推薦
「いいか、今日中に体育祭の出場種目を決めるように。生徒一人につき一種目は必ず出場するんだぞ。そして体育祭の前に中間テストがあることも忘れるな。それでは冬樹、陽代美。あとは頼むぞ」
今日の一限目はLHR。体育祭の出場種目を決めるための話し合いだ。教壇を降りた雛形先生からクラス委員長である冬樹と、副委員長の陽代美にLHRが託された。
そして陽代美が黒板に各競技名を板書していくなか、冬樹が教壇の前に立つ。
「それじゃあ今配った体育祭のしおりを開いて。最初の競技から順番に決めていくから、出たい競技があったら手を挙げて。各競技には人数制限があるから、定員オーバーしたときはじゃんけんで決めましょう。それじゃあ最初は一○○M走から」
冬樹の合図と同時に複数の生徒が手を挙げる。
そして去年と同様に、俺は静かに事の成り行きを見守る。
焦ってはいけない、一○○M走は確かに短いし、すぐに終わる。だが生徒数の多い守邦高校では一○○M走で勝ち抜いてしまった場合、予選、決勝と下手をすれば二回も走らなければならなくなってしまう。そしてそれは他の走る競技も同様である。
だからこそ、俺が狙うのは去年と同じく障害物競争だ。
出番は一回きりの数少ない個人競技。他の単発競技は二人三脚だったり、借り物競争だったりで、普段ぼっち生活の俺にはハードルが高い。
そして恐らく、オタクグループの岡部くんも障害物競争を狙っていると思われる。
許せ、岡部くん。もし定員オーバーになった場合は遠慮なくじゃんけんで蹴落とさせてもらおう。兄が昔言っていた、『昨日の友は敵になる』と。
話し合いが進み、四○○M走のところで冬樹と目が合った。
まさか出場しろと言われるかと思い、身を固くしたがそんなこともなく。前に立つ二人は淡々と立候補者の名前を書き上げ、他の生徒たちの出場種目が決定されていく。
そして障害物競争の立候補を決める時になり、俺は手を挙げた。
「菊地、手を降ろして」と冬樹が言う。
「な、なんでっ」
「菊地が出る種目は後の方にあるから、それまでは大人しくしといて」
教室内がざわつく。
一体どういうつもりなのか。しかし、俺が手を降ろさなければ話が進まないと悟り渋々手を降ろす。そして障害物競争は岡部くんを中心としたオタクグループ面々の名前が黒板に書かれ溜息が漏れる。
やりたかったな、障害物競争。麻袋を履いてぴょんぴょん跳ねたり、ネットの下を兄の好きな軍隊のようにくぐり抜けたり。
誰も見ていない中、障害物を全力で駆け抜けることに俺は一種の快感を覚えていた。しかし今年は冬樹によって阻止されてしまった。悔しい、だが昨年の障害物競走一年の部において、ぶっちぎりの一位を取った岡部くんの雄姿が再び見れるとあれば、俺は喜んで席を譲ろう。頑張れ岡部くん。
そして話し合いは進み、学年別の応援合戦の項目になり、ここで多くの女子が手を挙げる。
応援合戦は三年生が学ランを身に纏い、和太鼓を用いた応援が紅組白組に分かれ行われる。そしてその後に二年生、一年生の合同のダンスパフォーマンスが行われる形となる。
当然俺の出る幕ではない。言ってしまえばクラスでも目立つ人間が集まる種目だ。
その後も、男子限定の棒倒し、女子限定の大玉転がしの出場者が決まる中、俺は出場する種目が決まらず悶々とする。
いつになったらクラス委員長からのお呼びがかかるのか。話し合いは滞りなく進み、いよいよ最終競技、クラス別対抗リレーの立候補者が募られる。
クラス別対抗リレーは男女二名ずつ、計四人による競技であり体育祭における最高得点が狙える種目だ。
そこでクラスの運動部を中心とした男子は手を挙げ、その中には以前ゲームセンターへ同行した東と西尾の姿もあった。
「菊地、手を挙げなさい」
「なんで俺が」
「私からの推薦よ。莉愛、候補者に菊地の名前書いといて」
板書をしていた陽代美は頷き、こちらの反応を待たずに黒板に俺の名前を書き記す。
