第39話:ボンジュールにて
翌日、美藍は里奈を、学校近くの喫茶店ボンジュールに呼び出し、昨夜の出来事を話していた。
「昨日、お父さんから、秘密を打ち明けられたの」
「秘密?」
里奈が身を乗り出すと、美藍は少し困ったように苦笑した。
「うん、でも内容はまだ教えてくれなかったの。ただ、先祖代々の秘密があるって、それだけ」
「えー、なんそれー」
里奈は目を輝かせた。
「なんかワクワクするね」
「私も、正直そう思っちゃった」
美藍もつられて笑った。
「名方さんにも、もう言った?」
「ううん、まだ言ってないの。内容もまだ分からないし、下手に話しても、変に期待させちゃうかなって」
「そっかー」
里奈はアイスティーを一口飲むと、ふと思い出したように、話題を変えた。
「そんで、前から聞こうと思っとったとよ」
「何?」
「名方さんて、何しとる人ね? いつも暇そうやけど」
里奈がくすっと笑いながら尋ねると、美藍も釣られて笑った。
「あ、言ってなかったかな。阿波時報の文化部の記者さんなの」
「新聞記者……」
「私がバイトしてる豆八の、もっと前からの常連さんでね。郷土史に詳しい人だったから、前々から、四国説のことでちょこちょこ相談に乗ってもらってたの」
「そうなんや」
「それで、あの日――阿波おどりの初日の夜、教授に論文を突き返されて、愚痴を聞いてもらってたら、たまたま豆天玉の話から、名方さんが阿波おどりとか食べ物に隠されたユダヤの暗号の話を始めてくれて。そこから、一気に色々繋がっていったの」
「ああ、それで、あんな暗号解読みたいなことになったとね」
里奈は納得したように頷いた。
「改めて聞くと、結構壮大な始まり方やったんやね」
「でしょ? 今思えば、あの日から、私の日常、一気に変わっちゃった気がする」
美藍は少し笑いながら、窓の外を見つめた。あの阿波おどりの夜から、もう随分と長い時間が経ったように感じられる。
「まあでも、そのおかげで、こんなに面白いことに巻き込まれたわけやし。悪いことばっかりでもなかとよ」
里奈がそう言うと、美藍は素直に頷いた。
「うん。里奈がいてくれて、本当に良かった」
そう言いながら、美藍はふと、何かを思い出したように、視線を宙に泳がせた。
「あ、そういえば……」
「ん? どうしたと?」
「前に、名方さんが言ってたの覚えてる? 忌部一族の歴史みたいな文書を、三木家の誰かから預かった、みたいな話」
「うん、確か聞いたことあるね。三十年前の話やったっけ」
「うーん……。その文書には、忌部一族が、今の教授に繋がる何かが書かれてなかったのかな。今更だけど、そこ、ちゃんと聞いたことなかったなって」
美藍はそう呟きながら、ふと自分の言葉に、はっとした。
「あっ……」
「どうしたと、急に」
「里奈、大事なこと、まだ伝えてなかった」
美藍は少し焦った様子で、身を乗り出した。
「実は……。私のおばあちゃんの家系――お父さん側の、おばあちゃんの旧姓が、三木家なの」
里奈は、しばらくの間、ぽかんとした表情で、美藍を見つめていた。
「……は? ちょっと待って、それ、めちゃくちゃ重要な話やない?」
「うん……。ごめん、色々ありすぎて、伝えるタイミング逃してた」
「いやいや、逃すレベルの話じゃなかとよ、それ!」
里奈は思わず声を上げた。
「じゃあ、名方さんが預かった文書の三木家って、もしかして、あんたのおばあちゃんの実家ってこと?」
「うーん、どうだろう」
美藍は少し慎重に答えた。
「三木家って言っても、徳島にはいっぱいあるだろうし、それだけで同じ一族だって決めつけるのは、まだ早い気がして」
「確かに、それはそうかもね」
里奈も頷いた。
「でも、名方さんに直接聞いてみる価値は、十分あるとよ」
「うん……。里奈、ちょっと、名方さんも呼んでいいかな?」
「もちろん。今すぐ呼ぼう」
美藍はスマホを取り出すと、逸る気持ちを抑えながら、名方に電話をかけた。
「もしもし、名方さん? 今、お時間ありますか?」
『ああ、大丈夫だが、どうした』
「実は、里奈と話してて、大事なこと思い出して……。名方さんに直接聞きたいことがあるんです。今から、学校近くの喫茶店ボンジュールまで来てもらえますか?」
『分かった、すぐ向かう』
通話を切ると、美藍は少し落ち着かない様子で、店の窓の外を眺めた。
「名方さん、来てくれるって」
「よかった。……それにしても、あんた、大事なこと忘れとって、よく平気な顔しとったね」
里奈が呆れたように言うと、美藍は苦笑いを浮かべた。
「いや、本当にごめんって。色々ありすぎて、頭がパンクしてたのかも」
二人は名方が来るまでの間、しばらく他愛のない話をしていた。ふと、里奈が思い出したように口を開いた。
「そういえば、美藍。名方さんって、たまに送ってくれるやろ?」
「うん、そうだけど」
「あの時、何か言うとったとよ。日本とユダヤは同祖だと思うか、って聞かれたことがあってさ」
「え、里奈にもそんなこと聞いてたんだ」
美藍が興味深そうに身を乗り出すと、里奈は少し照れくさそうに答えた。
「うん。それで、うち、そん時眠くてね。うーん、可能性はあるんじゃないですか、って適当に答えちゃった」
「あはは、そうなんだー」
美藍が笑うと、里奈もつられて笑った。
「美藍は、どう思うの? そういうの」
里奈が改めて尋ねると、美藍は少し考え込むように、視線を落とした。
「うん……。私は、正直、日本人とユダヤ人が同じ祖先を持つかどうかは、分からないと思ってる」
「え、そうなん? てっきり、あんたはガチで信じとる方かと思っとったけど」
「ううん、そこは違うの」
美藍は真剣な面持ちで続けた。
「ただ、ユダヤ人からか、あるいは大陸からか――経由はどうであれ、それまでの日本にはなかった技術とか、文明を持ち込んだ人たちがいたんじゃないかとは思ってる。その技術や、政治的なノウハウを、卑弥呼が上手く利用したんじゃないかな、って」
「なるほどね」
「それに」
美藍は少し考えながら続けた。
「技術や思想が伝わって、それが長い年月をかけて根付いていく過程で、遠い国から来た人たちと、実際に結ばれることもあったんじゃないかと思うの。そうやって、人自体も少しずつ交わっていったんじゃないかな。そう考えたら、広い意味では、同祖って言えるのかもしれないわね」
里奈は、その言葉に、しばらくの間、黙って考え込んでいた。
「……なるほどね。単純な血の話でも、単純な技術の話でもなくて、その両方が、長い時間をかけて混ざり合った結果ってことか」
「うん。ロマンとしては、同祖説の方が夢があって好きなんだけどね」
美藍は少し照れくさそうに笑った。
「でも、学問として真面目に考えるなら、そういう、もっと複雑な混ざり方をしてきたんだと思う」




