第48話:頭の中の地図
その夜、美藍は自室で、これまで集めてきたノートを、机いっぱいに広げていた。八倉比売神社、磐境神明神社、船盡比賣神社――バラバラに書き留めてきた考察の数々を、もう一度、一つの流れとして繋ぎ直す作業に取り掛かっていた。
しばらくすると、部屋の扉が軽くノックされた。
「美藍、まだ起きてるのか」
正則だった。
「うん、ちょっと、考え事してて」
「入っていいか」
「うん」
正則は、机の上に広げられたノートの数々を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「すごい量だな」
「うん……。色々調べすぎて、正直、自分でも整理が追いつかなくなってきてて」
美藍は、椅子に座ったまま、少し疲れたように苦笑した。
正則は、ベッドの端に腰掛けると、静かに尋ねた。
「美藍は、結局、何が知りたいんだ?」
「うーん……」
美藍は、ペンを置くと、少し考え込むように視線を落とした。
「最初は、邪馬台国の四国説を、証明したいだけだったの。教授を見返したくて」
「うん」
「でも、色々調べていくうちに……。正直、分からなくなってきちゃって。だから、こうやって、頭の中を整理してるんだと思う」
美藍は、そう言うと、ノートの一冊を手に取り、順を追って語り始めた。
「私が今、考えてるのは……。邪馬台国は、外国からの知恵や技術を学びながら、ここ徳島で生まれた、っていうこと」
「うん」
「そして、その知恵や技術を授かった引き換えに、何かを――それが本当にアークなのかは、まだ分からないけど――守る約束を、したんじゃないかって」
正則は、黙って、美藍の話に耳を傾けていた。
「邪馬台国は、その後、船の技術を学んで――阿曇氏っていう、海の民の力を借りて、政治の中心を、畿内、大和の方へ移した」
美藍は、ノートに描いた地図を、正則の方へ向けた。
「でも、阿波に残った忌部と、三木は、それぞれの役割を決めて、お互いに、今も、それを守り続けてる。……たぶん」
「三木、というのは?」
正則が、静かに尋ねた。美藍は、一瞬、言葉に詰まった。
(お父さんのお母さんの、旧姓――)
その言葉が、喉元まで出かかったが、美藍は、それを静かに飲み込んだ。まだ、確証があるわけじゃない。それに、この話は、もう少し、自分の中だけで、大切に温めておきたい気がした。
「……それも、含めて、まだ整理中の部分」
美藍は、そう言って、話を続けた。
「さらに、お父さんの研究にも、関係あるんだけど」
「俺の?」
「うん。外国からの人の流れによって、血が混じって……。広く言えば、外国――ユダヤなのか、あるいは、もっと広くアジア全体なのか、その辺りとも、同祖って言えるのかもしれない」
美藍は、そこで一度、大きく息をついた。
「そして、もしアークが本当にあるんだとしたら……。それは、一箇所にまとまってるんじゃなくて、それぞれの一族が管理する神社、あるいは、その近くに、分散して保管されてるんじゃないかと思う。だから、決して、簡単には探せない」
正則は、しばらくの間、何も言わずに、娘の話に耳を傾け続けていた。
「守るためには……」
美藍は、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、続けた。
「アホになりすます、っていうのも、一つの手だったのかもね」
「アホに?」
「うん。阿波おどりで、みんなで『ヤットサー』って、踊り狂うことでね」
美藍は、そう言うと、おどけたように両手を軽く挙げてみせた。
「本当に大切なものは、馬鹿騒ぎの中に隠しちゃえばいい。誰も、まさかそこに、真実が隠れてるなんて、思わないから」
「……なるほどな」
正則は、静かに、そして少し寂しそうに、微笑んだ。
「お前は、本当に、色々なことに気づくんだな」
「えへへ、そうでもないよ」
美藍は、照れくさそうに笑うと、ノートを閉じた。
「まあ、あと少しで、剣山に行けば……。少しは、答えが見えてくるかもしれない」
「そうだな」
正則は、そう答えると、静かに立ち上がった。
「あんまり、根を詰めすぎるなよ。明日も、色々準備があるんだろう」
「うん、分かってる。ありがとう、お父さん」
正則は、小さく頷くと、静かに部屋を後にした。
一人残った美藍は、閉じたノートを、そっと胸に抱えた。
(三木のこと……。まだ、お父さんには言えないけど)
窓の外には、夏の夜空が、これまでと変わらず、静かに広がっていた。




