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女王様との約束

 体育祭当日。

 空模様は快晴、午後になれば長袖を着ていると汗ばむくらいの陽気になりそうな朝の空模様。

 朝のHRが終わり、空き教室にある椅子を来賓席や保護者席に運び体育祭の準備をする。

 グラウンド上には均等に白線が引かれ、通常の競技場とは違い十に分かれたレーンに思わず関心をする。

 

 全校生徒が集まった開会式が終わり、グラウンド内では一○○M走の準備が行われる。

 トラック競技などの出場者は、各クラスの代表が男女三名ずつ。一度に十名が走る姿はなかなかに見応えがある。

 各競技には順位によって点数が異なり、一位が十点、十位が一点となる。予選では上位三名が決勝へと進み、一人の選手が予選と決勝で一位を獲得すれば、合計二十点が選手のクラスへと付与される。

 団体競技ではA組からE組までが紅組、F組からJ組までが白組に分かれ、勝利した組全てに三十点が加算される。


 そして、俺が出場するクラス別対抗リレーは一位で百点、二位でも九十点が獲得できる。一発逆転が狙える競技でもあり、各クラスが精鋭を投入してくることは火を見るよりも明らかだ。


「ハルミィ、はっやーい」


 グラウンド内では二年女子の一○○M走が行われており、春宮が三位でゴールしたようだ。肩とサイドテールを揺らし、ゴールをして大きく息をする春宮にクラスの女子たちが声援を送る。

 他のクラスメイトも高順位に入り、二年C組は好スタートを切ったといえる。

 そして、競技を終えて戻ってきたクラスメイトを大半の生徒たちが出迎える。


「ハルミィ、かっこよかったよ」

「えへへ、ありがとリアチィ。キクっちのアドバイスのおかげだよ」


 決勝へと駒を進めた春宮を陽代美が抱擁で出迎える。

 他のメンバーもクラスメイトたちとハイタッチをしながら労う姿は、仲のいいクラスそのものだ。


 男子二○○M走ではリレーのメンバーでもある酒井くんがぶっちぎりの一位でゴールする。黄色い声援を受けながらも、爽やかな笑みを崩さない酒井くんは頼もしい限りだ。

 そして意外なことに、女子のほうでもギャル五人衆の一人江夏が一位を取りC組の待機場所は大いに盛り上がる。


「江夏、脚速いんだな」

「ええ、優里奈はスポーツ全般得意よ。バスケとかバレーとか、器用なのよね、あの子」


 隣にいる大秋が誇らしげに友人を語る。

 羨ましい限りだ、俺なんて走ることはできても球技は苦手だ。ここにはいない江夏に尊敬の念をおくる。


 女子四○○M走では我らが女王様こと陽代美の出番だ。

 トラックを駆ける陽代美の姿は勇ましく、圧巻の走りで一位となる。流石は我らが女王様だ。リレーのメンバーに志願するだけのことはある。


「そういえば、大秋はどの種目に出るんだ?」

「私は一○○M走だけよ。ダルかったから補欠の子に交代してもらったのよ」

「……なるほど」


 流石は不良だ。面倒なことはサボる主義なのだろう。俺もリレーしか出ない身なのでとやかく言える立場ではない。

 そして競技が進み、一五○○M走で裏の女王こと冬樹の出番となるのだが、圧倒的な最下位でゴールした。普段は偉そうな態度をとる冬樹だが、グラウンドの彼女はいつもより少し小さく見えた。


「冬樹は、運動苦手なんだな」

「そうねえ、沙織は胸が大きいから、走ると痛いんじゃないかしら?」

「……大秋も走るの苦手なのか?」

「なあにい、キクっち。目がエロいわよ」

「そ、そんなつもりは断じてない」


 危ないところであった。

 大秋にセクハラ発言なんてしようものなら、大柄で強面の阿久津先輩から呼びだされかねない。

 巨乳な大秋からは目を逸らして、実況席近くにある各クラスの得点盤を見れば、二年C組がトップの成績だと表示されている。このまま行けばリレーの責任も幾分か軽くなるだろうと思い、楽な気持ちでクラスメイトの雄姿を見守る。


 昼休み。

 親が見に来ている生徒は家族と食事をしたりする体育祭だが、高校生ともなれば家族が見に来ていることは稀である。C組の教室はいつもと変わらず、賑やかな食事風景が拡がっていた。

