紙一重
「東殿、後ろに敵がいますぞっ」
「マジかよッ、おい西尾、助けてくれッ」
「無茶言うなッ、まだフライパンしか持ってねえよ」
「東、こっち来てッ。アタシ銃拾ったからッ」
「こっちってどっちッ」
昼休みを挟んで、午後の体育祭予行練習中。
グラウンドの中では、上級生を中心とした当日の応援合戦の確認が行われていた。
そして二年C組の待機場所では珍しい光景が繰り広げられており、俺は呆然とその様子を眺めている。
オタクグループの岡部くん、不良の東と西尾、ギャルの江夏が携帯端末を横に持ち、なにやらあぐらをかいて協力プレイのゲームをしている。
昔兄が『オタクと不良は紙一重』なんて言っていた理由が少し理解できた気がする。
普段は相容れない彼らだが、根本的な部分は似通っているのではないだろうか。
己の嗜好を貫き、道を外れたと世間から揶揄されるオタク。
何らかの理由、もしくは自らの意思で道の外へと身を投じた不良。
きっと、通じるところがあるのだろう。
「ふああ、眠たい。優里奈は元気よねえ」と、大秋が俺の隣で欠伸をする。
「大秋と江夏はダンスに出なかったんだな。女子はほとんど出てるみたいだが」
「めんどい、だるい、気が乗らなーい」
「……なるほど」
二年C組が待機するエリアで残っている女子は片手で数えるほど。その中には柳さんの姿もあり、相変わらず文庫本を手にして読みふけっている。
グラウンドに目を移せば、爆音で流れる音楽に合わせダンスをしている女子たちの姿。男子も少なからず混ざってはいるが、九割は髪を染めた派手な装いをした女子たちだ。
「キクっちはゲームとかやらんの? 他の子も遊んでるみたいだけど」
「家では兄ちゃんと遊んだりするけど、携帯ではしないかな。ああいう、銃を撃ったりするゲームは苦手なんだ」
「ふうん、ウチの彼氏と同じね。シバさんに誘われたときも似たようなこと言ってたわ」
「大秋の彼氏さんって、阿久津先輩、なんだよな?」
「ええ、そうよ。ウチの彼氏のこと知ってんの?」
「ああ、さっき陽代美に教えてもらった。その……体格のいい人だよな」
「アハハっ、素直に怖そうって言っていいのよ? 見た目はアレだけど、曲がったことは嫌う人だから」
その言葉を聞いて安心した。
見た目が怖いという意味では大秋も同様だが、こうして話をしていても気さくで気遣いのできる印象が彼女からは感じ取れる。きっと彼氏も同様なのだろう。
「それにさ、あんないかつい顔をしていながら最近は猫カフェにハマってるのよ? 信じられないわよね、彼女を差し置いて猫ばかりと戯れているんだもの」
「阿久津先輩、猫好きなのか?」
「ええ、野良猫の写真を送ったら凄い喜んだりするもの」
ギャップ萌えとはこのことか。
怖そうな人物が、楽しげに猫と戯れたりする場面を想像して自然と心が和む。大秋は不満に感じているようだが、個人的には話したこともない阿久津先輩に親近感を覚える。
そして、何気なく体操着のポケットから携帯を取り出し、待ち受け画面を大秋に見せる。
「こんな感じの猫も好きだったりするのかな」
「あら、可愛いじゃない。キクっちの家で飼っている猫?」
「ああ、バルバトスっていうんだ」
「なんか凄い名前ね……ねえ、よかったら今の画像とか何枚か私の携帯に送ってよ。カレに見せてあげたいから」
「わかった」
先日教えてもらったIDを開き、写真が保存されているバルバトスフォルダから三枚ほど選択し大秋の携帯へ画像を送る。
画像が届いた大秋はこちらに「ありがとう」と言いながら、ニコニコとした表情で端末を操作し、画像を彼氏さんに転送しているみたいだった。
俺は交際経験がない。しかし、恋人の関係になるのであればこんな風になりたいと、二人の関係を少し羨ましく思った。
