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バイト戦士

「よろしくお願いしまあすッ」


 ドーナツ屋の制服を身に纏った春宮は、元気よく挨拶をして店長の後に続く。

 今日は春宮にとってアルバイト初日。新たなバイト戦士の誕生である。

店長が春宮に研修を始める中で、俺は普段通りの仕事に精を出す。


 春宮なぎさの悩み事、それは金欠だった。

 普段、金欠どころか文無しの現役ニートである兄を見てきた影響か、金欠が悩みの種だとは気がつかなかった。

 そして、アルバイトを紹介して欲しいと言われた俺はドーナツ屋の店長に人員を募集しているかの確認をとった。すると、店舗改装に併せ絶賛アルバイト募集中であることを聞かされ、春宮を店長に紹介する流れとなり今に至る。


 今の時代、働きたいと高校性が手を挙げれば受け入れてくれる場所は無数にある。

 しかし、春宮はアルバイトを始める際に、親から一つの条件を出されたそうだ。


『友達と一緒のバイト先にすること』


 友人の多い春宮であれば、なんてことない条件にも思えるが、彼女のバイト探しは難航した。

 春宮はクラス内外問わず、あらゆる人物にバイト先を紹介してもらえるように頼んで回ったそうだ。だが、ここで春宮のSNSにおける立場が邪魔をした。


『ハルミィは、もっとお洒落なところでバイトをするほうがいいよ』


 SNSで二百八十万ものフォロワーを有する彼女は、同じ守邦高校に通う女生徒から見ればカリスマ女子高生と言えなくもないのだろう。

 そんなお洒落の最先端をいくカリスマ女子高生が、ガソリンスタンド、中華屋、清掃員、スーパー、コンビニのバイトをしている彼女の友人、もといフォロワーたちは口を揃えてお洒落なバイト先を勧めたそうだ。

 お洒落なバイト先と言えば流行りのデザートショップだったり、アパレル関係を指すのかもしれないが、春宮の友人にはそのような場所で働いている友人はいなかった。

 そこで困った春宮はドーナツ屋で働く俺に相談を持ち掛けたという訳だ。


『いらっしゃいませぇ、ドーナツお一つ、いかがでしょうか?』


 愛嬌のいい声が店先から聴こえてくる。

 マスタードーナツ守邦駅前店名物、新人への洗礼である呼び込みだ。

 凄いな春宮は。俺なんて『菊地くん、あなたが呼び込みをするとお客様が逃げちゃうからもうやめて』と店長から注意をされたのに、春宮は快調に大きな声で呼び込みをしている。


 バイトを紹介して欲しいと彼女から言われた時は疑問を抱いた。

 春宮が悩んでいると相談してきた陽代美や冬樹が、バイトをしているとは聞いたことがない。しかし、春宮と特に仲のいい友人はまだ他に居る。

 ギャル五人衆の内二人、大秋と江夏だ。

 以前、江夏から聞いた話によれば、大秋の親戚は居酒屋を経営しており、江夏もそこで働いていると言っていた。この二人であれば、春宮がバイト先を探しているとわかれば喜んで手を貸しただろう。

 しかし、春宮は彼女たちを頼ろうとはしなかった。


 それは何故か。

 その理由は、今度彼女たちと一緒に行く約束をしているプールが関係していた。

 春宮は新しい水着を購入、プールへ行くための資金は確保していた。しかし、そこで残金が心もとなくなりバイトをすることを決意。

 しかし、一緒にプールへ行く友人たちに『お金がないからバイト先を探している』と言えば、気を使われだろう。そんな状況を避けるために、春宮は陽代美たちに相談をしなかったと思われる。


 仲のいい友人同士で互いに気づかい合い、思い合った結果が今回の騒動の発端だった。

 我らが女王様は心配性なのだ。春宮の悩みは至極単純。

 お金がないのなら働けばいい、それだけのことだった。


 休憩時間になり、新しくなった休憩室の椅子に腰かけていると春宮が休憩室に入ってきた。その両手には何やら見たことがあるカップを手にしていた。


「キクっち、店長さんから特別なまかないを貰ちゃった」

「店長から? 特別ってどんな」

「ふふふ、キクっちの分も貰ってきたよ。はい、タピオカミルクティー」

「なん……だと……」


 春宮はそう言いながら俺の前にタピオカミルクティーを差し出してきた。

 店内で食べるまかないは普段作り置きしている物をいただくのが通例だ。タピオカミルクティーのように一手間かかるメニューはまかないとして貰うことはあまりない。

 どうやら、春宮は店長に気に入られたようだ。

 しかし、俺はタピオカ入りの飲み物は苦手だ。だがここで断れば春宮や店長の善意を無下にすることになる。

 ここは男らしく、黙って黒い粒が沈殿しているタピオカミルクティーをいただくことにしよう。


『ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッキュン』


「うわっ、一気に全部飲んだぁ!」

「いや、実はタピオカドリンクの見た目って苦手なんだよな。なんか、こう、カエルのたま――」

「やめてよっ、アタシまだ飲んでるんだからっ」


 春宮から文句を言われつつ休憩時間が終わり、仕事に戻る。

 タピオカミルクティーを飲んだせいか、いつもなら腹が減ってくる時間帯でも空腹感を感じることはなかった。タピオカって腹持ちがいいんだな、と思いつつ本日のアルバイトが終了した。

