ラブホテル盗撮魔事件
翌日の朝。
夏空から遠慮のない日差しが降り注いで、本格的な夏の始まりを感じながら登校をして教室に向かえば、一人のギャルが待ち構えていた。
「菊地、ちょっといい」
席に座ろうとした俺に話しかけてきたのは裏の女王こと冬樹沙織。
クラス委員長でもあり、ギャル五人衆の一人であり、春宮の悩みを解決するよう依頼してきた一人だ。
「どうした冬樹、春宮の件なら解決したぞ」
「そう、ありがとう。それでハルミィは何に悩んでいたの?」
「それは……言わない。冬樹ならいずれ気付くだろうしな」
「あら、変な信頼のされかたね。まあいいけど。でも、今日のは別件よ。放課後空いてる?」
「空いてるけど、また何かあったのか?」
「まだ何とも言えないわね。菊地は仕切り役のシバさんは知ってる?」
「ああ、柴原先輩なら面識あるけど」
「なら話が早いわ。今朝ね、莉愛がシバさんから呼ばれたのよ。何か頼まれ事をされるみたい」
柴原先輩から陽代美へ頼み事、何かあったのだろうか。
柴原先輩は守邦高校で仕切り役と呼ばれ、あらゆる問題の解決に手を貸していると以前聞いた覚えがある。そんな人から頼まれ事とは、陽代美は先輩からの信頼が厚いようだ。
「面倒事ってことか」
「そうね。どんな問題か分からないけれど、一応人手は集めておこうと思ってね」
「他には誰に声をかけたんだ?」
「まだ私と菊地だけよ。あとは問題の内容によってメンバーを選出するわ。それじゃあ、放課後勝手に帰るんじゃないわよ」
そう言って冬樹は自分の席に戻っていった。
俺も席に座りぼんやりと窓の外を眺め、随分と信頼をされたものだと感じる。
ほんの二ヶ月前なら話もしなかった彼女たちから頼られるとは、人生なにが起こるかわからない。
陽代美から頼りにされはじめ、これまで無気力に過ごしてきた日常に張りが出たなと感じつつ、本日の授業が開始される。
放課後。
教室に残ったメンバーは、柴原先輩から頼まれ事をした陽代美。その親友であり、俺が勝手に裏の女王と呼ぶ冬樹。
褐色肌の黒ギャル江夏。そして俺が心の中で姉御と呼んでいる大秋の計五人が教室内で顔を見合わせていた。
しかし、そのうちの一人、大秋が腕を組み不機嫌そうな顔をしている。
「沙織、どうしてハルミィがここにいないのかしら? ハブにしているみたいで気分が悪いんだけど」
「ちょっと待って、後で理由は説明するから。そう睨まないでよ」
大秋は普段仲良くしている冬樹にも容赦なく厳しい視線を向けている。
彼女たちの力関係はわからないが、大秋の発言力は高いように思える。いいぞ、姉御。もっと冬樹を困らせてやれと思っている間に、代わりに陽代美が前に出る。
「ごめんね亜由。今朝、柴原先輩から頼まれた問題はちょっとデリケートなんだ」
「……別にいいわよ。カレに聞いても『俺は知らん』って言うし。さっさと説明して頂戴」
大秋の彼氏は阿久津先輩。柴原先輩の右腕だ。
そんな人物が話を聞いていないとは意外だ。信頼できる人物に相談せずに、陽代美を頼ったのは何か理由があるのだろう。
そして、陽代美は机の上に自身の携帯端末を置き、画面を見るように俺たちに促した。
画面には動画を写し出すサムネイルが表示され、陽代美は再生ボタンを押した。
『はあ……んっ……ふう……』
動画では一人の中年男が、俺たちが通う守邦高校の制服を身に纏った女子を抱き上げ、激しく抱擁している光景が流れていた。
「なっ……これって」
「ふうん、この動画、盗撮でしょ」
「大秋、どうしてわかるんだっ?」
「だって映像の角度が変だもの。この位置からすると、クーラーかもしくは高い位置のコンセントにでも仕込んでいるんじゃないかしら。ハメ撮りするなら手に持つか、もっと近くに置いたりするんじゃない?」
ごめんなさい。童貞なのでわかりません。
大秋の言う通り、画面に映し出された動画は高い位置から撮影されているものだと予測できる。
動画の中年男が女生徒のシャツを脱がし始めたあたりで、俺は一歩退いて画面から目を逸らす。
しかし、ギャル四人は食い入るように動画を覗き込んでおり、俺はそんな光景を黙って見守る。
そして、端末から聴こえてくる声から本番が始まりそうなところで陽代美が動画を停止させた。
「今朝ね、柴原先輩から頼まれたのは、この動画を投稿している人物を探して欲しいって感じの相談だったんだ」