大秋が眠気覚ましの散歩に行くと言い、二年C組の待機場所から離れる。
話し相手がいなくなった俺は、またもぼんやりと運動場の風景を眺める、すると一人の女生徒から話しかけられた。
「菊地くん、退屈そうだね」
「柳さん、本は読み終わったの?」
「うっかり読み終わった本を持ってきちゃった。新しい本、教室の鞄に忘れてきたの」
手に持った文庫本をペラペラとめくる柳さんも、どうやら退屈をしているらしい。
彼女は先日、絵の世界に情熱を注ぐ岡部くんのモデルを担当した時と変わらず、沈着冷静な表情をしている。
「熱心だね。今はどんな本を読んでいたの?」
「主人公があらゆる問題を不思議な力や仲間との協力で解決をしていく学園物、かな。それに熱心ってわけではないよ、他の皆がゲームをしているのと私が小説を読んでいるのは、多分似ているから」
「ゲームをするのと、本を読むのが似てる?」
「うん、私はそう思うよ。手軽に非日常が味わえるって意味では同じかなって」
「ああ、なるほど」
柳さんの視線の先には楽しそうにゲームに興じている岡部くんの姿がある。端末の画面に向かう彼らは、日常を忘れ非日常に身を投じている最中なのだろう。
「菊地くんはどんな物語が好き? 漫画とか映画とかでもいいから」
「そうだなぁ、最近兄ちゃんに借りた漫画ではイギリスを舞台にしたバトル物の漫画が面白かったな。話は少し難しかったけど吸血鬼が吸血鬼を倒していく感じ。柳さんは?」
「私の好みは、現実世界の日常から一歩外れたくらいのお話が好きだったりするかな。一見地味に見えても、だんだんとお話の中に飲み込まれていくのとか」
「ええと、恋愛小説とか?」
「うん、恋愛物も読んだりするね。菊地くんは恋に悩んだりしてる?」
「してない」
「フフッ、即答だね」
ここでふと気付く。
ゲームをしている岡部くんがチラチラとこちらの様子を窺がっている。
安心してくれ岡部くん。俺は別に柳さんと雑談をしているだけで、お近づきになろうとしている訳ではない。恐らく未来の絵描きは文学少女に恋をしているのだろう、俺は心の中で彼にエールを贈った。
それから応援合戦に出ていた生徒たちが戻り、辺りは急に騒がしくなる。
午後の競技は午前中にあったトラック競技の決勝がメインとなるが、予行練習では行われない。そして、残る棒倒しや大玉転がしといった団体競技の予行が行われ、人の移動が激しくなる中クラス別対抗リレーの出場者が呼び出される。
入場門まで来れば各学年別に整列をしていき、俺は二年C組の一番最後に立つ。
前を見れば、リレーのメンバーである三人が談笑をしている。そんな様子を眺めつつぼんやりとしていると、隣に立った男子生徒から話しかけられる。
「あれ、へえちゃん? もしかしてリレーに出るの?」
「ああ、そうだ。卓もか?」
「うん、うちのクラス誰も出たがらなくってさ。委員長の僕が出る羽目になっちゃったよ」
大変だなといって俺と卓は肩を並べる。
卓球部のエースでもある彼は昔から運動ができて人望も厚い。同じクラスの人から頼られるのも頷ける。
「それにしてもへえちゃんがリレーかあ……久しぶりなんじゃない? 運動場を走るの」
「そうでもない。体育の時間に走ったりするからな」
「いやいや、体育の時間一緒だから見てたけど、いつも本気で走ってなかったじゃん。もしかしてへえちゃんがアンカー?」
「それは……秘密だ」
「隠さなくていいよ。でもやばいなあ、へえちゃんがいるってことはC組の人たちガチで本気ってことじゃん」
残念ながらそれは違う。
俺はただ冬樹に言われてここにいるだけだ。それに、体育祭なんて所詮お遊びみたいなものであり、本気で走る気なんて毛頭ない。適当に流して走ればいい。