 そして、俺は珍しく母特製の弁当を持参していた。普段働いている母も今日は日曜日で休みだからということもあり、気まぐれに作ってくれたのだ。

 昼食代が浮き、ルンルン気分で弁当を開けば、海苔のついたおにぎりが二つに唐揚げが三つ、その他にもベーコンで巻かれたアスパラガスやブロッコリーなどが入っていた。


「キク、今日はお弁当?」

「ああ、陽代美もか?」

「うん、一緒に食べよ」


 そう言いながら陽代美は俺の前の席に座り、一つの机に二つの弁当が広げられる。

 陽代美の弁当はご飯とおかずの二段に分かれた小さな弁当箱で、女の子らしい弁当だと感じた。

 食事の最中に話を訊いてみれば、春宮と冬樹は家族と食事、江夏と大秋はコンビニへ行ったようだ。

 そこで俺は悪戯心が働き、陽代美に取引きを持ち掛ける。


「なあ、陽代美。おかずの取り換えっこをしないか?」

「うん、いいよ。私はハンバーグあげる」

「それじゃあ俺はブロッコリーを進呈しよう」

「……キクの意地悪」

「すまん、冗談だ。から揚げでどうだ?」

「二つなら許してあげる」


 女王様は強欲であった。

 から揚げ二つを献上し、替わりにハンバーグを一切れ頂く。

 彼女からもらったハンバーグを口に運べば、先日喫茶店で食べたハンバーグに勝るとも劣らない食感に舌鼓を打つ。どうやら手作りのようで、手の込んだ弁当なのだと窺い知れる。

 向かいに座る陽代美は、から揚げを頬張りつつ満面の笑みで食事を進める。どうやら母特製のから揚げを気に入ってくれたようだ。


 食事を終え、二人で二年C組の待機場所へ戻る。

 陽代美は応援合戦のダンスに出場するらしく、準備のため既に集まっていたダンス出場者の輪の中へ入っていった。

 待機場所に残った俺は特にすることもなく、ぼんやりと他の生徒たちが待機場所に戻る光景を見ながら午後の競技が始まる。


 午後の部、最初に行われる競技は応援合戦だ。

 先に三年生による応援合戦が行われ、次に、一年生と二年生合同のダンスが執り行われる。

 ダンスといっても本格的なダンスとは違い、フィルムで作られたポンポンをチアリーディングのように音楽に合わせ振るう程度のものだ。男子も数名混じってはいるが、参加している大半は女子だ。


 しかし、そこで、嫌な光景を見る。


 陽代美が倒れた。

 隣にいた女生徒とぶつかったらしく、倒れた彼女を複数の生徒が助け起こしている。


「莉愛、変な転び方したよね?」

「……ああ」


 隣にいた江夏の言う通り、陽代美は不自然な転び方をした。

 大丈夫だろうかと心配をしていたが、陽代美は何事もなくダンスを踊りきり応援合戦は終わりを迎える。

 そして、次の競技である保護者会兼PTAによるリレーが始まっても、ダンスに出場した陽代美たちは戻ってこなかった。

 どうしたのだろうと心配していると、三年生の青い体操着を着た柴原先輩が屈強な男連中を引き連れ、俺たち二年C組の待機場所へと訪れた。


「おおい、菊地くん。ちょっといい?」

「柴原先輩、なにかあったんですか?」

「それがさ、さっきの応援合戦のあと、莉愛ちゃんが沙織ちゃんとハルミィちゃんに連れられて救護室に向かったみたいなんだけど。あれ、大丈夫なんかな?」


 柴原先輩の言葉を聞いて戦慄する。

 先輩に礼を言い、大秋と江夏と俺の三人で救護室とされているテントに走って向かえば、救護室の近くに人だかりができていた。よく見ればクラスメイトの女子たちであり、中心を覗けば陽代美がうずくまり、隣には冬樹と春宮がいた。


「菊地っ、丁度よかった。今からアンタを呼ぼうとしていたの。ダンスの最中に他のクラスの子とぶつかって莉愛が脚を挫いたのよ。元陸上部なら少しは脚の状態も見れるでしょ?」

