女王様とお買い物
この物語はフィクションです。
犯罪行為、反社会的行為を推奨するものではありません。
七月の初旬。
梅雨も去り、守邦高校では衣替えも行われ、ほとんどの生徒たちが半袖のシャツを身に纏う今日この頃。
昼休みになり、昼食であるカレーパンを腹に収めた俺はぼんやりと外を眺め明日からの予定を考えていた。
バイトをしているドーナツ屋が、店内改装のため明日からの土曜と日曜が休みになる。
これまでは週末の土日のどちらか、もしくは両日バイトが入っていたりした為、二日間の連休はテスト前を除けば今年の正月以来となる。
土曜朝の新聞配達が終われば、久々に自由な時間がもてることもあり、父からキャンプ道具でも借りてソロキャンプにでも行こうかと考えていた。
「キク」
声のする方に振り返れば一人の女生徒、我らが女王様である陽代美莉愛が立っていた。
彼女は俺の名前を呼びつつ、金と銀の中間にあるような長い髪をなびかせながら、俺の前の席に座る。
「そろそろ、いいよね」
「……なんの、話かな?」
「バイク。七月になったら後ろに乗せてくれるって約束した」
約束をした覚えはないのだが。
陽代美の中では、夜遅くに食事をして、俺のバイクを見た時からすでに二人乗りをすることが決まっていたようだ。
できることなら断りたい。バイクは危険な乗り物でもあり、俺も公道にデビューをして一ヶ月ほどしか経っていない。
「陽代美、バイクは危険な乗り物なんだ。それに俺もまだバイクの運転に自信がある訳じゃないから――」
「大丈夫、私はキクのこと信じてるから」
おやめください、女王様。
そんなセリフをクラスメイトに聞かれれば誤解をされることは請け合いだ。幸い、近くには誰もいないのでほっと胸をなでおろす。
それにしても陽代美の意思は固い、これでは俺の方が折れるしかないだろう。覚悟を決め、彼女の信頼に応えることにしよう。
「わかった。陽代美はヘルメットとか持ってる?」
「ううん、持ってない。やっぱり必要?」
「着用義務があるからな。できればプロテクター入りの上着なんかも着て欲しいけど」
「うん、キクの言う通りに揃える」
「お金とか大丈夫?」
「お義父さんからカードを渡されてて、月に十万までなら好きに使っていいって言われてるから。足りるかな?」
「――ッ。充分だと、思うぞ」
格差社会とはこのことか。
俺も彼女の用品購入費用を一部は負担しようとしていたが、要らぬ心配だった。
陽代美は両親が離婚をして再婚したと言っていた。彼女の言う父は、血の繋がらない親であり連れ子である彼女に気をつかったりもするのだろう。
それにしても子供に月十万を好きに使わせるとは、菊地家とはえらい違いである。
その後、陽代美とは明日、バイク用品を買いに行き、明後日は峠にツーリングに行くと約束をして昼休みが終わった。
***
土曜日。
朝の新聞配達が終わり、シャワーを浴びて仮眠をとろうとしても眠れない。
よくよく考えてみれば、女子と二人で買い物へ行くなんて初めてだ。俺も一介の男子高校生であるが故、気持ちを落ち着かるためにバイクの洗車をすることにした。
夏の日差しが降り注ぎ、着ていたシャツにじんわりと汗がにじむ。
バイクのシートを拭いて行く最中に、明日ここに陽代美が座るのかと考えると不思議な気分になる。一年前なら考えられなかったことが起きようとしているのだから。
そして部屋に戻り汗で濡れたシャツを着替え、待ち合わせの時間潰しにテレビを点けた。
昼前の番組では、普段見ないバラエティ番組の再放送がされており、恋人に何を求めるかの街頭インタビューが映し出されている。
『恋人にしたい人のタイプを教えてくださぁい』
『ええッ、そうですねえ……やっぱり話が面白い人がいいなあ。私は話を聞いているだけでも、楽しませてくれる人がいいですねえ』
インタビューに答える女性の言葉を聞いて妙に納得した。
俺は人と話をする時、特に相手を楽しませようとしてはいない。どうりで俺に恋人ができない訳だ。
昼になり、待ち合わせ場所でもある守邦駅に向かう。
するとそこには、私服を身に纏った彼女の姿があった。
「ごめん、待たせた」
「ううん、私も今来たところ」
なんだこれ、まるでデートの待ち合わせのようだ。
待ち合わせていた時間の十五分前に到着をしたのだが、色白な彼女を炎天下のなかで待たせたのは少々心苦しい。
そして彼女の私服を、改めて見て溜息を溢す。
白いシャツに、少し屈めばパンツまで見えそうな短いスカートにビーチサンダル。まさにギャルといった服装に頭を抱え、どう説明するべきか思考を巡らせる。
