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第61話:見ノ越にて

 車は上一宮大粟神社を後にし、見ノ越へ向けて再び走り出した。

道は次第に山深くなり、カーブが幾重にも連なる、うねるような山道へと変わっていく。

「うわ、また揺れるばい」

里奈が窓枠に手をつきながら、身体を支えた。名方はハンドルを慎重に切りながら、右へ左へと続くカーブを、一つひとつ丁寧に越えていく。

「見ノ越まで、あとどれくらいですか?」

美藍が尋ねると、名方はナビの画面をちらりと確認した。

「この調子だと、もう少しかかりそうだな」

窓の外には、深い緑の谷が広がり、遠くに切り立った山肌が幾重にも重なって見えていた。カーブを曲がるたびに、視界に映る景色が少しずつ、けれど確実に、標高を上げていく。

「昨日のスイカが、そこまで込み上げてきそう……」

里奈が青い顔で呟くと、名方が思わずバックミラー越しに振り返った。

「スイカ?」

「うん……」

美藍は思わず吹き出しそうになった。

「もう少しの辛抱だ。見ノ越に着いたら、ゆっくり休もう」

名方がそう声をかけると、里奈は目を閉じたまま、小さく頷いた。

美藍は窓に額を寄せ、流れていく山並みをじっと見つめていた。この先に、これまで積み重ねてきたすべての謎の答えが待っている――そんな予感が、胸の奥で静かに膨らんでいく。

やがて視界が開け、見ノ越の駐車場が見えてきた。車が停まると同時に、里奈が真っ先にドアを開けて外に飛び出した。

「はぁー……生き返るばい」

冷んやりとした山の空気を、里奈は大きく吸い込んだ。標高千四百メートルを超える見ノ越は、麓とは比べ物にならないほど、涼やかな風が吹き抜けている。

「里奈、大丈夫?」

美藍が背中をさすりながら尋ねると、里奈は青白かった顔に、少しずつ赤みを取り戻していった。

「うん……ここの空気、気持ちよすぎて、一気に楽になったばい」

名方も車を降り、大きく伸びをした。

「さて……ここが、見ノ越だ」

三人の目の前には、剣山への登山口を示す看板と、その奥に、静かに佇む鳥居の姿があった。

「劔山本宮剣神社……いよいよ、登山口ですね」

美藍が看板の文字を読み上げながら、鳥居へと歩み寄った。

「安徳天皇が、山頂に宝剣を納める前に、身を清めたって言われてる場所なんですよね」

「ああ。まずはここで、身を清めてから登るのが、昔からの習わしらしい」

里奈が大きく胸を張って伸びをした。

「もう大丈夫。山の澄んだ空気を吸ったら、すっかり楽になったばい」

「よかった。無理しないでね」

美藍がほっとしたように微笑むと、里奈が元気よく声を上げた。

「さぁ、行くぞ! お参りに!」

三人は笑いながら、鳥居をくぐった。境内は決して広くはなかったが、標高の高さゆえか、これまで訪れたどの神社よりも澄んだ空気が漂っていた。

参道を歩きながら、名方がふと思い出したように振り返った。

「おおい、さっきの……スイカってなんだ?」

「え? スイカって……」

里奈がきょとんとした顔をする。

「車の中で、スイカが込み上げてくるとか言ってたろう。あれは一体」

美藍が思わず噴き出した。

「昨日、おばあちゃんが、井戸で冷やしてたスイカを出してくれたんです。夜中に、みんなで種を飛ばして遊んで」

「ああ、あれか……名方さんは、もう部屋に下がってたから、知らなかったんですね」

里奈がおかしそうに言うと、名方は少し悔しそうな顔をした。

「なんだ、それは……。私も、もっと粘っていればよかったな」

「ふふ、今度また、みんなで食べましょう」

美藍がそう笑うと、三人の間に、和やかな空気が流れた。

「本当に清められてるのかもね」

美藍は小さく笑いながら、拝殿の前で足を止めた。

社殿はこぢんまりとしていたが、長い年月、多くの登山者や巡礼者を見送ってきたであろう風格が、静かに漂っている。

「これから、剣山に登ります。……どうか、見守っていてください」

美藍は深く手を合わせ、胸の内で改めて誓いを立てた。伊射奈美神社での「包み込む」という思い、上一宮大粟神社での「命の源流」への気づき――そのすべてが、この一礼の中に、静かに込められていた。

名方も里奈も、それぞれに手を合わせる。三人の祈りが、山の澄んだ空気の中に、静かに溶け込んでいった。

参拝を終えると、名方が腕時計を確認しながら言った。

「そろそろ、リフト乗り場に向かおうか」

「西島駅まで、ですよね」

「ああ。そこから先は、本格的な登山道になる」

三人は鳥居を後にし、観光リフト乗り場へと歩き出した。眼下に広がる祖谷の深い谷と、幾重にも連なる阿波の山並みが、標高の高さを物語るように、視界いっぱいに広がっている。

「うわぁ……! 絶景ばい!」

里奈が歓声を上げた。美藍もその景色に目を奪われながら、静かに息を吸い込んだ。

これから、いよいよ山頂へ。すべての謎の答えが待つ場所へと、三人の歩みは着実に近づいていた。

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