しかし、それでは他の立候補者が納得しない。そこへ、俺の意見を代弁するように東が声を上げた。
「ちょい待ちサオリン、今手を挙げてる男でも五人いるべ? いくらキクちゃんが出場する種目が決まっていないからって、ちょっち強引じゃね?」
「ええ、わかってるわよ東。クラス別対抗リレーは一番重要な種目よ、だから私は勝ちにいくためにも菊地を推薦するわ」
その言葉にクラス内が再びざわつく。
どういうつもりだ、冬樹。
「そして私から提案があるわ。今日の四限目は体育の時間。そこで今、手を挙げた男子で競争をしてもらって、速い人がクラス別対抗リレーの代表になるって感じでどうかしら。リレーは一番ポイントも高くつくのだから、じゃんけんで決める訳にもいかないでしょう?」
「ハハっ、オッケー。実力で決めようって訳ね」
「ありがとう。それでは雛形先生、今日中にということでしたので放課後に出場種目を記載した表を提出する形で構いませんか?」
「ああ、いいよ。好きにやってくれ」
結局、俺は何も意見することが出来ず体育の時間に勝負をすることが決まってしまった。
頭を抱える中、陽代美の方を見れば右手の親指を立ててサムズアップをして俺の方を見ている。
頑張って、とでも言いたいのだろうか。複雑な気分だ。
「それじゃあ男子はこれでいいわね。あとは女子、誰か立候補する人はいない?」
と、冬樹が呼びかけるも誰も手を挙げようとはしない。
黒板を見れば、クラスの女子全員の名前があるように思える。クラス別対抗リレーは最も責任の重い競技だと言えるし、当然と言えば当然だ。
そこでチョークを持った女生徒が手を挙げる。
「私、立候補するね」
陽代美だ。
彼女は黒板に自身の名前を記し、立候補をする。そして誰からも異論はない。
「あと女子は一人。できれば運動部の人が立候補してくれると助かるんだけど」
冬樹の発言に一部の女子たちが色めきたつ。
巧い、素直にそう思った。
誰でもいいなんて言えば、恐らく女子たちは譲り合いを始めるだろう。しかし、運動部の女子と限定することにより、その数はある程度絞られる。
そして運動部の女子たちの話し合いにより、バスケ部の馬場さんが立候補してクラス別対抗リレーの女子出場選手は決まった。
「みんなありがとう。それじゃあリレーについては体育の時間に男子は競走をしてもらうから。あとは自由時間、好きにしていいわよ」
話し合いが終わり、騒がしくなる教室。
そして席に座る俺に近寄ってきた陽代美と冬樹の二人。
「冬樹、さっきのはどういうつもりだ?」
「あら、せっかく活躍の場を提供してあげたのだから感謝の一つでもして欲しいくらいだわ」
「勝手なことを言うな。大体俺は陸上を辞めて二年以上経っているんだぞ」
そして俺の反論を鼻で笑った冬樹は、またも俺の耳元に近寄り囁いた。
(手加減なんてしたら、学校に居られなくするから)
怖い、冬樹が怖い。
そう言い残した冬樹は、周りの生徒から話しかけられつつその場を去っていった。
そして残った陽代美は胸の前で、両手を握り俺に声援を送る。
「キク、一緒に頑張ろうね」
「いや、まだ俺が走ると決まったわけじゃないから」
「大丈夫、キクならきっとやれるよ」
信頼してもらえるのは有難いのだが、陽代美は俺が走る姿は見たことないはずだ。
リレーに立候補した男子たちも現役の運動部員がほとんどだ。二人の期待に添えられるか不安である。
そして午前中の授業が進み、四限目の体育の時間となる。
体操着に着替え、運動場へ出る。
守邦高校の運動場はとにかく広い。以前通っていた中学校は一周二○○Mトラックだったのに対し、守邦高校は一周四○○Mトラックの本格使用。テレビなんかで報道される陸上競技場と同じ広さだ。違う所があるとすれば、地面は小石が混ざる砂地だということくらい。
今日の体育の時間は、体育際に向けての大まかな確認である。