「どうしたの、キク」
「あの、明日はデニム生地の長いズボンとか、履いてきてもらえると助かるんだけど」
「どうして?」
「バイクってさ、エンジンのところとか凄い高熱だったりするんだ。陽代美が運転するわけではないけど、火傷を防ぐためにも一応……」
「うん、わかった。スキニーとかでも大丈夫?」
「ああ、多分大丈夫」
彼女の言うスキニーが何かはわからないが、長いズボンであれば今の短いスカートよりは幾分かマシだろう。
あとは足に履く靴に関してもツッコミたいところではあるが、それはあとでも構わない。
陽代美の脚は白く、そして細い。彼女の脚に傷がつくようなことは避けたい老婆心からだろうか、陽代美の安全のためにも多少厳しくも注意をしていこう。
そして駅で切符を買い、電車に乗り込む。
向かう先は数駅離れたバイク用品店。実際にサイズを確かめながら用品の吟味ができる有難い存在だ。
黒い外壁の二階建ての用品店に入れば、店内にいた別の客たちが一斉に陽代美に注目をする。
最近では女性の客が増えたバイク用品店でも、陽代美のような今時のギャルが店に訪れるのは珍しいのだろう。それに彼女は街中を歩けば誰もが振り返る美少女だ。
変な輩に絡まれないよう、彼女のそばを離れることのなく、店内のヘルメットコーナーへ足を進める。
「最初はヘルメットを選ぶの?」
「そうだな、頭部を守る一番大事なところだから――」
ヘルメットの説明をしようとした矢先に、陽代美は一つの商品に手を伸ばす。
彼女が手にしたのは頭部のみを覆った、つば付きの半ヘルメットだった。
「これ、かわいい」
どうやら陽代美は、桃色の半ヘルメットを気にいったらしく、俺のほうへ向き直り「これでいいかな?」と聞いてきた。
法律上はダメではない、街中を走るぶんなら半ヘルメットでも問題はないだろう。しかし、個人的にはあまり勧められない。
「できれば、こっちの顔全体を覆ったフルフェイスのヘルメットにして欲しいんだが……」
「どうして? こっちのほうが安いし、デザインも好きなんだけど」
陽代美の言う通り、半ヘルメットはフルフェイスのヘルメットに比べてコストパフォーマンスは優れている。だが、明日向かうのは峠であり危険も多い。
どうにか彼女を説得できないかと思い、昔バイク屋さんで聞いた話を彼女にすることにする。
「陽代美は虫とか平気か?」
「え、虫?」
「ああ、少し前に聞いた話なんだが、半ヘルメットを被って峠に繰り出したライダーの人が言っていたんだ。昔、峠を走っている最中にクワガタが顔にぶつかってきて、クワガタの角が頬に突き刺さり頬を三針縫う大怪我を――」
「わかったっ、わかったから。キクの言う通りフルフェイスのヘルメットにする」
どうやら、陽代美は考えを改めてくれたようだ。
実際のところ、そこまで速度を出さなければ頬に虫が突き刺さる現象は起こるはずもないのだが、綺麗な顔をした彼女に傷がつくのは忍びない。
そこで、購入の対象をフルフェイスのヘルメットに移し、再び用品の品定めをしていく。
「どれがいいかな……キクはどのヘルメットを使っているの?」
「俺はSHOEIのヘルメットを使ってるよ。信頼できるって意味ではARAIのヘルメットでもいいと思うけど」
「ううん、よくわからないからキクと同じのにする」
「いいのか? 結構高いけど」
俺が使用しているヘルメットは約四万円。高校生ではなかなか手が届かない代物である。
彼女に俺が愛用しているヘルメットを紹介する。すると、彼女は満足したようにショーケースにあるヘルメットを眺めている。
「キクは何色のヘルメットを使ってたっけ?」
「黒だよ。セールで少し安かったから」
「そっか。それなら私は白にする」
流石は我らが女王様。即決である。
用品店の店員さんに幾つかのサイズを出してもらい、我らが女王様はそのヘルメットを試着していく。
そして、丁度いいサイズのヘルメットが決まり、後ほど会計をまとめてする旨を店員さんに伝え、次はジャケットコーナーへ移動をする。
父の話によればバイク用の衣類も昨今は充実してきたらしく、街中を歩いても普段のお洒落着とそん色のないライダー用ジャケットが増えてきたそうだ。
女性用の衣類も特別コーナーが設置され、店側も力を入れているのだと感じ取れる。
「沢山あるね、どれがいいかな?」
「そうだな、男性用と女性用では違いがあるからこれがいいってのは言いづらいけど、陽代美が気に入ったものでいいんじゃないか」
「そうなんだ。どれにしようかな」