 ロッカーで着替えを済ませ、帰ろうとしている所に春宮が駆け込んでくる。


「キクっち、着替えるの速いっ」

「ああ、春宮。お疲れ様、明日学校でな」

「ちょっと待ってよ、一緒に帰ろうよ」


 春宮はバタバタと着替えて、残る従業員に挨拶をして一緒に店を後にする。

 時刻は午後九時過ぎ。肩を並べて帰る道中、彼女の頭部に目を向ける。バイト中は指定の帽子を被る必要があり、春宮はご自慢のサイドテールを解き、今ではシュシュと呼ばれる髪留めで後ろに長い髪を一つに纏めており、毛先は彼女の太もも辺りまで伸びている。

 そんな小柄な彼女を見て、口には出せないが『小学生みたいだな』という感想が浮かんだ。


 そしていつも見ていた彼女よりも幾分か小さく感じるのは、今まで頭部を彩っていた大盛りに盛られたサイドテールが解かれている影響だろうか。


「どしたん、キクっち」

「いや、なんか今日の春宮は可愛いなって思った」

「ぶっ、きゅ、急に変なこと言わないでよ」

「本当のことを言ったまでだ」


 正確に言えば『小学生みたいで可愛いな』なのだが、そんな言葉は彼女を傷つけかねない。余計な部分を省略した回答でも問題はないだろう。


「でもよかった、店長さんやパートの人、皆優しい人ばかりで」

「……そうか?」

「うんっ、今日もね、失敗しちゃったりしたんだけど、すぐに他の人が助けてくれたんだ」


 いいなあ、春宮は。

 俺なんて『高校生ならもっと元気良くしなさい』と、休憩時間にお説教をされたこともあるくらいなのに。

 そして、ここで疑問が一つ解消された。


 SNSで他人よりもお洒落な髪型を投稿しているだけで二百八十万ものフォロワーから支持をされるだろうか。答えは否。

 最近SNSを巡回してわかったことだが、テレビに出るような有名人であっても百万を超えるフォロワーを持つ人物は少ない。

 それではどうして春宮が多くのフォロワーを得たのか。答えは今わかった。


 春宮なぎさは明るいのだ。

 有名人に紹介された天運はあったかもしれないが、彼女の投稿を見返してみて思うのは、前向きに物事を捉えた呟きや写真の投稿ばかりなのだ。

 先日、パンケーキ屋へ行った時の投稿も『今日はパンケーキ屋へ行って、新しい友達とパンケーキを食べました。でもその友達すっごく食べるのが速くてびっくりしちゃった。今度は私も速く食べちゃうぞ』と呟いており、フォロワーからはパンケーキで早食いかよと笑い混じりのツッコミを入れられている。


 世知辛い世の中で、後ろ向きで暗い呟きを見ていたいだろうか。答えは言わずもがな。

 思わずクスッとさせてくれる春宮のアカウントにフォロワーが集まるのは自然の摂理。

 明るい人物に人が集まる。簡単な話だ。


「それでね、明日もシフト入れてもらったの、一緒に頑張ろうねキクっち」

「そうか。俺は明日シフト入ってないけどな」

「ええっ、そうなの?」


 俺は夕方のバイトは週三か、週四でしか入っていない。

 やる気満々の春宮には申し訳ないが、俺にとっては兄の食費を稼ぐためだけのバイトだ。彼女のようにがっつり稼ぎたい訳でない。


「そっかあ、でもアタシはどんどんシフトを入れてもらって稼いじゃうよお」


 と、意気揚々と語る春宮。

 だが、大事なことを忘れているようなので忠告をしておくことにする。


「春宮よ、何か忘れていないか」

「え、なにが?」

「あと少しすれば期末テストで、試験一週間前になればアルバイトは禁止だぞ」

「ああっ、忘れてたっ。せっかくバイト始めたばかりなのにい……」


 残念そうにする彼女だが、校則通りバイトをしないことが重要なのだ、

 期末テストだと忘れていた春宮は『あっちゃあ』といった表情を浮かべている。それでも俺は新たなバイト戦士の誕生を心の中で祝福した。


 どうやら、SNSの女王様はおっちょこちょいのようだ。


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