「――ッ。ああ、わかったっ」


 もう秘密兵器だなんて言っていられない。女子たちの間を抜け、冬樹の言う通り座っていた陽代美に近寄り跪く。

 彼女の左脚をみれば、左足首がほのかに赤く腫れあがり捻挫をしているようだった。

 痛ましい姿に心を痛める間もなく、状況を察する。


「どうなのっ、菊地。何か言いなさいよ。この脚じゃリレーを走るなんて無理でしょ?」


 救護室の近く、陽代美の悔しそうな顔。

 この脚を養護の先生が見れば、一発でドクターストップがかかるだろう。

 地面の砂を掴み、救護室へ運ばれることを拒んでいる様子の我らが女王様。

 冬樹よ、なんて残酷なんだ。これでは俺に処刑勧告をしろと言っているようなものだ。


「……はあい、皆はクラスに戻って。他の競技が始まるわよお」


 大秋が人払いをして、この場にはギャル五人衆と俺だけが残る。

 動こうとしない彼女に、できるだけ優しく話しかける。


「陽代美。この脚じゃリレーを走るなんて無理だ。補欠の人に代わってもらおう」

「……どうして、キクが……そんなこと言うの」

「え……?」

「約束、した……一緒に、頑張ろうって……言った、のに」


『一緒に頑張ろうね』


 約束をした覚えはない。

 出場種目を決める時の、教室で交わした何気ない会話だったはずだ。

 しかし彼女は、大粒の涙を溢し、声を震わせる。


「莉愛、わがまま言わないで。菊地も無理って言ってるじゃない。後のことは私たちに任せて、救護室で休んでいていいのよ?」


 冬樹の優しい声にも陽代美は頭を振り、その場から動こうとはしない。


 どうするべきか。

 陽代美の左足首は赤く腫れている。骨にひびが入る程ではないだろうが、無理は禁物だ。しかし、彼女はリレーに出ることを望んでいるようだ。

 普通の人であれば止めるところだ。でも、俺は、陽代美の友達だ。

 ならば、やることは一つしかない。


「春宮、養護の先生からテーピングテープと氷を貰ってきてくれないか?」

「う、うんっ。わかった」

「ちょっと菊地っ、まさか莉愛を走らせるつもりっ」


 知ったことか。俺は医者ではない、彼女が走りたいと望むのであればその通りにするまでだ。

 戻ってきた春宮からテーピングを受け取り、足首に巻いていく。


「陽代美、よく聞いてくれ。テーピングをした後は氷で捻挫したところを冷やしておくんだ。クラスの待機場所に戻ったら椅子の上に足を載せて、地面に横になって安静にしていてくれ。そして、リレーが始まる前にもう一度テーピングをきつめに巻きなおす」

「……うん、ありがとう、キク」

「そのかわり、体育祭が終わったら必ず病院へ行くと約束してくれ」

「わかった……約束する」


 隣で呆れる冬樹をよそにテーピングを巻き終える。

 陽代美は俺の判断に満足をしてくれたのか、優しい笑みを向けてくれる。ありきたりな約束ではあるが、冬樹を納得させるための落としどころだ。

 そして放送が鳴り、一○○M走決勝の選手が入場門への招集がかかる。そこで大秋がパンッと手を叩く。


「それじゃあ皆、動くわよ。ハルミィは一○○M走の決勝だから、このまま入場門に向かって」

「う、うん」

「優里奈はヒナちゃんに莉愛が出場するはずだった午後の競技を補欠の人に出てもらうことを伝えて。ただし、足を痛めてるなんて言っちゃダメよ。頭痛がするとかで適当にごまかして、リレーには出るから」

「それは、わかったけど。ここは任せていい感じ?」


 大秋が頷き、俺は春宮からアイスパックを受け取り、二人が駆け出していく。流石は皆の頼れる姉御だ、こんな状況でも落ち着いている。

 立ち上がろうとした陽代美に手を貸そうとするが、隣にいた冬樹に割って入られる。


「私が連れていくわ。もうこれくらいしか、できそうにないもの」

「……ああ、頼んだ」


 身長が同じくらいの冬樹が肩を貸せば、陽代美にも負担が少ないだろう。

 ゆっくりと歩く二人の後ろ姿を見て、今さらながら罪悪感に苛まれる。俺の判断は、間違っているのではないか。


「それじゃあキクっち、莉愛のこと、任せたからね」


 そう言いながら大秋は俺の背中をポンッと叩いて、クラスの待機場所とは別方向に向かって歩き出す。


「大秋は、クラスに戻らないのか?」

「ええ、少し用事を思い出したの。先に戻ってて」

「わかった」


 大秋と別れ、二人に追いつく前に椅子を一脚借りてクラスの待機場所へと戻る。

 陽代美を心配したクラスメイトたちを冬樹がなだめ、俺は椅子を待機場所の中央へと配置する。

 冬樹の話によれば、陽代美はリレーの他に四○○M走決勝と大玉転がしにも出場予定で、補欠の生徒へ話をするべく冬樹はその場から離れる。


 俺は長袖の体操着脱ぎ、地面に敷いて陽代美をその上に寝かせる。椅子の上に彼女の左脚を載せて、捻挫した箇所にアイスパックを押し当てる。

 周りにいる他のクラスメイトは心配をする声をあげ、クラス全体が動揺していることが肌で伝わってくる。

 

 体育祭において、彼女は二年C組の中心人物であり主力だ。

 そんな彼女が傷ついた姿を見せれば、高まっていた士気も下がりかねない。

 

 どうやら、二年C組は緊急事態のようだ。


***


「いだいいだいいたい、やめてっ、髪を引っ張らないでえええ」

「あのねえ、バレバレなのよ。どうしてあの子にわざとぶつかったりしたわけぇ?」

「ひっ……だって、彼氏が、アイツのこと……かわいいとか、言う、から」

「なによそれ、アンタに魅力がないってだけじゃない。それにしてもいいピアスしてるわねぇ、これもその彼氏くんからの贈り物かしら。ねぇ、私にも少し貸してよ」

「いだだだだだだっ、千切れるっ、千切れちゃうっ、ピアスなら、あげる、からあっ」

「あ、やっぱいいわ、よく見れば全然私の趣味じゃないし。でもこっちのネックレスは良さそうね」

「かっ……く……苦しっ、やべ、で……やべで、くら、ざい」

「わかった? やったらやり返されるの。当然、アンタも私にやり返しにきてもいいけど、ちゃんと覚悟はしてくるようにね?」

「うっ……ひっ、うぐっ……」

「ちょっと泣かないでよ、これじゃあいじめてるみたいじゃない。……ダメねぇ、私も。こんな相手に熱くなるなんて、ヤキが回ったかしら?」


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