SNSの女王様
「それでね、今度みんなでプールに行くんだ」
「へえ、そうなのか」
月曜日の昼休み。近く期末テストが始まる時期でも、勉強をしている生徒などいない平和な守邦高校二年C組の教室はいつものように賑わっていた。
そして昨日、陽代美から受けた相談を思い出しつつ、前の席に座るクラスメイトである春宮の話に適当に相槌を打つ。
『ハルミィを助けて』
最初は何事かと思ったが、件の春宮は楽しそうに話をしている。
陽代美の話によれば、春宮は何かに悩んでいるらしいのだが、普段近くにいる陽代美や冬樹には悩みの種を相談しようとしないのだとか。
「でもさ、最近出費が多くて金欠なんよねえ」
「そうか、それは大変だな」
春宮はクラス内でも明るい人物だ。
何かに悩んだりする素振りをしていれば、すぐにわかるだろう。
それにしても、今回は少々難題だと感じる。
ホテルで陽代美から話を聞いた限りでは、春宮の悩みは思い当たらない。そして陽代美が、何かに悩んでいるのかと春宮に聞けば『なんでもないよ』とはぐらかすらしい。
それは知恵の回る裏の女王こと冬樹も同様らしく、悩みを相談しようとしない春宮に困った二人は、俺に問題の解決を要求してきた。
しかし、クラスでも中心人物であり頼れる二人の女王が解決できない問題を、俺がどうにかできるとは思えないのだが、せっかくのご指名だ。
陽代美からは自信を持つように言われたこともある。功績とまではいかないが、クラスメイトの問題を俺はここ最近解決してきたのだ。
自信を持って、春宮から悩みを聞き出してみることにしよう。
「なあ、春宮よ」
「なんだい、キクっちよ」
「何か悩みごとはあるか?」
「ええ……なんですか急に……」
流石に直球すぎたか。
俺の発言に怪訝な表情をする春宮。しかしこのまま身のない雑談を続けても問題の解決には至らない。
そこで俺は携帯端末を取り出し、先日ダウンロードをしたSNSのアプリを開く。
今回の問題解決に備え、協力関係にある冬樹に情報提供を昨夜呼びかけた。
すると、冬樹からは一つのURLが送られてきて、サイトに繋げばとあるSNSのアカウントが表示された。
そのアカウント名は『ハルミィ』。間違いなく目の前に座る、小柄な体格で髪型が大盛り盛られたサイドテールが特徴的な春宮のアカウントなのだろうが、とんでもない事実が発覚した。
それでは、改めて春宮のアカウントに見てみよう。
『ハルミィ フォロー 108 フォロワー 2811564』
俺はSNSに疎く、女子高生の平均的なフォロワー数は知らない。
しかし、二百八十万ものアカウントからフォローされている春宮は、かなり凄いことなのではないだろうか。
俺に春宮のアカウントを教えた冬樹の考えを読み解けば、春宮の悩みはSNS上にあるのではないか、ということなのだろう。
そして俺はできるだけ自然に、春宮に探りを入れていく。
「春宮ってSNSのフォロワーの数が凄いよな」
「唐突ですなあ、でも、うん……沢山の人にフォローしてもらってるね。ていうかキクっちSNSやってるん? それならアカウント教えてよ。フォローするから」
「いやあ、俺は一度も呟いたことがないし、別にいいよ。でも二百万人以上にフォローされるって、なにかあったのか?」
俺がそう言うと、春宮は一つ溜息をついて愛想笑いをする。
携帯端末を取り出した春宮は恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「アタシさ、SNSを友達と共有できる日記みたいな感じで使ってたんだ。ご飯の写真とか自分の今日の髪型をアップしたりしてさ。そしたらね、ある日いきなり沢山の人からフォローされて、なんでだろうって調べてみたら有名なヘアスタイリストの人が私の髪型を載せた呟きを拡散してくれたみたいなの」
「有名人に紹介されたってことか?」
「そんな感じ。それでね、その後に外国で有名な歌手のれでぃ・ごご? みたいな名前の人がさらに拡散してね、今みたいな感じになっちゃったんだ。もう、ほんと最初は怖かったんだよ、携帯がブブブってずっと通知鳴りっぱなしだったからさ」
相槌を打ちつつ、状況を確認していく。
春宮は特徴のあるサイドテールが印象的だ。その髪型をSNS上に投稿して有名人の目に留まり、春宮自身のアカウントも沢山の人から支持を得た。