「なるほどねぇ、シバさんに相談したのはこの動画に映っているウチの女子生徒。この動画が他にばれるのは不味いってことね?」
「うん……そんな感じ」
どんな感じですか。
察しがいい大秋は腕を組み、何やら考え事をしている様子だが俺にはさっぱり理解できない。
誰かに説明を求めようかと思ったところで、江夏が唇を尖らせ不満じみた声をあげる。
「これってさ、女がお金貰ってヤッてるんでしょ? 自業自得じゃん」
「そうね、気持ちは分かるけど今は抑えなさい」と、大秋が江夏をなだめる。
「あの、そろそろ俺にもわかるように説明をしてくれないか?」
「ええ、いいわよ。サルでも分かるように頭から現状を説明してあげるわ」
冬樹よ、なぜそのような腹の立つ言い方しかできないのか。
だが、説明をしてくれるのであれば耳を傾けよう。
「まず、この動画が投稿されているのは海外のマイナーな動画サイト。管理もずさんでグレーな動画も数多く投稿されているわ。そしてシバさんに依頼を持ち掛けたのは守邦高校の女子生徒三人。今見せた動画の他にも二本、この手の動画が同じアカウントから投稿をされているのよ」
「もしかして、女子三人は顔見知りでグループ売りしてんの?」
「ええ、そうみたいね」
「あっきれた、それでシバさんに頼るなんて馬鹿じゃないの」
今度は江夏に続き大秋が不貞腐れた。
俺はよくわからないが、動画に映っている女子たちに腹を立てている様子だ。
そして冬樹が説明を再開する。
「彼女たちからシバさんに依頼された内容は動画の削除と犯人の特定。まるで守邦高校の生徒を狙い撃ちしたかのようなアカウントに腹を立てているみたいね。すでに動画サイトには削除依頼を出したそうだけど、取り合ってもらえなかったそうよ」
「それなら、警察に頼ればいいんじゃないか?」
「問題はそこなの。さっきの動画でも映っていたけど、男は中年、女は未成年の高校生。もしも、この動画が警察に見つかれば男の方は逮捕されるでしょうね。両者合意なら問題ないけど、女子たちは意地でも合意したことにしたくないようね。それでも女子たちは男を守ろうとしているのよ」
「家族にもバレたくないし、ちょろい金づるが居なくなると困るってこと」
冬樹の説明に大秋が付け足し、俺も理解した。
女子たちは金目当てで裕福な男に近寄って金を得た。しかし、この事実が警察に露見することを恐れ柴原先輩を頼った。馬鹿げている。
溜息を一つして、愚痴がこぼれる。
「不用心だな、盗撮された女子も。制服でホテルに行くなんて」
「いいえ、最初は私服で部屋に入ったそうよ。男側からの要求で制服に着替えたみたい。それに、このホテル未成年は本来入れないもの」
「ああ、男ってなんでか知らんけど制服エッチ好きだもんね」と、江夏が言った。
ごめんなさい。童貞なのでわかりません。
柴原先輩もこんな相談を受けなければいいのに。随分とお人好しだ。
「陽代美は、この依頼を受けたのか?」
「……うん。柴原先輩も困ってたから、ごめんねキク」
彼女を責めるつもりはない。
けれど、心のどこかで彼女には公正で間違いを許して欲しくなかった。
俺も江夏や大秋のように不貞腐れた顔をしているのかもしれない。
気持ちを切り替える。
陽代美は以前、柴原先輩に助けられたと言っていた。つまり彼女は先輩に恩を返すつもりなのだろう。そして俺も陽代美には助けられた。平穏な高校生活、そして友人となりクラスでも肩身の狭い思いをしなくてもいいのは彼女のおかげだ。
動画に映った女子たちのためじゃなく、陽代美のため。そう思えば幾分か気は楽だ。
「わかった、陽代美がやるなら俺も手伝う」
「……うん。ありがとう、キク」
「ちょ、キクっち本気で言ってんの?」
「ああ、本気だ。それと冬樹、確認しておきたいことがある」
「なあに?」
「俺たちは盗撮魔を見つけるまで、なんだな」
「ええ、そうよ。犯人を特定して、あとは三年生のグループに交渉か始末は任せるわ」
始末とは、物騒な言い方だ。
しかし、それなら危険は少ない。直接、犯罪者に陽代美が向き合うことがないのならそれでいい。
「それで、亜由と優里奈はどうする?」
「……ま、ここまで聞いちゃったし、莉愛を困らせるようなことはしたくないしね。ええ、いいわ。こんな問題、男連中には任せられないでしょうし」
