奪い去り、ベッドから離れた位置にあるソファーにどかりと座る。
膝の上に乗せた紙袋を開き、中からサンドイッチを一つ取り出し包装を丁寧に剥がしている。
取り残された俺はどうしたものかと部屋をぐるりと見ていると、端末が振動する。
次の指示だ。
『窓際からベッドに向かってカメラを探して』
いいのか、そんな大胆に動いて。
彼女の方をちらりと見れば、サンドイッチを頬張りつつ視線で動けと合図をしている。
考えても仕方がない。指示通り窓際まで移動してカーテンを開く。
大きな窓からは守邦市が一望でき、遠くのほうには俺たちが通う守邦高校の校舎が小さく見えた。
窓に異常なし。壁の高い位置にはクーラーが設置されているが、流石に脚立か椅子がなければ届かない。
クーラーを調べるのは一旦諦め、次にベッド近くの小さなテーブルを調べる。
テーブルの上には、ティッシュ箱、メモ帳、卓上スタンドライトがある。
盗撮魔が撮影した動画は上から見下ろすようなアングルから撮られていた。
こんなベッドの近くにカメラはないだろうと思いつつ、テーブルの上にある物品をひっくり返したりしていると端末が振動した。
『これから私の質問に正直に答えて』
どういう意味だ。
カメラで撮られていることを意識しつつ、片手は止めずに冬樹からの質問を待つ。
「ねえ、タイヘイくん。さっきから何をしているの?」
誰だよタイヘイくんって。
しかし、今の質問。本当に答えていいのか、と考えたあたりで冬樹の思惑を理解した。
今回はあくまでも潜入調査。カメラ探しが目的ではないようだ。
「ああ、カメラを探しているんだ」
「え、カメラ? どうしてカメラなんか探しているの?」
「最近、噂で聞いたんだ。このホテルは盗撮されているって話を」
「なにそれっ、やだっ気持ち悪い。私も探すから」
そう言って冬樹は紙袋とショルダーバッグを置き、風呂場やトイレの扉を開き捜索を開始した。
なるほど。冬樹は入り口付近、俺は部屋を中心に探せということか。
カメラ探しに遠慮なく動けるようになり、俺は近くにあった椅子を持ち出し、クーラーを調べる。
クーラーの中を調べて見ても特に問題はない。一般家庭にもあるような、普通の白物家電だ。
椅子を戻し、次に動画で中年男と女子高生が抱き合っていたベッドを調べる。
円形で大きなベッド。花柄で彩られた掛布団をまくったり、周囲を調べても異常なし。
当たり前か。盗撮魔はこのベッドの上で行われる行為を撮りたいのだから、ベッドを調べても意味はない。
しかし、何かあった。
マットレスを持ち上げると、黒いトランシーバーのような機械物を見つけ手を伸ばそうとしたところで端末が振動した。
マットレスから手を離しメッセージを確認する。
『部屋に戻る 私の隣に座って適当に相槌をうって』
黒い機械物が気にかかるが、無駄口は不要。指示に従うことにしよう。
そして部屋に戻ってきた冬樹はベッドに腰かける。言われた通り、隣に座ると冬樹が俺の腕に甘えてくるように手を回してきた。
やだ、怖い。鳥肌が立つ。
それにしても、適当に相槌をうてという冬樹からの指示。
俺の得意分野ではないか。
「あのね、今日タイヘイくんが誘ってくれたのは嬉しかったの」
「ああ」
「でもね、こんな所で……したくないんだ。私たちまだ知り合っても間もないし、もっとお互いに……ね?」
「そうだな」
「うん、ありがとう。そう言ってくれるって信じてた。それじゃあもう帰ろ。荷物とってくるね」
「わかった」
立ち上がった冬樹はソファーに置いていたバッグを片手に、再び俺の腕を掴んで部屋を出る。
エレベーターに乗り込んだあとも冬樹は腕を離そうとせず、無言で一階へのボタンを押す。
そんな時に冬樹からラベンダーの香りがした。彼女が使っている香水だろうか。
フロントに戻ってきて、精算機の前まで来ると、今まで大事そうに持っていた俺の腕をまるでゴミでも捨てるかのような勢いで払いのけ、冬樹は精算を済ませた。
そしてホテルを後にして、もう大丈夫だろうと思い、隣を歩く冬樹に話しかける。
「冬樹、今回は盗撮魔へのけん制ってことでいいんだな」
「そうよ、亜由も言っていたでしょう。クーラーかコンセントにカメラが仕掛けられていた場合、何かしらの工具でもなければカメラを見つけるのなんて無理だし、今回はこれでいいわ。それで、菊地は何か見つけた?」
「ああ、ベッドの下に黒い機械物、小型のトランシーバーみたいなのがあった」
「菊地にしては上出来ね。これでカメラがあの部屋に仕掛けられている可能性が高まったわ」
「どうして?」
「動画はカメラ、そして恐らく菊地が見つけたのはマイク、音声はそっちから拾っているんでしょうね」
言われてみれば、陽代美から見せられた動画の音声は雑音も無くよく聴こえた。
クーラーが稼働していれば風の音でも入っていてもおかしくはないが、動画と音声は別で撮っていたのだろう。なかなかに手の込んだことをする盗撮魔だ。
「それで、これからどうする?」
「相手の出方を待つわ。盗撮の噂が流れているとわかって動画を削除してくれればそれでよし。けど、もしも動画の投稿を続けるなら愉快犯確定。やり方を変えるわ」
「それまでは、ホテルの張り込みか」
「そうね、菊地は他の三人と連携して動いて。私は別のルートから探るわ。ホテルの利用者、関係者、従業員、清掃員。容疑者は数えきれないわ」
頭が痛くなる。
途方もないと、そう感じる。
他人の性行為を撮影して、盗撮魔は何がしたいのだろうか。
張り込みをしていた陽代美たちと合流をして、今後のことを話し合う。
陽代美たちは疲れた顔をしており、理由を聞くと男連中から声をかけられまくったそうな。
ここは繁華街、そして近くにラブホテル。ギャル二人がこんな場所にいれば下心を持った男性陣を惹きつけるのは無理もない話だ。
そこで、ホテルの張り込みは極力俺と残りの誰かが行うことになった。
どうやら、ギャルたちから頼りにされているようだ。
頑張ることにしよう。




