第38話:布都家に伝わるもの
夕食を終えると、正則は静かに切り出した。
「みんな、少し話がある。……このまま、居間に来てくれないか」
いつになく神妙なその声に、みやこは黙って頷き、来人も気配を察したように、テレビのリモコンから手を離した。
四人が居間に集まると、正則は座卓を前に、しばらくの間、言葉を選ぶように黙り込んでいた。
「実は……。俺は、みやこのお父さん――正さんから、あるものを預かっている」
「……やっぱり、その話なのね」
みやこが静かに口を開いた。その表情には、驚きよりも、どこか覚悟を決めたような色が浮かんでいた。
「ああ。……そろそろ、話しておくべき時だと思ってな」
「うん……。分かったわ」
美藍と来人は、思わず顔を見合わせた。
「布都家に伝わるもの……。それを、俺は今、管理している」
正則は静かに続けた。
「詳しい中身までは、俺もまだ話せない。だが、いずれ、時が来たら……。それを、来人に引き継がなければならない」
「え……。俺?」
来人が、素っ頓狂な声を上げた。
「なんでー、俺なの」
「それが、布都家の男の使命とも言うべきものだからだ」
正則は、来人の目を真っ直ぐに見つめながら、そう答えた。
「美藍じゃなくて、来人に……」
来人は困惑した様子で、頭を掻いていたが、やがてふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「え、何なの、それ。もしかして財宝とか? だったら嬉しいんだけど」
「来人……」
美藍が呆れたように呟いたが、来人は構わず続けた。
「もしくは、宝物の地図とか。そういうのだったら、俺、テンション上がるんだけど」
「そんな夢のある話だといいけどな」
正則は、思わず苦笑を漏らした。
「えー、何か気になる」
美藍は、身を乗り出しながら言った。
「それ、私にも教えてくれるの? それとも、男だけの話?」
正則は、しばらくの間、口を閉ざしたまま、じっと座卓の木目を見つめていた。
「……もう少し、時間をくれないか」
正則の声は、静かだが、確固たる意志を感じさせるものだった。
「今はまだ、すべてを話す時じゃない気がするんだ。時が来たら、ちゃんと、みんなに話す」
「お父さん……」
「ただ」
正則は、少し言葉を選ぶように間を置いてから、続けた。
「これだけは、今のうちに言っておきたくてな。……俺は単身赴任の身だ。出先で何があるか、分からない。急に命を落とすことだって、無くはない」
「もう、やめてよー、そんな事言うの」
美藍が思わず声を上げた。来人も、少し顔を強張らせている。
「悪い悪い、そういう意味で言ったんじゃないんだ」
正則は、慌てたように両手を軽く挙げた。
「ただ、伝えられるうちに、伝えておいた方がいいと思ってな。……俺は、みやこの家に婿入りした時に、正さんから、このことを聞かされたんだ。どうしても養子を取らなければならなかった理由として」
「お母さんは、いつから知ってたの?」
美藍がふと、母の方を向いて尋ねた。
「私はね……。父からは、婿養子を迎えなさい、としか言われなかったの」
みやこは静かにそう答えた。
「理由は、教えてもらえなかった。でも、正則さんだけが、父から何か聞かされているのは、なんとなく分かってたわ。……いつか、こういう日が来るんだろうなって」
「そうだったんだ……」
美藍は、両親の間で、自分の知らない歴史がずっと積み重ねられてきたことに、改めて思いを馳せた。
「あ、お父さん。三木の家のことは?」
美藍が思い出したように尋ねると、正則は少し間を置いてから、静かに答えた。
「三木の家の話は……。おばあちゃんに聞いた方がいいかもしれんな」
「おばあちゃんに?」
「ああ。三木の血筋は、おばあちゃんの方だ。俺が知っているより、ずっと詳しいはずだ」
居間には、しばらくの間、重い沈黙が流れた。窓の外では、夏の夜が、いつも通り静かに更けていく。
「分かった……」
美藍は、最終的にそう頷いた。父の眼差しの奥にある、確かな覚悟を感じ取ったからだった。
「でも、いつか、絶対に教えてね」
「ああ、約束する」
正則はそう言うと、少しだけ、安堵したように微笑んだ。
その夜、居間に集まった四人は、それぞれの胸に、新たな謎と、そしてどこか温かい家族の絆を抱きながら、静かな夏の夜を過ごしていた。