そう言いながら陽代美はジャケットの吟味を始めた。
男性用と女性用ではプロテクターの位置が異なったりして、これといって勧めることが難しい。
陽代美は幾つかのジャケットを取ったりして品定めをしていき、白色のミリタリールックであるジャケットを俺に見せてきた。
「これなんてどうかな?」
「ああ、いいと思うぞ。プロテクターもしっかりしているし」
「うん、じゃあこれにする」
陽代美は値段を気にすることなく即決した。
彼女が選んだのはロッソスタイルラボのメッシュジャケット。お値段一万八千也。
「他に何か買うものはある?」
「あとは隣の店でいいかな」
「そっか、それじゃあお会計してくるね」
陽代美が店員さんに連れられ、レジまで行くのを確認して、俺はこっそり一つの用品を手にして別のレジで会計を済ませる。
本音を言えば嬉しかった。俺の趣味に大金を出して付き合ってくれる彼女に感謝の気持ちを伝えるにはどうしたらいいか。安直な考えだが、贈り物をおくることにした。
結局は彼女に対する押し付けではあるが、少しでも安全にツーリングを楽しんでもらいたいのだ。
会計を済ませた彼女からヘルメットの箱を受け取り店を出る。
そして次に向かう先はバイク用品店の隣にあるホームセンターだ。
「ここでは何を買うの?」
「安全靴だ。陽代美は鉄板入りの靴とか……持ってないよな?」
「うん、持ってない。必要?」
「必ずというわけではないが、あったほうがいいな。道路に足を出すってことは、車に足を踏まれる危険もあるから」
「そうなんだ、大変なんだね、バイクに乗るのって」
陽代美の言葉に申し訳なさが募る。
これは俺のエゴだ。彼女に少しでも危険が及ばないようにしようとして負担をかけている。しかし、陽代美は嫌な顔一つせずホームセンターの店内を進んでいく。
それから、彼女の足に合う安全靴を吟味して、灰色の安全靴を購入した。
本来であれば、バイク用品店に置かれているブーツを買えばいいのだが値段的には勧めづらい。
ホームセンターの安全靴であれば、数千円で購入できる。見た目は不恰好だが、彼女の足元を守り、お財布にも優しい値段設定だ。
そして、会計へ向かう前に彼女は脚を止め、とある商品群に目を止める。
「ねえ、キク。ヘルメットにステッカーって貼ってもいいかな?」
「うん、いいけど」
「それじゃあ、これも」
そう言いながら彼女は一つのステッカーを手に取った。
どんな物を選んだか確認する間もなく、彼女は二つの商品の会計を済ませる。
心なしか、ホームセンターを出た後の上機嫌な我らが女王様と歩き、帰りの電車に乗り込む。
休日の夕暮れ時。電車内は閑散としており、苦労することなく俺と陽代美は電車の席に座る。かさばる荷物を降ろし、一息ついていると陽代美は先ほどホームセンターで買ったステッカーを取り出した。
「キク、ヘルメット貸して」
「ああ、ここで貼るのか?」
「うん」
預かっていたヘルメットの箱から新品の品を取り出し彼女に渡す。
すると、彼女は白いヘルメットに、菊の花があしらわれた白いステッカーを貼りだした。
「なんで菊の花のステッカーを?」
「なんか、可愛いなって思ったから」
俺からしてみれば、少々族っぽいなと思うのだが陽代美は気に入ったご様子。
しかし、白のヘルメットに白のステッカーとは。どうせなら赤色とか黄色にすればいいのにと思いつつ、彼女はご満悦の表情でステッカーを貼り終え守邦駅へ到着した。
陽代美から大きな荷物を預かり街を歩く。
向かった先は彼女から初めて相談を受けた喫茶店兼バーのお店だ。
そこで二人そろって早めの夕食を取ることにして、食前の飲み物を頂きつつ明日の計画を練る。
「明日は何時から行くの?」
「そうだな、朝の六時でどうかな」
「ろ、六時? 随分と早いね」
「ああ、朝早い方が車とか少ないから。もっと遅い方がいいか?」
「だ、大丈夫。ちゃんと起きれるよ。うん、少し前までは私も起きてたんだし、多分大丈夫」
陽代美、実は朝が苦手だったりするのだろうか。
まるで自分に言い聞かせるように「朝の六時、朝の六時」と念仏のように唱える彼女の表情は真剣そのもの。その姿に思わず申し訳なさが募る。
普段、新聞配達のために午前四時前に起きている俺からすればなんてことない起床時間でも、彼女からすれば負担になるかもしれない。
「陽代美、別の時間でも全然いいから」
「ううん、キクの言った時間通りにする。私、ちゃんと起きれるから」
そう言いつつ、目尻を上げてやる気を見せる陽代美。
どうやら、我らが女王様は少々頑固のようだ。




