第72話:六つの影
いつの間にか、外はすっかり闇に包まれていた。空にはまだ星がまばらにしか見えず、これから本格的に満天の星空が広がっていくところだった。
木道を歩く美藍と里奈の耳に、ふと、微かな人の声が届いた。宝蔵石の方角だった。
「名方さーん!」
美藍が声を張り上げる。
「名方さーん!」
里奈も続けて呼びかけたが、返事はない。二人は顔を見合わせ、声のした方へと足を速めた。
「あ……あれ」
美藍が、暗がりの中に立つ人影に気づき、思わず足を止めた。
そこには、六つの人影があった。
里奈は思わず、ポケットの中を握りしめた。
近づくにつれ、薄闇の中に浮かぶ、その一人ひとりの輪郭が、少しずつはっきりとしてくる。
「名方さ……」
呼びかけかけた声が、途中で止まった。
「え……っ」
美藍の視線が、名方の隣に立つ、見知った人影を捉える。
「お父さん……?」
「え、なんで……?」
正則が、驚いたように振り返った。だが、美藍の困惑は、それだけでは終わらなかった。もう一つの人影に、目が留まる。
「え……教授……?」
「忌部教授……?」
信じられないという表情で、美藍は言葉を失った。
「え……どうして……?」
夜風が、木道の上を静かに吹き抜けていく。六つの影は、それぞれの立場で、それぞれの沈黙を抱えたまま、薄闇の中、じっと向き合っていた。
その沈黙を破ったのは、教団の一人だった。
「ほーう……役者が、揃いましたね」
その声には、どこか愉悦めいた響きが滲んでいた。美藍は、混乱したまま、父の方へと駆け寄った。
「なんで、お父さんと教授がいてるの?」
正則は、娘の肩にそっと手を置いた。
「美藍……説明は、後だ」
「うん……」
美藍は戸惑いながらも頷いたが、すぐにその視線を、教団の男たちへと移した。
「そんなことより――ここで、何を?」
その問いには、隠しきれない緊張が滲んでいた。そして、その視線は、最後に――名方へと向けられた。
「名方さんまで……」
美藍の声が、わずかに震えていた。信頼していたはずの人物が、この見知らぬ男たちと、当たり前のように共にいる。その光景が、美藍の胸に、鋭い違和感となって突き刺さっていた。
名方は、何も答えなかった。ただ、静かに、美藍の視線を受け止めていた。
教団の中でも、ひときわ落ち着いた雰囲気を纏う男が、静かに一歩前へ進み出た。
「名方くん」
その声に、名方の肩が、わずかに強張った。
「この娘に……教えてもらおうか」
男の視線が、まっすぐ美藍へと向けられる。美藍は、その冷たい眼差しに、思わず息を呑んだ。
「教える……? 何を」
「君が、これまで調べてきたこと。忌部、三木、アーク――君の頭の中にある、その答えを」
美藍は、思わず名方の顔を見た。名方は、俯いたまま、何も言わない。
「名方さん……あなたが、この人たちに……」
美藍の声が、震えを帯びていく。これまで共に旅をし、時に頼り、時に笑い合ってきた相手が、まるで別人のように、遠く感じられた。
「美藍」
正則が、娘の肩をしっかりと抱き寄せた。
「大丈夫だ。落ち着け」
教授もまた、静かに一歩前に出て、教団の男と正対した。
「彼女に、何をさせようというのかね」
男は、教授の方をちらりと見やり、薄く笑った。
「教授。あなたも、薄々お分かりでしょう。……我々は、ただ、知りたいだけです」
夜の帳がいよいよ深まる中、宝蔵石を囲む六つの影は、それぞれの想いを胸に、緊迫した対峙を続けていた。




