第77話:それぞれの夜
阿波おどりの熱気が、少しずつ収まっていく。星空の下、汗ばんだ額を拭いながら、教授はふと、教団の男たちへと視線を向けた。
「こんな時間に、下山は危なかろう」
教授の声に、男たちは戸惑ったように顔を見合わせた。
「今夜は、ヒュッテに泊まる方がよかろう」
その申し出に、教団の一人が、警戒するように一歩後ずさった。
「……いや、我々は」
しかし、その言葉を遮るように、名方が明るい声で割って入った。
「さぁさぁ、遠慮なさらず」
名方は、まるで何事もなかったかのように、男たちの背中を、ぽんぽんと軽く押した。
「今日は、皆さんも、色々と……疲れたでしょう。まずは、身体を休めることです」
その屈託のない態度に、男たちは毒気を抜かれたように、互いに顔を見合わせた。
「な……名方、お前」
「まあまあ、細かいことは、また明日」
名方は、そう言いながら、ヒュッテの方角へと、皆を促すように歩き出した。星空の下、先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように、どこか間の抜けた、けれど温かな空気が漂い始めていた。
ヒュッテへと向かう一同の中、里奈がふと立ち止まり、振り返った。
「美藍?」
「あ、ちょっとお父さんと、話があるから」
美藍が答えると、里奈は少し心配そうな顔をしながらも、頷いた。
「先に戻っててー」
「ささ、行きましょう」
名方が、里奈たちを促しながら、ヒュッテの方へと歩き出した。
その一団を見送ると、美藍は静かに正則の方を振り返り、そのまま胸に飛び込むように、抱きついた。
「お父さん……」
「美藍?」
「怖かった……」
美藍の声が、わずかに震えていた。正則は、娘の背中を優しく撫でた。
「そんな風には、見えなかったぞ」
正則は、少しおどけたように、微笑んだ。
「お母さんそっくりだなぁ(笑)」
「もーう」
美藍は、ふくれっ面をしながらも、少し笑った。
「堂々として、かっこよかったよ」
正則がそう言うと、美藍は小さく首を振った。
「ほんとは、ドキドキしてたんだから」
しばらくの沈黙の後、正則はふと、真剣な面持ちになった。
「美藍……少し、早いが」
「うん?」
「布都家に伝わる秘密だが」
「えっ」
美藍は、思わず息を呑んだ。
「あれはな……」
「麁服を、作――」
「待って」
美藍は、慌てて父の言葉を遮った。
「まだ、秘密にしておいて(笑)」
「なぜだ?」
「来人が、大学を卒業するときに……一緒に聞きたいの」
正則は、その言葉に、驚いたように目を見開いたが、やがて、優しく目を細めた。
「そうか」
「うん」
星空の下、二人はしばらく、そのまま静かに寄り添っていた。
そのとき、遠く徳島の実家で――
「ハックション!」
みやこが、大きなくしゃみをした。
「あら、嫌だわ……さっきから」
みやこは首を傾げながら、羽織を肩にかけ直した。何かが、自分の噂をされているとは、知る由もなかった。