そして冬樹が俺に春宮のアカウントを見せてきたということは、学校内でも春宮はSNS上の有名人として認識されているのだろう。
マンモス校と呼ばれる守邦高校でも、二百八十万ものアカウントからフォローされている人物はそうはいないと思われる。クラス内での女王様といえば陽代美莉愛だが、SNSにおける女王は目の前にいる春宮なぎさなのだろう。
「それで、SNSで変な人から絡まれたりとかしてないか?」
「ううん、されてないよ。アタシのフォロワーさんってほとんど女の子だし、みんな優しい人だったり、髪型を褒めてくれる人ばかりだよ。最初は変なアカウントの人からしつこく取材させてってメッセージきてたけど、サオリンに相談したら無視していいって言われてからブロックしたし」
「つまり、SNSでは特にトラブルはないってことか?」
「うん、そうだね」
どうやら、冬樹の当ては外れたようだ。
SNS上の問題も解決済み。しかし、SNSに何かしらのヒントがないかと春宮の投稿を見直してみる。
今日の春宮の髪型は、サイドテールの周囲を三つ編みの三連ロールで縛り、その中心を花簪が刺さっており、なかなかに独創的で手の込んだ髪型をしている。
その髪型部分が今日の朝投稿され、すでに八万を超す高評価がついている。
「春宮って、髪型の写真はいつ頃からSNSに投稿をしているんだ?」
「一年の二学期頃からかな。朝髪型を造るときに新しいのできたなあって思ったらアップしたりしてるの。毎日って訳じゃないけどね」
「なるほどな」
さて、どうしたものか。
以前春宮と話をした時は自身の小柄な身体にコンプレックスを抱いていた。しかし、それについてはぶら下がり健康器で対策済み。今更彼女の近くにいる陽代美たちが心配をする事柄ではないだろう。
そこで、ふと疑問を抱いた。名前だ。
「春宮ってさ、皆からは『ハルミィ』って呼ばれてるよな?」
「うん、そう呼んでもらってるね」
「疑問なんだが、陽代美って仲のいい冬樹とかでも『沙織』って下の名前をそのまま呼んだりしているよな? でも春宮のことはあだ名で呼んでるけど、なにか理由があるのか?」
我らが女王様は公平な物言いをする人物である。
五月頃にパンケーキ屋へ行った時も、俺が陽代美からあだ名で呼ばれていることをクラスメイトである大秋たちから珍しがられた。
今にして思えば、陽代美は女子でも大抵苗字か名前をそのまま呼んでいる。しかし、春宮だけは例外だ。
俺が質問をすると、春宮はエヘヘと笑いながら少し困ったような表情をした。
「キクっち、よく気づいたね」
「ああ、俺は違いが分かる男だ」
「これこれ、自分で言わない。ううんとね、アタシの名前って『なぎさ』って名前なんだけど、キクっちはどう思う?」
「ん? いい名前じゃないか。お洒落にも聴こえるし、カッコイイ感じがすると思うぞ」
「そう、それなの。アタシの名前って他の人からしたらそんな感じなの。でもさ、実際のアタシは身長も低くてちんちくりんじゃん? だからさ、仲のいい人には『ハルミィ』って呼んでもらってるんだ。そっちの方が可愛い感じだし」
子は親を選べない。それと同じように名前も選べない。
法律上、名前の変更は届出をして受理されれば変更できるが、そんな法的な処置ができると知るには幾分か世の中を経験し、歳を重ねなければわからない。
つまるところ、春宮は自分の名前にもコンプレックスを感じていた。しかし俺からしてみれば少し贅沢な悩みだとは感じる。
俺なんて平太だぞ。平たくて太いんだぞ。意味が分からないよ。
しかし、これは困った。
春宮はあらゆる悩みを抱えながらも、既に対策を施している。
俺の出る幕ではないのでは、と思ったところで春宮は大きく溜息をつき浮かない顔を一瞬見せた。
これだ。陽代美や冬樹が心配する、春宮が何かに悩んでいると感じさせるのは今の表情だ。
「どうかしたのか?」
「ううんとね、実は最近ネタ切れ気味なんよね」
「ネタ切れ?」
「うん、髪型のね。最初はさ、SNSで沢山の人に髪型を褒められて嬉しかったんだ。でもさ、色んな髪型をアップしていくうちに新しいのが思いつかなくなってきて、髪飾りとかで色々してたんだけど、髪飾りって結構高い物もあるんだよね」
「ほうほう」
「それでさ、色々買ってたらお金なくなってきちゃって。それでね、今日はキクっちにお願いがあるんだ」
「……うん?」
「アルバイト、紹介してくれない?」