そう言って大秋は問題解決のための参加を承諾した。
しかし、江夏は未だに不機嫌な表情をしている。
「なんかさあ、いわゆるパパ活っていうの? アタシ、ああゆうの嫌いなんよね。お金が欲しいなら働けっての」
俺は江夏の発言に大きく頷き同意した。
今ここにいない春宮は今頃バイト先の制服に着替え、働き始めている頃だろう。
それにしても遊んでいるように見えた江夏からそんな発言が出たのは少し意外に思えた。そして、相手に媚を売って金を得ようとはしない江夏の姿勢に、心の中で称賛を送った。
「優里奈、嫌なら手伝わなくていいのよ?」
「……やるよ。皆がやるのにアタシだけ動かないとか馬鹿みたいじゃん。それで沙織、アタシらはなにすればいいの?」
「ありがとう優里奈。私たちはこれから一つのラブホテルを監視、出入りする関係者を徹底的に洗い出すわ」
「ちょっと待った。よくよく考えれば顔のわからない盗撮魔をどうやって探すんだ?」
「張り込みよ。盗撮された動画は全て一つのホテルで撮られているの。盗撮をされたホテルは守邦駅北側、繁華街にあるラブホテル。動画は定期的に投稿されていることから、何度もホテルに足を運んでいる人物に絞り込めるはずよ」
「気が遠くなる話ね……」
「あくまで一つ方法よ、他のやり方も考えているけど、それは私に任せておいて」
どうやら、冬樹には別の考えがあるらしい。
頼もしいと思う、と同時に一つの疑問が浮かぶ。
「それで、どうして今回の問題に春宮は誘わなかったんだ?」
俺がそう言うと、これまで不機嫌な顔をしていた江夏と大秋がふっと笑い、大秋が答えた。
「キクっち、下ネタとか普段言わないでしょ?」
「へ? まあ、言わないけど」
「最近ハルミィがキクっちに懐いてる理由がそれね。ハルミィってね、下ネタが大の苦手なのよ。セックスとか、そんな単語を聞いただけで顔を真っ赤にしちゃうの。そこが可愛いところでもあるんだけどねえ」
なるほど。春宮は今回のような男女の関係を苦手にしている。
俺としては、息を吐くように下ネタを連発する女子に比べれば断然いいように思えるが、今回のような問題には不向きだと冬樹は判断したのだろう。
「それじゃあ今から問題のホテルに行きましょう。私もこの目で確認しておきたいから」
冬樹がそう言って、各々の荷物を持ち守邦駅の北側にあるというラブホテルに向かうことになった。
その道中、横並びに歩くギャル四人の後ろを歩いていると、冬樹が俺のところまで下がって来て小さく呟いた。
「菊地、さっきは助かったわ」
「なんのことだ?」
「亜由と優里奈よ。あの二人は私でも言うこと聞かせるの難しいんだから、菊地が莉愛を手伝うって言いださなければ二人の協力は得られなかったわ」
「そうか。それなら俺にもっと感謝しろ」
「調子に乗るなっ」
痛い、冬樹から肘を貰った。
暴力はいけない。訴えたいことがあるのなら言葉にするべきだ。
そんなことを考えていると、件のラブホテルに到着した。
先日、陽代美と行ったホテルとは違い、お洒落な外装をして一階にあると思われる駐車場から黒いバンが走り去るのを見てふと思う。
なぜラブホテルの駐車場の出入り口にはのれんが掛かっているのだろうか。あれでは車体に傷が入るのではないかと思いつつ、ギャル四人が足を止める。
「沙織、具体的にはどうするの?」
「これから二人一組でこのホテルを毎日監視するわ。それから盗撮をされた部屋に潜入して現地調査も考えているわ」
「現地調査?」
「なんのために菊地がここに居ると思ってんのよ」
「未成年は利用できないんじゃなかったか?」
「やり方次第よ。それにバレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
それはつまり。ここに居る誰かと俺がラブホテルに入室しろということか。
何とも面倒なことになったなと思っていると、大秋が両手を横に挙げる。
「私はパス。一応これでも彼氏がいる身だから」
「ええ、わかったわ。それじゃあ私と莉愛と優里奈でじゃんけんをして、負けた人物が菊地とホテルへ潜入調査をすることにしましょう」
冬樹よ、俺とホテルへ行くことを罰ゲームのように扱うのはよくないと思うぞ。
それでも、ギャル三人によるじゃんけん大会が行われる。
どうやら、面倒なことに巻き込まれたようだ。