守邦高校の体育は隣のクラスと合同で行われる。俺たちC組とD組は体育祭当日の流れを確認していき、D組の番になったところで冬樹が声をかける。
「それじゃあリレーに立候補をした男子は集まって。これから運動場一周の勝負をして、一番と二番の人にリレーの選手になってもらうから」
「いいのか、勝手にグラウンドを使って?」
「抜かりないわよ、ちゃんと体育の先生には許可はとってあるから」
流石は裏の女王、根回しが完璧だ。
集められた男子は誰もがやる気に溢れ準備体操をしている。
その中にはサッカー部でイケメンの酒井くんの姿もあり、女子たちの黄色い声援が彼に送られる。それに先日ゲームセンターへ同行した東と西尾も互いに目をぎらつかせ、どっちが速いかといった話をしている。
クラス別対抗リレーは、一人につきトラック一周。走る距離は合計一六○○M。
守邦高校のクラス別対抗リレーは陸上関係者には『マイル』と呼ばれる陸上競技種目と同じルールなのは体育祭のしおりで確認済みだ。
マイルは地味な陸上競技のなかでも大いに盛り上がる花形競技でもあり、俺も中学の頃は選手の一人として何度か走った経験がある。
そんな過去を懐かしみつつ、スタート地点に俺を含めた男子生徒六人が並ぶ。
そして陽代美が横に立ち、スタートの構えをとる。
「よーい、ドンッ」
「「おっしゃああああああああ」」
スタートと同時に飛び出す東と西尾。そして運動部の男子も後に続く。
大丈夫だろうか、そんな余計な心配をしつつ俺はゆっくりと走り始める。
陸上競技において四○○M走は短距離走に分類される。人によって四○○Mが長いか短いかそれぞれだろうが、俺は長く感じる。
そして走り始めて気を付けなければと、己を諌める。スパイクも履いていないのだから当然脚が滑る。学校指定の運動靴と地面の調子を確かめつつ、堅実な走りを意識する。
コーナーを一つ過ぎた辺りで、先頭にいた東と西尾は顎を上にあげ失速する。
脱落した二人を躱し、前にいた運動部二人もトラックを半分過ぎたあたりで失速していき、二つ目のコーナーに差し掛かったところで俺が先頭に立った。
そして後ろから聴こえる足音は、俺と同じくスロースタートをしたサッカー部の酒井くんだろう。
どうしたものか。このまま走っては俺が一位になってしまい目立つことになる。
できれば酒井くんに抜いてもらい、彼に一着でゴールをしてもらうことが理想的だ。
そこで、俺は残りを流して走ることにした。二着でも問題はないだろう。
しかし久しぶりだ。誰からも走り方を指摘されることなく、タイムを気にせずトラックを走るなんていつ以来だろう。
いい記録を出せば、周囲から期待をされる。そして自由に走ることを奪われる。
そんな環境に嫌気をさした中学二年のころ。
今更になって思う、陸上部を辞めてよかったと。
「ゴールっ、一位キク、二位酒井っ」
と、そんなことを考えている間にゴールをしてしまった。
その後に続き、リレーに立候補した男子が肩で息をつきながらゴール付近に集まる。
「ぜえ……はあ……いやあ、キクちゃんマジで速いじゃん。そんじゃリレーの代表は頼むわ」
「お、おう」
額から汗を流す東に肩を抱かれ、他の男子たちからも声が掛けられる。
よかったのだろうか、俺よりもやる気があった人物を差し置いてリレーのメンバーになってしまって。
すると、二位の酒井くんが爽やかに話しかけてくる。
「菊地くん、脚速いね。よかったら今からでもサッカー部に入らない? 少し練習すればすぐにレギュラーになれると思うけど」
「いや、俺は球技全般苦手なんだ。投げたり蹴ったりするボールが思ったところと全然違う場所にいったりして」
「そうなの? でも気が変わったらいつでも言ってよ。歓迎するからさ」
見た目だけではなく、言動や仕草もイケメンな酒井くん。
そんな彼と話しつつ陽代美の方を見れば、満面の笑みを俺に向けていた。
どうやら、我らが女王様はご満悦のようだ。