リレーの他のメンバーは優秀な人物ばかりだ。そんなに気負う必要もないだろう。
なにせ、陸上に全てを捧げていた菊地平太はもういないのだから。
待機していた入場門から進み、グラウンド内に入りルール確認が行われる。
体育祭のしおりに記載されていた通り、第一走者はセパレート。第二走者はレーンでバトンを受け取りオープンコース。第三走者、第四走者は前の走者がトラックの半分にきたところでバトンを受け取る位置が変わる説明が矢継ぎ早に行われる。
そして、第一走者の一年の生徒たちが実際のスタート位置を確認していく時に、グランド内で暇になったリレーのメンバーは再び雑談を始める。
「それにしてもさ、C組の人たちって本当に仲がいいよね」
「え?」
隣に立つ卓の言葉を聞いて前を見れば、先ほどと変わらず楽しそうに会話をしている三人。前に立つ陽代美の耳がぴくぴくと動いたように見えたが、きっと気のせいだ。
「そうか? 別に普通だろ」
「そんなことないよ。うちのクラスとかさ、いじめがあって不登校になった人とかいて一時期ギスギスしてたりしたもん。あーあ、僕もへえちゃんと同じクラスがよかったなあ」
卓は両手を頭の後ろに廻しながら笑みをこぼす。
それは俺も考えなかった訳ではない。もしも、卓と同じクラスならどんなに心強かったか。クラスに同じ中学出身の生徒がいないとわかって、幸運だと感じ不運だとも感じた。
それでも、これまで平穏に過ごせてきたことに目の前にいる陽代美とここにいない冬樹に感謝せざるをえない。彼女たちがいてくれたからこそ、今の菊地平太があるのだ。冬樹はムカつくけど。
そして予行練習は進み、クラス別対抗リレーの練習が終わる。
クラスの待機場所に戻れば、変わらず江夏たちがゲームに勤しんでいた。
「ギャアア、やられたあ。くっそお、二位かあ。あとちょっとだったのに」
「ナイスファイトです、江夏殿。惜しかったですなあ、最後は三人も残っていましたから仕方ありませんよ」
「つうかよ、途中で西尾が俺のこと撃たなけりゃ、回復してくれる岡部っちが撃たれることなかったんじゃね?」
「仕方ねえだろ、敵と間違ったんだからッ」
不良の東と西尾が言い合いをしながら、周りにいたC組の生徒たちからは温かい笑みがこぼれる。
守邦高校に入学して、こんな光景がどこでも行われていると俺は思っていた。
でもそれは、隣のクラスの親友からすれば違って見えているようだ。
「キク」
話しかけられた方に振り返れば、嬉しそうな陽代美の姿がある。
胸の前で両手の拳を握る彼女は、いつになくやる気に満ち溢れている。
「体育祭、頑張ろうね」
「うん、そうだね」
熱意ある陽代美の反面、俺はどこか冷めた心持ちをしていた。
リレーを走ることになっても、結局は人に言われて走ることに変わりない。昔に逆戻りだ。
俺は逃げた。陸上から、顧問から、同級生から。
正しい判断だったかはわからない。顧問に陸上を辞めると告げた時も『お前は間違っている、この先後悔するぞ』なんて言われたが後悔なんてしていない。
自分の思うままに走りたい、そう願うのはいけないことなのだろうか。
「キクちゃん聞いてくれよ、ひっでえんだぜ東のやつ。俺のこと戦犯扱いしやがるんだっ」
「え?」
「ブハハっ、だっせえ西尾のやつ。キクちゃんの後ろに隠れてんじゃねえよ」
言い争う二人に挟まれ、ふと思う。
不良とは日頃の行いや品行が悪い者をさす言葉であり、誰が敷いたのかもわからない社会のレールから外れた者たちだ。
オタクでも不良でもない。それでも人と距離を置いた俺は道から外れた人間だと見られるのだろう。
もしかすると、俺も不良とは紙一重の存在ではないだろうか。




