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第71話:遭遇

 大剣神社を後にした二人の足取りは、先ほどまでの重苦しさが嘘のように、どこか確かで力強いものに変わっていた。

西の空にはまだ茜色が残っていたが、東の空からは、夕闇が静かに迫りつつあった。剣山の山肌は、深い藍色に染まり始めている。

二人は最後の急な石段を登りきった。視界が一気に開け、標高一千九百メートルの山頂木道へと躍り出る。先ほどの雨で湿り気を帯びた、生ぬるい風が、二人の火照った頬を撫でていった。

少し離れた場所にあるヒュッテの窓からは、オレンジ色の明かりが漏れ、その奥に人々の気配と、確かな温もりを感じさせていた。

正則はその明かりを見つめながら、思わず呟いた。

「美藍たちも……あの中に、いるのだろうな」

その声には、娘への想いが、静かに滲んでいた。

教授もその明かりに目をやり、小さく頷いた。だが次の瞬間、その明かりとは反対側――黒々と聳え立つ宝蔵石神社の方角に、教授の表情が変わった。

石組みの陰、まだ薄明るさの残る中に、じっと身を潜める三つの人影がある。

「……正則君」

教授が声を潜めて呼びかけると、正則もその視線の先に気づいた。

「あれは……」

三人は、揃いの薄暗い服装に身を包み、宝蔵石の方をじっと窺っている。教授は静かに歩み寄ると、努めて穏やかな声で語りかけた。

「こんばんは」

茂みの人影が、びくりと動いた。教授はさらに続けた。

「星を見るには、まだ早いですね」

三人の男たちは、一瞬顔を見合わせたが、やがて観念したように、物陰から姿を現した。教授には、その顔に見覚えはなかった。だが、その佇まいと、ただならぬ空気から、彼らが何者であるか、教授にはすぐに察しがついた。

一方その頃、ヒュッテでの夕食を終えた名方は、一人静かに外へ出ていた。教団の人間と接触しようと、宝蔵石の方角へ足を向けていたのだ。

石組みの陰、その一角に、見慣れた顔ぶれと、そして予想外の人物の姿を見つけ、名方は思わず足を止めた。

「教授……?」

その声に、教授も振り返った。名方とは、これまで何度か「取材」と称して、聞き取りを行った間柄だった。

「君は……」

教団の三人が、戸惑ったように名方を見た。

「名方君、この方は、誰だ」

「徳島文化大の、忌部教授だ」

名方が静かに答えると、教団の一人が、意外そうに目を見開いた。

「そうか……いいところで、お会いできて光栄です」

その声には、これまでとは違う、どこか値踏みするような響きが滲んでいた。

夕暮れの薄闇の中、宝蔵石を挟んで、それぞれの思惑を抱えた者たちが、静かに向き合っていた。

しばしの沈黙の後、教団の一人――先頭に立つ男が、静かに口を開いた。

「教授。アークは、やはり、この下ですか」

教授は、宝蔵石を見上げたまま、小さく肩をすくめた。

「さぁ。私も、まだたどり着かん」

「なら、何故……ここに?」

男の声には、探るような響きが滲んでいた。教授はふっと口元を緩め、静かに答えた。

「剣山に登るのに、理由がいるのかな」

「はは……」

男は乾いた笑い声を漏らした。しばらく教授の顔を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「まぁ、いい」

その一言で、探り合いは一旦、幕を引かれた。夕暮れの風が、宝蔵石の周りに立つ者たちの間を、静かに吹き抜けていった。正則は、その張り詰めた空気の中、拳をそっと握りしめながら、事の成り行きを見守っていた。

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